第3話 世界最強とお散歩
彩乃とお出かけする悠斗。色んな人の視線を浴びながらとある事件に巻き込まれる!?
第3話スタート!
地下室を出たあとも、俺の頭の中は整理できていなかった。
十五年間。彩乃は、たった一人で俺を待ち続けていた。
「……少し散歩してくる」考えを落ち着かせたくて、そう呟く。
「かしこまりました」メイドが一礼する。玄関を出ると、澄んだ空気が肺に流れ込んだ。
「やっぱり外は気持ち──」
「悠人様」門の前に立っていた騎士が一歩前へ出る。
「護衛をお付けいたします」
「いや、大丈夫です」
「大丈夫ではありません」即答だった。
「彩乃様より『悠人様を絶対に一人にしないように』との命令を受けております」
「いや、本当にその辺を歩くだけだから」
「では、その辺をご案内いたします」
「違うそうじゃない」俺が裏門へ向かうと、そこにも騎士。庭へ向かえば、植え込みの向こうから別の騎士。塀の近くまで行くと、見えない壁に手がぶつかった。
「いてっ!」淡い青色の膜が一瞬だけ浮かび上がる。
「魔法障壁です」騎士が説明する。
「外敵の侵入を防ぐ結界になります」
「……中から出ることは?」
「彩乃様の許可が必要です」
「屋根は?」見上げる。
すると、屋根の上で弓を構えた騎士と目が合った。
軽く会釈された。
「……」
空を見れば、巨大な飛竜が屋敷の周囲を旋回している。
「空まで?」
「はい」
「…………」俺は屋敷全体を見渡した。
高い城壁、何重にも張られた結界、数え切れないほどの騎士、空からの警戒。
これ…要塞じゃね?
「悠人」聞き慣れた声だった。振り返ると、彩乃が微笑みながら歩いてくる。白いワンピースが風に揺れる。
「一緒に散歩しよ?」
「……彩乃」
「なあに?」
「俺、監禁されてる?」彩乃はきょとんと首を傾げた。
「違うよ?」
「じゃあ何?」
「逃げられないようにしてるだけ♡」
「監禁と何が違うんだ!」思わず叫ぶ。
周囲の騎士たちは「また始まった」という顔をしていた。彩乃は少しだけ頬を膨らませる。
「悠人がいなくなったら嫌だから」
「だからってこれは過剰警備だろ!」
「普通だけど?」
「どこの世界の普通だ!」彩乃は不思議そうな顔をしている。どうやら本気で普通だと思っているらしい。
……駄目だ。価値観が違いすぎる。
「じゃあ街へ行こう?」
「街?」
「うん。悠人に見せたいものがいっぱいあるの」断れる空気ではなかった。
結局、俺は彩乃と一緒に街へ向かうことになった。
翌朝、巨大な城門を抜ける。すると、一瞬で周囲の空気が変わった。
「あっ……!」露店の店主が彩乃を見る。
「彩乃様だ!」その一言で、街中がざわついた。
「世界最強様!」
「彩乃様、おはようございます!」
「今日もお美しい!」歩くたびに、人々が自然と道を開けていく。子どもたちは笑顔で手を振り、大人たちは深々と頭を下げる。彩乃は一人ひとりに笑顔で手を振り返していた。
「人気者なんだな」
「みんな優しいから好き」そんな会話をしていると、視線が俺へ集まる。
「隣の男性は?」
「噂の……」
「あの方?」
「彩乃様が十五年間探していた人?」
「えっ、本当に?」ひそひそ。ひそひそ。居心地が悪い…
「めちゃくちゃ見られてるんだけど」
「当然だよ」彩乃は嬉しそうに笑う。
「だって、自慢したかったもん」
「何を!?」
「悠人を♡」
「やめて!」顔が熱くなる。そのときだった。
「彩乃様!」八百屋の店主らしき男性が駆け寄ってきた。
「この前は娘を助けていただき、本当にありがとうございました!」
「元気になった?」
「はい! 今では毎日走り回っています!」店主は涙ぐみながら頭を下げる。彩乃は優しく笑った。
「それならよかった」店主は今度は俺を見る。
「あなたが悠人様ですか!」
「え、はい」
「ありがとうございます!」
「……え?」
「彩乃様が笑ってくださるようになったのは、あなたのおかげです」そう言って何度も頭を下げた。
俺は返す言葉が見つからなかった。街を歩けば歩くほど分かる。
この世界で彩乃は、ただ強いだけじゃない。
人々に心から慕われている存在なんだ。
そんなことを考えていると──
ドォォォン!!
地面が大きく揺れた。
悲鳴が上がる。
「魔物だー!!」街の入口から、巨大な黒い影が現れた。
四本足、真っ黒な外殻、赤く光る目。
高さは三階建ての家ほどもある。騎士たちの顔色が変わる。
「災厄級……!」
「総員戦闘!」
街が一瞬で戦場へと変わった。
巨大な魔物は、地面を揺らしながら街へ踏み込んできた。
「グオオオオオオオッ!!」咆哮だけで窓ガラスが震える。
「あ、あれは……!」
「災厄級だ!」
「なんで王都に!?」人々は悲鳴を上げ、一斉に逃げ始める。
騎士団長が剣を抜いた。
「第一部隊、住民の避難! 第二部隊、迎撃準備!」
「「はっ!」」何十人もの騎士が一斉に動く。
しかし、その表情に余裕はなかった。
「団長……勝てますか?」若い騎士が震えた声で尋ねる。
「……時間を稼ぐ」その一言で十分だった。
勝てない。そう判断しているのだ。俺は思わず彩乃を見る。
「彩乃、逃げよう!」しかし、彼女は微動だにしない。
ただ静かに魔物を見つめていた。
「大丈夫」
「いや、大丈夫じゃ──」
「悠人」彩乃は優しく笑う。
「少しだけ待っててね」そう言うと、俺の前から一歩だけ前へ出た。それだけだった。
「……え?」剣も抜かない、杖も持たない、詠唱もしない。ベルガルドが彩乃を見つけ、巨大な腕を振り下ろす。
「危ない!!」誰もがそう叫んだ。次の瞬間。
彩乃が右手を軽く上げる。
「止まって」たった、その一言。
ズドォォォン!!振り下ろされた腕が、彩乃の目の前でぴたりと止まった。まるで見えない壁にぶつかったようだった。
「なっ……」騎士団長が目を見開く。
ベルガルドは怒り狂ったように暴れる。だが、一歩も動けない。彩乃は困ったように小さくため息をついた。
「暴れたら危ないよ」ぱちん。指を鳴らす。
その瞬間だった。
ズォンッ──
音すら遅れて聞こえた。
巨大なベルガルドの身体が、光の粒となって空へ溶けていく。悲鳴もない、断末魔もない。
ただ、一瞬。
数秒前までそこにいた災厄級の魔物は、跡形もなく消えていた。
静寂。誰も言葉を発しない。風だけが街を吹き抜ける。やがて、一人の子どもがぽつりと呟いた。
「……終わった?」その言葉をきっかけに、街中が歓声に包まれる。
「彩乃様ー!!」
「さすが世界最強様!」
「助かった!」
「ありがとうございます!」子どもたちが駆け寄り、大人たちも何度も頭を下げる。
彩乃は照れくさそうに笑いながら、一人ひとりに手を振っていた。
「怪我した人はいない?」その一言に、騎士たちはすぐ動き出す。
「負傷者確認!」
「建物の被害を調査!」
「はい!」俺だけが、その場に立ち尽くしていた。
「……彩乃」
「ん?」
「今、何した?」
「魔法だけど?」
「いやいやいや!」思わず両肩を掴む。
「魔法であんなことできるの!?」
「できるよ?」
「普通!?」
「うん」
「絶対普通じゃない!」俺が叫ぶと、近くにいた騎士団長が苦笑した。
「悠人様」
「は、はい」
「今ご覧になったのは、彩乃様だから可能なのです」
「え?」
「世界中を探しても、あの魔法を使える者は彩乃様しかおりません」周囲の騎士たちも大きく頷く。
「十年前、魔王も同じように消されました」
「竜王も」
「災厄級が現れても、彩乃様がおられれば安心です」俺は彩乃を見る。本人だけが、首をかしげていた。
「そんなに珍しい?」
「珍しいとかじゃなくて!」
「化け物だよ!」その瞬間一
街の空気が凍った。騎士たちの顔色が真っ青になる。
「あ……」しまった。勢いで言ってしまった。
恐る恐る彩乃を見る。彼女は少しだけ頬を膨らませていた。
「悠人」
「ご、ごめん」
「ひどい」
「いや、その……」
「化け物じゃなくて……女の子」ぷいっと横を向く。
怒っている……のか?その姿を見た騎士たちがざわつく。
「彩乃様が拗ねた……」
「貴重だ……」
「世界最強様にもあんな表情が……」周囲はなぜか感動していた。俺は慌てて頭を下げる。
「悪かった! 本当に!」彩乃は数秒黙っていたが、やがてくすっと笑う。
「許す♡」そう言って俺の腕に抱きついた。
「でも、お詫び」
「え?」
「今日はずっと手を繋ぐこと♡」
「なんでそうなる!」
「嫌?」
「いや……」街中の視線が一斉に集まる。
「…………」断れる空気じゃない。
「……分かったよ」俺が手を差し出すと、彩乃はぱあっと花が咲くような笑顔になった。
「えへへ♡」その笑顔を見た街の人たちは、また優しく笑い始める。誰かが小さく呟いた。
「やっと……彩乃様が、本当に幸せそうに笑ってる」その言葉は、歓声に紛れて彩乃には届かなかった。
けれど俺の耳には、はっきりと残っていた。
街での買い物を終え、屋敷へ戻る頃には夕日が街並みを赤く染めていた。
「今日は楽しかったね♡」彩乃は俺と繋いだ手を嬉しそうに揺らしている。
「……まあ、色々ありすぎたけどな」
「また行こう?」
「今度は魔物が出ない日に頼む」
「ふふっ」彩乃が笑った、その時だった。
「彩乃様」低い声が背後から響く。振り向くと、全身を黒いローブで包んだ男が道の真ん中に立っていた。
顔は銀色の仮面で隠され、年齢も表情も分からない。
それなのに、周囲の空気だけが重くなる。
騎士たちは一斉に剣を抜いた。
「何者だ!」
「悠人様の前から下がれ!」男は騎士たちを一瞥することもなく、真っ直ぐ彩乃だけを見つめる。
「久しぶりだな」彩乃の笑顔が消えた。
「……何しに来たの」初めて見る表情だった。冷たく、感情を押し殺した声。俺は思わず息を呑む。
「ただ挨拶に来ただけだ」男は静かに笑う。
「そして、その少年を見に」
「悠人には関係ない」
「本当に?」男の視線が俺へ向く。ぞくり、と背筋が震えた。まるで心の中まで見透かされているようだった。
「君が悠人か」
「……あんた誰だ?」
「ただの昔馴染みさ」男は肩をすくめる。
「もっとも、彩乃は私を嫌っているようだが」
「当たり前」彩乃が一歩前へ出る。
「帰って」
「相変わらず冷たい」男は苦笑した。
「だが、いつまで隠し続ける?」
「…………」
「君はまだ、この少年に話していない」
「やめて」彩乃の声が少しだけ震えた。
「世界を救うために、何を失ったのかを」
「え?」思わず彩乃を見る。
何を失った?彩乃は目を伏せたまま何も答えない。
男は俺へ視線を戻す。
「悠人」
「……」
「彼女は英雄だ」
「それは知ってる」
「違う」男は首を横に振る。
「英雄とは、代償を払う者だ」静寂が流れる。
「君は知らない」
「十五年間、彼女が何を捨ててきたのか」
「もういい」彩乃の魔力がゆっくりと溢れ始める。
空気が震えた。
街灯が揺れる。周囲の騎士たちは慌てて距離を取る。
「彩乃様……!」
「本気ですか……!」男はため息をついた。
「やれやれ」
「まだ話す時ではないか」
そう言うと、足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。
「待て!」俺が叫ぶより早く、男の姿は闇に溶けるように消えた。残ったのは静寂だけ。しばらく誰も口を開かなかった。
やがて彩乃が深呼吸をして、無理やり笑顔を作る。
「帰ろっか♡」いつもの声だった。
でも、その笑顔は少しだけぎこちなかった。屋敷へ戻る道中。
俺は何度も話しかけようとした。
「彩乃」
「ん?」
「さっきの奴……」
「知らなくていいよ」笑っている。だけど、その笑顔はどこか寂しかった。
「全部、そのうち話すから」
「……本当に?」
「うん」彩乃は俺の手を少し強く握る。
「もう少しだけ、待って」
その一言以上、俺は聞くことができなかった。
その夜。眠れなかった俺は、部屋を出て廊下を歩いていた。
屋敷は静まり返っている。
窓から月明かりが差し込み、長い廊下を青白く照らしていた。
「……水でも飲もうかな」そう思って階段を下りようとした時。
コツン。
何かが足に当たった。
「ん?」足元を見る。白い封筒だった。
誰かが落としたのかと思い拾い上げる。
表には、丁寧な文字でこう書かれていた。
『悠人様へ』封を開ける。中には一枚の紙。そこには短く書かれていた。
明日の夜、零時。中庭へ一人で来てください。
彩乃様には、決して知られないように。
あなたが知るべき真実があります。
送り主の名前はない。俺は紙を見つめたまま動けなかった。
「……誰なんだ?」
窓の外では、月だけが静かに輝いていた。
彩乃強いですね。これは騎士団長さんの出番なし。そして現れた謎の人物。彩乃が15年間捨ててきたものとは…?
第4話お楽しみに!!!




