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1-2

 突然の予期せぬ発言に、ミレナも呆気にとられたか口元が引きつく。 

 何の冗談かと思考している間にも、一転土下座から四つん這いで地べた這いつくばる。

 さぁ、どうぞここに腰を掛けて下さいとでも言わんばかりに、上目遣いで訴えかけてくる様にもはや突っ込む気すら失せたようだ。



「そう……」


  頭部に重くのしかかる重み。視線が強制的に地面へと向けられ、上を見上げようにもそれ以上の力が込められ、これ以上に上は向けない。 

 グリグリと頭をこすり付けるような感触が伝わり、今彼の頭に伸し掛かっているものが彼女のブーツの靴底なのだと認知できた。



「そんなに私に服従したいのなら、いいわよ?」

「え?」



 頭蓋への痛みが消え 足が離れたかと思えば、そのまま口元のほうに靴先を向ける。 

 低い位置からミレナの表情を伺おうべく仰ぐと、蔑み笑うミレナと目が合う。



「あの……」

「ほら。貴方にはそうやって地面にひれ伏しながら靴でも舐めている姿がお似合いじゃないかしら」

「はぁ……分かりました」



 その言葉を額面通りに受け取り、言われるがまま彼女のブーツに口を付けようと舌を伸ばしたところで、蹴りが叩き込まれ仰向けに転がる。



「ウブッ!?」

「――って何やってんのよ!?」


「いってぇ! いやそっちが舐めろって……」

「本気にしてんじゃないわよ気持ち悪いわね! 私のブーツを貴方みたいな男の唾液で台無しにするつもり?」



 口元を抑えながら痛みに耐えるようにのたうち回る。

 指示された通りに靴を舐めようとしたはずなのに、それを実行に移そうとすると蹴り飛ばされてしまったことに困惑しながら悶絶するしかない。


 口内に入り込んだ泥を吐き出すため、唾を吐き散らしながらせき込む。



「蹴ることないじゃないですか……いやまぁこれはこれで良かったですけれども」

「はぁ……付き合ってられないわ」


「待って下さい! みな……じゃなくてえとミ? ミ……」

「だから誰と間違っているのよ ミレナよその小さい御頭に叩き込んでおくことね。……理解したなら、さっさと椅子になりなさいよ」



 壁に背中を預け、左を腰に当てながら横目でこちらをムッと一度睨む。

  はぁ。とため息をつきながら呆けているアヤトを右手で指す。人差し指を数回動かし何かのジェスチャーでも送るかのように指示を出す。 

 ただ本人は伝わっていないのか少年は首の角度を二時の方角へ傾け、頭上にクエスチョンマークを灯す。



「返事は? 椅子になりたいんでしょう? 私の気が変わらないうちに、さっさと四つん這いになることよ」

「あっはい! やります! やりますともミレナさん」



 彼女専用の椅子へなるべく改めて四つん這いの姿勢に戻すと、背中を二度ほど触って意を決したのかミレナは背中を向け、そのまま体重を少年の腰へ預ける。

 地面の小石が手の平や膝に食い込むことで多少の痛みこそあったものの、それ以上に美少女の臀部の柔らかな感触を直に感じられたことで、少年の口元が自然に緩む。




 座り心地は良い、などとは微塵にも感じてはいなかったが、何故だかこの少年を椅子代わりにしていると、先ほどから体内に魔力が活性化されていくような感覚が満ちてきた。 

 これがただの勘違いか、はたまたそうではなくこの少年の力による恩恵なのか。



「貴方何かした?」

「美少女の椅子になれて光栄でございます!」


「そっそういうことを聞いているんじゃないのよ!」



 予期せぬ返答に彼女の頬が自然と紅潮していった。それを紛らわせる目的か、少年の髪を引っ張り上げる。

 立ち上がって心底憐れむような表情で少年に浴びせるかのようにはぁ。とため息をついてみせた。



「あれもう終わりですか?」

「……貴方。名前確か……モレトだったかしら?」

「アヤトですってば!」


「冗談よ。で聞くけど貴方本当にさっき何もしてないの? 座った瞬間何か力がわいたような」

「いや何も……俺にそんな力が?」



 なにはともあれ本人の意思とは別の力があるかは定かではないが、試してみる価値はあるかもしれない。

 右手を地で転がったゴブリンの死体へ向け、魔力を集中させる。



「あの……死んでますけど?」

「関係ないわ。 リキッド・アロー!」



 うねる水流が顕現しはじめ、巨大な矢へと形を変えていく。 

 ミレナすらも想定を上回るほどの魔力に圧倒されたのか、自身が顕現させた水の矢に驚きが隠せないでいた。

 撃ち放たれた矢は、拳銃を発砲したかのような轟音を響かせ、轟音と共にゴブリンの脳天を吹き飛ばし、 周囲に血しぶきを巻き散らしていく。


「うわ……」

「やっぱり……威力が上がってる?」



 アヤトは目の前の光景に、思わず胃の中から逆流しそうになるものを両手で口を覆い、目を逸らした。

 手の平をまじまじと眺めながら、ぎゅっと握っては開いては繰り返しながら技の威力が上昇していることを確認すると、左手で髪をなびかせる。



「ほらいつまでそうしてるつもりなの」



 差し出された右手と、彼女の顔を交互に見上げて、アヤトは恐る恐るその白い手を取った。

 引っ張り上げられると、再び彼女の細い腕からは想像もつかないような力強さを感じ、アヤトはたたらを踏みながらもなんとか立ち上がった。 


 泥と、自分自身の不甲斐なさで汚れたズボンが足に纏わりつく不快な感触はどうにも気持ち悪い。


 ミレナは値踏みするような、それでいてどこか好奇心を隠しきれないような瞳でアヤトを見つめていた。先ほどの軽蔑しきった視線とは明らかに温度が違う。




「貴方。本当に何も知らないのよね? 他者へ魔力を増幅させるとか、そういう類の力とか」

「いや……何も。俺ほんのさっきこの世界に来たばっかといいますか」

「この世界って?」


「あっいえ。 なんでもないです。洞窟に立ち寄って、気づいたらゴブリンに殺されかけてただけで……」

「そう。自覚なし、ねぇ」



 ミレナは顎に手を当てながら考え込む。

 従来であれば『リキッド・アロー』はあそこまで巨大な質量の矢へと姿を変えたことはない。弾速、威力も過去に使用したときとは比べ物にならない。


 この情けない少年の背中に座った直後に感じた、体内で魔力湧き上がるような感覚。 

 実際その直後に魔力が上昇したのも事実であることを考えるとするならば、 ただの偶然で処理するには出来すぎとも言える。



 この男に触れたからか。――それとも。

 考えたくもないが、一つの主従関係のような繋がりが引き金になったのか。 

 もっとも今繋がれてある右手からは魔力が流れ込むような感覚は一切ない。 



「あの。なんといますか、痛いんですけれど」



 アヤトに指摘されるものの、ミレナの酷薄した態度が繋がれた手を放さない。

 「はぁ」と一つ息吐き、ようやく握っていた力を緩め手を放す。



「まぁ……俺はその。こんな美少女と手を握って頂けだけでもうれしいですけれど」

「仕方ないわね」


 わざとらしくため息をつき、ミレナはくるりと背を向けた。


「街までは連れて行ってあげるわ。ということではい、これよろしく」



 ドサッ。と重たい音がしてアヤトの胸に押し付けられたのは、革製のかなり大きなズタ袋だった。

 恐る恐る袋を持ち上げようとすると、想定以上の重量に腰が悲鳴を上げそうになる。



「おもっ!?な、何これ石でも入ってんですか!?」


「討伐した魔物の部位だとか、採取した鉱石よ。私の大事な収入源なんだから、落としたり傷つけたりしたら承知しないわよ。荷物持ちぐらいの働きは見せなさい。 いいわね」


「ひでぇ……いや、でも助けてもらった恩がありますし、これくらいは」



 アヤトは文句を言いそうになるのをグッと飲み込み、よいしょと袋を背負い直す。 

 ずしりとした重みが容赦なく肩に食い込むが、ここで見捨てられてゴブリンの餌になるよりは数万倍マシだと自身に言い聞かせる。


 一歩踏み出すだけでも息が上がりそうになる。そんなアヤトを気にするそぶりすら見せずに、 ミレナはどんどん出口を目指して先へと進む。



「ま、待って下さいよ!これ、本当に重いんですって……!」

「グズグズしてるんじゃないのよ。ぼけっとしてると置いてくわよ」



 ただでさえ不慣れな洞窟の凹凸道だ。それに加えて、先ほど失禁してしまったズボンが不快なほど足に張り付き、絶望的に歩きづらい。

 体力を奪われるだけでなく、一歩踏み出すたびに自分の情けなさを実感させられ、精神的にもゴリゴリと削られていく。

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