第31話 今日は離しませんよ〜〜
「信吉さ〜〜ん♡」
「うん?」
学校からの帰り道。
隣を歩いていた和美ちゃんが弾むような声で俺の名前を呼んだ。
今日はいつもより機嫌が良さそうだ。
「今日は本当にご機嫌だね」
「はい! とっても気分がいいです」
「なにかいいことでもあった?」
「ありましたよ〜」
「それってなに?」
「知りたいですか?」
「うん」
「どうしましょうかね〜」
和美ちゃんが楽しそうに笑う。
どうやら簡単には教えてくれないらしい。
まあ機嫌がいいならそれでいいか。
「ふんふんふ〜ん♪」
和美ちゃんの鼻歌も聞こえる。
本当に楽しそうだな。
「えいっ♡」
和美ちゃんが俺の左腕へ抱きついてきた。
「か、和美ちゃん!?」
「はい! 和美ですが」
「それは分かってるけど!」
突然すぎる。
さっきまで普通に隣を歩いていたのに、なんの予告もなく、ぎゅっと抱きつかれた。
左腕へ和美ちゃんの温もりが伝わってくる。
「ち、近くない?」
「そうですか?」
「めちゃくちゃ近いよ!」
「でも、これ以上は離れられませんよ?」
「どうして!?」
「私が離れたくないからです」
迷いのない返事だった。
「…………」
どうしよう。
ものすごく恥ずかしい。
心臓が一気に速くなった。
顔も熱い。
周りに見られていないか気になって仕方がない。
前を歩いている生徒。
大丈夫。
こっちを見ていない。
後ろは?
振り返る勇気がない。
「信吉さん?」
「な、なに?」
「もしかして嫌でしたか?」
和美ちゃんが上目遣いで不安そうな目で見つめてくる。
「嫌ではないけど……」
「では問題ありませんね!」
和美ちゃんが抱きつく力を強める。
「っ!?」
もっと近くなった。
いや、さっきから十分近かった。
これ以上は無理だと思っていたのに、さらに距離を詰めてきた。
和美ちゃんの体温が制服越しにはっきり伝わってくる。
双丘の柔らかい感触も伝わる。
フローラルな甘い香りもした。
あそこが自然と反応してしまう。
落ち着け。
いつもどおり歩くんだ。
「信吉さん、歩き方が変ですよ?」
「そ、そうかな?」
「ロボットみたいです」
「気のせいだよ」
「緊張しています?」
「してないよ」
「本当ですか?」
「…………実は……少しだけ」
「えへへっ」
和美ちゃんが嬉しそうに笑った。
なんで喜ぶの?
俺が緊張しているの、そんなに嬉しい?
「信吉さん」
「うん?」
「今日も私を助けてくれて超カッコよかったです」
「それって今日の朝のこと?」
「はい!」
和哉と一緒に俺への嘘告に関わった三人が俺へ土下座してきた。
俺が少し意地悪な返事をしたら、その中の一人が今度は和美ちゃんへ助けを求めた。
それだけでなく、あいつは通り過ぎようとした和美ちゃんの前へ立ち塞がった。
しかも和美ちゃんは嫌がってたのに腕まで掴んだ。
『俺の大切な和美ちゃんの嫌がること、しないでくれるかな?』
「…………っ」
思い出した途端、恥ずかしくなった。
あの時は必死だった。
和美ちゃんを助けなきゃ。
頭にあったのは、それだけ。
だから勢いで言ってしまった。
俺の大切な和美ちゃん。
教室には他のクラスメイトたちもいた。
絶対に聞かれてる。
「信吉さん、顔が赤いですよ?」
「気のせいじゃないかな」
「違うと思いますよ」
逃げ道がない。
「俺の大切な和美ちゃん」
「っ!?」
自分が言った言葉をそのまま和美ちゃんに繰り返された。
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
「か、和美ちゃん」
「なんですか?」
「それは勘弁して……」
「俺の大切な和美ちゃん」
「二回言わなくていいから!」
「私は何回でも聞きたいです」
和美ちゃんが俺の腕へ頬を寄せる。
まるで頬ずりするように。
「信吉さんにとって私は大切な女の子なんですよね?」
「それは……うん」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「どれくらい大切ですか?」
「どれくらいって言われても……」
「ものすごく?」
「う、うん」
「誰にも傷つけさせたくないくらい?」
「もちろん」
「ずっとそばにいてほしいくらい?」
「えっ?」
「どうなんですか?」
和美ちゃんが上目遣いで俺を見つめてくる。
しかも真剣な目で。
「それは……」
「それは?」
「い、いてくれたら嬉しいよ」
「…………」
「和美ちゃん?」
返事がない。
俺の腕へ抱きついたまま固まっている。
「どうしたの?」
「今、幸せを噛み締めています」
「そ、そうなんだ」
「少し静かにしてください」
「俺から聞いたのに!?」
「信吉さんの言葉を頭の中で何度も再生していますので」
「そんなことできるの?」
「できます」
和美ちゃんが小さく頷く。
「いてくれたら嬉しい。いてくれたら嬉しい。いてくれたら嬉しい」
「口から出てるよ!」
「これは再生中です」
「恥ずかしいからやめてよ」
「嫌です。一生覚えておきます」
「一生!?」
「はい! 一生です♡」
和美ちゃんが顔を上げる。
すごく嬉しそうに笑っていた。
紫色の瞳に、なぜかハートが浮かんでいる気がする。
目の錯覚だろうか?
「信吉さん」
「な、なに?」
「今日は離しませんからね」
「えっ?」
「この腕、今日はずっと私のものです」
和美ちゃんが左腕を抱え直す。
ぎゅうっ。
さっきよりも強い。
「ずっとって家に着くまで?」
「それだけだと思います?」
「違うの?」
「どうでしょうね〜」
「離さないって、どういうこと?」
「それは秘密です♡」
「秘密なの?」
「そうです」
「俺の腕に関係することなのに?」
「信吉さんは知らなくても大丈夫です」
「俺の腕なんだけど!?」
「今は私の腕でもあります」
「いつから!?」
「抱きついた時からです」
「許可した覚えがないよ!」
「嫌じゃないと言ってくれました」
「言ったけど……」
「では問題ありませんね」
和美ちゃんが満足そうに頷く。
また、この流れだ。
俺が少しでも受け入れたら、和美ちゃんは遠慮なく先へ進んでいく。
膝まくらの時もそうだった。
最初は膝まくらだけだったのに頭まで撫でることになった。
今回もきっと同じだ。
多分、家へ着いた後なにかが待っている。




