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点と点

 辺境伯の叔父ガブリエルは何かを考えるようにしばらく黙り込んだ。

 そして、ノノの目を見据えたまま深い溜息をつくと、しかめっ面でこう言った。


「あれに、あまり惚気させるな」


 そう言い残し、立ち上がるなりガブリエルは足早に去っていった。

 ノノにはガブリエルが何を考えているのか、そしてその忠告の意味を理解するには至らなかったが、慌てて立ち上がり、ただ見送るしかなかった。

 ガブリエルの姿が見えなくなると、待っていたレオンが微笑みながら近づいてきた。


「叔父上は君のことを気に入ったようだよ」


 エレオノールは一瞬呆気に取られた後、困惑の色を隠せないまま問いかけた。


「そうなのでしょうか? とてもそんな風には見えなかったのですが……」


 もしかしてこれこそガブリエルの言う『惚気させるな』という場面なのではないだろうかという疑問が浮かんだが、レオンはそのまま微笑みを浮かべるだけだった。

 ガブリエル来訪の用件が片付いた後、ようやくノノは朝に届いた手紙を読むことができた。

 ひとり部屋で封を切る。

 義父テオドールからの手紙には、重要な内容が書かれていた。


『愛しいノノへ。

 父の知らない間に気がつけば大事な娘が大貴族にお仕えしていると聞き、大変に驚いている。

 娘を手放す親の気持ちがよく分かった。泉下の友への墓参りの折にもそんな話をしようかと思う』


 バルボー家の一員となるにあたって、周囲の人間にはバルボーが亡くなった友人の一人娘を引き取ったという形にしてあるから、この手紙の「泉下の友」とはすなわちノノの実父を指す。

 義父がそれとなく、実父ベルトラン侯爵に事情を伝えてくれると書き送ってくれたことが嬉しく、ノノは唇をほころばせた。

 きっと実父は、死んだふりをしている娘が、元婚約者の元で侍女となった挙げ句にエレオノールという名で婚約者を演じていると聞いて目が飛び出すほど驚くに違いない。


『それに貰った我が娘の手紙の内容から察するに、国の治安を案ずる辺境伯様のお役に立ちたいという意気を感じた。

 きっとその地でも持ち前の精神で頑張っていることだろう。


 さて。商人の間での噂話を少しだけ書き送ろう。

 ヴィーニュ=ドールからは離れた場所の話だが、ベルトラン侯爵家の領地にほど近い町に外国から来たと名乗る商団が滞在しているという。

 彼らは言葉が流暢すぎて外国人とは思えず、顔つきも我が国の者と変わらない。

 それに彼らは酒場に入り浸り、しきりに貴族の後ろ盾があると自慢しているようだ』


 貴族という文字にノノの手はかすかに震えた。かさりと音を立て次の便箋をめくる。


『実際に幾人かの貴族の名前も出たが、それを聞いた地元の者たちは「とても貴族の元に出入りできる格の商人には見えない」と首をかしげていると聞く。

 酒場で酔って暴れることも多々あるそうで、懇意にしている人物から私の元へも相談の手紙が舞い込んできたほどだ。

 なんでも町の酒場が一軒、その連中が暴れた折に小火を出して休業に追い込まれたそうで建て直しの助力が欲しいという話だ。よろこんで手を貸そうと思っている。

 ちなみに、それについては、アルフォンスに様子を見に行かせようかと考えている。

 愚息ときたら、妹との商売旅に浮かれていると思ったら、最近はすっかり意気消沈しているようだ。今回のひと仕事を任せれば、少しは気合いが入るかもしれない」


 義父の言葉は冗談めかしてあったが、義兄アルフォンスが元気をなくしている理由は自分が彼の想いを断ったせいだろうと思い、ノノは胸を痛めた。

 しかし恋心はないと断ったとしても、兄妹として過ごした二年で培った絆は消えない。

 彼が怪しい商人と関わることになって、危険に巻き込まれはすまいかと心配になった。

 ともかく、今回義父が伝えてくれた情報は重要だ。ノノはこの手紙の内容をすぐにレオンへと伝えた。


「レオン様、義父から手紙が届きました。不審な商団が活動しているとのことです。そして、貴族の後ろ盾があると主張しているようです」


 レオンは手紙を読み、真剣な表情を浮かべた。


「なるほど……これは見逃せない情報だ。怪しい商団と関わりのある貴族たちの内偵を始める必要がある。仮に贋金に関与していないとしても、貴族の名を利用して横暴を働いている商人がいるなら、それを取り押さえるのは治安維持のために必要だ」


 レオンはエレオノールの肩に手を置き、優しく目を見つめた。


「ありがとう、君のお陰で事件が一歩前に進んだ」

「いえ…私は直接なにかが出来るわけでもないので、せめてこれぐらいは…」


 義兄は現地に赴くことになっている。レオンの指示で貴族も調査される。

 事件がいよいよ本格的に動き出す中で、自分には何もできないことにノノは悔しさを感じていた。


    ■


 それから半月ほどが経ち、派遣された辺境伯の優秀な部下たちが報告を持ち帰ってきた。

 結果は黒だった。

 モンタルベール侯爵という貴族と、怪しい商団とが手を組み、贋金に関与していることが判明したのだ。

 そして、モンタルベールの名が出たときノノは確信した。

 やはり実父フィリップ・ド・ベルトランが商人を騙る詐欺師に騙されたあの一件が、この事件に関係している。

 モンタルベール家とベルトラン家は昔から犬猿の仲で、現モンタルベール侯爵は、若い頃に父ベルトラン侯爵と公衆の面前で口論になったこともあるような関係だった。

 歳を重ねてからはお互い関わり合いにならないように過ごしてきたはずだが、それでも社交上の理由で顔を合わせざるを得ない時はあり、エレオノールも父と共に挨拶をしたことがある。

 そのときにもエレオノールはベルトラン家の娘であるということで面と向かって侮辱的なことを言われるという経験をしていた。もちろん後にも先にもそんなことは一度きりだ。

 温和で人のよい父が珍しくはっきりと嫌っている人物でもある。

 彼が父を陥れたと言われれば、納得しかない。


「商団の規模は、分かっているだけでも四十人近い……か」


 報告を受けたレオンは険しい顔で顎に手をやった。


「モンタルベール侯爵が傭兵を雇ったりする可能性も考えれば、こちらもしっかりと武装の上で全員を一網打尽に捕縛しなければならないな」


 レオンは厳かにそう断言した。

 まだ贋金を鋳造している工房は見つかっていないが、商人とモンタルベール侯爵の周辺にはそれぞれ見張りがついているので彼らが鋳造現場を訪ねるようなことがあれば突き止めることが出来るだろう。

 現地で贋金鑑定をするためノノも同行することが決まり、彼女は荷物をまとめて出発の準備を進めた。

 レオンは鑑定は捕縛が済んでからで良いので、後を追う形でノノも合流すれば良いと言ったのだが、役に立ちたくて同行させて欲しいと頼んだのはノノ自身だった。

 捕縛されたモンタルベールが五年前の事件への関与を白状するかどうか、それが気にかかったということもある。

 荷造りをするノノに、レオンが声をかけてきた。


「ノノ。危険な状況も予想される。本当に、覚悟はできているかい?」

「はい。私もこの目で真相を見届けたいです」


 ノノは深く息を吸い込み、力強く頷いた。

 出立の直前、馴染みの商人が訪ねてきて、ノノにある商品を届けた。ノノは十分に礼を言って商人をねぎらい、彼に代金を託して大事に運ばれてきた木箱を受け取った。

 本当はこれをレオンに渡したかったが、もう出発が迫っている。その時間はなく、辺境伯一行は旅立ちの時を迎えたのだった。


    ■


 冬の寒風が吹き荒れる中、馬車に乗り込んだノノに「隣においで」と声をかけたレオンは席を移ったノノを毛皮で包み込み、寒くないかと気遣った。


「これなら少しは暖かいかな」

「ありがとうございます、レオン様」

「長い旅になる。商人である君は長距離の移動にも慣れているかもしれないが、久々の旅だ。なにかあったらすぐに言うように」

「はい」


 その言葉にエレオノールは少し安堵し、肩を抱くレオンの手の温もりを感じながら馬車の窓の外に目を向けた。寒い冬の風景が広がっていた。


 ■


 一方その頃、旅立つ彼らとは正反対の方向から、早馬が急いでいた。

 風が冷たく頬を打つ中、馬に鞭を入れた使者は懐の手紙に手をやりぐっと力を込める。

 不穏な知らせが舞い込もうとしていた。

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