第一話 中堅探索者
三十一歳、独身。
貯金九百三十八万円。
探索者ランクC級。
収入は会社員よりは良い。
だが定年はない、退職金もない、厚生年金もない。
その代わり、運が良ければ一攫千金も夢じゃない。
そして運が悪ければ、明日には死ぬ。
探索者という職業は、そんな仕事だった。
世界中にダンジョンが現れてから八十年以上が経つ。
かつては世界を滅ぼしかけた魔物たちも、人類の反撃によって数を減らし、今では多くのダンジョンが管理下に置かれていた。
モンスターは魔石を核とし、魔素によって肉体を構築している。
討伐されれば肉体は霧のように消え去り、核である魔石だけが残る。
魔石は優秀なエネルギー資源だった。
発電所、工場、輸送機器、家庭用電力、現代社会は魔石なしでは成り立たない。
さらに強力な魔物からは魔玉と呼ばれる希少な結晶が得られることもある。
火炎魔玉、氷結魔玉、雷撃魔玉
属性を宿したそれらは高値で取引され、探索者にとっては一種の夢でもあった。
もっとも、俺は一度も見たことがない。
テレビの特集番組で見たくらいだ。
現代のダンジョンで出現する魔物の大半はスライムやラット程度。
魔玉を落とすような上位個体は滅多に現れない。
ダンジョンは冒険の舞台というより、資源採掘場になって久しい。
探索者もまた職業の一つになっていた。
ダンジョンへ入るには国家資格が必要だ。
資格を持たない者が侵入すれば犯罪になる。
そして探索者はダンジョンの外では能力を使えない。
法律で装着が義務付けられた制御環。
手首に嵌められた黒い腕輪が、スキルや魔法の発動を抑制している。
昔は酔っ払った探索者同士が街中で魔法を撃ち合ったこともあったらしい。
今では笑い話だ。
俺は笑えないけど。
「はぁ……」
ため息をつきながらスマホを見る。
残高、九百三十八万円。
悪くない、悪くないんだけど。
「微妙なんだよなぁ」
三十一歳、独身、彼女なし、実家暮らし。
最近は親から結婚の話をされることも増えた。
探索者なんて職業を続けている時点で難しい気もする。
安定しない、危険、いつ引退するか分からない。
探索者の全盛期は二十代後半から三十代半ば。
四十歳を超えると体力は落ち始める。
五十歳まで現役を続ける者は珍しい。
あと十年、いや、五年かもしれない。
今のうちに貯金しておくべきか、それとも転職を考えるべきか。
そんなことを考えながら、俺はロングソードの手入れを終えた。
愛用の剣、ダガー二本、予備のショートボウ、革鎧、ポーション三本、応急処置セット、 いつもの装備だ。
派手さはない、だが使い慣れている。
俺の職種はサーチャー。
索敵、罠発見、地図作成、応急処置。
探索に必要な技術を広く身につけた何でも屋だ。
戦闘もできるが、専門家には及ばない。
タンクには耐久で負ける、純粋なアタッカーには火力で負ける、ヒーラーほど回復もできない。
器用貧乏、そう言われたこともある。
でも、ソロ探索者にはちょうどいい。
誰にも気を遣わなくていい、戦利品は全部自分のもの、休みたければ休める、死んでも泣く仲間はいない。
……最後のは、あまり嬉しくないけど。
玄関で靴を履く。
今日の目的地は東京都内にあるFランクダンジョン。
危険度は低い、収入も大したことはない。
だが、生活のためには潜るしかない。
俺は制御環のランプが点灯していることを確認し、家を出た。
この時の俺はまだ知らない。
今日の探索が、十二年間続けてきた探索者人生を、大きく変えることになるなんて。




