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1‐1

 「はぁ……はぁ。 クソ! どうなってんだよ」



 悪態をつきながらくらい洞窟を逃げ惑う一人の少年。 溝口綾人は息を切らし、 両手を膝に当て呼吸を落ち着かせようとその場で立ち止まる。 チラリと後ろを確認、 幸い追っては眼前には迫ってはいなさそうだ。


「なんだよゴブリンなんて序盤のザコ敵だろ! 適用に攻撃しててもすぐに死ねっての!」


 想像していた現実とのギャップに動揺がおさまらない。 この洞窟へ来る前に予め購入しておいた、 短剣でもゴブリンのような下級の魔物はこれで退治できると、 そう本気で思い込んでいた。


 初めて魔物と対峙して理解できた死という感覚と恐怖。 ゲームならこちらが力尽きてゲームオーバーにこそなれど、 セーブデータを読み込んで前の場所からリスタートすればいい。 だがリアルはそうはいかない。


 本気で自分を殺そうとしてくる……一切の躊躇いもなく、 遠慮の欠片もなく向けられる殺意。 膝が震え、 手にした短剣はまともに振るえなかった。 腰が引け無意味にただただ虚空を切り裂く様は、 戦う相手にとってなんの脅威にもなりはしない。

 ニタニタと口角を上げ、 嘲弄の対象を見下しながら、 距離を詰めてくるゴブリンが少年の振るう短剣を鉈で弾き、 振るい落とす。 こうなっては、 もはや少年が取れる唯一の行動は『逃走』のみであった。



「な……」



 少年を追いかけて来たゴブリンが横穴から姿を現す。 それも一匹ではなかった。 仲間を呼んだのか、 数は3匹に増えている。 おそらく過去の冒険者から奪った武器なのであろう……一匹は錆びついた鉈を、 もう一匹は松明を、 そして三匹目は先ほど少年が落とした短剣を持ちこちらを見定めるように並び立つ。



「なんだよ!おい……待てって」


 腰が抜け、 臀部を地面にこすり付けながらジリジリと後ろに後退していく。 やがて洞窟の壁に背中が当たり、 これ以上の後退はできなくなってしまった。


 終わった……。 カチカチと歯が当たり、 スンスンと鼻を鳴らし、 目からは涙が零れ、 涎が垂れ、 ガタガタと震える体。 おもむろにじんわりと下半身が生暖かい感触に包まれる。 足元をじわりと浸していき、 地面が吸水して染みを形成していく。 ただ今の彼にはそんなことを気にする余裕もなかった。



「うぇ!?」



 眼前に迫る一匹が、 急に視界から姿を消す。 次の瞬間には轟音を響かせながら、 壁に叩きつけられ、 血の滝を壁から流し、 それは肉の塊へと無残にも姿を変えた。



「え……。 おっお前は」


 グレーの髪色のボブカット。 透き通った青い瞳は知性の高さが伺えるような雰囲気を醸し出している。 白いコートに覆われて服装こそ違えど、 目の前にいる少女はなぜだか少年がよく知った顔だった。


「みな……も?」

「はぁ? みなも? 何言ってる貴方?」



 透き通るような声色なのに、不思議と甘くやわらかいような、耳に触れるたびに少年の心がほどけていく。 顔も声も、 少年のよく知る女の子と同じだ。



「みなも! みなもちゃんじゃん。 なんでここに?」

「誰よみなもって。 誰と勘違いしているのか知らないけれど。 ……って話は後よ!」


 少女は残った二匹のゴブリンを視界に入れる。 一匹がやられ少々動揺こそしてはいるものの、 戦意を失っている様子もない。 武器を握りしめ、 攻撃の対象を少年から謎の少女へと変更したようだ。



「ウォーター・エッジ!」



 右手首を左手で支え、 少女が高らかに叫ぶと、 光の粒子がやがて水の短剣へと姿を変えそれを2丁両手で構える。


「なっなんだこりゃ!?」


 呆気に取られて開いた口が塞がらないまま、 少女はこちらを気にする様子もなく、 ゴブリンに向かって一直線に走り出した。 


「はやっ!」


 目にもとまらぬスピードとはこういう事をいうのだろうか。 瞬時に歩を詰めよると一閃。 ゴブリンの頭部を跳ね飛ばしていく。 勢いに身を任せながら、 体をひねり返すと、 今度は逆の手でもう一匹のゴブリンの眼を刃が抉る。 絶叫。 もがき、 のた打ち回るそれに、 両手で体重をかけながら心臓を突き刺し息の根を止めて見せた。


「す、すげぇ…」

「ふぅ……まっこんなものね」


 武器を力強く握りしめると、 握られていたハズのウォーター・エッジは粒子になって崩れ消えていった。 パンパンと、 両手を払うようと、 こちらに振り返る。



「――で貴方ケガしてないかしら?」

「あ……はい。 平気、 です」

「ふぅん。 みたところ新人の冒険者ってところかしら」

「あ、 はい……まぁ」



 少女はまじまじと綾人とみつめる。 頭部から徐々に視線を落とし、 やがてズボンや地面が濡れて湿っていることにでも気が付いたのか、 はぁ……と一度ため息まじりに視線を泳がせた。



「……っま、 さっさと洞窟抜けて帰る事ね。 残念だけれど貴方じゃ以降も冒険に出ても同じ結末を招くのが関の山ってところのようだしね」

「いや……あの。 それが、 ですね。 腰が抜けて、 立てなくてですね……。 あの」

「はぁーあのねぇ……。 私は貴方の介護するつもりはないのだけれど」


「お、 お願いします……。 み、 みなもさん」

「貴方さっきから私のことみなもって呼ぶけれど……誰と勘違いしているのかしら? そんな知らない名前で呼ぶのは辞めてちょうだい。 私はね、 ミレナ・カワードよ」

「みれな……かわーど?」



 ミレナ・カワード。 それが彼女の名前らしい。 瞳に映る少女は服装こそ違えど、 少年の知り合いの川町みなもに瓜二つの外見をしている。 ただどうやら別人らしく、 腰に手を当て前かがみになりながら、ムッとジト目で少年の顔を見下す。

 突如として目があったことで、 綾人の顔が火照るように赤くなってしまい顔を横に背ける。



「――で、 そういう貴方は?」

「え……?」

「あのねぇ……貴方の名前でしょう。 まさか私に名乗らせておいて貴方は言わないつもり?」

「あぁ、 えと溝口綾人……。 アヤト、 です」

「なにその変な名前……。まぁいいわアヤトね。 ……はい」



 名乗ったのは自分からだったような……そう頭の中で突っ込みをしつつもそれは口には出さずに自身の胸中の中だけでしまい込むことにした。 彼女から差し出された右手を握ると、力強く握り返され次第にアヤトの腰がふわっと浮かぶ。 立ち上げられた勢いで前のめりになりそうなところを、 ミレナの左手がアヤトの肩を掴むことでその勢いを殺し、 制動させる。



「それにしても酷い有様ね。 貴方何か着替えるもの持ってないわけ?」

「いや、 ない……ですね。 あぁそういえばさっき魔法みたいなので水の武器的なの出してなかったでしたっけ?」


「出していた、 けれど……。 まさかとは思うけれど貴方私の水魔法で洗い流して、 なんて言い出すつもりじゃぁないでしょうね?」

「いやぁ……。 ダメですかね」

「お断りします!!」



 そこまで強く否定する必要はあるのだろうか。 どうにも魔法を使用するにも制限があるらしい。 マナがどうとか回数制限だとか、 捲し立てるように説明をさせはしたが今の思考回路では対して理解はできないでいた。 少なくとも今理解できたのは彼女が魔法で濡れたズボンを洗ってくれるだけは嫌だという事ぐらいか。



「もういいかしら? 後はこのまま引き返せば街に戻れるでしょ?」

「いや……でも濡れてて気持ち悪いですし、 歩きにくいしまた魔物と対峙でもしたら今度こそ死ぬと思います」


「そう。 それは悲しい出来事ね。 じゃぁさような」

「待って!!」



 額を地面にこすり付ける。 和の精神で降伏、 服従を示す最大の謝罪方法『土下座』。 このまま興味を失ってミレナが消えた場合を考えると、 万が一魔物との遭遇はそのまま死へと繋がる。 どうにかしてでも彼女に街まで送り届けて貰うためにもアヤトは、すがる思いで地面に頭をこすり続けた。



「ちょっと……な、なにやってるのよ」

「お願いします! ミレナさん! 出口……いや街までついて来てください! 荷物お持ちしますから」

「ッチ。 持たなくていいし。 いやよ」


 今舌打ちした? 必死に顔を上げミレナを見上げると、 明らかに不服そうに腕を組みながら、 軽蔑の眼差しでこちらを凝視するミレナと視線が交わった。 目の前にいるろくに知らない男と、 それも対して役に立ちそうもなければ無様な姿を晒した男と並んで歩くのは、 当然年頃の女の子には嫌かもしれないのは理解はできるが……今は手段は選べない。



「荷物持ちがダメでしたら。 ほ、ほかに。 そっそう椅子とかどうでしょうか?」

「は? 何言ってるのよ貴方頭おかしいんじゃないかしら」

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