第二十六話 お願い
数日後。
俺は再び東京第三ダンジョンへ来ていた。
第三ダンジョンは暫定Dランク。
十八階層でホブゴブリンが確認されたことで、管理棟の掲示板には新しい注意書きが増えている。
十一階層以降はDランク以上の探索者のみ立ち入り可能、十八階層は要注意区域。
内容はそんなところだ、まぁ…俺には問題ないことだが。
そんなたわいもないことを考えながら、受付で入域手続きを済ませる。
認識票を返してもらい、転移陣へ向かおうとした時だった。
「佐伯さんですよね?」
後ろから声を掛けられ、振り向く。
二十代半ばくらいの女性だった。
簡素な革鎧、杖、胸にはFランクの認識票。
顔は見たことがある。
第三ダンジョンに通っていれば、自然と覚える程度の関係だ。
話をした記憶はない。
「ああ、そうだけど?」
女性は少し安心したような顔を見せた。
ただ、その表情はすぐに曇る。
「お願いがあります」
「主人を助けてほしいんです」
「助ける?」
「主人が潜ってから戻ってこないんです!」
なるほど…探索者なら珍しくない話だ。
未帰還、迷子、遭難、怪我、最悪の場合は……。
理由はいくらでもある。
「どこだ?」
「十四階層のはずです。昨日の夕方、足を怪我したって連絡がありました。安全地帯で休むから心配するなって言われたんです。でも、それから連絡がとれなくて……」
「探索者庁は?」
「まだ一日しか経っていないので正式な捜索は出来ないそうです。個別依頼を出すなら、これから人員を選抜するので半日以上はかかると。それから潜ることになるので、今日中には捜索できないかもしれないと」
目に涙を浮かべ、訴えかけてくる。
なるほど、役所らしい返答だ。
「どうして俺に?」
「ここのダンジョンでDランク以上の人は少ないので、顔と名前は知っていました。それで、偶然見かけて、ダメもとと思い……」
なるほどな、彼女なりに必死なわけか、なら仕方ない。
「旦那の名前とランクは?」
「伊藤健太と言います、Dランク探索者で、普段は私とペアかソロで潜っています」
聞いたことのある名前だった、顔もうっすら覚えている。
同じダンジョンを主戦場にしていれば、何度かすれ違っていても不思議じゃない。
それなら無下に見捨てるのは忍びない。
「十四階層か」
昨日の夕方から動けないとなると、一晩は過ごしている計算になる。
安全地帯なら生きている可能性は高い。
だが、動けない状態で一晩以上ダンジョン内で過ごすとなると、厳しいものがある。
「ポーションは持っていたのか?」
「初級を二本と解毒剤を持っていたはずでしたが」
使い切ったのか、それ以上の怪我をしているのか…。
懐の初級ポーションに触れる。
ポーチの中には中級ポーションが一本。
解毒剤も入っている。
最低限の備えはある。
「そうか」
十四階層なら遠くない。
元々今日はここに潜る予定だった、十八階層まで行く必要もない。
少し予定が変わるだけだ。
「行ってくれるんですか?」
女性は顔を上げる。
「ついでだ、元々潜る予定だったしな。ただ、見つからなくても文句は言うな。探索者は自己責任だ」
「……はい、それでもお願いします」
女性は深く頭を下げた。
「私は伊藤美咲です」
「じゃあ行ってくる」
転移陣へ向かう。
今日は十八階層じゃない、目的地は十四階層。
十四階層。
普段なら魔石を拾いながら通り過ぎるだけの場所だ。
今日の目的は違う。
生きているなら連れて帰る。
それだけだった。




