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2-2

「いちいちうるさいわね。こんな雑魚に魔法なんて勿体ないでしょ!」



「いやいやいや! 雑魚って、あんなデカいカマキリですよ!? 一撃で真っ二つにされますって!」

「だから私が真っ二つにするのよ! あんたはそこで大人しく見てなさい」



 ミレナが言い終わるか早いか、リーパーマンティスが金属音のような金切り声を上げて飛びかかってきた。

 巨大な鎌が、ミレナの華奢な体を両断しようと振り下ろされる。


「ひぃっ!」


 衝撃。舞い上がる粉塵にアヤトは目を覆う。

 やがて土煙が晴れると、ミレナの姿はどこにも見当たらない。


 鎌が振り下ろされるよりも先に、近くの木へと走り込み、幹を蹴り上げ宙へ舞い上がっていた。

 上空からの重力を乗せた一撃で、リーパーマンティスの右腕付近へ振り下ろされる。

 硬質な金属音が響き、火花が舞う。


「硬い!?」


 ミレナは顔をしかめながら、着地と同時に素早く態勢を立て直し剣を構える。プルプルと右手が震える。

 リーパーマンティスは、確かに大きな魔物だ。だが、金属の体を持っているわけではない。


 少なくともミレナの知っているような、一般的な個体であれば身体を硬質化させるような力もない。


 言ってみればただ図体がデカイだけのカマキリ。そのはずなのに切りつけた体は、まるで岩や鋼でも切りつけたのかと錯覚するほどの感触を覚えた。


『キシャァァァァッ!』



 一撃を防がれたリーパーマンティスは、怒り狂ったように両腕の鎌を乱舞させる。

 ミレナはギリギリのところでそれを回避し続けるが、その風圧だけで木々が揺れ、葉が舞い上がり、周囲の樹木の樹皮が剥がれ飛び、地面が抉り取られていく。


 ミレナのスピードは明らかにリーパーマンティスを凌駕している。

 大振りの鎌をすり抜け、懐に潜り込んでは剣を閃かせる。首筋、関節の隙間、複眼。

 狙い澄ました一撃が何度も正確に命中しているはずだった。


 それなのに、そのすべてが硬質な音を立てて弾かれるか、せいぜい浅い傷をつけるだけに留まっていた。



「ッチ! なんなのよコイツ。普通じゃない」


 舌打ちと共に後方に跳躍し、距離を取るミレナ。

 その呼吸は、まだ戦闘開始から数分しか経っていないにも関わらず、わずかに乱れ始めていた。


 通常個体であれば、すでに数箇所は致命傷を与えられている。それどころか既に絶命していてもおかしくはないはず。

 こちらの刃は通らない。それどころか、反撃してくる鎌のスピードと重量感は、時間と共に増しているようにすら感じられた。



『キシャァァァッ!』


 リーパーマンティスが一直線に突進してくる。

 その巨体に似合わぬ異常な速度。ミレナは横にステップを踏んで回避しようとしたが、

「速い!?」


 回避は間に合わないと咄嗟に判断し、剣で鎌をいなそうと構えた。

 しかし、振り下ろされた鎌の重量は、ミレナの想定を遥かに超えていた。


 強烈な衝撃が両腕を走り、剣を握る手が痺れる。堪えきれずに後方へと吹き飛ばされ、太い樹の幹に背中を打ち付けた。



「かはっ……!」

「ミレナさん!?」


 ズタ袋の後ろから震えながら見守っていたアヤトが悲鳴を上げる。

 ミレナは痛みに顔を歪めながらも、すぐに立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


 ミレナの脳裏に、最悪のシナリオがよぎる。

 こんな序盤の雑魚魔物に苦戦するなど、あってはならないことだ。しかしこの異常な個体を前に、剣の物理攻撃だけでは限界が来ているのは明白だ。



「ミレナさん魔法を!」

「うるさい! 私に指図しないでちょうだい!」



 ミレナはアヤトの言葉を冷たく遮ると、痛む体に鞭打って無理やり立ち上がった。

 呼吸は荒く、肩で息をしている。右腕はまだ微かに震えており、先ほどの衝撃がどれほど深刻だったかを物語っていた。




 戦闘域から遠く離れた巨木の上。

 木の葉の陰に身を潜めたローブ姿の少女が、誰にも届かない声で小さく笑った。


「あれあれあれぇ。なーんか期待外れ。ミレナ・カワードってこの程度だったんだぁ」






(なんで魔法を使わない? 魔力切れ……いや今日は一回も魔法使っていないし)


 アヤトは頭を必死に回転させる。魔力量の制約があるなどと聞いたが、それでも使うそぶりすら見せずに窮地に陥るほど、彼女も馬鹿ではないだろう。

 理由は分からないが、それでもこのままではジリ貧で、敗北は免れないことは素人目にも理解できる。


 リーパーマンティスは鎌を振り上げる。疲労からか、ミレナの反応がほんの一瞬遅れた。

 鋭利な刃が、彼女の華奢な体を両断しようと迫る。


(やばい!)


 アヤトは咄嗟に地面に落ちていた手頃な石を掴み、全力で腕を振り抜いた。

 野球経験などない素人の投擲だが、それが偶然だったのか、火事場の馬鹿力だったのかは分からないが、石はまっすぐ飛んだ。

 リーパーマンティスの胸郭部分――カマキリで言うところの胸の付け根あたりに、見事にクリーンヒットした。



『ギイィッ!?』


 予想外の衝撃に、リーパーマンティスの巨体がビクンと一瞬だけ跳ね上がり、振り下ろされようとしていた鎌の軌道が僅かに逸れた。

 その僅かな隙をミレナが見逃すはずがない。逸れた鎌を縫うようにして一気に懐へと潜り込むと、渾身の力を込めて細身の剣を突き出した。


「ッチ! やっぱり外殻は切り刻めないわね」


 ミレナは忌々しげに舌打ちをし、すぐさま後方へと跳躍して距離を取った。

 リーパーマンティスは怒り狂ったように鎌を振り回し、周囲の木々を薙ぎ倒していく。



(おかしいわ。リーパーマンティスは確かに厄介だけど、ここまで装甲が硬いはずがない。それに、この異常なまでの凶暴性……何か、外的な要因で強化されている?)



 ミレナは荒い息を吐きながら、冷静に状況を分析する。これ以上の長期戦を続けても勝ち目が薄い。

 はぁ。ため息をつきながら剣を地面に放り投げ、仕方がないと言い聞かせるように右手を前に構える。


(さっきのあのバカの投擲。外側は強化できても、内側までは硬質化できないようね)



 再びリーパーマンティスが、両腕を振り上げ攻撃態勢に入る。その瞬間、普段は硬い外殻と筋肉に守られて見えない胸郭部分があらわになった。



「今よ! 『リキッド・アロー』」


 ミレナが叫ぶと同時、彼女の右手に圧縮された水流が渦を巻き、鋭い矢の形となって顕現する。

 突如出現した高密度の魔力に、リーパーマンティスが怯んだように動きを止める。

 もう遅い。


 放たれた水の矢が、空気を切り裂く鋭い音と共に一直線に飛翔する。

 狙い違わず、リーパーマンティスの胸郭部分。アヤトの投石が命中させた箇所と同じ、外殻に覆われていない唯一の隙間――に突き刺さった。



『ギッ……ギエェェ……!』


 内部を水流で抉り取られたリーパーマンティスは、断末魔の悲鳴を上げながら巨体を大きくのけ反らせる。

 そして、ドスンッ。という重い音を立てて大地に倒れ伏し、二度と動かなくなった。



「ふぅ……。全く、手間取らせてくれたわね」


 ミレナは額の汗を拭い、小さく息をつく。



「す、すげぇ……! やっぱミレナさんの魔法、最強じゃないですか!」


 アヤトがズタ袋を背負い直しながら駆け寄ってくる。その顔には安堵と興奮が入り混じっていた。


「調子に乗らないで。……あの程度で最強なんて言われたら、私が惨めになるだけよ。それに……」


「それに?」

「いいえなんでもないわ」


 ミレナは冷たく言い放ちながらも、その視線は倒れたリーパーマンティスの骸へと注がれていた。

 

(ただのリーパーマンティスじゃなかった。確実に何者かの手が加わっている……)



 彼女の脳裏に、ある懸念が浮かび上がる。この森は、思った以上に危険かもしれない。




 

 一方その頃。

 二人の戦いから遠く離れた、巨木の上。


「あーあ死んじゃった。せーっかくあたしがかわいく改造してあげたのに。やっぱ雑魚じゃ強化してもこの程度か」



 黒いローブを目深に被った少女――シレナは、つまらなそうに唇を尖らせた。

 シレナの紫がかった瞳が、獲物を狙う肉食獣のように細められる。


「まいっか。次で処理すればいいし。……どうせあいつらはすぐに殺すから」

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