第三十五話 人選
喫茶店へ入ると、高瀬はいつもの窓際に座っていた。
テーブルの上にはアイスコーヒー。
その横には一冊のファイルが置かれている。
「待たせたか」
「いえ、私も今来たところです」
佐伯はアイスコーヒーを注文し、高瀬の向かいへ腰を下ろした。
「それで、人選って何だ?」
高瀬はファイルを開く。
「来月、Dランク探索者昇格試験があります。その試験に立ち会っていただきたいんです」
「試験官か?」
「正確には補助ですね。探索者庁の職員だけでは実戦経験が不足しています。そこで現役探索者にも協力をお願いしています」
「俺じゃなくてもいいだろ、Cランクは他にもいる」
高瀬は頷いた。
「もちろんいます。ただ、皆さん忙しいんです。専属パーティや企業所属の方も多いですし、長期間予定を空けられる人は限られています」
「俺は暇だと言いたいのか?」
「そういう意味ではありません」
高瀬は苦笑した。
「佐伯さんは依頼を受けても冷静です。第三ダンジョンでも、第六ダンジョンでも無理をしませんでした。先日の救助でも同じです、状況を見て判断する能力を評価しています」
「戦うだけなら俺より上はいくらでもいるぞ」
「はい」
「でも、今回見たいのは強さじゃありません、判断力です」
佐伯は黙ってコーヒーを一口飲んだ。
「試験内容は?」
「十五階層までの実地試験です」
「受験者は四人一組」
「戦闘だけではなく、連携や撤退判断も評価対象になります」
「なるほど」
「佐伯さんには採点ではなく、現場で感じたことを教えていただきたいんです」
「例えば?」
「この人は焦ると視野が狭くなる、無理をしやすい、仲間への声掛けが出来ている。そういう現場でしか分からないことです」
「役所らしくない仕事だな」
「だから現役探索者が必要なんです」
高瀬は資料を閉じた。
「報酬は一日十二万円、昼食はこちらで用意します」
「仕事としては悪くない条件です」
佐伯は腕を組む。
戦う仕事ではないから、魔石も手に入らない。
ただ、人を見る仕事というのは少し興味があった。
「受験者は何人だ?」
「今年は十二人です」
「思ったより少ないな」
「Dランクは探索者として一人前の入口ですから、誰でも受かる試験ではありません」
店員がコーヒーを運んできた。
湯気の立つカップを眺めながら、佐伯はゆっくり口を開く。
「一つ条件がある」
「何でしょう?」
「俺は試験官らしいことは出来ない。思ったことをそのまま言う」
「それでいいなら受ける」
高瀬は少し笑った。
「そのためにお願いしたんです」
「分かった、引き受ける」
「ありがとうございます」
高瀬は頭を下げた。
次の仕事はダンジョンの調査でも救助でもない。
人を見る仕事。
それは今までとは少し違う一日になりそうだった。




