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第4話 月下に隠された真実

手紙を出した謎の人物。彩乃が隠していたこととはー。

第4話スタート!!

「……真実、か」

封筒を握り締めたまま、俺は窓の外に浮かぶ月を見つめていた。屋敷は静まり返り、廊下には誰の気配もない。


『明日の夜、零時。中庭へ一人で来てください。彩乃様には、決して知られないように。あなたが知るべき真実があります。』


送り主の名前はない。罠かもしれない。それでも、あの仮面の男が残した言葉が頭から離れなかった。


――英雄とは、代償を払う者だ。

――君はまだ知らない。

――彼女が何を失ったのか。


「……彩乃」昼間に見た、あのぎこちない笑顔を思い出す。何かを隠している。それだけは間違いない。

「でも……」十五年間、俺を待ち続けてくれた彼女を疑いたくはなかった。結局、その夜はほとんど眠れないまま朝を迎えた。


「悠人、おはよう♡」朝食会場へ向かうと、彩乃はいつも通り満面の笑みで手を振っていた。

「お、おはよう」

「ちゃんと眠れた?」

「まあ、それなりに」嘘だった。

彩乃は俺の顔をじっと見つめる。

「……眠れてないね」

「え?」

「目の下に少しだけクマがあるもん」そんなところまで見てるのか。

「考え事?」

「いや、ちょっとな」

「悩み事があるなら何でも聞くよ?」心配そうな瞳。

その優しさが、逆に胸へ刺さる。

「本当に何でも?」

「うん!」満面の笑み。俺は一瞬だけ、昨夜の手紙を見せようか迷った。

だけど――。


『彩乃様には、決して知られないように』


その一文が頭をよぎる。

「……いや、大丈夫」

「そっか」彩乃は少しだけ寂しそうに笑った。

「でも、無理だけはしないでね」そう言って俺の皿へ焼き立てのパンを乗せる。

「いっぱい食べて元気出そう!」

「そんな子ども扱いしなくても」

「悠人は昔から放っておくと朝ご飯食べなかったでしょ?」

「……覚えてるのか」

「もちろん♡」嬉しそうに笑う彩乃。十五年前の思い出を、昨日のことのように話す彼女を見ていると、本当に時間なんて止まってしまったのかと思えてくる。


朝食後。彩乃に連れられ、屋敷の庭を歩いていた。庭園は昨日よりもさらに広く感じる。色とりどりの花が咲き誇り、小鳥のさえずりが静かに響く。

「ここね」彩乃が立ち止まった。そこには、小さな白い花が一面に咲いていた。

「綺麗でしょ?」

「うん」

「この花、『帰り花』って呼ばれてるの」

「帰り花?」

「大切な人が帰ってくることを願って植える花なんだって」彩乃はしゃがみ込み、一輪の花へ優しく触れる。

「十五年前、毎年ここへ植えてた」

「毎年?」

「うん」

「悠人が帰ってきますようにって」俺は何も言えなかった。毎年。十五年間。たった一人で。

「最初はね」彩乃は少し笑う。

「一年くらいで帰ってくると思ってた」

「……」

「二年目も待った」

「三年目も」

「五年目も」その声は穏やかだった。

「十年を過ぎた頃には、みんな諦めろって言った」

「……」

「でも私は絶対に帰ってくるって信じてた」彼女は立ち上がる。そして俺を真っ直ぐ見つめた。

「ほら」

「帰ってきた」その笑顔は、どこまでも眩しかった。

胸が締め付けられる。

「ごめん」自然と言葉が漏れた。

「待たせて」

「違うよ」彩乃は首を横に振る。

「悠人が謝ることじゃない」

「でも」

「帰ってきてくれた」彼女は俺の両手を優しく包み込む。

「それだけで、全部報われたから」俺は視線を逸らした。こんなことを言われてしまえば、昨日の手紙を隠していることがひどく後ろめたく思えてしまう。


その日の午後。俺は図書室へ向かっていた。

「暇なら好きに見ていいよ」そう彩乃に言われたからだ。屋敷の図書室は学校の図書館よりも広かった。

壁一面を埋め尽くす本棚。

歴史書、魔法書、地図、伝記。ありとあらゆる本が並んでいる。

「すげぇ……」一冊手に取る。

『世界史・英雄伝』何気なくページをめくった、その時だった。

「……え?」一枚の絵が目に飛び込んできた。そこには白いドレスを纏った少女。

長い黒髪、蒼い瞳、間違いない。彩乃だった。

「英雄・彩乃」そう書かれている。

さらに読み進める。


『十五年前、魔王を討伐』

『世界各地の災厄級魔物を殲滅』

『人類史上最強の魔導士』

『救世の英雄』


思わずページをめくる手が止まった。

「全部……彩乃?」その時だった。

「読んでおられるのですか」背後から落ち着いた声が聞こえた。振り返る。黒い燕尾服を着た初老の男性が立っていた。白髪を後ろへ整え、片眼鏡を掛けている。

品のある佇まいだった。

「失礼しました」男は深々と頭を下げる。

「私はこの屋敷で執事長を務めております、アルベルトと申します」

「執事長?」

「はい」そういえば昨日から姿を見ていなかった。

「長らく地方へ出向いておりましたので、ご挨拶が遅れました」

「こちらこそ」アルベルトは俺の持つ本へ目を向ける。

「彩乃様の記録ですね」

「ええ」俺は本を見つめる。

「これ、本当に全部彩乃なんですか?」

「事実でございます」即答だった。

「信じられないでしょう」

「正直」俺は苦笑する。

「昨日も災厄級を一瞬で倒してましたけど」

「あれでも本来のお力の一部に過ぎません」

「……え?」

「彩乃様が本気で魔法を使われたのは、十年前が最後です」本気ではなかった?

昨日のあれで?

俺の頭が追いつかない。アルベルトは静かに本棚へ目を向けた。

「悠人様」

「はい」

「彩乃様は、あなたが思っている以上に優しい方です」

「それは分かります」

「だからこそ」執事長の表情が少しだけ曇る。

「すべてを一人で背負い込んでしまわれる」

「……」

「あなたには、いつか知っていただかなければならないことがあります」その言葉に、心臓がどくりと鳴る。

昨夜の手紙。

仮面の男。

そして今の言葉。

すべてが一本の線で繋がり始めていた。

アルベルトは俺を真っ直ぐ見つめる。

「ですが、それを話すにはまだ時間ではありません」

「……」

「彩乃様ご自身が決断されるべきことですから」

そう言うと、彼は静かに一礼し、図書室を後にした。

俺は一人、本を閉じる。

窓の外を見ると、夕焼けが屋敷を赤く染め始めていた。


今夜。零時。あの手紙の約束の時間が、少しずつ近づいていた。


夜。屋敷全体が静寂に包まれていた。時計の長針が、ゆっくりと十二を指す。

――零時。俺はベッドから静かに起き上がった。

(……行くしかない)昨夜から何度も考えた。彩乃に話すべきか。それとも約束通り一人で向かうべきか。

答えは出なかった。けれど、あの仮面の男の言葉とアルベルトの言葉が重なり、胸の中の疑問は膨らむばかりだった。

「真実を知るべき……か」小さく呟き、扉を開ける。ギィ……。音を立てないよう慎重に廊下へ出る。

月明かりだけが床を青白く照らしていた。屋敷は静かだ。だが、静かすぎる。昼間なら必ず見かける騎士の姿が見当たらない。

(巡回中か……?)その時だった。

「……悠人様?」

「!」背後から声が響く。振り返ると、若い騎士が立っていた。

「こんな時間にどうされました?」

「ちょっと……眠れなくて」

「でしたら私がお供します」

(やっぱりそうなるか……)

「いや、一人で大丈夫」

「申し訳ありません」騎士は困ったように笑う。

「彩乃様から『悠人様を絶対に一人にしないように』と命じられております」

「……徹底してるな」

「はい」誇らしげだった。その時。

ドンッ!!屋敷の西側から爆発音が響く。

「敵襲!」

「西門に侵入者!」警鐘が鳴り響く。騎士の表情が一変した。

「失礼します!」全速力で駆けていく。廊下には誰もいなくなった。

(今しかない)俺は急いで階段を下り、中庭へ向かった。


夜風が木々を揺らしている。月光に照らされた噴水は幻想的だった。誰もいない。

「……来たか」低い声が響く。木陰から一人の老人が現れた。

黒い燕尾服。整えられた白髪。片眼鏡。

昼間に会った執事長――アルベルトだった。

「アルベルトさん?」

「申し訳ありません」深く頭を下げる。

「このような呼び出し方しかできませんでした」

「手紙を書いたのは……」

「私です」

「どうして秘密に?」アルベルトは苦しそうに目を閉じた。

「彩乃様は、決して話そうとなさらないからです」

「何を?」

「真実を」静かな声だった。

「十五年前、悠人様が亡くなられた日のことです」

心臓が大きく脈打つ。

「……俺は事故で死んだ」

「はい」

「ですが、それで終わるはずでした」

「終わる?」

「本来ならば」アルベルトは夜空を見上げる。

「死者は蘇りません」

「それが世界の理です」

「でも俺は……」

「蘇りました」

「彩乃様が世界の理をねじ曲げたからです」息を呑む。

「そんなことが……」

「可能ではありません」

「本来は」アルベルトは首を横に振る。

「だから神々は反対しました」

「神?」

「ええ」

「死者を生き返らせることは禁忌」


「どれほど願っても」

「どれほど泣いても」

「許されることではありません」


「じゃあ彩乃は……」

「神へ挑みました」その一言に鳥肌が立った。

「神々との戦いは七日七晩続いたと伝えられています」

「世界中の空が裂け」

「海が割れ」

「山が崩れました」

「……」

「最後には神々が折れました」

「ですが」アルベルトの表情が暗くなる。

「当然、代償がありました」

「代償……」

「はい」

「彩乃様は」

「世界最強の力と引き換えに」

「ご自身の寿命を」

「……え?」耳を疑った。

「寿命?」

「残された命を魔力へ変えたのです」頭が真っ白になる。


「そんな……」

「現在の彩乃様は」

「魔法を使えば使うほど」

「命を削っています」世界が止まったようだった。


昨日。災厄級を消し飛ばした。今日も笑っていた。

俺の隣で。手を繋いで。全部。命を削りながら。

「嘘だ……」

「残念ながら事実です」

「本人は……」

「もちろん知っています」

「だから十五年間」

「一度も弱音を吐きませんでした」アルベルトの声が震えていた。

「悠人様が帰ってくるまで」

「絶対に死ねない」

「その想いだけで生きてこられたのです」俺は膝から崩れ落ちた。

「なんで……」

「なんでそんなことを……」

「愛していたからです」静かな答えだった。

「悠人様を」

「誰よりも」

「何よりも」

「愛していたから」涙が止まらない。俺一人のために。そこまで。

「……教えてくれて」

「ありがとうございます」そう言った瞬間だった。

パチン。誰かが拍手した。

「実に感動的な話だ」

「!」振り返る。屋敷の塀の上。銀色の仮面を付けた男が立っていた。

「お前か!」男は笑う。

「ようやく知ったようだな」

「お前……!」

「彩乃がどれほど壊れているか」

アルベルトが前へ出る。

「何をしに来た!」

「迎えに」男は真っ直ぐ俺を見る。

「悠人」

「君を」

「断る!」俺は叫ぶ。男は肩をすくめた。

「まだ何も知らないのに?」

「これ以上彩乃を苦しめたくない!」

「だから断る!」男は少しだけ笑った。

「やはり君は優しい」

「だが」

「優しいだけでは守れない」その瞬間。

黒い魔法陣が足元に展開された。何十本もの黒い鎖が地面から飛び出す。

「悠人様!」アルベルトが叫ぶ。

鎖は一直線に俺へ迫った。

避けられない。

そう思った瞬間。

バリンッ!!空間そのものが砕け散る音が響いた。

「――私の悠人に」聞き慣れた声。怒りを含んだ。冷たい声。

「触らないで」彩乃だった。黒色の長い髪が夜風に舞う。蒼い瞳は月よりも冷たい。いつもの優しい笑顔はどこにもない。周囲の空気が震え始める。魔力だけで大地が軋む。男が苦笑した。

「本当に来るのが早い」

「結界を破ったのは囮」

「目的は悠人だった」

「……帰って」彩乃は一歩前へ出る。

「次は消す」その一言だけで、男の笑みが消えた。

「本気か」

「本気」世界が白く染まり始める。

空に巨大な魔法陣が幾重にも浮かび上がる。

その数一

数百。いや、数千。

夜空を埋め尽くす光景に、アルベルトでさえ息を呑んだ。

「彩乃様……そこまで……!」男は初めて後退した。

「……なるほど」

「まだ悠人を失う気はないか」

「当たり前」彩乃は静かに答える。

「今度こそ」

「絶対に失わない」男は数秒沈黙した後、小さく笑った。

「今日は退こう」

「だが」

「時間は残されていない」意味深な言葉だけを残し、男は闇へ溶けるように姿を消した。

静寂が戻る。夜風だけが庭を吹き抜ける。魔法陣もゆっくり消えていった。

彩乃は大きく息を吐く。その瞬間だった。

ふらっ――

「彩乃!」俺は慌てて駆け寄る。彩乃は俺の腕の中へ倒れ込んだ。

「ご、ごめんね……」苦しそうに笑う。

「ちょっと……魔力使いすぎちゃった」

「無理するな!」思わず抱きしめる。

「どうして何も言わなかった!」

「寿命を削ってるって……!」彩乃の身体が小さく震えた。

「……聞いたんだ」

「全部」沈黙。しばらくして。彩乃は諦めたように微笑んだ。

「怒った?」俺は首を横に振る。

「怒るわけないだろ」

「でも」

「一人で全部背負うな」

「俺にも背負わせろ」その言葉を聞いた瞬間。

彩乃の瞳から、大粒の涙が溢れた。

「……うん」十五年間、一度も見せなかった涙。

世界最強の英雄は。


月明かりの下で、ようやく一人の少女として泣いた。

そしてその夜。

二人はまだ知らなかった。


仮面の男が残した『時間は残されていない』という言葉の、本当の意味を――。

悠人は異世界転生したと思ってたけど実際は彩乃が異世界で蘇生させただけなんですね。神々が折れるということは彩乃がどれだけ頑張ってたのかよく分かりますね。第5話お楽しみに!!

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