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仲の良かった親友の計画によって嘘告された俺。その話を聞いた親友の妹がブチギレた  作者: 白金豪


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第2話 慰め

「大丈夫ですか!」


 和美ちゃんが俺のところへ駆け寄ってくる。


 そのまま俺の前でしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んできた。


「……うん……大丈夫だよ」


 俺は和美ちゃんと目を合わせずに答えた。


 今、自分がどんな顔をしているのか分からない。


 でも少なくとも人に見せられる顔じゃないことだけは分かっていた。


「…………」


 目元を隠すように顔を伏せる。


「信吉さん」


「本当に大丈夫だから」


「私の目を見て言ってください」


「…………」


 無理だった。


 顔を上げたら絶対にバレる。


 いや、もうとっくにバレているのかもしれない。


「信吉さんの表情、全然大丈夫そうに見えません」


 和美ちゃんの声は優しかった。


 だからこそ余計につらかった。


 今は誰かに優しくされたくない。


 少しでも優しくされたら必死に我慢しているものが全部出てしまいそうだった。


「……和美ちゃんには関係ないよ」


「あります」


「ないよ」


「あります」


「どうして?」


「信吉さんだからです」


 和美ちゃんは迷わず答えた。


 俺は少しだけ顔を上げる。


 肩にかかるピンク色の髪が風に揺れていた。


 和美ちゃんは普段からよく笑う。


 和哉の家へ遊びに行けば、いつも玄関まで出てきてくれた。


『信吉さん、こんにちは!』


『またお兄ちゃんの部屋ですか?』


『ゲームばかりしていたらダメですよ』


 今よりずっと幼かった頃から俺のことを「信吉さん」と呼んでくれている。


 その和美ちゃんが今はまったく笑っていなかった。


「なにがあったか話してください」


「でも……」


「お願いします」


 和美ちゃんが真っすぐ俺を見る。


「私には話せませんか?」


「そういうわけじゃない」


「だったら話してください。信吉さんをこんな顔にした人がいるなら私は知りたいです」


「…………」


 俺は返事をしなかった。


 話したところで何かが変わるわけじゃない。


 和哉との関係が元に戻るわけでもない。


 宮下さんの告白が本当になるわけでもない。


 それに相手は和美ちゃんの兄だ。


 妹の前で兄の悪口を言うような真似はしたくなかった。


「和美ちゃん」


「はい」


「聞いたら嫌な気分になると思う」


「それでも聞きます」


「俺のことじゃなくて和美ちゃんが」


「どうして私が嫌な気分になるんですか?」


「それは……」


 言えなかった。


 お前の兄に笑いものにされたから、なんて。


「もしかして、お兄ちゃんが関係しているんですか?」


 心臓が跳ねた。


 何も答えていない。


 それでも和美ちゃんには分かってしまったらしい。


「ちょっと前にお兄ちゃんたちとすれ違いました」


「和哉と?」


「はい。クラスの人たちと一緒でした。女の先輩もいました」


 たぶん宮下さんだ。


「みんな笑っていました。何か面白いことがあったみたいに」


「…………」


「でも、お兄ちゃんは信吉さんと一緒じゃなかったです。それが気になって屋上まで来たんです」


「そうだったんだ」


「お兄ちゃんが何かしたんですね?」


「いや……」


「信吉さん」


「…………」


「かばわないでください」


 その一言を聞いて、言葉に詰まる。


 別に和哉をかばうつもりはなかった。


 ただ、まだどこかで信じたかっただけだ。


 あれは冗談だった。


 親友同士なら笑って許せることだった。


 傷ついた俺のほうがおかしい。


 そう思えば、明日からも今までと同じように過ごせるかもしれない。


「信吉さんが黙っていたら何も分かりません」


「……うん」


「私、途中で口を挟みませんから」


「……」


「全部、話してください」


 和美ちゃんの声に押され、俺はようやく口を開いた。


「宮下さんに告白されたんだ」


「宮下さん?」


「俺のクラスの女子。黒髪が長くて……たぶん和美ちゃんも見たことあると思う」


「さっきお兄ちゃんの隣を歩いていた人ですか?」


「たぶん、その人」


「その人が信吉さんに告白したんですか?」


「うん。この屋上に呼び出されて、好きですって」


 話しながら宮下さんの声が頭の中によみがえる。


『青木君のことが、好きです』


 あの瞬間は本当に嬉しかった。


 どうして俺なんかを、とは思った。


 でも、もしかしたら本当に俺のことを見てくれていた人がいたのかもしれない。


 そう期待してしまった。


「それで、返事をしようとしたら、みんなが出てきた」


「みんな?」


「和哉と、クラスの男子たち」


「……お兄ちゃんが?」


「扉の陰に隠れてたみたいだ」


 和美ちゃんは何も言わない。


 約束どおり口を挟まずに俺の話を聞いてくれていた。


「和哉が笑いながら言ったんだ。悪いな、嘘告だって」


「…………」


「罰ゲームだったらしい。宮下さんがゲームに負けて、俺に告白することになったんだって」


 自分で話しているうちに、改めて実感してしまう。


 本当にひどい話だ。


 こんなことをされて、どうして俺は和哉をかばおうとしているんだろう。


「和哉が俺を選んだらしい」


「どうして……」


 和美ちゃんが小さく呟く。


 でも、それ以上は何も言わなかった。


「俺なら絶対に信じると思ったんだって。彼女ができたこともないし、宮下さんみたいな女子に告白されたら舞い上がると思ったらしい」


 そのとおりだった。


 俺は信じた。


 舞い上がった。


「みんなに笑われたよ。顔が赤いとか、本気で告白だと思ったのかとか。返事を再現してみろって言われて……」


 声が震え始めた。


 もうやめたい。


 それなのに、1度話し始めると止められなかった。


「俺、宮下さんに言われたんだ。前にプリントを拾ってくれたから好きになったって」


「はい」


「そんなことあったかなって最初は思った。でも、確かに前に拾ったことがあってさ。それを覚えてくれてたんだと思ったら、嬉しくなって……」


「…………」


「でも、それも全部その場で考えた嘘だった」


 視界がまたぼやけてくる。


 慌てて目元を擦った。


「馬鹿だよな」


「信吉さん」


「プリントを拾ったくらいで、クラス1の美少女が俺を好きになるわけないのに。本気にした俺が馬鹿だったんだよ」


「違います」


「違わないよ」


「違います」


 さっきまで黙っていた和美ちゃんが、はっきりと否定した。


「信吉さんは何も悪くありません」


「でも、俺が勝手に信じて――」


「告白されたら信じるのは普通です。信じさせるために嘘まで考えた人たちが悪いんです」


「…………」


「人の気持ちを利用して笑うほうが、絶対におかしいです」


 和美ちゃんの声が少し震えていた。


 怒っているようにも聞こえた。


「それに……」


 和美ちゃんは膝の上で両手を強く握った。


「お兄ちゃんは、信吉さんの親友なのに」


「俺はそう思ってた」


「思ってた、じゃありません」


「え?」


「信吉さんは、お兄ちゃんのことをずっと大切にしてくれていました」


「…………」


「小学生の頃から、ずっと」


「和美ちゃん……」


「お兄ちゃんが風邪で学校を休んだとき、毎日プリントを持ってきてくれたじゃないですか。お兄ちゃんが部活で先輩と喧嘩したときも、何時間も話を聞いてくれました」


「よく覚えてるな」


「覚えています。信吉さんは、いつもお兄ちゃんの味方でしたから」


 和美ちゃんが唇を噛む。


「なのに……どうしてお兄ちゃんは……」


 その先は言わなかった。


 俺も何も言えなかった。


「嘘告されたことも、もちろんつらかったよ」


 自分の声がひどく弱く聞こえる。


「でも、和哉が笑ってたことのほうが、ずっときつかった」


「…………」


「知らない奴らに笑われるだけなら、まだ耐えられたと思う。宮下さんにも腹は立つけど、そのうち忘れられたかもしれない」


「はい」


「でも、和哉は……」


 また涙がこぼれた。


「俺の親友だったんだ」


 言い終えた瞬間、身体に力が入らなくなった。


 もう隠すこともできなかった。


「つらかったですね」


 和美ちゃんが静かに言った。


「信吉さん、本当につらかったですね」


「…………」


「今まで我慢していたんですね」


「別に、我慢なんて……」


「もう強がらなくていいです」


 和美ちゃんが俺との距離を詰める。


 次の瞬間、俺の身体は柔らかな温かさに包まれた。


「え……」


 和美ちゃんが、俺を抱きしめていた。


 突然のことで身体が固まる。


 離れたほうがいい。


 そう思ったのに、動けなかった。


「和美ちゃん……?」


「今だけです」


「でも……」


「今だけ、こうさせてください」


 和美ちゃんの腕に力がこもる。


 耳元で聞こえる声は、俺よりも泣きそうだった。


「信吉さんは悪くありません」


 ゆっくりと背中をさすられる。


 子供を落ち着かせるような、優しい手つきだった。


「悪いのは、信吉さんの気持ちを笑った人たちです」


「…………」


「だから、自分を馬鹿だなんて言わないでください」


 背中をさする手が、何度も同じ場所を往復する。


 不思議だった。


 さっきまで冷たかった身体が、少しずつ温かくなっていく。


「俺……本当に信じたんだ」


「はい」


「もしかしたら、俺のことを好きになってくれる人がいたのかもって」


「はい」


「少しくらい、期待してもいいのかなって」


「期待していいんです」


「でも、全部嘘だった」


「……はい」


「和哉まで俺を笑ってた」


「はい」


「ずっと親友だと思ってたのに……」


「分かっています」


「俺、明日からどうすればいいんだよ……」


 そこで、完全に我慢できなくなった。


 和美ちゃんの肩に顔を伏せる。


 情けない声が漏れた。


 泣きたくなかった。


 女の子の前で、それも親友の妹の前で泣くなんて、格好悪すぎる。


 それでも和美ちゃんは、俺を笑わなかった。


 何も言わずに抱きしめたまま、ずっと背中をさすってくれた。


「大丈夫です」


 さっき俺が口にしたものとは違う。


 強がりでも、その場しのぎでもない。


 和美ちゃんの「大丈夫です」は、本当に信じてもいいと思える声だった。


「私がいますから」


「和美ちゃんが?」


「はい。私が信吉さんのそばにいます」


「…………」


「だから今日は、もう我慢しないでください」


 屋上に夕方の風が吹く。


 ピンク色の髪が俺の頬に触れた。


 でも、和美ちゃんは離れなかった。


 俺が落ち着くまで、何度も、何度も、優しく背中をさすってくれる。


 宮下さんの告白は嘘だった。


 和哉の「親友」も、もしかしたら嘘だったのかもしれない。


 何を信じればいいのか分からなくなっていた。


 それでも。


 今、俺を抱きしめてくれている和美ちゃんの温かさだけは、嘘じゃないと思えた。


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