届いた急報
寒風が吹きつける中、辺境伯一行の馬車は目的地へと向かう街道を進んでいた。
その粛々とした歩みに重なるように、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。随分な速度でとばしている。その音が一行の手前で止まり、馬が高く嘶いた。
「もしや辺境伯御一行でいらっしゃいますか!」
声を張り上げ、早馬の使者が問いかける。前を進んでいた辺境伯の護衛の一団が警戒と共に歩みを止めた。
「私は商人バルボーよりの遣い。辺境伯様のご婚約者、エレオノール・ド・クロワザン様に大至急のお言伝がございます!」
使者の声を聞いて、レオンがすぐに馬車を止めるよう指示をした。
そして止まるなりすぐ立ち上がり、戸を開いて表へ出る。
「何用か? エレオノール嬢はここに同行している」
後に続き、ノノも急いで外へ出た。使者の元へ駆け寄ると尋常ならざる事態であるということが彼の顔色を見るだけでもわかった。彼の表情は焦りに満ち、息を荒げている。
「私がエレオノールです。何か知らせが?」
使者は荒く白い息を吐きながら言った。
「バルボー様からの急報です。御子息アルフォンス様が……酒場で商団と揉めて、斬られたと……」
ノノの顔から血の気が引いた。頭が真っ白になる。
「アルフォンスが……斬られた……?」
■
約一週間ほど前から、アルフォンス・バルボーはモンタルベール家の領地に属するとある村へとやってきていた。
父の報せに曰く、怪しい商団がこのあたりを拠点に活動しており、村人は随分と迷惑をしている様子。古馴染みから頼まれたので村の酒場の復旧を手伝い、良い酒を仕入れてやること、という。
その指示に従って、アルフォンスは小火で休業に追い込まれた酒場の復旧を手伝っていた。
燃やされたカウンターを取り替え、新しい酒樽も搬入し、良い酒を仕入れる宛てもつけ、ようやく営業再開へとこぎつけた。
「これで何とかなりそうです」
「ええ、皆さんの力でここまで戻せましたね」
年嵩の酒場の主人がほっとした表情でつぶやいたのに応えて、アルフォンスも綺麗になった酒場の内装を眺めて一息ついた。
しばらくしたら父も立ち寄る予定になっており、アルフォンスはそれまでここの手伝いをすることになっていた。
しかし、やっと店を開けたその夜、再び商団のがらの悪い連中が十人近い集団で酒場に現れた。
主人はカウンターの内側で顔をしかめ、小声でアルフォンスに話しかけてくる。
「あれが例の連中ですよ」
「前回火をつけた者もいますか?」
「いや、流石におらんようです。せっかく商売を再開しても、あの連中が出入りするんじゃ……」
酒場の主人は言葉を濁して暗い溜息をついた。
彼らは最初はおとなしく飲み始めたが、アルフォンスは警戒心を解くことなくカウンターの隅で彼らの動きを注意深く見守っていた。
どうやら彼らの中でも頭を使う仕事をする連中と、体を使う仕事をする連中とは分かれているらしい。一つのテーブルはひたすら酒と食い物を頼んでいるが、もう一つのテーブルについた男たちは声をひそめて話している。
「嗅ぎ付けられたかもしれない。ねぐらを変えるべきだな」
「夜闇に紛れて西の街道から山道に逸れて追手を撒くのが良いだろう」
すべての会話が聞こえたわけではなかったが、聴き逃がせない言葉が耳に入ってきた。
アルフォンスはこの情報はすぐに父と、その後ろにいるだろう義妹――そしてその隣にいるであろう辺境伯まで届けなければならないと感じていた。
今から店を抜け出して連絡すべきかどうか思案するうちに、商団の連中のなかに泥酔し始めた者が現れた。声が大きくなり、やがて皿を投げ割ったり、他の客に絡むようになっていく。
酒場の中は混乱し、店主が絶望的な顔をして「お客さん、やめて下さい」と声をかけるが止まらない。アルフォンスも彼らを止めに入った。
「ここで騒ぐのはやめろ、皆の迷惑になる!」
しかし、肩に手をかけられて激昂した一人が酔った勢いで剣を抜き、アルフォンスに襲いかかった。
「邪魔するんじゃねえ!」
アルフォンスは咄嗟に身をかわそうとしたが、剣が彼の肩から胸にかけて深く斬りつけてくる。激しい痛みと共に血が噴き出し、彼はその場に倒れ込んだ。
酒場の中が怒号と悲鳴であふれかえる。
酒場の主人が青ざめた顔をして駆け寄ってきたので、アルフォンスは彼の手を掴んで苦しげに声を振り絞った。
「父に……連絡を……彼らは怪しまれていることに気づいて……追手を撒いて西街道から山に逃げようとしている……」
そう言い残してアルフォンスは意識を失ったのだった。
■
「アルフォンスは無事なのですか!?」
震える声で問いかけ、詰め寄ったノノ対して使者は頷いた。
「ベルトラン侯爵家に運び治療を受けています」
蒼白になったノノは必死で唇を噛みしめ、背後のレオンを振り返った。
レオンは彼女の一歩後ろで真剣な表情で使者からの報告を聞いていた。その顔には強い決意が浮かんでいる。彼はノノの肩に手を置き、優しく彼女の目を見つめた。
「レオン様…」
「討伐は我々の役目だ。君は義兄の元へ行け」
レオンの言葉は穏やかでありながら力強かった。彼の思いやりに感謝を示して彼女は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
レオンは素早く部下に向かってエレオノール嬢へと馬を貸し与えるよう指示しながら、ノノを安心させるように笑みかける。
「仕事が片付いたらベルトラン侯爵の元で会おう」
「はい」
押し隠せない不安を漂わせながらノノは胸元でぐっと手を組んだ。レオンは微笑んでそんなノノの両頬を手で包み込む。
「君も、気を付けて行くんだよ」
「レオン様」
抑えきれずにノノはレオンの胸に抱きついた。
なんの罪もない義兄が酒場でたまたま行きあっただけで斬られたという。そんな危険な連中と、レオンはこれから正面から激突することになるのだと思うとたまらなかった。
いくら備えたとはいえ、速度を優先して少数精鋭で動いているということもあって、こちらの手勢は相手を圧倒できるほど多くはない。
「どうか…どうか、お気をつけて」
「大丈夫だ。無事に君の元へ戻るよ、だからすぐにまた会おう」
レオンはノノの耳元にそう囁く。ぎゅっと抱きしめてくれた腕が激しい不安を少し打ち消してくれる。
さあお行き、と促されてノノは馬に飛び乗った。
振り返ることなくノノは馬を走らせた。寒風が頬に突き刺さるが進みを緩めることはない。ベルトラン家を目指して、ひたすらに駆け続ける。
一方、その場に残ったレオンは、自身の手勢へと声をかける。
「予定が変わった。敵が逃げ始めている。猶予はない、今から狐狩りを始めるぞ!」
連れてきた兵の雰囲気がかわる。彼らは進行速度を上げて西街道を目指して進み始めた。
■
レオンと別れてひたすら馬を走らせたノノは、夜の帳が降り始めて暗くなってきてもその足を止めなかった。
ベルトラン領内は、彼女にとっては生まれた時から過ごしてきた庭のような場所だ。道は間違えようもなく頭に入っている。
遠く、ベルトラン家の屋敷の灯りが見えてきた。暗闇の中に浮かび上がる懐かしい風景に胸が詰まる。二年ぶりに目にする実家の屋敷は、記憶の中と変わらぬ堂々たる姿だった。
早馬が近づいてきていることは門番も察していたらしい。門前で手綱を引いたノノを見上げて火を掲げた門番が目を丸くした。
「お嬢様…!?」
慌てた様子で門番が門扉を開いた。ノノは屋敷の正面玄関の前まで馬で乗り付けて、後ろから慌てて追ってきた門番に馬を託すと、玄関までの階段を駆け上がっていった。




