4-1
『情けないなぁ。それでもキミはボクらと同じ四天衆の一人かい? 全く美しくない』
聞き慣れた声音に、シレナは露骨に顔をしかめた。
「ッチ!」
長椅子に腰掛けていた男が、ゆっくりと足を組み直す。
雪のような白銀の髪。磨き上げられた黄金色の瞳。
何よりも、自分自身に酔いしれ、他者を見下すような薄笑いの表情。
彼は手にしたワイングラスを軽く揺らしながら、品定めでもするかのようにシレナへ視線を向ける。
『一度ならず二度までとはねぇ。キミのような人材がどうして四天衆に選ばれたのか、ボクには分からないよ。それとも……まさか相手に情でも移ったのかな?』
「うぜぇ!」
『図星かい?』
くすり、と男が笑う。
その笑みは優雅であだったが、どこまでも人を小馬鹿にしていた。
『ボクだったらそんな失態はしないだろうねぇ! 優雅に、華麗に、スマートに。そして美しく終わらせるさ』
「うっさいな! ヴェイン。次は――」
「ッフ、次だってぇ? キミに次があるとでも?』
ヴェインは大袈裟に肩を竦める。
『任務というものは結果が全てだよ、シレナ? 成果を残せなかった時点で、それは価値のないことさ。美しくない……。醜い失敗作だよ』
「……ずいぶん好き勝手言ってくれんじゃん」
『当然じゃないか』
ヴェインは微笑みながらワイングラスを掲げる。
『ボクには失敗などいう、愚かで醜いことはしないからねぇ』
その言葉には一片の迷いもなかった。冗談でもなければ虚勢でもない。
「あいつらはあたしの獲物だ! 邪魔すんな」
シレナが吐き捨てるように言う。しかしヴェインは少しも怯まない。
むしろ面白いものでも見たかのように、口元の笑みを深くした。
『獲物、ねぇ……。フフ』
ワイングラスを揺らしながら、わざとらしく肩を竦める。
『おやおや、まさかとは思うけど、本気でそんなことを言っているのかい?』
「……だったら?」
『そういう野蛮的な思考だから、キミは美しくないのさ』
「はぁ!?」
思わずシレナの声が大きくなる。こめかみに青筋が浮かぶのを感じながら、シレナは目の前の男を睨みつけた。
この男とは昔から反りが合わない。会う合わない以前の問題だが。
常に他者を見下したような表情と態度。自分が特別な存在だと信じて疑わないような傲慢さ。
本気で思っているからこそ、余計に腹立たしい。
『獲物だの復讐だの執着だの……実に愚かで浅はかな思考だよ。なんて品がないんだ……』
黄金色の瞳が細められる。その視線は相手を見ているというより、価値のないものを眺めているようだった。
『同じ四天衆に名を連ねる者としては、キミのような下劣な存在と、このボクが一緒にされるのは心外なんだ』
「――今すぐ、その口閉じてあげよっか?」
『キミにできるのかい?』
ヴェインは愉快そうに目を細めた。まるで子供の癇癪でも眺めているかのような態度。
それが余計にシレナの神経を逆撫でする。
「やってみる?」
シレナの口元から笑みが消える。
同時に、周囲の空気が僅かに震えた。紫色の魔力が薄く滲み出し、床へと影を落とす。
一方で、対するヴェインもまた笑みを崩さない。
細い指で指輪を撫でながら、ゆっくりと立ち上がる。
『へぇ、面白いじゃないか』
黄金の瞳が愉悦に細められる。
『失敗続きのキミ如きが、四天衆最強である、このボクに挑むというなら……身の程を教えてあげてもいい』
ピシリ。その場の空気に緊張が走る。
互いの視線がぶつかり合い、一触即発の空気が部屋を満たした。
『――二人ともそこまでにしなさい』
冷水を浴びせるような声が響いた。二人の視線が揃って声の主へ向くと、机に向かっていた黒髪の女性が、書類から目を離さぬまま、淡々と言葉を続ける。
『今やるべきことをはき違えないでください』
「ッチ! ミラ、あんたまで邪魔すんな!」
シレナは不満げに舌打ちを鳴らした。しかしミラは顔を上げようともしない。
机の上に積まれた書類へ視線を落としたまま、淡々とペンを走らせている。
先程までの一触即発の空気など、まるで存在しなかったかのように。
『任務に失敗したこともそうですが、それを煽る者も……。どちらも褒められたものではありませんね』
静かな声。怒気も威圧感もない。
それなのに、不思議と反論する気を削がれる。ヴェインは肩を竦めると、撫でていた指輪から手を離した。
『おっと。ボクはただ事実を口にしただけなんだけどねぇ』
『事実かどうかは問題ではありません』
ミラは手元のペンを静かにインク壺の傍らへ置いた。硬質な音が一つ、張り詰めた室内へ落ちる。
そのまま小さく息を吐き、鼻梁に掛けた黒縁の眼鏡を押し上げる。
ようやく顔を上げた彼女の赤い瞳が、感情の波を一滴も交えないまま、シレナとヴェインを順番に射抜いた。
『私たちの役目はここで小競り合いをすることですか? 果たすべき目的。それに貢献しない諍いは、単なる時間の浪費です』
その視線の冷たさに晒され、シレナは不満げに顔を歪めながらも、纏っていた紫色の魔力を散らした。
いかに頭に血が上っていようと、ここでミラと衝突することが自らにとって何の利益にもならないことくらいは理解している。
ヴェインもまた、芝居がかった手つきで大袈裟なため息を吐き出し、元の長椅子へと身を沈めた。
『やれやれ。真面目なキミには、ボクのこの高尚な美学が理解できないようだね……』
『理解する必要性を感じません。我々に求められているのは、至高なる御方の意志を滞りなく遂行すること。それのみです』
一切の隙を見せないミラの返答に、室内は再び重苦しい静寂に包まれる。
「で、あいつらはどうするわけ!? あたしの獲物をこのまま放置する気?」
壁際の柱に寄りかかりながら、シレナが苛立ちも露わに問い質す。
その視線は、憎悪の対象を今すぐにでも引き裂かんばかりの熱を帯びたままだった。
ミラは卓上で組んだ指先に顎を乗せ、淡々と告げた。
『関係ありませんよ、シレナ。二度もの失態により、貴方の追撃任務は凍結されました』
「はぁ!? ふっざけんな!! 次は絶対に、あたしが息の根を止めてやるって言ってんでしょ!」
『――これは決定事項です』
シレナが猛然と歩み寄ろうとする動作は、ヴェインの軽薄な笑い声によって遮られた。
『フフ、聞いたかいシレナ? キミはもう用済みだと言われているんだよ。無様な負け犬にはお似合いの結末じゃないか』
「テメェ……!」
『安心するといいさ。キミが逃がした哀れな獲物共は、このボクが美しく調理してあげようじゃないか。醜く足搔く様を、みせてもらおうとしよう』
長椅子から立ち上がったヴェインは、胸に手を当てて優雅な一礼をしてみせる。
彼にとっては、同僚の失敗さえも自らの輝きを際立たせるための舞台装置に過ぎないのだ。
シレナの全身が怒りで打ち震え、再び空気が重圧を帯び始める。
「あたしが殺るっつってんだろ! 手ェ出すな」
限界まで張り詰めた緊張の糸が、今にも切れそうになったその時。
ミラの言葉は、氷の刃のように無慈悲だった。
『貴方には謹慎を命じます。これ以上の独断専行は、反逆と見なしますよ、いいですね?』
その言葉は、シレナの言い分を木っ端微塵に打ち砕いた。
反論の余地すら与えない決定。ミラに睨みつけられ、シレナは奥歯が砕けそうなほど強く噛み締める。
「……ッ!」
喉の奥で獣のような唸り声を押し殺し、シレナは忌々しげに室内を一瞥した。
勝ち誇ったようなヴェインの薄笑い。書類へと視線を戻し、既に自分など眼中にないミラの横顔。
これ以上この場に留まることは、己の自尊心を削り取るだけだと直感する。
「覚えとけよ!」
誰に向けるともない呪詛を吐き捨て、シレナは乱暴に踵を返した。
厚い木製の扉を肩で押し開け、そのまま廊下へと荒々しい足音を響かせながら姿を消す。残された扉が、彼女の怒りを代弁するように激しい音を立てて閉ざされた。
『フフ……本当に最後まで美しくないねぇ。あんな見苦しい振る舞い、ボクには到底真似できないよ。なんて醜いんだろうか』
ヴェインは再び長椅子に深く腰掛け、残ったワインを優雅に口へ運ぶ。
同僚の屈辱的な退室など、彼にとっては取るに足らない余興でしかない。鼻先で短く笑うその横顔には、明白な侮蔑の色が浮かんでいた。
一方でミラは、閉ざされた扉を一瞥することもなく、小さく息を吐き出す。
『……感情の制御もできないようでは、先が思いやられます』




