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目は口ほどに  作者: とこ
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アイデンティティは。

生まれて初めて乗る、狭く、椅子も硬くて座り心地の悪い馬車の中で俺は鎖の付いた手で頭を抱えた。

左右にも俺の目の前にも同じく両手を鎖で拘束され、死んだ目をした破落戸が座っている。唯でさえ狭い馬車に体の大きな男が詰め込まれたのだ。両端からぎゅうぎゅうと押され、前に座る男とは膝がぶつかる。


どうしてこうなった。


俺は生まれながらの勝ち組だった。ヌース伯爵家の次男として生まれ、生憎長男ではないので爵位は継げないものの、気の弱い兄の事だ。爵位を後継した後も俺が強く言えばきっと伯爵領の中に家でも用意して養ってくれるので、むしろ領地の管理などめんどくさい仕事をしなくてラッキーだと思っていた。


俺は爵位を継がないし、一生兄の世話になって過ごす予定だったので、教養などは自分に必要ないと思っていた。けれど両親はそれを許さなかったし、俺としても自分ができない奴だと思われるのは嫌だったので、それなりに頑張り、教師にも俺の実力を褒められ自身もついた。


そんなある日、家族で囲んだ晩餐の席で、兄がカロイド・ゼールという名前を出した。

ゼール、という苗字には覚えがあった。平民にペコペコ媚を売る情けない弱小男爵家だ。聞くとカロイドはそこの五男で、俺と同い年なのだという。

俺は思った。ああ、そのカロイドとやらと俺を比べて俺の優秀さを褒めるつもりなのだな、と。

俺は待った。「お前と比べるとカロイド・ゼールは不出来だ」という言葉を。

しかし、実際兄の口から出たのはカロイド・ゼールの優秀さ褒める言葉だった。何やら今日、兄は図書館に行った際、カロイド(そいつ)に会い、言葉を交わしてその聡明さに感銘を受けたのだとか。

俺を不出来だと責める言葉はなかったが、俺の前で他の人間を褒めるということはそういうことなのだろう。

平凡で気弱な兄の価値観なんて当てにしてはいないが、自分を貶されると腹が立つ。


しかしここで俺は怒らず、冷静に「平民に媚を売る弱小男爵の息子なんてたかが知れてます」と事実を述べたのだが、何故か兄、更に両親にまで叱責の言葉を向けられ、その日は治まらない怒りに枕を殴って夜を過ごした。


翌日、寝不足の状態で図書館に行ってみた。あまり混雑していない図書館の中で、昨日兄に聞いた特徴をもとに見渡せば、そいつはすぐに見つかった。自身の両脇に本を何冊も積み上げ一心不乱に読んでいる。その姿がなんだかむかついた。あんなに本を積み上げて、自分は頭が良いと周りに誇示しているように見えたのだ。


声をかけると、あいつは最初はにこやかに対応していたが、暫く言葉を交わすと段々とめんどくさそうな態度になり、最後には「僕は本を読むので、ヌース様もご自身のお読みになる本を探されてきては?」なんて言って俺を厄介払いし始めた。


俺は腹が立った。こいつは自分の立場を理解していない。お前はたかが弱小男爵の五男。俺は伯爵家の次男だ。


その日以降、あいつには俺を呼ぶときにはヌース様ではなくヌース伯爵令息と呼ばせ、家の爵位の違いを自覚させようと勤めた。きっとあいつも屈辱感に苛まれているだろうとあえて話しかけに行き、俺を伯爵令息と呼ぶあいつに俺の優秀さを語ったものだ。


そんな関係が暫く続いたころ、皇太子の侍従選びの通達が来た。しかも噂では皇帝は既に皇太子を見限っており、皇太子を矯正できる優秀な人材を求めている、と。この話を聞いたとき、俺は、この任を務められるのは自分しかいないと思いすぐさま、侍従選びに参加する旨の手紙を出した。


何やらこの手紙も試験の一環だったようで、ここで既に不合格者も出ていた。

俺は当然、一次試験を通過した。当然の結果ではあるが、気分は良かった。しかし、この気分を最悪にするような話が耳に入る。それは、あいつも侍従試験に参加しており、一次試験を通過したというもの。


すぐさま、あいつに一言忠告しに図書館へ向かった。お前の様な弱小男爵家の五男が試験に参加しても恥をかくだけだ、という俺の優しい忠告だ。


いざ、図書館へ着き、あいつの姿を探せば、なんとあいつはみすぼらしく、小汚いのに体型は太ましい、平民の男と楽しそうに喋っていたではないか。俺との会話がいつもめんどくさそうなのに、学のなさそうな平民とは楽しそうに喋るのが気に食わなかった。


すぐさま近寄り、平民なんかと仲良くするなと苦言をもよおせば、あいつだけでなくその平民すら口答えをしてきた。その場で処罰してしまおうとするも、司書に邪魔されて未遂に終わってしまう。

しかし、それで諦めるような俺ではない。絶対に懲らしめてやろうとその日から毎日図書館に通った。

仮にも同じく貴族であるあいつに何かしたら問題になるかもしれないが、あの平民なら俺が何かしたところでそう問題にもならないだろう、と帰り路を狙うため態々汚い破落戸を雇い、毎日図書館へと足を運んだ。


しかし、何度行っても姿を現さないあの平民に、俺の怒りは募っていく。

そして、更にその怒りを増幅させることが起こった。皇太子の侍従試験の第二次試験である、剣術の試験に、俺は落ち、あいつは受かったのだ。


こんなのは間違っている、不正があったに違いないと思い父上に訴えるも、カロイド君(あいつ)を見習えと言われるだけだった。


あいつが試験を通過する度、俺の怒りは溜まっていった。

そしてついに、あいつが皇太子の侍従へと選ばれた時、俺は怒りで気が狂いそうになった。

しかし、そんな中でも図書館へと通っていた俺に朗報が舞い込んだ。あの忌々しい平民が図書館に姿を現したというのだ。しかもあいつも一緒だという。


皇太子の侍従という仕事をさぼり、こんなところで平民と話しているなんて、皇帝に知られたらきっと解雇されるだろう。そして、開いた席には件の功労者である俺が推薦される筈だ。あの時は、きっと、毎日勤勉に図書館へと通う俺に女神が微笑んだのだと思った。


しかし、やっぱりそれだけでは怒りは治まらない為、当初は痛めつけるだけの予定だった平民をいっそ殺してしまうことにした。そして、貴族である俺に盾を突く様な教育をしたあいつの親もまとめてあの世へ送ってやろう。子供の責任は親の責任…平民を殺したところでそう大きな問題にはならないだろう、と。


しかし、平民を殺すのに邪魔になるのがあいつだ。既に皇太子の侍従となっているあいつを襲えばバレた時確実に罪に問われる。

どうやって二人を別々に帰らせるか…と頭を悩ませていれば、やはり女神は俺に微笑んでいたようで、俺が何もしなくてもあいつが先に図書館から出て行った。


そこからは簡単だった。のんきに一人で図書館から出てきた平民を、人通りのない時を狙って襲い、人目の付かないところに攫う。


そこで、冥途の土産にそいつの悪かったところ、どうしてこうなったのかを俺は丁寧に教えてやり、後はありがたくも俺の手で殺してやるだけだった。


しかし、惜しいことに寸でのところで忌々しいあいつの兄が率いた憲兵団が駆け付けた。

しかし、俺はそう焦ってはいなかった。俺は貴族で、相手は平民。殺す理由だってちゃんとあった。だから、大丈夫だと思っていた。なのに。


平民だと思っていた奴は、皇太子だった。

平民と付き合ってさぼっていると思っていたあいつは、職務通り皇太子と共にいただけだった。


どこで間違えた?いや、俺は悪くない。全部俺以外の、兄と両親が悪いのだ。

兄があの日、あいつのことを褒めなければ俺はあいつに興味を持たなかっただろう。

両親が俺にもっと良い教育を受けさせてくれれば、今皇太子の侍従になっているのは俺だった筈だ。

あいつに負けてさえいなければ、俺はこの皇太子(詐欺師)を殺そうとは思わなかった。


皇帝が皇太子に意見を求めた時、俺はしきりに無罪と呟いた。だって、悪いのは俺の家族で、罰を受けるべきなのは俺ではない。俺は無罪だ。


そんな思いが通じたのか、皇太子は俺を処刑する事での不利益を述べ始めた。何故か兄が褒められていて、家族には罰が与えられそうになく不快だったが、俺が無罪になるのなら許してやってもいいと思った。


しかし、結果は一番最悪なものになってしまった。

俺は処刑こそは免れたものの、処刑よりきついとされる最北の炭鉱へ行くことが決まった。

年中吹雪がやまず、草木もなく、食糧も外部から運ばれてくる僅かない。そこに行くくらいなら死んだ方がマシだと言われるところだ。


更に屈辱的なことは、俺はそんな所へ送られるのに、家族はこれからものうのうと生きていくことだ。おかしい。あんな日和見主義の両親と、気弱で平凡な兄が。俺がこんな目にあったのはあいつ等のせいなのに、罰を与えないなんておかしい。


この馬車に乗る前にも散々訴えた、しかし誰も俺の言葉に取りあうことは無かった。

馬車の中でも、破落戸達に訴えてみたが蔑んだ眼を向けられただけだった。


何もかもおかしい。

なのに。

絶縁され、平民となり、仲間も消えた俺は何の力も持たず、ただ窮屈な馬車の中で頭を抱えることしかできなかった。


これから僕はなにで自分の価値を見出せばいいんだ。


お読みいただきありがとうございます。

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