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2-3

「ぼさっとしてないで早くやりなさいよ」


 倒れたリーパーマンティスの骸の前、ミレナが腰の鞘に剣を収めながら、アヤトへ冷たく言い放つ。


「うえっ!? これ、俺がやるんですか」

「当然でしょ。そのためのポーターなんだから。両腕の鎌、それと背中の外殻。この辺はそれなりに売れそうだし、いいから黙って解体しなさい」



 骸から、ドロドロとした体液が流れている箇所を指さし、アヤトは顔を引きつらせる。



「いやでも……俺解体とかやったことないですし、こんなでっかいカマキリの解体とか。グロそう」


「あぁ、そう。やりたくないのなら別にいいのよ。ここに置いてくだけだから。ほかの魔物の餌にでもなってなさい」

「やります! やらせて下さい! 是非!」



 アヤトは半泣きになりながら、ミレナから渡された解体用のナイフを握りしめ、巨大な虫の骸へと近づいた。

 ギチギチと硬い外殻にナイフをねじ込み、悪戦苦闘すること十数分。

 顔に緑色の体液を浴びながらも、なんとかミレナの指定した部位を切り離し、ズタ袋へと少しずつ放り込む。



「うわっ……」


 顔をしかめながら、自分の服のにおいを嗅ぐ。酸っぱいような、青臭いような、なんとも不快な悪臭がこびりついていた。


「うえっ、くっせ!」

「文句言わないの。さっさとしなさい。死体の臭いに釣られて、他の魔物まで呼び寄せる前に、先に進むんだから」



 ミレナは有無を言わせず冷たく言い放つと、森の奥へそそくさと歩き出す。アヤトも慌ててずしりと重くなったズタ袋を背負いなおし、後に続いていった。



「あの……ミレナさん。一つ聞いてもいいですか?」

「なによ」


「なんでさっきの戦闘、最初から魔法を使わなかったんですか? 魔法ならもっと楽に倒せたじゃないですか?」



 アヤトの問いに、ミレナは一瞬だけ足を止め、背を向けたまま答えた。


「……あんた、私のジョブがなんだったか覚えているのかしら?」


「え? 魔法戦士ですよね。魔法も使えて、剣も扱える。いいとこ取りみたいな夢のジョブじゃないですか」


「そう……。聞こえはいいけれど、裏を返せばどっちも中途半端。器用貧乏なのよね。純粋な魔法使い(ウィザード)には魔力量も劣るし、剣士よりも剣技は劣る。もちろんあくまでも同じレベルの冒険者と比べたらの話だけど」


 ミレナはため息を一つ吐き、再び歩き出しながら言葉を続けた。


「何より一番の欠点は、私の場合、魔力の残量が自身の体力と直結しているってことよ。魔力を消費すればするほど、体が鉛のように重くなる」


「連発しすぎると?」

「考えなしに魔法を連発して魔力が底をつくと、文字通り一歩も動けなくなる。剣すら振れなくなるのよ。要はただの的ね」


「えっ……魔力切れが体力切れになるってことですか? それ、戦闘中だと致命的じゃないですか」


「そうよ。だから、雑魚相手にはなるべく魔法は温存して、剣と体術で立ち回る。確実に仕留められるタイミングか、命の危険がある時以外は極力魔法は使わない。それが私の戦い方」



 アヤトは腑に落ちたようにポンと手を打った。



「なるほど……! だから昨日、水魔法でズボンを洗ってほしいってお願いしたのも無視したと。でもその後魔法で股間撃ち抜くとか脅してましたけど、あれはブラフってことですか」


「余計な詮索してると、切って虫の餌にするわよ?」



 振り返ったミレナの目は、先ほどのカマキリよりも数段恐ろしい殺気を放っていた。

 アヤトは必死に首を振り、「すみません」と謝罪の言葉を連呼した。



 ――ミレナが剣を抜き、そのまま躊躇なくアヤトの首元へ向けて一閃させた。


「ひぃぃぃぃぃっ!? ご、ごめんなさい調子に乗りまし――」



 アヤトが死を覚悟して絶叫し、強く目を閉じた瞬間。耳元を鋭い風切り音が通り抜け、直後に生々しい肉を裂く音が響き渡った。

 だが、いつまで経っても首に痛みは走らない。

 恐る恐る片目を開けると、ミレナの剣先はアヤトのすぐ横を通り抜け、背後の空間を薙ぎ払っていた。


 ポトリ。

 アヤトの背後の木陰から飛び出そうとしていた何かが、真っ二つになって地面に落ちる。



「……え?」

「いちいちうるさいわね。あんたの首なんて斬っても一文にもならないわよ」



 ミレナが剣を振って血糊を落とし、冷たく言い放つ。

 地面に転がっていたのは、体長一メートル前後ほどの、周囲の景色に溶け込むような保護色を持ったトカゲのような爬虫類だった。口からは禍々しい紫色の毒液が滴っている。



「それは『影縫いトカゲ』よ。対象の影を踏むことで動きを封じ、毒牙で仕留める陰湿な魔物。……あんた、完全に背後を取られていたわよ。私が斬らなきゃ、今頃麻痺毒で動けなくなったところを餌にでもなっていたってところかしら」


「う、うわぁぁ……! あ、ありがとうございますミレナさん……!」


 腰を抜かしかけていたアヤトは、安堵から涙目でミレナを拝む。


「ったく油断してんじゃないわよ」


 ミレナは呆れたように息を吐き出すと、そのまま振り返ることなく深い森の奥へと進んでいく。

 アヤトは何度も深呼吸をしてから、重いズタ袋を背負い直して慌てて後を追った。



 歩を進めること数十分。

 周囲の景色が明らかに異質なものへと変わり始めていた。


 太い木の幹や張り出した枝の間には、白い粘着質の糸が幾重にも張り巡らされている。

 まるで森全体が巨大な繭に飲み込まれつつあるかのようだ。


 足元には、干からびた鳥や小動物、果てはゴブリンの残骸らしきものまでが、白い糸にぐるぐると巻かれた状態で転がっている。

 ツンとした死臭と、カビのような湿った臭いが鼻をつき、アヤトは思わず袖で口元を覆った。



「……ミレナさん、ここ」

「シッ! 静かに」



 ミレナの声は低く、張り詰めている。彼女はすでに細身の剣を抜き放ち、周囲の空間を切り裂くように鋭い視線を巡らせている。


 頭上の太い枝から、カサカサと乾いた何かが擦れ合うような不気味な音が響いてきた。

 アヤトが恐る恐る視線を上げると、張り巡らされた白い糸の天蓋の中央。そこに、『それ』は張り付いていた。


「ヒッ……!」



 アヤトは短い悲鳴を上げ、思わず尻餅をつく。

 見上げた先にいたのは、軽自動車ほどもある巨大な蜘蛛――『糸吐きグールスパイダー』だった。

 腐肉を思わせる淀んだ紫色の体毛に覆われ、八つの不気味な複眼がギョロギョロと獲物を見下ろしている。

 口元からは、獲物を溶かすための緑色の消化液が、ドロリと糸を引いて垂れていた。



「……たった一匹? 巣の規模からして群れかと思ったけれど」



 ミレナは目を細め、天蓋に張り付く巨大な蜘蛛の周囲を改めて観察した。

 そしてすぐにその異様な光景に気が付く。

 蜘蛛の周囲に散乱する、白い糸でぐるぐると巻かれたまま食い散らかされた残骸の山。

 それは小動物やゴブリンのものだけではなかったのだ。



「あれって……同族の。群れの仲間を喰らったってこと!?」



 ミレナの呟きに、尻餅をついたままのアヤトも目を凝らす。

 確かに、巨大な蜘蛛の足元や、張り巡らされた糸のあちこちに、同じような紫色の体毛を持った蜘蛛の残骸がいくつも引っ掛かっていた。

 どれも体液を完全に吸い尽くされ、干からびた外殻だけが無残にひしゃげている。



「えぇー!? あいつら共食いするんですか」

「いいえ……そんな話は聞いたことはないわ」



 ミレナの声には、隠しきれない戦慄が混じっていた。

 魔物にも縄張り争いや共食いの習性はある。

 しかし、群れを形成し、獲物を捕縛する習性を持つグールスパイダーが、一匹残らず同種を食い殺し、自身の糧とするなど聞いたことがない。




「あたしからのプレゼント気に入ってくれたかな?」


 戦況を遠くから見つめる黒いローブの少女が、木の葉の陰に身を潜めながら、三日月のように口角を吊り上げて嗤っていた。



『ギチチチチチ……ッ!!』


 天蓋に張り付いていた巨大蜘蛛が、八つの複眼をミレナたちへと向けた。

 耳を劈くような甲高い鳴き声と共に、グールスパイダーが太い糸を伝って一気に落下してくる。

 地響きを立てて着地したその巨体は、間近で見るとさらに絶望的な威圧感を放っていた。




「下がってなさい、バカポーター!!」



 ミレナが鋭く叫び、細身の剣を構えて前に出る。

 直後、グールスパイダーの口から、緑色の消化液が混じった太い糸の塊が散弾のように吐き出された。



『シャーッ!!』


「ッチ!」



 ミレナは軽やかなステップで飛来する糸を躱す。

 彼女の背後にある、太い木の幹に直撃した糸は、不気味な音を立てて白煙を上げ、瞬く間に木材をドロドロに溶かしてしまった。

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