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 室内を照らすのは、ベッドサイドに置かれた頼りない灯りだけ。

 隣に目を向ければ、薄闇の中不自然に浮いているシーツがある。

 完全に恐怖体験なんだけれど、そこに透明人間さんが横になっている事実に、私はなんだか可笑しくなって笑ってしまった。


「……何だ」


 ちょっと不機嫌そうな低温の声音だ。

 とにかく今日は遅いし、ベッドに入ろうと促した時も、彼はしばらく言葉を失い、沈黙の降りた部屋の中、さっさとベッドに入って横になってしまった私を見下ろして(これはたぶん私の想像だけれど、あってるはず)重い溜息を吐いてから、そっと隣に滑り込んできた。

 その時にも、全くお前は、って今と同じ声音で言われた。

 天井を見上げていた身体を動かして、透明人間さんの方へと体を向ける。

 手を伸ばした指先に触れるのは、あの夢の世界で何度も触れた温かな空気の層だ。

 その感触を楽しむように、手を滑らせた。


 これですよ、この感触…!


 一度触ると病みつきになっちゃうこの温かさと滑らかさと、ぽよんぽよんの感触。

 思わず、ぎゅうっとしがみついた。

 これ今迄の抱き枕の中で最高クラス! まで思ったところで、ぐいっと引き剥がされた。あれ。


「っ、……先程までと違い過ぎるんじゃないか」


 姿が見えないだけに、声で判断するしかないんだけど、透明人間さんが戸惑って照れてるような感じ。


「あー、つい」

「つい?」

「だって透明人間さんの感触、凄い気持ちいいんだよね。透明だとさっきと違って、ぽよぽよしてるし」


 言いながら、つんつんっと彼の身体に触れる。

 指の力に負けずに、押し返す空気の層が本当面白い。

 視界は不自然に浮いてるシーツだけだし、あえて今の状況を考えるとしたら……

 あなたの癒しに美声付きエアクッションとか?あ、なんか売れそう。


「ふがっ」


 そんな不埒な事を考えたのがばれたらしい。

 いきなり鼻をつままれて、変な声が出てしまった。

 私にそんな無体を働いた透明人間さんはというと、肩を震わせて笑っている。

 むっと睨む視界でシーツが揺れているから、たぶんそうなんだと思う。


「何するの」

「お前が悪い。透明であるというだけで、態度が違い過ぎる。確かに、初めて会った時から、お前は奔放ではあったが、この状況で私を男として見ていないの良くない」


 この状況と言われても……そう言われて、改めて自分の今の状況について考えてみる事にした。

 薄暗い部屋の一室、同じベッドの中には男女が二人。 

 ここまでならたぶん、これからの予想に、普段の私なら、とうとう…!って期待に胸を膨らませる所なんだけど、今の状況には大変残念なお知らせがついてくる。

 相手が透明なのだ。全く見えない。

 そのうえ、相手の感触がぽよぽよとした空気の層。

 ……これで、何かを期待するとか、危機感を持てとか俄然無理な話だと思うのは、絶対に私だけじゃないはず。


「だって、透明人間さんだもん」


 言いながら、またつんっと彼に触れて、笑った。


「……それは、あの頃から男としては、見ていないという事か」


 ん?


 あの頃って、初めて会った時の事だろうか?

 あーそう言われちゃうと、あの時、彼をどう思ってたかって聞かれたら、透明人間さんだと思ってたとしか頭に浮かばなかった。

 何せ、夢だと思ってたし、この世界に来た事で、もしかしたら夢じゃないのかもって考えた事もあったけど。

 ああでも、なんていうか、ほっとけない人だなぁって、思ったっけ。

 穏やかな風が吹き流れる、花々の咲く場所で、ぽつんと存在した、たった一人の人。

 思い出したら、なんだか胸が切なくなって、目の前の空気の層に擦り寄った。


「……誤魔化しているのか」

「へ? いあ、そういうんじゃないけど、何だろ」


 何か、無性に相手を抱きしめたくなる時ってあるよね。

 自分の中にある寂しさを埋める時だったり、今みたいになんか愛しさ溢れてっていうのかな、ちょっと違うかもだけど、この人の事を真面目に考えると、ぎゅうって抱きしめたくなる。

 ただ、これが透明人間さんが透明じゃなかったら、やれてたかどうかは何とも言えない。

 あの神々しさまで加わっちゃう美形に、気後れしちゃうと思うんだよね。

 そういう乙女心を、この恋を知らない透明人間さんにわかってもらうのは、難しいんじゃないかなぁとか思ってしまったり……

 普段だったら、ちらりと相手を観察する事で、なんとなく相手の気持ちを察する事は出来るんだけど、と思いながら、顔を上げてみても視界は相変わらず、シーツのみ。

 これはある意味、手ごわい相手だよね。


「なんか透明人間さんって、抱きしめたくなる」

「………っ」


 ばさっとシーツが動いて、彼の上に掛けられていたシーツが浮いてる高さが変わる。

 とにかく想像するしかないんだけど、手で顔を隠したとか?

 確かめてみようと、手を伸ばせば、いきなり引き寄せられて、温もりに抱きしめられた。


「わたしも…、私もお前といると抱きしめたくなる。触れずにはいられない」


 激情を抑えたような、掠れた低い声に耳元で囁かれ、背中がぞくぞくっと震えた。

 声は好きだよって彼に言った事があるように、この声は心臓にやばい。

 かああっと頬に熱が集まり、心臓が大きな音を立てた。


「名を…、名前を教えてくれ」


 問われて、そういえば、お互い名前を知らないって気付いた。

 いつもお前って呼ばれてたし、私も透明人間さんと呼んでいた。


「蒼。アオイって名前だよ」


 答えれば、透明人間さんは、私の名前を一文字ずつゆっくりとなぞるように呟いた。


「あおい」


 そんな優しい声で名前を呼ばれると、凄く自分が大事にされてる何か価値の有る物に思える。

 二人だけの、静かな夜というのは本当性質が悪い。

 ただでさえ流されやすい私はもう足のつま先から、透明人間さんの吐息がかかる頭の先まで、すっかり彼の思いで満たされ、彼へと気持ちが流れていく。

 つい最近も同じように気持ちが高ぶり、大きく流れたのもこんな夜だったと、私が過去を思い出す前に、薄く閉じていた瞼の隙間で、影が動いた。


「あおい」


 空間が広がるばかりだった視界で、あれ、と思いながらもう一度名を呼ばれ、目を開けた。

 そこには不自然に空いた空間があると思っていた。

 なのに、かなりの至近距離で私が目にしたのは、消える前に透明人間さんが身に着けていた、白の上着で、驚きに目を丸くした私の頬を、色を持った細い指先がすっと撫でて、顎を捉える。

 軽く力を添えられて見上げたそこには、呼吸を忘れるほど整った顔立ち、数刻前に見ていた、透明人間さんの麗しの顔があった。

 どきっと心臓が強く脈打つ。


「ず、ずるい、いきなり何で」

「ずるい? 私の名を告げるのに、姿が消えたままというのもどうかと思ったからな」


 言いながら、親指で私の頬をなぞる。

 耳の後ろから下にかけて添えられていた手が、その動きと共にそこを擽るようになぞるから、くすぐったさに首をすくめた。

 一気に顔に熱が集まっているのがわかる。

 さっきと同じ透明人間さんだとわかっているけど、見慣れないこの姿が持つ破壊力本当やばい。

 透明なままの彼に同じ事をされたとしても、温かいなぁって更に自分から、その手に顔を擦り付けるだろう自分が容易に想像できるけど、今はどちらかというと無性に逃げ出したい気分だ。

 そんな私を見つめて、透明人間さんは、くくっと喉を鳴らして笑った。

 薄闇の中、濃い影を落とした蜂蜜色の髪がさらりと流れるのを見つめていたら、肩を押されて仰向けにされていた。

 私の上に、透明人間さんが覆いかぶさる。

 額と額をくっつけられ、更に近くなった距離で見つめる、彼の瞳は熱で蜂蜜を溶かしたような甘やかな揺らめきを見せている。


「私の名は、セィジシャリオール。ずっと忘れていた、遠い昔、地に降りた神の名だ」


 それは、神様と同じ名前という意味なのか、それとも彼自身が降りた神様なのか。

 そう問いかけようとした、私の唇に、薄い彼の唇が押し付けられた。

 ついばむ様に何度も触れ、甘く上唇をはまれたかと思うと、次は下唇。

 深いキスになかなかならない、戯れのような優しいキスは、何だか凄く恥ずかしいけれど、嫌じゃない。


「名を、呼んでくれないのか」


 ここで、と言うように、つんっと触れられて離れた唇に促されるように、口を開く。

 彼の蜂蜜の目を見つめながら、先程教えてもらった名前を、彼がしたように一文字ずつ思い出すように紡いだ。


 せぃじしゃ…りおーる?


「言葉を覚えたての、子供に呼ばれているような気分だな」


 目を細めて笑う彼の姿に、恥ずかしくなりながらも、むっとした顔を作って頬に落ちてきた彼の金色の髪を引っ張った。


「だって、名前が長い」


 引っ張った髪を、耳にかけてあげながらそう文句を言ってみる。

 下を向いてるせいで、さらさらの金髪はなかなか思うように耳にかかってくれなくて、手の平全体を使って彼の頭の側面を全体的に撫でながら、後ろへ流した。

 手を通して、というか身体の上には彼の身体が乗っているから、彼の体が小さく震えた事をつたえる。

 ん?と、彼の頭に手を置いたまま、逆に動きを止めた私の前で、彼は泣きそうに頬を歪めたかと思うと、また額をくっつけてきた。


「では、この名は捨てる事にしよう。元より長い時、私自身忘れていた名だ。お前に呼ばれないのでは、意味などない」

「え?だ、だめだよ。そんなの。名前ってそう簡単に捨てられるものじゃないし。様付して呼んだら、恰好良さそうだし!」


 我ながら何とも情けない理由が、口から出てくるものだと思ってしまった。

 そんな私の言葉に驚いて、透明人間さん、改めセィジシャリオールさんは軽く目を見開いた後、堪え切れないといったように肩を震わせて笑った。

 一頻り笑った後、私の肩と腰の後ろに手を滑り込ませて、持ち上げたかと思うと、またくるりと位置が入れ替わり、今度は私が彼の上に乗る形になっていた。


「では、様を付けて呼んでもらおうか」


 そうくるか!

 基本的に、この人って悪戯好きな気がする。

 こっちを困らせる事が、面白くて仕方ないって感じる。

 そういう事されると、普通の人だったら、やだ恥ずかしいとかなるかもしれないんだけど、私は負けないぞって気持ちになるんだけどね。よしっ!


「セィジシャリオール様、流石にこの恰好は頂けません」

「頂けないとは、どういう意味だ」

「私のような者が、セィジシャリオール様の上に乗るなど、怒られてしまいます」


 言いながら、そそと視線を外せば、彼の手がそれを阻む。

 顎を持ち上げられ、視線を合わせられた。


「私が望んでこうしているのだ。……嫌だと言うのか?」


 彼の咎めるような視線に気圧されて、私は慌てて首を振った。


「そんな、セィジッ…セィジシャリオール様」


「……噛んだな」

「……噛みました」


 二人で顔を見合わせて、吹きだした。

 あー面白かったと思いながら、彼の容姿は素で今のようなやり取りが似合うなぁってつくづく感じる。

 崇拝されるのが当たり前、っていうか慣れてるようなそんな感じ。

 私は夢の中から続く、自分が何者かわからないと言った彼しか知らないけれど、今ここにいる彼は自分が何者だったのか、やっぱり思い出しているんだよね。

 じっと見つめていると、私の髪を撫でていた、セィジシャリオールさん、もう長いからセージさんって呼ぼう。セージさんが、手を止めて小首を傾げた。


「どうした?」

「セージさんって呼ぶ」

「ああ、だが、さんはいらないな」

「じゃあ、セージ?」

「そうだ。その方が、より親しい者同士なのだろう」


 くすりと笑うセージの姿に、またドキッとしながら、私は頷いた。


「私をそう呼んでいいのは、お前だけだ」


 言いながら、私の頭を撫でていた手に力を込めて引き寄せ、また私の唇に自分のそれを近づける。

 先程よりも、強く押し付けられた唇の感触に、ん、と鼻から抜けるような声を出してしまった私の耳に、彼の吐息が聞こえた。

 より深い口づけを求められているのだと、私の背と頭に添えられた腕に力がこもったのを感じた直後。

 ふと、私の下にある彼の身体の感触が変わった。

 ん? と、見下ろせば、見えるのは少しの距離に離れたベッドのみ。


 また透明になってる!


 だというのに、彼は気付いていないのか、唇に柔らかな空気の層が当たり、それが唇をこじあけて中に入ってこようとするから、私は慌てて身体を起こした。


「どうした?」

「透明人間さんに戻ってるよ!」

「……ああ、力がとうとう切れたか」

「そういう物なの?」

「ああ、それよりも今は…」


 そう言って、彼の手なんだろう見えない空気の層が、私の両腕を引き寄せる。

 倒れこむように傾いた私の身体は、ぽよんっと空気の層の上に落ちた。

 もうね、これだけでダメ。

 どれだけ優しく頬を撫でられようとも、目に見えるのは、本来柔らかな膨らみを持っている大きな枕が、彼の重みにつぶされ形を変えている事。

 もうそれだけでも、可笑しくなっちゃって……

 ぽふっと彼の身体があるのだろう空気の層に顔を埋めて、遠慮なく笑ってしまった。


「……お前の目には見えなくとも、私にとっては何も変わらないのだぞ」

「そう言われても、だって面白いんだもの」


 彼の上で笑う私の頬を、笑うなと彼が引っ張る。

 それすらも、ツボにはいってしまった私は笑い続けて、とうとう透明人間さんは重い溜息を落として、私の身体をぽいっと自分の上から、ベッドの上に転がした。

 これが生殺しというものかと、ぶつぶつ言っている。

 誰だ、そんな言葉を透明人間さんに教えた奴はって思ったら、更に可笑しくなってしまった。

 シーツの下、見えない彼の顔を思い出しながら、私は口を開く。


 透明人間さん、あなたは一体、何者なんですか?






5年前の昨日、書き始めたなろうで上げた初めての作品なので、昨日上げたかったけど

今日になってしまいました…!

基本的に、私の書く小説のメインカプは二人にすると、すぐいちゃつきます(吐血

その分、出番が少ないっていう…ミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!

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