第32話 ソファの上で
「もう我慢できません!」
「っ!?」
俺の自宅のリビング。
和美ちゃんがソファの上で俺を押し倒す。
「えへへ〜信吉さん〜〜♡」
和美ちゃんが両目をハートにしながら俺の体に体重をかける。
「か、和美ちゃん?」
「はい〜♡」
「ち、近すぎない?」
「知ってます♡」
「…………」
和美ちゃんが俺をじっと見つめる。
ハートの浮かんだ紫色の瞳。
ほんのり赤い頬。
息も乱れている。
どこか落ち着かない様子だった。
「ど、どうしたの?」
「どうもしませんよ♡」
「でも、なんか……」
「なんですか?」
「いつもと違う気がして」
「それは信吉さんのせいです♡」
「お、俺!?」
家に着いてから、まだなにもしていない。
靴を脱いで。
手を洗って。
和美ちゃんへ麦茶を出して。
ソファへ座った。
それだけだ。
もしかして麦茶が薄かったかな。
いや、それでこんな顔にはならないよな。
「なにかしちゃった?」
「しちゃいました♡」
「いつ?」
「ずっとです♡」
和美ちゃんが満面の笑みを浮かべる。
「朝、私を助けてくれました」
「うん」
「大切だって言ってくれました」
「……うん」
全部覚えている。
なんなら、まさに思い出して恥ずかしくなっている。
「あんなことを言われたら、私……」
和美ちゃんが言葉を止める。
自分の拳をぎゅっと握る。
「キュンキュンしちゃいます♡ 最高です♡」
「えっ?」
「優しくて助けてくれる時はカッコよくて。それなのに私が少し近づくと慌てちゃって」
「それは慌てるよ」
「今もですか?」
「今もだよ」
「えへへ……いいですね〜♡」
和美ちゃんが嬉しそうに笑う。
なんだろう。
今の和美ちゃん、やっぱり少し様子が変だ。
口調や表情もいつもと違う気がする。
「和美ちゃん? だ、大丈夫?」
「大丈夫です」
「顔、赤いけど」
「信吉さんも赤いです」
「俺は和美ちゃんが近いから……」
「私も信吉さんが近いからです」
「じゃあ少し離れた方が——」
「嫌です」
即答だった。
困った。
近いと赤くなる。
でも離れるのは嫌。
どうすればいいんだろう。
和美ちゃんが小さく笑った。
「私、ここへ来るのが、いつも楽しみなんです」
「う、うん」
「学校でも休み時間になると信吉さんのところへ行きたくなります」
「いつも来てくれるもんね」
「帰ったあとも次の日の朝が待ち遠しくて」
「……そうなの?」
「はい。早く会いたいなって、そればかり考えています」
和美ちゃんが目を伏せる。
ピンク色の髪が俺の頬へかかった。
「朝ご飯も本当は作ってみたかったんです。信吉さんに美味しいって言ってもらいたくて」
「すごく美味しかったよ」
「はい。だから、また作りたくなりました」
「楽しみにしてる」
「……そういうところです」
「え?」
「そんなふうに言ってくれるから、もっと一緒にいたくなるんです」
「そ、そうなんだね。嬉しいよ」
「私ばかり会いたがっていたら迷惑かなって思うこともありました」
「迷惑じゃないよ」
「本当ですか?」
「うん。和美ちゃんが来てくれると嬉しいし」
「…………」
「一緒に帰るのも、こうして話すのも楽しいから」
言ってから少し照れくさくなった。
でも本当のことだ。
和美ちゃんが俺の教室へ来てくれる。
明日も会える。
最近は、それが当たり前みたいになっていた。
だけど、もし明日、和美ちゃんが来なかったら。
きっと俺は何度も教室の扉を見ると思う。
「信吉さん」
「うん?」
「もう言っちゃいますね」
「えっ?」
「私、私——」
和美ちゃんが一度、唇を結ぶ。
小さく息を吸う。
なぜか耳まで赤くなっている。
「信吉さんのこと、男の人として大好きです」
「…………」
声が聞こえた。
言葉も分かった。
なのに頭の中でうまく繋がらない。
信吉さん。
俺。
男の人として。
大好き。
和美ちゃんが?
「…………え?」
えぇぇぇ〜〜。




