第三十二話 調査開始
十五階層へ到着した頃には、時計は午前十時を少し回っていた。
ここまで大きなトラブルはない。
途中でコボルトとポイズンスパイダーに遭遇したが、護衛対象へ近付く前に片付けた。
「ここですね」
黒田が図面を広げる。
「前回の調査で、この辺りの壁面から反応がありました」
山口は機材のケースを開き、小型の測定器を取り出した。
西村は壁へ目印を付けながら記録を始める。
「調査中は周囲を見ていてください」
「分かった」
ロングソードを抜く必要はない。
壁にもたれ掛かることもなく、周囲へ視線を配る。
こういう依頼では探索者は護衛役だ。
調査員が安心して仕事を出来るようにするのが役目だった。
十分ほど経った頃だった。
気配察知。
三体。
距離は三十メートル。
「止めろ」
三人の動きが止まる。
「来ますか?」
「ああ」
通路の奥からコボルトが姿を現した。
二匹。
その後ろにポイズンスパイダーが一匹。
コボルト達は獲物を見つけたように走り出す。
「下がってろ」
佐伯は一歩前へ出る。
先頭のコボルトが飛び掛かった。
剣を軽く合わせる。
軌道が逸れる。
体勢が崩れたところへ踏み込み、袈裟斬り。
コボルトは魔石を残して消えた。
二匹目は間合いへ入る前に足を止める。
仲間が一瞬で倒されたことで警戒したらしい。
だが、止まれば終わりだ。
佐伯は自分から距離を詰める。
コボルトが慌てて爪を振るう。
その腕を避けながら剣を横へ払う。
胴を断たれたコボルトは数歩よろめき、静かに魔素へ還った。
残るはポイズンスパイダー。
壁を伝い、頭上から糸を吐く。
佐伯は半歩横へ動いた。
粘着質の糸が足元へ張り付く。
蜘蛛は着地と同時に牙を突き出した。
狙いは首。
剣を短く振る。
前脚を一本切り落とす。
体勢が傾く。
逃がさず踏み込む。
刃が胴を貫いた。
ポイズンスパイダーは足を震わせ、そのまま魔素へ還る。
「終わった」
三人はほっと息をついた。
「やっぱり護衛をお願いして正解でした」
黒田は苦笑しながら汗を拭う。
「私達だけなら、とっくに逃げていました」
「逃げる判断も仕事だ」
佐伯はロングソードを鞘へ戻す。
「無理をして死んでも意味はない」
黒田は静かに頷いた。
「探索者庁の人も同じことを言っていました」
「生きて帰ることが一番大事だと」
「その通りだ」
調査は再開された。
山口は壁面へ測定器を当て、西村は採取した小さな鉱石を袋へ入れていく。
作業は地味だった。
ただ、その地味な積み重ねが、新しい資源や技術に繋がる。
探索者が道を切り開き、その後を調査員や技術者が歩く。
役割は違う。
それでも、この仕事は誰か一人では成り立たなかった。
佐伯は周囲へ視線を巡らせながら、調査が終わるのを静かに待った。




