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対面の時

 アルフォンスが目覚めたという知らせに、ノノとレオンは彼を寝かせている部屋へと急ぐ。

 部屋に入ると、義父テオドールと義兄がベッドに座って話をしていた。義父も少し前に息子の負傷を聞いてこのベルトラン家に駆けつけて、ずっとつきっきりになっていたのだ。

 やっと目覚めたばかりの義兄はまだ顔色が悪かったが、それでも意識がはっきりして会話できていることに安堵する。気が緩み、ノノの目には思わず涙が滲みそうになった。

 しかし今の彼女は『エレオノール・ド・クロワザン』としてここにいる。

 義父や義兄、そして実父であるベルトラン侯爵に対しても、あくまで他人を貫かなければいけない立場だった。

 ノノはもどかしさを胸に抱えながら、部屋の入り口から先に入れずにいた。

 そんな彼女より一歩前に出たレオンがまずは義父テオドールとアルフォンスに対して、感謝の言葉を述べた。


「バルボー家のお二人にはこの度のこと、深く感謝します。貴方がたからいただいた情報のお陰で犯人一味を取り逃すことなく捕縛することが出来た」


 辺境伯に頭を下げられたテオドールが慌てて席を立った。アルフォンスも何か言おうと身動ぎするのを、レオンが片手で抑える。


「今は傷を癒やすのが何より優先です。とにかく無事で良かった。彼女もずっと気を揉んでいたので、やっと少しは安心できたことでしょう」


 レオンはそう言って傍らに立つノノを気遣った。そのままレオンはバルボー親子に対して、いずれ改めて礼をさせて欲しいと告げると、ノノを連れて部屋を後にした。

 そして控えている使用人に声をかける。


「ベルトラン侯にお礼を申し上げたいのだが、これからお時間を取っていただけるだろうか。彼女も共に」


 レオンの言葉に、ノノの心臓は跳ね上がった。

 辺境伯と父と自分が三人で対面することになる。こういう状況になった以上、起こり得る事態ではあったが、まだ心の準備は出来ていなかった。

 言伝を聞いたベルトラン侯爵がレオンの要望を承諾し、まもなく応接間にて対面の場が設けられることになった。

 こうして、わけありな三人がとうとう一堂に会することになったのである。

 応接間にてノノは『辺境伯の婚約者』という立場として、辺境伯レオンの隣に座っていたが、内心は緊張で体が強ばるほどだった。向かいに座った父には目をやることも出来ず、視線が泳いでしまう。

 父のほうも顔には出していないがその手にわずかに力がこもっていることに娘であるノノは気がついていた。

 レオンは如才なく、まずテオドール家の協力を称え、その功績に感謝を述べた。それから次にベルトラン侯爵に向かって、負傷したアルフォンスの治療を手配し、助けてくれたこと、そして同じく怪我をした自分に対しても医者の手配を含め、親切に対応し、また快く滞在させてくれたことに感謝の言葉を述べた。


「卿の助けがなければ、私は大事な協力者の命を失っていたかもしれない。そして、私自身もこのように傷を癒やす間、長く逗留させて頂いていること、本当に感謝しております」


 辺境伯からの丁寧な礼を受けてベルトラン侯爵は頭を下げた。


「ヴィーニュ=ドール公、感謝などとんでもないことです。近隣を治める立場にありながら重大な犯罪を見過ごしてしまい、誠に申し訳ございません」


 他人の領地の中で何が起こっているかなど知るよしもないことではあるが、何か予兆を見逃したのではないか――と言われれば反論も出来ない。

 するとレオンは静かに笑みを浮かべ、「どうか頭を上げてください。実は、本題の話がまだ残っているのです」と切り出した。

 その言葉に、ベルトラン侯爵もノノも思わずひそかに息を飲んだ。レオンが何を言おうとしているのか、二人には予想がつかなかったからだ。

 レオンは真剣な表情でゆっくりと切り出した。


「ベルトラン侯、どうかお許しください。貴方の最愛の娘、誰よりも賢く美しい彼女を――エレオノールを私の花嫁に迎えたいのです」


 その言葉にベルトラン侯爵もノノも驚き、硬直した。

 今、彼はベルトラン侯爵に向かって『貴方の最愛の娘』と言った。それは、つまり。

 ノノは信じられない思いでレオンを見つめた。


「まさか……」

「そうだよ、分かっていたんだ。本当は……最初から」


 レオンは穏やかに微笑みながら続けた。


「市場で初めて君を見かけたときは、まさかと思った。でも、向き合って話をしたときに確信したんだ。君こそが、幼い頃に一度だけ会った、私の婚約者エレオノール・ド・ベルトランだと」


 レオンは、市場で『ノノ・バルボー』と出会った後、急ぎ部下に命じてベルトラン家の令嬢が亡くなった経緯を詳しく調べさせた。すると巧妙に偽装されてはいたが、エレオノール・ド・ベルトランが亡くなったのとちょうど同じころ、ベルトラン侯爵と懇意にしている商人が、何処かから養女を迎え入れたということが分かった。

 ベルトラン侯爵は苦しい経済事情を五年間ひた隠しにしてきた。民に対する税を僅かにも上げることなく、これまでと変わらぬ統治を続けながら少しずつ状況を改善しようと努めてきた。だから、はたから見てわかりようがなかった。まさか娘一人、嫁がせてやるだけの金が手元にないなどとは――。


「ベルトラン侯爵から娘が病を得て亡くなったと報せを貰った時には、まさか君がそんな大胆なことをするとは思っていなかったから、恥も外聞もなく泣いたんだが…」


 ノノは涙を浮かべながら首を振り、「たった一度、お会いしただけなのに……」と呟いた。

 レオンは優しく微笑み、


「その一度きりで、私は君に夢中になったんだよ。時折贈られて来る君の絵姿を見ながら、きっと君はこの何倍も美しいに違いないと思い描いて――」


 と、深い愛情を込めて囁いた。彼の声からは隠しきれない恋心が金色の蜂蜜のように滲み出ている。


「またお会いしましょう、と君が言ってくれたから、私はその日をずっと楽しみにしていたんだ。……でも君は約束を破ったね?」


 悪戯っぽくそう言ったレオンはノノの鼻を軽くつついた。

 ノノは思い出した。討伐から戻ったとき、レオンが「これでおあいこだ」と言ったのを。


「それであの時…」


 レオンは頷いた。


「そうだよ。おあいこだ」

「そんな…私の罪は、そのような言葉で許していただけるようなものでは……!」


 ノノは訴え、ベルトラン侯爵もひれ伏して謝罪の言葉を述べる。


「この問題はひとえに私の迂闊さから生じたものです。娘には罪はございません」


 重い罪を親子どちらが背負うべきかと争う二人を前にしてレオンは苦笑しながら溜息をつく。


「親子揃ってなかなか頑固なところがおありのようだ…」


 でも一方で、これほどの生真面目さがあってこそのベルトラン領の平穏であろうとレオンは思う。すぐ隣のモンタルベールが贋金に手を染める中、この土地を堅実に守り慈しんできたのがこのベルトラン家だ。


「最初に申し上げた通り、私はベルトラン侯爵家のエレオノール嬢を花嫁に迎えたいと願っています。つまり、罪を問うつもりはないということです」


 親子の顔を上げさせたレオンは口元を緩めて宥めるように二人を見た。

 涙で潤んだ目でノノは彼を見つめる。

「どうして……」と呟いたきり絶句したノノの手を取ったレオンは、深層の令嬢ならば傷ひとつない白魚のようであったはずのその指先を、労働を知っているその手を包み込む。


「他に誰が、君のように生きられるだろう。他に誰が私をこれほどに焦れさせるだろう。君は私の初恋の人。そして君にとっても、私がそうであるといい」


 問いかけるように見つめるレオンの胸の中へ、ノノは飛び込んだ。


「レオン様…!」


 両腕で彼女を固く抱きしめてレオンはうっとりするような甘い笑みを浮かべた。


「ああ、ようやくもう一度、君に会えた」

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