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  ミレナはあきれ果てたように深く大きなため息をついた。

 アヤト自身も、異世界転生モノならここで『謎の隠しスキル』や『チート能力』が発覚して、ミレナや周囲を驚かせる無双展開を期待していたが、現実は非情だった。



「おかしいな……こういうのって主人公として活躍できそうな感じになるもんかと」

「はぁ? 主人公ですって。ゴブリンを前に情けなく失禁するような男が? そんな人が主人公なわけないでしょう」


「うっ……それを人前で言うのはやめてくださいよ」

「だって事実だし」



 ミレナの指摘にどっと顔が赤くなる。 

 受付嬢の表情をふと伺うと、彼女は必死にプロとしてのポーカーフェイスを保とうとしていたが、それでもピクピクと口角が痙攣しているのを隠しきれていなかった。



「え……えぇっと。コホン。それではアヤト様の職業の登録はどうされましょうか?」

「それって剣士とかってできるんですか!?」


「……剣士ですか。えぇ、はい。それはもちろん可能ですが」


「あんたが剣士とか笑わせないでちょうだい。このバカに戦闘が務まるわけないでしょう。こいつは『ポーター』で登録してもらえるかしら?」



「え、なんですかそれ……なんか響きかっこよさそうだからいいですけど」

「えっと……で、ではポーターで登録でよろしいですね?」



 受付嬢が同情を含んだ微笑みと共に、くすんだ鉄製の小さなプレートを差し出してきた。プレートには『ポーター』の文字がしっかりと刻まれている。



「ところでポーターってなんですか?」


「その、荷物運搬人を指す言葉ですので、アヤト様の職業はですね」

「え……荷物持ち?」


「貴方にはこれ以上ないでしょう? 理解できたなら今後も『ポーター』として、私が貴方をこき使ってあげてもいいって……そう言っているのよ。ありがたく頂戴しなさい」

「うぅ……嬉しいのか嬉しくないのか。複雑だ」



 アヤトはそのプレートを受け取りながら、心の中で血の涙を流した。 

 物語の主人公どころか、今後自分はこのドS魔法使いの『荷物持ち』という、おまけ程度の存在でしかないということだ。


 ここで否定しようにも、とてもじゃないがミレナの目をみて言い返せるような雰囲気でもない。

 喉元にまで出かかった『やっぱり剣士がいい』という一言はぐっと心の奥に呑み込んだ。




 素材の精算を終え、じゃらりと音を立てる銀貨の入った革袋を受け取ったミレナは、くるりと振り返った。



「さて用も済んだことだし、宿に向かうわよ。引き続きポーターとしての役目果たしなさいよ」

「あ、はい。もっもちろんです」



 重いズタ袋を背負い直し、アヤトはミレナの背中を追ってギルドを後にした。

 ギルドから少し歩いた場所にある、三階建ての石造りの宿屋。

 ミレナは受付で二部屋借りると、アヤトを自分の部屋へと連れ込んだ。


 部屋にはベッドに、小さなテーブルと椅子があるだけの簡素なつくり。


 美少女と密室で二人きり。本来なら願ってもないような、妄想も股間も膨らむような展開であるのだが、どうにもそんな甘い展開になりそうな様子でないことだけは、空気で察した。



「あの……これはどういう?」


「どうって? いいから荷物おろしなさいよ」

「あ……はい」



 荷物を床に置くよう指示したミレナは、ベッドの縁に腰を下ろした。そして、長い足を優雅に組む。 

 さながら捕食者が獲物を狙うような目つきでアヤトに目線を合わせる。



「貴方のスキルだけれど、文字化けして解読こそできなかったわけだけど。スキルがないわけじゃないのは確かよ」


「はぁ……。でもどんなスキルでいつ発現するか俺にもわかりませんけど」



「改めて聞くけれど、私が貴方を椅子にして腰かけたときに魔力が高まる感覚を感じたわ。実際あの直後に放った魔法はパワーもスピードも上がっていた。 で貴方その瞬間なにか感じたことは?」



 記憶の引き出しから引っ張り出す必要もないくらい、あの瞬間、あの感触は脳に焼き付いている。柔らかな臀部の感触。

 脳が溶けそうになるほどの多幸感。



「はい柔らかかったです!」

「そういうこと聞いてないわよ。この変態!」



 ゴンッ! 

 という鈍い音と共に、ミレナの蹴りがアヤトの脛にクリーンヒットする。苦虫を嚙み潰したような顔で、膝を抱えてのた打ち回る。



「ってぇー!?」

「少しはその小さな脳溝で真面目に考えることよ。次に下手なら回答したら承知しないわよ」



「い、いや! でも本当にそれ以外は何も! 俺自身の身体の中で力が漲るとか、逆に減ったとか、そういう感覚は一切なかったんですってば!」

「ふぅん」



 ミレナは立ち上がり、ベッドの横の床を指差した。


「まぁいいわ。もう一度試してみれば分かることだものね」

「え?」


「聞こえなかったかしら? 早く四つん這いになることよ。返事は? はいミレナさんでしょう」



 有無を言わさぬ冷ややかな命令。

 アヤトは少し躊躇いながらも、床板の上に両手両膝をつき、四つん這いの姿勢をとった。


 犬のような屈辱的な体勢ではあるが、美少女に上に乗られるという事実に対して、男としての不純な期待が全くないと言えば嘘になる。



「は、はい……ミレナさん。どうぞ、椅子です。椅子でございます!」


「チッ、何よそのニヤケ面。気持ち悪い。……まぁいいわ、動くんじゃないわよ。揺らしたり変な声出したら命はないと思いなさい」



 ミレナはアヤトの背中にゆっくりと腰を下ろした。

 再び、あの柔らかな臀部の重みと、微かな体温がアヤトの背中越しに伝わってくる。

 ほんのり甘い石鹸のような香りが鼻孔をくすぐり、アヤトの心臓は先ほどの恐怖とは別の理由で大きく跳ねた。



「おっ! ……と」


 一瞬声が漏れそうになったのを防ぐため、慌てて右腕に口を押し当てて声を殺す。 


「……ッチ!」


 聞こえてくる大げさな舌打ち。終わった。 

 喉元を切っ切られるか、はたまた 強烈な蹴りでも浴びせられるのだろうか、怯えるように視線を上げミレナの表情を伺う。



「ダメね。何もないわ」


 ミレナは不機嫌そうにアヤトの背中から降りると、腕を組んで冷たい視線を見下ろしてきた。



「え? 何もないって……さっき洞窟ではあんなに威力が上がったじゃないですか」


「だからよ。なんで今回は失敗したのよ」

「俺に言われましても……」



 ミレナの問いかけに、アヤトは床に四つん這いのまま首を傾げる。

 体勢は同じだ。上に乗られたのも同じ。違いと言えば、場所が安全な宿屋の中になったことくらいしか思いつかない。



「はぁ……本当に使えないわね。あの異常な魔力増幅は偶然だったっていわけ? それとも他に何か条件があるの?」



 ミレナは苛立たしげにグレーの髪をかき上げる。ここで下手に口を挟んでも、邪険な態度を取られるのが関の山だろう。




「例えばなに、場所? それとも私やこのバカの精神状態? ……まさか、一度発動したらクールタイムが必要なタイプ?」



 ミレナはぶつぶつと仮説を並べるが、どれもしっくりこない様子だ。

 明確なトリガーが分からないという事実が、彼女のイライラをさらに加速させていくだけである。



「はぁ……もういいわ。全くの時間の無駄だったわね」



 ミレナは心底つまらなそうにため息をつくと、アヤトから興味を失ったようにベッドに腰を掛け、 不服そうに腕を組む。その横顔には、明らかな失望と不機嫌さが張り付いている。


 今日の検証? はこれで終了、ということらしい。



 ……だが、アヤトは焦った。

 この冷酷な美少女にとって、自分の唯一の価値は強力なバフをかけられる『都合の良い専用椅子』であることのはずだ。


 それが自由に使いこなせないと判断されれば、明日にもこの右も左も分からない異世界の街に放り出され、見捨てられるかもしれない。




「ま、待ってくださいミレナさん! もう一回、もう一回だけ試しましょう! 次は絶対なんか出しますから!」



「うるさいわね! 何よなんか出しますからって? 気持ち悪い言い方しないでもらえるかしら。そもそもあんた自身も出し方わかってないじゃない。役に立たない荷物持ちの分際で私に指図しないでちょうだい」



 ベッドに腰を下ろしたミレナは、もはやゴミでも見るような冷たい視線をアヤトに投げかけた。



「そもそも、いちいち原因を特定するのも面倒くさいのよ。……さっさと寝なさい。明日は早朝からギルドに行くわよ」



 コートをハンガーに掛け、中に着込んでいた紺色のコンプレッションシャツ、その上に黒いレザーのインナージャケットがあらわになる。

 胸部や腹部には薄くも頑丈そうなプレートが入っており、冒険者としての実用性を重視していることが窺える。


 それでも、体にぴったりと密着した素材は彼女の女性らしいしなやかな曲線美を誤魔化しきれておらず、 アヤトは無意識に見入ってしまう。



 ベルトを緩め、ジャケットを脱ぎ捨てシャツに手をかけようとしているところで、ふいにミレナの手が止まる。

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