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明かりを灯して

 暖かな暖炉の火が揺れる静かな部屋。

 エレオノールはレオンから「隣に座って」と言われ、彼の隣にそっと腰を下ろした。


「顔をよく見せてほしい」


 レオンの言葉にエレオノールは一瞬驚いた表情を浮かべた。彼の瞳に宿る穏やかだが情熱的な光を受け止めると、心の奥がくすぐったくなる。


「覚えているかな、初めて会った時のことを」


 彼の言葉に、エレオノールは頷いた。といってもエレオノールにとっては5歳の頃のことで記憶は鮮明とは言い難い。

 レオンは小さく笑いながら続けた。


「あのとき、君と初めて挨拶を交わしたんだ。凛とした立ち姿と笑顔が、今でも忘れられない。あれはきっと一目惚れだったんだろうな…」

「そんな…」


 エレオノールはさっと頬を赤らめた。ほんの子どもの頃の思い出なのに、レオンがそれをずっと大切にしてくれていたことが嬉しくも気恥ずかしい。


「それからは君の肖像画を贈られるたび、君がどんな風に成長していっているのかを想像していたよ」

「私も…頂いた肖像画を見て思いを馳せていました」

「実は、君が侍女として来る前まではベッドのそばに君の肖像画を飾っていたんだ。ずっと眺めていたよ」


 秘密を告白するようにそう言って笑ったレオンの前でエレオノールは耳まで赤くなった。


「でも、実際に君と会って思った。肖像画には限界がある。今の君の輝きは、絵には留められない」


 レオンの視線がノノの髪から瞳、そして唇へとゆっくり移動する。


「この髪のつややかさも、この瞳の輝きも、絵画では到底表現できない。そして…この唇だって」


 彼がその言葉とともに頬に手を添えて顔を近づけてくる。エレオノールは自然と目を閉じた。

 そして、羽が触れるような柔らかさで唇が重なる。確かめるようにそっと触れた唇が、少しずつ深く重なっていく。滑り込んできた舌に口内を探られてエレオノールは吐息を漏らし、レオンの胸元に手をやった。指先に少し力がこもる。


「…んっ」


 一瞬離れかけた唇がまた重なった。濡れた音が小さく漏れるのが恥ずかしい。

 睫毛を震わせてエレオノールはレオンの胸に抱き込まれるままに身を任せた。

 エレオノールの息が上がるまで、柔らかな唇を時間をかけてじっくりと堪能したレオンはエレオノールの潤んだ瞳を覗き込んで「綺麗だ」と呟いた。


(…夢みたい…)


 キスの余韻を感じながら、エレオノールの心にはこれまでの出来事が次々と思い起こされた。

 父が詐欺にあい、身分を失ったあの日から、ここに至るまでの道のり。

 先ほど、父を交えて話したときにレオンが言ってくれた。

 モンタルベール侯爵を裁く過程で、ベルトラン侯爵が奪われた金を可能な限り取り戻すよう尽力する、そしてエレオノールはもう一度正式に「エレオノール・ド・ベルトラン」として――ヴィーニュ=ドール辺境伯レオン・ド・ヴィラールの婚約者として、表舞台に戻れると。


『君は、父君を追い込んだ事件を自分で解決して、自ら元の身分を取り戻したんだ』


 事件が解決したのはレオンやフォンテーヌ公爵、そして体を張った義兄や情報をもたらした義父の力だ。自分はあくまで贋金の鑑定をしただけ。

 それでもほんの少しでも自分の力が事件解決に役立ったなら、父の立場を助けることになったなら、そしてそれをレオンが認めてくれるのであれば嬉しかった。

 そんな思索にふける彼女に、レオンはまたそっと顔を寄せた。


「今はよそ見せずに、私を見てほしい」

「はい…レオン様」


 その言葉に応じ、エレオノールはふたたび仰のいた。レオンだけをその瞳に映して、彼にしっかりと抱きついた。

 唇がまた重なっていく――。


 ■


 それから数日。レオンは自邸への帰還を決めた。エレオノールも無論それに同行することになり、二人の父が見送ってくれた。

 侯爵令嬢として婚約者の隣に立ち、幸せそうな微笑みを浮かべる娘を見守る二人の瞳にはうっすらと涙が光っていた。

 まだ起き上がることは叶わず、エレオノールのほうから部屋へ挨拶に立ち寄った折に、義兄アルフォンスも納得した表情で「彼は本当に愛する人を見誤らなかったんだな」と呟いた。彼はもう、自分の想いにけりをつけたようだった。

 遠征を終えて自邸に戻ったレオンは王への報告やモンタルベールの裁判、商団と名乗って事件に関わっていた詐欺師や傭兵集団への処罰など、改めて事件の後始末に追われることになった。

 一方、エレオノールはそのまま彼の婚約者として、屋敷に滞在することになった。

 もともとレオンが彼女を婚約者のクロワザン侯爵家の令嬢として迎え入れていたおかげで、立場はそのまま、ただ家名がベルトラン家に変わっただけ――という形で受け入れられた。


(まるで最初からこうなることをわかっていたみたい…)


 レオンは別として、侍女頭などはどこまで事情を知っていたのだろうと不思議な気持ちになった。でもその疑問は胸のうちにしまっておくことにする。主人に忠実な侍女頭は尋ねたとしてもきっと、にっこりと笑うだけだろう。

 あっという間に一月が過ぎ、ようやくレオンの政務が落ち着いてきた頃。

 もう侍女としての仕事はせず、今後来たるべき辺境伯夫人という未来のために内向きのことを学ぶのに精を出していたエレオノールは、仕事が終わる頃を見計らってレオンの執務室を訪ねていった。


「レオン様、よろしいですか?」

「ああ、構わない。入って」


 促す声にしたがって部屋に入ったエレオノールは、「実は、お渡ししたいものが」と小さな木箱をレオンに手渡した。

 目を丸くして、レオンは「何かな」と楽しげに箱を開ける。が、中に入っていたのがこれまでエレオノールに渡した贋金だと分かって思わず噴き出した。


「ははは。何をくれるのかと思ったら…贋金とはね」


 楽しげに笑うその様子に、エレオノールは「お渡ししたいものは、もう一つあるんです」と布包みを彼に差し出す。


「…これは!」


 包みを開いたレオンが顔をぱっと輝かせた。

 出てきたのは、もうだいぶ前のことになってしまったが、侍女頭から預かったレオンが気に入っていたという壊れたランプだった。


「大変、腕の良い細工師が知り合いにおりましたので、修理を頼みました」

「これは嬉しいな。どこが壊れていたのか分からないくらい綺麗に直っている」


 早速灯そう、と言ってレオンはランプに火を入れて部屋の明かりを吹き消した。

 暗い室内にふわりとランプの明かりだけが浮かび上がる。繊細な金細工が織りなす美しい陰影が周囲を照らした。火の光を受けてきらきらと細工が反射する。


「綺麗ですね」


 エレオノールが囁くと、レオンが「そうだろう?」と得意げに微笑んだ。


「おいで、一緒に眺めよう」


 レオンの隣で長椅子に掛けて、ゆらゆらと揺れる火を見つめる。

 ランプに気を取られているうちにエレオノールの髪をレオンの手が撫でた。


「君はいつも私の欲しいものをくれる」


 彼の瞳がじっと自分を見つめている。それを見返すエレオノールの心臓は次第に鼓動を早めていく。


「レオン様…」

「君がこの世を去ったと思い込んで悲しんでいれば、別の立場で君という存在をふたたび与えてくれた。贋金に困っていればそれを見極める目を、事件を解決に導く情報を、君がくれた」


 そしてレオンの腕がそのままエレオノールの肩を抱き寄せて、強く胸元に引き寄せる。


「もうひとつ、欲しいものがあるんだ」


 それが何か、言われずともエレオノールも察しがついた。

 白い肌が耳までもうっすらと赤く染まっていく。掠れた小さな声で「レオン様」と名を呼ぶのが精一杯だった。


「……君が欲しい」


 唇が触れ合う距離で求められ、エレオノールは「はい」と答えた。

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