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平原を歩き続けること数十分。
夕闇が空を覆い、巨大な月が昇る頃、 二人は巨大な石造りの城門へとたどり着いた。
門の前には松明が焚かれ、 槍を構えた二人の衛兵が通行人たちに鋭い目を光らせている。
「――止まれ。 身分証の提示を」
衛兵の一人がミレナの前に槍を交差させて立ち塞がった。ミレナは慣れた手つきで腰のポーチから銀色のプレートを取り出し、衛兵に提示する。
「ほらこれでいいでしょう? 討伐依頼の帰りよ」
「……うむ確認した。ミレナ・カワードだな。通ってよし」
衛兵はプレートを一瞥すると槍を引き、ミレナを街の中へ通す。
しかしその後ろに続こうとする、学生服姿のアヤトを見た瞬間、再び鋭い視線を向けた。
しかもアヤトは下半身がずぶ濡れでガタガタと震えているという、どう見ても不審極まりない状態なのは間違いない。
「おい、そこの見慣れない格好の男。お前も身分証を出せ。……あとお前、なぜそんなに下半身が濡れている?」
「えっ!? み、身分証……いや、俺はその、あれですよ。そう、今日ここに来たばかりで……濡れてるのは、まぁ川でちょっと。はいちょっとね、転びまして」
怪しい者を見るような衛兵の眼差しに、アヤトはしどろもどろになる。
不法入国者、あるいは変質者としてこのまま拘束。それどころか光の差し込まない、地下の牢屋行きになるのではと青ざめた時、ミレナがため息をつきながら戻ってきた。
「ちょっと、いつまでモタモタしてるのよ! そいつは『一応』……連れよ」
衛兵たちに向かってジト目を向けながら、やけに一応の部分を強調するようにアヤトのほうを指さす。
「ミレナ殿のお連れですか? その……失礼ながら見るからに怪しい風体ですが」
「まぁ無理もないわね。そのバカは私が今日たまたま拾った専属の『荷物持ち』よ。田舎から出てきたばかりで、右も左も分からないの。見ての通り、目も当てられないくらいどんくさくて、川に落ちてそのザマなのよ。身分証の発行はこれからギルドでやらせるから、ここは私に免じて通してちょうだい」
「は……はぁ。ミレナ殿ほどのお方がそう仰るのであれば……おい、風邪でもこじらせて街に疫病を撒き散らすんじゃないぞ!」
衛兵は呆れたように頷き、アヤトに向かって顎をしゃくった。
門をくぐり抜け、街の喧騒の中へと足を踏み入れると、 アヤトは大きく息を吐き出した。
「はぁ……助かった。さすがはミレナさんありがとうございます」
「勘違いはしないでちょうだい。貴方の持っているかもしれない力。今後どうするかはそれ次第だし」
「そんなぁ」
振り返ったミレナの瞳は、怪しい光を帯びてアヤトを見つめていた。
城門を抜けた先には、石畳で舗装された大通りが真っ直ぐに伸びている。
道の両脇にはレンガや木造の建物が立ち並び、等間隔に設置された魔石で作られたであろう街灯が、オレンジ色の温かい光で夜の街を照らしている。
行き交う人々は、一般の人間もいるが大抵は剣を腰に下げた戦士風の男やローブを羽織った魔法使いらしき人物、さらには犬の耳や尻尾が生えた獣人までいて、まさにゲームやアニメさながらのファンタジー世界そのものだ。
「はえーすっごーい」
アヤトはキョロキョロと周囲を見回すが、すれ違う通行人たちの視線は、異世界への感動をすぐに打ち砕いた。
アヤトのほうを見てはヒソヒソと耳打ちをしながら、通行人たちが怪訝そうな視線を向ける。
見たこともないような奇抜な学生服に、下半身だけが濡れそぼり、巨大なズタ袋を背負って震えている不審者。
それが現在のアヤトの客観的な評価だった。
「あの、ミレナさん……皆めっちゃこっち見てるんですけど。俺、恥ずかしくて死にそうです」
「うるさいわね。黙って堂々と歩いてなさい。コソコソと私の背中に隠れようとするから余計目立つのよ」
ミレナが立ち止まったのは、大通りに面した一際大きく、 頑丈そうな建物の前だった。入り口の看板には、剣と杖が交差した紋章が描かれている。
重厚な木の扉をミレナが蹴り開けるようにして中に入ると、ムワッとした熱気。
壁に貼られたリストと睨めっこしている者たち、ソファーに座りながら談笑する者たちなど、この街を拠点に活動しているであろう荒くれ者たちの姿が所狭しとひしめき合っていた。
酒と汗。そして微かに混ざる獣の血の匂い。その独特な空気にアヤトが思わず息を呑んでいると、ギルド内の視線が一斉に二人に向けられた。
「おっ孤高の女王様のお帰りだぜ!」
「愛想の悪さはともかく、顔だけはたまんねぇからな。……ところで後ろのガキはなんだありゃ」
「見たことねぇツラだな。なんであんな野郎が……」
ざわめき。それに混じる下品な笑い声が交差する中、一人の大柄な戦士がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「おいおいミレナさんよぉ、随分と情けねぇガキを連れてるじゃねぇか。しかも下半身びしょ濡れって……まさか魔物にビビって漏らしたのか? ギャハハハ!!」
男の嘲笑に釣られて、周囲の冒険者たちもドッと吹き出す。
アヤトは顔から火が出るほど恥ずかしくなり、背負ったズタ袋の影に隠れるように縮こまった。
穴があったら入りたい。というのはこの事を言うのだろう。いっそ殺してくれ、とすら思ってしまったほどだ。
「邪魔しないでもらえるかしら。あんたみたいなの相手している程私も暇じゃないのよね」
氷点下の声がギルド内に響いた。ミレナは立ち塞がる男を見上げもせず、ただ冷たく一瞥する。
「おいおいおい、話が違うじゃねぇかミレナさんよ。今まで誰とも組まずソロで活動してきたお前が、なんであんな男を連れてんだよ?」
「別に組んだ覚えはないわ。あれは荷物持ちなだけ。文句あるかしら?」
ただの荷物持ちの分際で、と男は何か言い返そうとしたが、ミレナの瞳の奥底に潜む殺気に気圧され、大きく舌打ちを一つした。
その横で少々残念そうに落胆する『荷物持ち』の少年。
「チッ……冗談だよ。相変わらず冗談が通じねぇ女だな」
男は捨て台詞を吐いて、そそくさと仲間たちのテーブルへと戻っていった。
周囲の冒険者たちも、これ以上『女王』の機嫌を損ねて巻き込まれるのは御免だとばかりに、一斉に蜘蛛の子を散らすように視線を逸らす。
「いつまで後ろで情けない顔しているのかしら。行くわよ」
「はっはいぃ……」
ミレナに促され、アヤトはギルドの奥にある受付カウンターへと向かう。カウンター越しに座っていたのは、黒いストレートの髪に、眼鏡をかけた、美人の受付嬢だった。
その容姿を前にして、無意識に視線が受付嬢に吸い込まれていくアヤトを横目に 我に返すかのような激痛が左足に走る。
「あだだだだ!!」
「鼻の下が伸びてんのよこのバカ」
受付嬢は二人のやり取りに苦笑いを浮かべながら、手慣れた営業スマイルを向けてきた。
「お疲れ様ですミレナさん。本日は討伐依頼の報告でしょうか?」
「ええ。ゴブリンの討伐証明部位と、採取した鉱石の買い取りをお願い。あぁあとそれから……」
ミレナは親指で後ろのアヤトを指す。
「このバカを冒険者ギルド登録してちょうだい。名前は確か……アヤタロウだったかしら」
「あっアヤトです……その。溝口綾人」
「はぁ……アヤト様ですね。ではまず冒険者登録になりますので右手を出していただけますか?」
受付嬢に言われるがまま、アヤトは右手を差し出す。カウンターの下のほうから取り出されたのは、針のようなもの。
「あの……」
「申し訳ございませんが、血が必要になりまして。少々チクリとはするのですけれど」
「えー痛いのはちょっと……」
「情けないこと言ってんじゃないわよ! 私が指先を切り落としてあげようかしら?」
注射を前に駄々をこねる子供のような状況下に、受付嬢は困ったように苦笑いを浮かべている。
そこにしびれを切らしたミレナが、ナイフを取り出しアヤトの右手の前で制止させる。
「いいからさっさと出しなさい!」
ミレナが強引にアヤトの右手を取ると、受付嬢の持つ針へ容赦なく指先を押し付けた。
チクリとした鋭い痛みと共に、血の雫がぷくりと浮かび上がる。
「ってぇ……」
「はい、結構です。ではこちらの魔水晶の板に血を垂らしてください」
言われるがまま血を垂らすと、水晶板が淡く発光し、アヤトのステータス情報が文字となって浮かび上がる。
「こ、これで何が?」
「主に冒険者の適正となる職業、魔力属性。該当スキルの有無でしょうか」
「私の場合だと魔法戦士、水の魔力属性持ちみたいな感じよ」
さて肝心のアヤトの情報だが、適正職業該当なし。属性不明。
そしてスキルは文字化けしており、なんと書いてあるかは分からない
「……見事なまでのゴミっぷりね。属性魔法もだめ、主だった職業も該当なしって……むしろ何ができるのかしら」




