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仲の良かった親友の計画によって嘘告された俺。その話を聞いた親友の妹がブチギレた  作者: 白金豪


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第30話 剃り上げ

(今村和哉視点)


「いやだ〜! いやだ〜〜!」


 椅子がガタガタと鳴った。


 立ち上がろうとした俺の肩を大きな手が押し戻す。


「座ってろ」


「座ってるだろ! 見れば分かるだろ!」


「じゃあ立とうとするな」


「帰りたいんだよ!」


 狭い倉庫の中。


 壁際には段ボールが積まれ、使っていない棚や折り畳まれた台車が置かれている。


 その真ん中で俺は椅子に座らされていた。


 右に男。


 左にも男。


 どっちも体がでかい。


 さっきから抜け出そうとしているのに少し腰を浮かせただけで押し戻される。


 なんなんだよ、こいつら。


「落ち着けって」


「落ち着けるか!」


「まだなにもしてないだろ」


「今からするつもりなんだろ!?」


 目の前に立っている坊主頭の男を見る。


 親父の知り合い。


 俺を家まで迎えに来て、そのまま連れてきた男。


 あの時も怖いと思った。


 でも今の方がもっと怖い。


 だって、その手にバリカンを持ってるのだから。


「ただ髪を剃り上げるだけだよ」


「だ、誰のだよ?」


「お前の」


「お、俺は頼んでない!」


 男が親指を動かす。


 カチッ。


 ビービーッ。


「ひっ!?」


 機械音が倉庫の中へ響いた。


 バリカン。


 本物だ。


 いや最初から本物だとは思っていたけど。


 動いているところを見ると急に現実味が増した。


「よし。刈り上げるぞ」


「よし、じゃねえよ!」


 俺は両足を踏ん張った。


 椅子から腰を浮かせる。


「離せ! 離してくれって!」


「おっと」


 右の男が俺を押さえる。


 左の男もすぐに手を伸ばしてきた。


 次の瞬間には元の位置へ戻されていた。


「なんでだよ!」


「暴れるからだろ」


「暴れさせてるの、そっちだろ!」


 バリカンの音が止まらない。


 ビービーッ。


 嫌な音。


 ものすごく嫌な音。


 今まで床屋で聞いても、なんとも思わなかったのに。


 こんなに怖い音だったのかよ。


「待って! 話し合おう!」


「さっきから話してるだろ」


「俺の意見が全然通ってない!」


「髪を剃り上げるくらいで騒ぐな」


「くらいじゃねえんだよ!」


 俺の髪だぞ。

 

 男が一歩近づく。


 俺は反射的に首を引いた。


「待って待って待って!」


「今度はなんだ」


「どういう髪型にするつもりなんだよ?」


 まだ希望はある。


 横だけかもしれない。


 襟足を少し短くするだけかもしれない。


 百歩譲ってそれなら——。


「俺みたいにする」


 男の頭を見る。


 短い。


 どこを見ても短い。


 前髪がない。


 横へ流す髪もない。


 ワックスが活躍する場所なんて、どこにもない。


 完全な坊主頭。


「せめて前髪は残して!」


「残さない」


「ちょっとだけ!」


「全部だ」


「前髪になんの恨みがあるんだよ!」


 涙が浮かんできた。


 悔しい。


 怖い。


 帰りたい。


 自分の部屋へ帰って鍵をかけたい。


 親父がドアを開けようとしていた時、もっと頑張ればよかった。


「もういいか?」


「よくない!」


 額の前にバリカンが近づく。


「そこ!? そこからやるの!?」


 俺は驚きを隠せない。


「動くなよ」


「待って! まだ心の準備が――」


 生え際へ、ひんやりしたものが触れた。


「いやだ〜〜!」


 ビイイイッ。


 音が変わる。


 額の真ん中から頭の上へ。


 バリカンが進んだ。


「ギャ〜〜〜!」


 髪が目の前を落ちていく。


 ふわっと何本も。


 いや、何本どころじゃない。


 まとまって落ちてきた。


 肩へ。


 胸へ。


 膝の上へ。


「俺の髪! 俺の髪ぃぃぃ!」


 目だけを必死に上へ向ける。


 見えない。


 自分の頭なんて見えない。


 でも分かる。


 今、真ん中を通った。


 額から後ろまで、一直線に通っていった。


 絶対に変なことになってる!


「なにしてくれてんだよぉぉ!」


「だから剃り上げてるんだって」


「知ってるよ!」


 バリカンが離れた。


 終わった?


 いや男は俺の頭を見て、もう一度バリカンを持ち直した。


「よし」


「だから、その『よし』やめろって!」


 また額へ近づいてくる。


 今度は、さっきより少し横。


「もういい! もうやっただろ!」


「まだ真ん中だけだぞ」


「じゃあ真ん中だけでいい!」


「本当にそれでいいのか?」


「…………」


 よくない。


 絶対によくない。


 でも全部なくなるのも嫌だ。


 どうすればいいんだよ!


 どっちを選んでも終わってるじゃねえか!


「いやだぁぁぁ!」


 体を捻る。


 左右の男たちの手に力が入った。


 椅子が少し鳴っただけで俺はどこにも行けなかった。


「動くなって」


「やめてくれよぉぉ!」


「すぐ終わるから」


「終わらせてほしくないんだよ!」


 ビイイイッ。


 また髪が落ちる。


 今度は頬に引っかかった。


 息を吹いて落とそうとする。


 落ちない。


 涙で濡れた頬に張りついている。


「うぅ……っ」


 鼻をすする。


 目の前で俺の髪がどんどん短くなっていく。


 いや目の前にあるのは剃られた髪だ。


 頭に残っている方は、もうどうなっているのか分からない。


「鏡! 鏡見せて!」


「終わってからな」


「途中経過を確認させろよ!」


「確認してどうするんだ?」


「…………」


 どうするんだろう。


 戻してくれって頼む?


 無理だろ。


 剃り上げた髪なんて戻るわけない。


 分かってる。


 分かってるけど、なにか言っていないと耐えられなかった。


「母さぁぁ〜〜ん」


 情けない声が漏れた。


 母さんもここにはいない。


 いたところで助けてくれたかどうか分からない。


 あの日も親父の味方だった。


 和美の味方だった。


 俺の話なんて全然聞いてくれなかった。


「親父に電話して……」


「なんて?」


「やっぱり帰ってこいって言ってないか聞いて……」


「言われてないぞ」


「これから言うかもしれないだろ!」


 男は返事をしなかった。


 代わりにバリカンが俺の横の髪へ近づく。


「ひぃぃ!」


 ビービーッ。


 耳の近くで機械音が鳴った。


 さっきより大きく聞こえる。


 思わず肩をすくめた。


「頼むから、じっとしてろ」


「じゃあやめてよ……」


 声がかすれてきた。


 もう何回叫んだのか分からない。


 喉が痛い。


 それでもバリカンが動くたび勝手に声が出た。


「いやだ……いやだって……!」


 ジョリジョリジョリジョリ。


 横も。


 反対側も。


 後ろも。


 男は黙々とバリカンを動かしていく。


 俺が叫んでも、泣いても、頼んでも。


 機械音は止まらなかった。


 膝の上に積もった髪を見る。


 これ全部俺のだ。


 ついさっきまで頭についていた。


 なのに今は床にも散らばっている。


「返してよ……」


「ん?」


「俺の髪……」


 男が最後にもう一度、頭の上へバリカンを滑らせた。


 それから。


 カチッ。


 音が止まった。


「よし。終わりだ」


「…………」


 左右から押さえていた手が離れる。


 俺はすぐには立てなかった。


 膝の上へ置いた手が震えている。


 ゆっくり片手を上げ、自分の頭へ触れた。


「……え」


 ない。


 指で掴める髪がない。


 いつもなら前髪が触れるはずの場所に、なにも垂れてこない。


 ざらついた頭の表面を指先が滑った。


 横も触る。


 後ろも。


 どこを触っても同じだった。


「うそだろ……」


 男が小さな手鏡を差し出してくる。


「ほら」


 受け取りたくなかった。


 でも見ないわけにもいかなかった。


 俺は震える手で鏡を持って覗き込んだ。


「はっ!?」


 誰だよ。


 いや俺だ。


 顔は俺。


 泣いて赤くなった目も、鼻も、間違いなく俺だった。


 でも髪が違う。


 あれだけ気に入っていた髪は全部刈り落とされていた。


 額が丸見え。


 耳も丸見え。


 指を動かしても流せる前髪がない。


「すっきりしただろ」


「してねえよ……」


 鏡の中の俺が、くしゃっと顔を歪める。


 また涙が落ちた。


「いやだって……言ったのに……」


 声が震える。


 膝の上から剃られた髪がぱらぱらと床へ落ちた。


「これからどうすりゃあいいんだよ〜〜」


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