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31歳中堅探索者、今日も潜る  作者: 上畑 優平
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第二話 赤いスライム

 東京第三ダンジョン。

 都内に存在するFランクダンジョンの一つ。

 全十五階層。

 出現する魔物はスライム、ラット、ホーンラビット程度。

 初心者探索者の実習場として利用されている、ごくありふれたダンジョンだった。

 入場ゲート前は朝から賑わっている。

 学生、会社員風の男、女性だけのパーティー。

 大きな盾を背負ったタンク、杖を持ったヒーラー、探索者も随分と増えた。

 昔は命懸けの職業だったらしいが、今では休日の副業感覚で潜る人間も珍しくない。

「佐伯さん!」

 聞き覚えのある声だった。

 振り向くと、受付カウンターの女性が軽く手を振っている。

 佐藤美咲。

 二十五歳。

 ダンジョン庁職員。

 探索者資格は持っているが、本人曰く運動は苦手らしい。

「今日は何階までですか?」

「十階くらいかな」

「またソロですか」

「まあな」

「固定パーティー作ればいいのに」

「面倒なんだよ」

「三十一歳独身の発言じゃないですよ」

「余計なお世話だ」

 美咲は笑いながら入場カードを差し出す。

「行ってらっしゃい」

「行ってくる」

 ゲートを通過する。

 制御環のランプが青から赤へ変わった。

 ダンジョン内部では能力制限が解除される。

 身体が少し軽くなった感覚がした。

 これが探索者の本来の状態だ。

 第一階層、薄暗い洞窟。

 人工照明が一定間隔で設置されている。

 壁には採掘跡、所々に監視カメラ。

 完全に管理された空間だった。

 昔の探索者が見たら泣くかもしれない。

 十分ほど歩く。

 前方で物音がした。

 キュイッ。

 ホーンラビット。

 額に小さな角を持つ兎型モンスター。

 初心者の練習相手として有名だ。

 レベルは低いが油断すると意外と痛い。

 ホーンラビットが飛び掛かる。

 俺は半歩だけ横へずれた。

 空振り。

 着地した瞬間。

 ロングソードを振る。

 一撃。

 魔物の身体が霧になって崩れた。

 カラン。

 小さな魔石が床へ転がる。

「二千円くらいか、昼飯代にはなるか」

 ポーチへ放り込む。

 二階…三階……五階。

 特に問題はない。

 いつもの探索、いつもの魔物、いつもの収入。

 このまま四十歳まで続けるのだろうか。

 そんなことを考えていた時だった。

 七階層へ降りる階段へ向かっていた時だった。

 前方から怒鳴り声が聞こえてきた。

「うわっ!」

「来るぞ!」

「盾! 盾!」

 足を止める。

 どうやら戦闘中らしい。

 急ぎ足で角を曲がる。

 採掘跡を利用した小部屋。

 そこでは三人組の新人探索者が必死に戦っていた。

 盾役の青年が小盾を構える。

 後衛の少女はショートボウを引いている。

 もう一人の剣士はロングソードを振るうが、相手にはほとんど効いていないようだった。

 そして、相手はスライムだった。

 だが普通じゃない。

 赤い。

 半透明の身体の中で炎が揺らめいているようにも見える。

「……レッドスライムか」

 思わず呟く。

 その時、剣士の青年がこちらを見た。

「あ!佐伯さん!助けてください!」

 レッドスライムが跳ねる。

 速い。

 普通のスライムの倍近い速度だ。

 盾役が受け止める、だが押し込まれる。

「くっ!」

「新人だけじゃ少しきついか」

 ロングソードを抜く。

「知ってるんですか!?」

「まぁな……Dランクじゃ珍しくない、でもFランクで見ることはない」

 今度は俺が前に出た。

「そんなに強いんですか?」

「スライムの中じゃ強い方だ、でもゴブリンよりは弱い。落ち着いてやれば倒せる」

 そう言った瞬間、レッドスライムが再び跳ねた。

 今度の標的は後衛の少女だ。

「きゃっ!」

 少女が慌てて後ずさる。

 距離が近い。

 弓では間に合わない。

 俺は踏み込んだ。

 ロングソードを振る。

 横薙ぎ。

 剣先がレッドスライムの身体を切り裂く。

 赤い身体が大きく歪んだ。

 だが消えない。

 やはり普通のスライムより粘りがある。

「効いてない!」

 剣士の青年が叫ぶ。

「イヤ、効いてる」

 俺は視線を逸らさない。

「浅いだけだ」

 レッドスライムは床へ着地すると身体を震わせる。

 次の瞬間、小さな火花が散った。

「熱っ!」

 盾役の青年が慌てて手を離す。

「炎属性だ」

「え?」

「大した威力じゃない、でも素手で触るな」

 レッドスライムが向きを変える。

 今度は俺を狙った。

「そうだよな、邪魔されたら腹立つよな」

 腰へ手を伸ばす。

 引き抜いたのはダガー。

 新人たちが息を呑む。

「佐伯さん、剣は?」

「スライム相手ならこっちの方が早い」

 レッドスライムが飛ぶ。

 速い。

 だが、Dランクダンジョンで何度も見た動きだ。

 右…左…いや、フェイントだ。

 本命は真っ直ぐ。

 半歩だけ身体をずらす。

 赤い身体が目の前を通り過ぎる。

 その瞬間、左手のダガーを突き出した。

 ぷすっ。

 柔らかい感触。

 そして、硬い感触。

 核だ。

 ダガーを捻る。

 パキッ。

 小さな音。

 レッドスライムの身体が震えた。

 次の瞬間…。

 赤い身体は霧となって崩れ落ちる。

 床には赤みを帯びた魔石だけが残っていた。

「終わりだ」

 三人はしばらく固まっていた。

「すご……」

「一瞬だった……」

「C級ってこんな感じなんですね」

「いや」

 ダガーを鞘へ戻す。

「普通だ、十二年も潜ってりゃ誰でもできる」

「そんなことないですよ!」

 剣士の青年が首を振る。

「俺たちなんてFランクでもヒーヒー言ってるのに」

「慣れだよ」

 俺はしゃがみ込む。

 レッドスライムが残した魔石を拾い上げた。

 品質は悪くない。

 通常のスライムの魔石より二回り大きい。

 買い取ってもらえば一万円くらいにはなるだろう。

 いつものFランクダンジョンなら、手に入るはずのない収穫だった。


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