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未来へ

(それから起きたことは、あまりにも目まぐるしくて、まるで夢の中の出来事のようだった)


 侍女たちに髪を結い上げてもらいながら、エレオノールは静かに瞼を閉じる。

 ここ数ヶ月の間に起きた出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡っていく。


    ■


 捕縛されたモンタルベール侯爵は、詮議の過程で全てを白状した。

 領地経営に行き詰まり、悪党たちと手を組んで贋金製造という禁忌に手を染めたこと。

 そのために必要な資金を得るため、ベルトラン侯爵を詐欺にかけたこと。そして、かつての確執から彼を陥れることを目論んでいたことも。

 モンタルベールの口からは、なぜベルトラン家を狙ったのかという理由も語られた。

 領地が近かったことに加え、昔からの確執があり、金を失ったことで領内の税を上げざるを得なくなったベルトラン侯爵を、その機に乗じて王家に告発して潰そうと目論んでいたのだという。

 しかし、ベルトラン侯爵は領民から税を取り立てることなく、平然と領地を治め続けたことが、モンタルベールの怒りを更に募らせる結果となっていたのだった。

「ベルトラン侯爵が金を失っても平然としているのが憎らしかった」と、彼は告白した。


 この悪行に対し、王はモンタルベール侯爵に死罪を命じた。その爵位は剥奪され、彼の家族は国外追放となった。

 贋金を製造していた商団の者たちも、辺境伯襲撃の罪も加えて極刑に処せられた。

 王家が断固とした処置を取ったことで、贋金事件の再発の可能性は当分の間なくなったと言って良かった。

 断絶となったモンタルベール家の領地と財産は、一度王家が没収した後、その大半がベルトラン家へと引き継がれることとなった。これによって、ベルトラン侯爵が失った財産の大半が戻ってきた。

 エレオノールはレオンによって『クロワザン侯爵令嬢』という身分を授けられていたが、それはすべて彼女を元の身分に戻すための計画だった。

 用意周到な辺境伯レオンは、ベルトラン侯爵と相談の上、『モンタルベールの魔の手からエレオノールを守るため、彼女が安全に過ごせるようにクロワザン侯爵家の養女としていた』という話を作り上げた。そして、ベルトラン家の財産が回復した後、彼女は再びエレオノール・ド・ベルトランとして復帰することとなった。


「エレオノール様、お化粧を」


 侍女の声に我に返り、エレオノールは目を開けた。鏡に映る自分の顔に、白粉が丁寧に塗られていく。目元に柔らかな色が添えられ、唇には鮮やかな紅が引かれる。

 目の前の鏡台の上には、トリスタン・ド・フォンテーヌ公爵から贈られた花束が生けられていた。添えられた公爵からのカードを見て、エレオノールは数日前のレオンとの会話を思い出す。

 なんと彼は最初から、親友のトリスタンにはすべてを話していたというのだ。

 あの日の会食でも、彼女が本物のエレオノールだと知った上で接していたと知らされ、顔から火が出る思いだった。


「私なりに必死に、平民が侯爵令嬢を演じているという体裁を取り繕っておりましたのに!」


 と拗ねて見せたエレオノールに、レオンは面白そうに笑いながら言った。


「君はただの商人の娘にしては、あまりにも貴族の慣習に馴染みすぎていたよ。何より、その凛とした堂々たる佇まいは侯爵令嬢そのものだった」


 化粧が終わり、侍女頭が美しいヴェールを亜麻色の髪に留めかけた。

 立ち上がったエレオノールの身を包むのは純白のウェディングドレス。

 ゆったりとした足取りで部屋を出ると、廊下にはずらりと並ぶ侍女たちがいる。その中に、かつての同僚であるリサの姿を見つけた。感動に目を潤ませているリサに、エレオノールは優しく微笑みかけた。

 長いドレスの裾を引きずり廊下を歩いていくと、その先で辺境伯が待っていた。レオンは花嫁姿のエレオノールを目にして、うっとりとした表情を浮かべる。


「綺麗だよ」


 レオンはそっとエレオノールの頬に触れ、ヴェールの端を直してくれた。

 頬を染めたエレオノールの仕草に微笑みを浮かべ、自ら腕を差し出す。エレオノールは嬉しそうにその腕に自分の腕を絡めた。

 レオンの体温が、薄い生地越しに伝わってくる。それが何よりの安心感を誘った。

 二人は聖堂へと歩を進める。実父であるベルトラン侯爵、恩人である義父テオドール、傷の癒えた義兄アルフォンス、それにフォンテーヌ公爵夫妻も見守る中、二人は司祭の前に並んで立つ。


「汝、この者を妻とし、その命の尽きる時まで夫婦として共に歩むと誓いますか」

「誓います」


 レオンの力強い声が聖堂に響く。

 続いて司祭の視線がエレオノールに向けられた。


「汝、この者を夫とし、その命の尽きる時まで夫婦として共に歩むと誓いますか」

「はい、誓います」


 エレオノールもまた、一切の躊躇なくその言葉を口にする。

 レオンの手が薄いヴェールをたくしあげ、花びらが舞い散る中、二人は誓いのキスを交わした。

 万雷の拍手の中、キスは長く、長く続いたのだった。


    ■


 その日の翌日。

 ウェディングドレスから着替えたエレオノールは馬車の中にいた。


「緊張している?」


 王城へと向かう馬車に揺られながら、レオンが新妻の表情を覗き込んだ。


「もちろんです」


 エレオノールは強張った声で答える。一介の侯爵の娘にすぎないエレオノールが国王と面会する機会などこれまで一度たりとなかった。それどころか王城を訪れたことも過去に一度あるきりだ。

 レオンはエレオノールの額に落ちた一筋の髪をそっと指先で耳にかけると、妻の手を優しく握って宥めた。


「大丈夫。陛下はお優しい方だ」

「...私、ヴィーニュ=ドールのお屋敷に迎え入れられた時に、侍女頭からそう言って慰めていただきました。旦那様はお優しい方ですと」

「それは実際、本当だったろう?」


 茶目っ気たっぷりに言うレオンに、エレオノールは言葉を返せない。

 レオンはクスリと笑うと、エレオノールの肩にそっと手を回し、寄り添うように抱き寄せた。が、すぐに表情を引き締める。


「ここのところ、陛下のお加減がすぐれない日が続いている。本来なら結婚式にも臨席したいと仰っていたのだが」


 数日前から国王の体調が優れず、臨席は取りやめとなり二人から挨拶に伺うことになったという経緯があった。


「君を連れて行くことで、少しでもお心の慰めになると良いのだが」


 レオンの呟きに、エレオノールは彼の手をぎゅっと握り返した。


「喜んでいただけるよう、精一杯努めます」

「そうだね。君の笑顔を見たらきっと陛下もお喜びになる」


 王城に到着すると、レオンは馬車から降りた後、エレオノールに手を差し出した。

 ウェディングドレスほどではないものの長い裾を気遣いながら、彼の手を借りてエレオノールは王城のポーチに降り立つ。

 二人は玉座の間ではなく国王の私室へと通された。椅子に腰かけた国王は、病をおして親しく二人を出迎え、お茶を共にしてくれた。その痩せた相貌に病の重さが見て取れるようでエレオノールの胸は痛んだ。


「陛下。お元気なご様子に安堵いたしました。こちらが我が妻にございます」

「初めてお目にかかり光栄に存じます。ベルトラン侯爵が娘、エレオノールでございます」

「ああ、よく来た」


 国王は笑みを絶やさず、泰然と若い二人の挨拶を受け止める。

 レオンは早速、国王への礼を述べた。


「昨日、結婚を誓い、晴れて夫婦となることができました。これも陛下のお力添えあってのこと。件の事件へのご裁断を急いで頂いたお陰です」


 贋金事件の解決が早かった理由が、国王が特別に計らったからだったことをこの言葉で知ったエレオノールは驚いた。レオンは一度たりと、国王の威光を笠にきるようなことはなかったからだ。

 しかし、国王のほうもゆるやかに手を振る。


「めでたいときに、悪しき事件のことは口にせずとも良い。すべては国のためだ」

「はい。全ては国と民のために」

「エレオノール。子のない余は、若くして親を亡くしたこのレオンを自らの息子と思い、目をかけてきた」


 菓子には手をつけずティーカップだけを口に運んだ国王はそう語り、エレオノールに視線を向けて微笑んだ。


「その息子の想い人とやっと対面できて嬉しく思うぞ」


 気さくな物腰に、エレオノールは恐縮しつつも心が和んでいく。


「余の去った後、この者がこの国を支える柱となろう」


 続く思いがけない言葉に驚くエレオノールだったが、隣のレオンが冷静にその言葉を受け止めている様子を見て、自分も心を決めなければならないと悟った。


「そなたには覚悟はあるか」


 国王に問われ、エレオノールは凛と答える。


「もとより、貴族たる者は国に尽くして生きよと父より言われて育ちました。第二の父により市井の生き方を教えられ、民のあり方を知りました」


 そしてエレオノールは隣に座る夫レオンの精悍な横顔に視線をやり、彼の志に心を沿わせて再び国王を見た。


「そして今は夫ヴィラール公の元、微力ながら国のため力を尽くせましたら何よりの幸せに存じます」

「そなたたちは、よき夫婦となるであろう」


 エレオノールの答えに、国王は満足げに頷いた。

 その言葉通り、二人は互いを支え合い、信頼し合える伴侶となっていった。

 二人は見つめ合い、笑みを交わしあった。


    ■


 それから半年後、国王は崩御する。

 遺言により、ヴィーニュ=ドール辺境伯レオンが王位を継ぐことになった。そしてその隣――王妃の座に、エレオノールは座ることになったのだった。

 こうして、侯爵家の令嬢であり、商人の娘であり、侍女でもあった数奇な運命を辿り、やがて王妃となったエレオノールの物語は、幕を閉じたのである。

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