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仲の良かった親友の計画によって嘘告された俺。その話を聞いた親友の妹がブチギレた  作者: 白金豪


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第27話 恩

(今村和美視点)


 放課後。


「…………」


 私は昇降口の壁際に立ち、階段の方をじっと見つめていた。


 帰ろうとする生徒たちが次々と横を通り過ぎていく。


「和美ちゃん、また明日ね」


「また明日」


 同じクラスの子へ笑顔で手を振る。


 その子の姿が見えなくなると、私はすぐに階段へ視線を戻した。


「…………まだですか」


 別に待ち合わせをしているわけじゃない。


 私が勝手に待っているだけ。


 あの人物がいつ教室を出るのかも分からない。


 もう帰ってしまった可能性だってある。


 でも、どうしても聞きたいことがあった。


「あっ」


 階段から金色の頭が見えた。


 制服のポケットへ両手を入れ、一人で階段を下りてくる。


 周りに男子たちの姿はない。


 ついてる。


 連れがいたら少し面倒だと思っていた。


 私は壁から背中を離し、靴箱の前へ向かう。


 金髪は私に気づいていない。


 面倒そうにあくびをしながら上履きを脱ぎ、靴箱からスニーカーを取り出した。


「…………」


 声を掛けるなら今。


 そう思った時、金髪が顔を上げる。


「ん?」


 目が合った。


 向こうも私の顔を知っていたらしい。


 少し驚いたように目を見開く。


「今村の妹……だよな?」


「そうです。どうして、あんなことをしたんですか?」


「え?」


 私は単刀直入に尋ねた。


「あんなこと?」


 金髪が不思議そうに首を傾げる。


「とぼけないでください。屋上で宮下さんに嘘告した件です」


「ああ」


 金髪が納得したように首を縦に振った。


「見てたんだ」


「たまたまですけどね」


「そんな偶然ある?」


「あるんです。それが」


「それもそうか」


 悪びれる様子もなく小さく笑っている。


 私は眉を寄せた。


「なぜです?」


「なぜって?」


「わざわざ幼馴染に嘘告をして、あそこまで傷つける理由が分かりません」


「ああ。なるほどね」


 金髪はスニーカーへ履き替えながら何度か頷く。


「恩返しだよ」


「……恩返しですか?」


「そう。君と青木君に対してね」


「私と信吉さんに?」


 ますます意味が分からない。


 私はこの人と話した記憶がない。


 今日まで顔すら知らなかった。


 信吉さんの名前が出てきたのも驚きだ。


「どういうことですか?」


「君さ、自分の兄貴にビンタしただろ?」


「…………」


「それから教室で股間も蹴り上げた」


「見ていたんですか?」


「同じ学校なんだから噂くらい聞くよ。今村が妹に金的されて教室で動けなくなったって、結構な話題になってたぞ」


「そうなんですか」


 あれの醜態が広まっている。


 少しだけ気分がよくなった。


「それだけじゃない。学校まで退学しただろ?」


「どうして、そこまで知っているんですか?」


「当然だろ。学校で広まってるよ」


「…………」


「最高だったよ」


 金髪が口元を歪める。


「今村が妹にビンタされて、金的されて、最後には学校まで辞めた。あいつが苦しんでるって聞いただけで胸の辺りがすっとした」


「どうして、そこまで——」


「復讐してもらったような気分だったからだよ」


「復讐?」


「俺、中学時代に今村からいじめを受けたんだ」


「…………え!?」


 すぐには言葉の意味を理解できなかった。


 いじめ?


 あれが?


 いや、あれなら、やっていてもおかしくない。


 でも、どうして私は知らなかったんだろう?


 違和感しかない。


「中学二年の頃だったかな。あいつと同じクラスになってさ」


 金髪が視線を下げる。


 さっきまで浮かんでいた笑みが少しだけ薄くなった。


「最初は軽くからかわれる程度だったんだよ。俺も笑って流してた。でも段々エスカレートしていった」


「…………」


「廊下ですれ違う度に肩をぶつけられたり、教科書を隠されたり。呼び出されて、殴られたり蹴られたりしたこともある。周りの奴らと一緒に俺を囲んで、泣くまでバカにされた」


「そんなことを……」


「今村は相手が嫌がる顔を見るのが好きだったんだろうな」


 金髪が自分の腕を掴む。


 なんでもない話をするような口調なのに指先には力が入っていた。


「俺も最初は誰にも言えなかった。先生に話したことがバレたら、もっとエスカレートすると思ってたから」


「最終的には学校へ相談したんですか?」


「ああ。耐えられなくなったね」


 金髪が乾いた笑い声を漏らす。


「朝、学校へ行こうとすると吐きそうになってさ。玄関から動けなくなった。それを親に見られて全部話した」


「…………」


「それで学校へ連絡した。担任と学年主任、俺たちの家族も呼ばれて話し合いになった」


「家族も……」


 その言葉を聞いた瞬間、昔の記憶が浮かんできた。


 私が中学一年の頃。


 ある日の夜、あれとパパとママが三人で珍しく学校に出掛けて行った。


『なにしに行くの?』


 そう聞いてもママは教えてくれなかった。


『ちょっと学校へ行ってくるだけよ』


『なんでお兄ちゃんも?』


『和美は家で待っていてくれ』


 帰ってきた時パパとママは一言も話さなかった。


 あれも気まずそうに俯き、そのまま自分の部屋へ逃げていった。


 それ以前のパパは、あれがなにか言えば笑って聞いてたし、対応も良かった。


 でも、あの日から変わった。


 あれの帰宅が遅ければ理由を聞くようになった。


 あれが「友達と遊んでいた」と言っても素直に信じなくなった。


 少しでもおかしなところがあれば厳しく問い詰めるようになった。


 あれの言葉も信じなくなっていた。


 この現象はパパとママに少なからず共通していた。


「もしかして……」


「ん?」


「以前に私以外の家族が夜に学校へ出掛けたことがあります」


「たぶん、それだろうな」


「なにがあったのか聞いても誰も教えてくれませんでした。でも、その日を境にパパとママのあれへの態度が明らかに変わったんです」


「…………」


「今回、パパとママは私の話をすぐに信じてくれました。あれの言い訳はほとんど聞こうとしなかったです」


「一度、似たようなことがあったからだろうね」


「そういうことだったんですね」


 ようやく分かった。


 どうしてパパが、あれの言葉をあそこまで信用しなかったのか。


 どうしてママも、あれを庇おうとしなかったのか。


 信頼が突然なくなったわけじゃない。


 あれは中学時代に自分の手で両親からの信頼を壊していた。


「俺の憶測なんだけどさ。両親は君に知られたくなかったんじゃないかな?」


「なにをですか?」


「自分の兄貴が人をいじめるような奴だってことをね」


「…………」


「当時の君はまだ中学一年だろ。余計な心配をさせたくなかったのかもしれない。それに自分の息子がいじめをしたなんて家族にとっても簡単に話せることじゃないだろうし」


「そう……かもしれませんね」


 パパとママが本当はどう考えていたのか分からない。


 今度聞いても、また教えてくれないかもしれない。


 でも金髪の憶測は間違っていないような気がした。


「話し合いの後は担任がかなり注意して見るようになった。俺と和哉の席を離して休み時間も様子を確認してくれた。それで表立ったいじめはなくなったよ」


「そうだったんですね」


「まあな。でも一番に俺を助けてくれたのは先生じゃない」


「え?」


「青木君だよ」


「信吉さんが?」


 思わず声が大きくなった。


「信吉さんが、どうしたんですか?」


「やっぱり食いつくな」


「早く教えてください」


「分かった、分かった」


 金髪が苦笑する。


「学校に相談する前、いじめの真っ只中の時に、青木君は今村が俺にできるだけ接触しないように気を利かせてくれた」


「やっぱり信吉さんは優しいです」


「ああ。変わらないよ」


 金髪が少しだけ優しい顔で笑った。


「先生にも相談しようと話を持ち掛けてくれたんだ。でも俺が止めたんだ」


「どうしてですか?」


「怖かったんだよ。先生に話したことが今村にバレたら次はなにをされるか分からなかったから」


「…………」


「青木君から謝られたりもしたよ」


「信吉さんが謝った?」


「ああ」


 金髪が静かに息を吐く。


「『俺じゃ和哉を止められない。ごめん』って」


「…………」


「青木君はなにも悪くない。それでも本気で申し訳なさそうな顔をしてた。あの時の俺には、それだけで十分だったんだ」


 金髪が顔を上げる。


「味方が一人でもいる。それが分かっただけで、どれだけ救われたか。周りは見ているだけで誰も助けてくれなかったから余計に嬉しかった」


「……信吉さん」


 今より少し幼かった信吉さんが誰かを守ろうと一生懸命になっている姿が頭に浮かぶ。


 やっぱり信吉さんは優しい。


 昔からずっと。


 それなのに、あれはそんな信吉さんまで傷つけた。


 嘘告で信吉さんの心をズタズタにした。


 最低。


 思い出したら、また腹が立ってきた。


「だから許せなかった」


 金髪の口調にも力が籠る。


「幼馴染のあいつが今村と協力して嘘告して青木君をひどく傷つけたことが。今村と幼馴染のあいつが許せなかった」


「宮下さんのことですね」


「ああ」


「昔から仲がよかったんじゃないんですか?」


「仲はよかったよ。少なくとも俺はそう思ってた」


 金髪が間を作る。


「でも青木君へ嘘告した話を知って、愛想が尽きた」


「…………」


「悪いと思ってるなら、何度でも頭を下げればいい。妹に邪魔されたから謝れませんでした、なんて言い訳にもならない」


 妹。


 私のことだ。


「それで同じことをしたんですか?」


「ああ。恩返しと復讐を兼ねてね」


「私への恩返しというのは?」


「俺をいじめてた今村を追い出してくれたこと」


「私はあなたのためにやったわけではありませんよ?」


「分かってるよ。それでも俺にとっては、ずっと欲しかった結末だったんだ」


 金髪が自分の金色の髪へ触れる。


「今村が苦しんでるのを見たり聞いたりして気持ちがよかった。ざまあみろって思った。だから今度は俺にしかできないやり方で青木君を傷つけたあいつにも同じ思いをさせたかった」


「…………」


「あいつが俺を好きなのは前から気づいてた。それを利用した」


「あれと宮下さんと同じやり方ですし、同類になっただけだと思いますけどね」


「ははっ」


 金髪が声を出して笑った。


「確かにそうかもね」


「笑い事ではありません」


「分かってるよ。今日のあいつの顔を見ても胸がすっとしただけじゃなかった」


「後悔しているんですか?」


「さあな」


 金髪が目を逸らす。


「まだ自分でも分からない。でも、もう二度とやるつもりはないよ」


「そうしてください」


「君、結構はっきり言うんだな」


「ケースバイケースです。もちろん信吉さんに言うことは滅多にないですから」


「基準が全部、青木君なんだな」


「当然です」


 なにがおかしいのか、金髪がまた笑った。


「それに、俺が髪を金色に染めたのも、元をたどれば今村の影響なんだ」


「その髪が?」


「ああ。高校へ入る前に染めた」


 金髪が金色の前髪を指で摘まむ。


「少しでも強そうに見せたかったんだよ。こいつに手を出したら面倒そうだって思わせたかった」


「いじめられないための防衛ですか?」


「そんなところ」


 自虐するような笑みを浮かべる。


「髪を染めたくらいで強くなれるわけじゃない。でも昔の弱かった自分とは違うって思いたかったんだ」


「…………」


 明るい金色の髪。


 最初は目立ちたがり屋なのかと思っていた。


 でも、この人にとっては違った。


 自分を守るために作った鎧だったんだ。


「話は以上かな?」


 金髪が私の横を通り過ぎる。


「俺が知ってることは全部話した。もう帰っていいだろ?」


「あ、待ってください」


「まだなにかあるの?」


 金髪が振り返る。


「動画です」


「動画?」


「宮下さんへの嘘告を撮影していましたよね?」


「ああ」


「拡散しないで必ず消してください」


「…………」


「宮下さんに自分のしたことを分からせた時点で、もう十分です。あれを学校中に広めたら、今度は関係のない人たちまで面白がります」


「宮下を許すのか?」


「まさか」


 私はすぐに否定する。


「信吉さんを傷つけたことは許しません。今でも大嫌いです」


「なら放っておけばいいだろ」


「嫌いな相手なら、どこまで傷つけてもいいわけではありません」


「…………」


「それに動画まで拡散したら、もう仕返しではなく、ただのいじめです」


「厳しいな」


「どちらに対してですか?」


「俺に対して」


「当然です。信吉さんへの恩返しと言いながら信吉さんが嫌がりそうなことをしないでください。それに信吉さんも望んでいないと思いますから」


「……それを言われると弱いな」


 金髪がポケットからスマートフォンを取り出す。


 画面を何度か指で触り、動画の一覧を開いた。


「撮影した奴から、さっき送られてきた」


「他の人が持っている元の動画も消させてください」


「分かったよ」


「本当にですか?」


「疑うなって」


「今日初めて話した人を、どうやって信用しろと言うんですか?」


「それもそうだ」


 金髪が苦笑しながら男子たちのグループへメッセージを送る。


『さっきの動画、全部消してくれ。誰にも送るな』


 送信された画面を私へ見せてくる。


「これでいいか?」


「あなたの分もです」


「はいはい」


 金髪が動画を開く。


 屋上で泣いている宮下さんが映っていた。


 すぐに削除のボタンを押す。


 画面から動画が消えた。


「最近削除した項目からも消してください」


「そこまで確認する?」


「します」


「徹底してるな……」


 金髪は言われたとおり、もう一度動画を削除した。


「これで満足かい?」


「はい。元の動画を撮影した人にも同じところまで消させてくださいね」


「分かったよ」


「もし拡散されていたら、あなたがやったことだと判断します」


「怖いな、君」


「思うのは自由です」


「そうだね」


 金髪がスマートフォンをポケットへ戻す。


「元々、拡散するつもりはなかった。幼馴染のあいつに同じ気持ちを味わわせたかっただけだからな」


「それも褒められたことではありませんけどね」


「本当に容赦ないな」


 金髪は怒らなかった。


 どこかすっきりしたような微笑を浮かべる。


「じゃあ俺は帰るよ」


「はい」


「青木君によろしく」


「今日の件は信吉さんに伝えてもいいんですか?」


「今回のことや昔のいじめについては伝えて欲しくないかな」


「分かりました」


「でも、これだけは伝えて欲しいかな」


「なんですか?」


 金髪が少しだけ振り返る。


「あの時、助けようとしてくれてありがとうって」


「…………」


「俺は今でも感謝してるから」


 それだけ言い残し、金髪は昇降口を出ていく。


 夕日に照らされた金色の髪が少しまぶしく見えた。


「…………」


 私は遠ざかっていく背中を見つめる。


 金髪が宮下さんにしたことを正しいとは思わない。


 同じ痛みを与えたところで信吉さんの傷が消えるわけでもない。


 でも。


「信吉さん、昔から優しかったんですね」


 胸の奥が少しだけ温かくなる。


 私の知らないところでも誰かを助けようとしていた。


 それを知れたことだけは嬉しかった。


「…………早く会いたいです」


 明日の朝まで待てそうにない。


 帰ったらメッセージを送ろう。


 できれば声も聞きたい。


 今日も信吉さんの家へ行っていいか聞いてみてもいい。


 こうして金髪の背中が見えなくなったところで私も自分の靴箱へ向かった。


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