それぞれの認識
破落戸共に担がれ、連れてこられた先はどこかの路地裏の様だった。投げ出された俺の身体が壁にぶつかりドサッと音を立てた。少し背中が痛む。
「ふぅ…ここまでくれば大丈夫だろ。おい。口の布、自分で取れよ。行っておくが、どんだけ叫んでもどうせ聞こえないからな」
ウォルが辺りを見回し呟く。固定されていたため両腕とも自由が利かなかったが、投げ出されたことで自由に動くようになったので自力で口元の布をとる。
「なんで…こんなことをするんですか」
俺が怯えた目で見上げると、ウォルのうち元が歪に吊り上がった。
「なんでって?そんなの…むしゃくしゃするからに決まってるだろ!」
ウォルに蹴り上げられた古びた瓶が壁にぶつかり、ガシャンと音を立てて砕けた。
こいつは思っていた以上に癇癪持ちらしい。
「お前と会ったあの日からむかつく事ばっかりだ」
俺が何も言わずただその姿見つめていると、ウォルは俺の様子なんてお構いなしに勝手に話しを始めた。
「あの日、家に帰ってからお前と、あいつの事をお父様とお母様に言ったんだ。この僕が、平民と、ゼール男爵家なんていう下級男爵に蔑められたとね!そうしたら二人はなんて言ったと思う?」
俺は予想ができず何も答えることができず黙っていると、ウォルは端から返事など求めていなかったらしく、すぐに答えを教えてくれた。
「二人の言っていることは正しい。お前も、利益だけでなく信頼できる友達を作りなさい。だってさ!」
予想外の言葉に目を見開く。ウォルの両親のことだ、謀反の意識は無くても平民への差別意識は多少なりとも持っていると思っていたのだが。想像以上に善良な人達だったらしい。
最早こちらのことなどお構いなしにカロイドは更に言葉を続ける。
「それに、皇太子の侍従に俺が選ばれなくて、カロイドが選ばれたのだっておかしい!彼奴より俺の方が皇太子の指導者に相応しいのに!」
そういえばすっかり忘れていたのだが、偉そうなことを言っておいて、こいつは確か二次試験である剣術の試験で落ちたのだった。
ま、今の発言から考えるにたとえ最後まで残れたとしても最終試験の面談で落とされていただろうけどな。
「俺に不合格の通知が来た時、お父様とお母様が言ったんだ。今回試験に落ちたのはお前の傲慢さ故の鍛錬不足が招いた結果だ。カロイド君を見習って鍛錬に勤しみなさい。って。おかしいだろ?なんで俺が俺より劣っている、平民なんかと一緒にいる彼奴を見習わなきゃならないんだよ!!」
バリンッ。二本目の瓶が割れた。
なぜ皇太子の侍従という共通の目標を持って試験に挑み、二次試験で不合格となった自分と最終試験まで残り、立った一枠の合格を勝ち取ったカロイドを比べて自分の方が優れているとなるのか俺には理解ができない。
俺は困惑した顔で息を荒げるウォルを見ていることしかできない。口枷は外せたのにこいつの思考回路を理解できず、言葉が出ないのだ。そうして暫く騒いだ後、漸く落ち着いてきたのか今度は座った眼で俺を睨む。
「本当はカロイドの事もどうにかしてやりたいんだけどな…流石に皇太子の侍従に何かしたら問題になる。…くそ!でも、お前みたいな平民に手を出したからと言ってそう問題にはならないだろう。カロイドの代わりに、お前も、お前の家族も調べて全員ぶち殺してやる!!!お前ら!やれ!!!」
謎の理論を捲し立てたウォルの号令に従って一斉に破落戸が俺へと襲い掛かる。あと一歩で破落戸どもの刃が俺に当たる、その時。
「お前達、何をしている!」
突如聞こえたその声に破落戸たちの刃がぴたりと止まり、皆が一斉にその声の主へと視線を滑らす。
「誘拐と傷害の容疑で、全員直ちに我らに同行してもらう。逃げようなどと思うなよ!」
皆の視線の先にいたのはゼール家管轄の憲兵団。その先頭を率いるゼール家の長男ユスティーツが声を上げれば憲兵団は一斉にウォルを含め、破落戸どもを取り押さえ縄で縛り、城へと連行した。
道中ウォルはしきりに自身の権利と不平不満について叫んでいたが、憲兵団の誰もその声に執りあうことは無く、無事に俺の父上と母上の待つ皇城へと辿り着いた。
ウォルは実際城に来るまではギャンギャンと叫び「たかが憲兵団が伯爵家の俺に何をする!皇帝陛下と話をさせろ!訴えてやる」と宣っていたが、実際に皇帝陛下を目の前にした途端随分しおらしくなってしまった。
「して、そこの者。この度はなぜおぬしが此処に連れてこられたか心当たりはあるか?」
父上が話しかけると、項垂れていたウォルはパッと顔を上げ被害者意識に濡れた顔で口を開いた。
「全く見当がございません!なぜヌース伯爵の次男であるこの僕がこのような場所に連れてこられたのか…」
「ほう…。報告では、破落戸どもと手を組んで、そこにいる者を害そうとしたと聞いて居るが。この報告は間違っているか?」
そう言いながら父上は俺を指し示す。
「いえ…しかし、こいつ…この者は、貴族社会では常識である利益を念頭に置いた友人づきあいを馬鹿にしました!これは貴族全体への侮辱であると考え、不敬罪の範疇だと思います!」
「不敬罪か…では何故、誰かに知らせず私刑を下そうとしたのだ?」
不敬罪、という言葉で己の行動を正当化しようとするも、今度は何故私刑にしたのかと問い詰められてしまう。
ウォルが私刑にしたのに深い意味はない。というか、罰を下せるほどの事を俺は犯していないので、誰に言っても意味がなかっただけなのだ。
父上からの問いかけに咄嗟に答えられず、しきりに動くウォルの瞳がある一点…ゼール男爵の長男、ユスティーツを捉えた途端。ウォルは何かをひらめいたようでにやりとその口角を上げた。
「それは……カロイド・ゼールです!あの者とカロイド・ゼールが一緒にいたので、このことを公にしたらゼール家に迷惑がかかると思い僕が内密に処理しようと考えました!」
「ほう…皇太子の侍従でもあるカロイド・ゼールが貴族を侮辱する発言をした者と付き合いがあったと、お主はそう申しているのだな?」
父上の発言にウォルは頷いた。その顔にはうまくいけばカロイドを蹴落とすことができるかもしれないという期待が滲んでいる。
「はい。カロイド・ゼールは皇太子殿下の侍従になったにも関わらず、その職務を放り出し、貴族を侮辱する平民と遊び歩いておりました!」
先ほどまでの動揺は消え去り、今は意気揚々と誇張し、嘘を絡めた証言をする。
ウォルの発言に父上が顔をしかめたその表情を、自分の意見への同意だと考えたのだろう。
「ふむ。ではカロイドにも確認をせねばならんな。ここにカロイドを連れてこい。…ウォル・ヌース。最後に確認しておきたいのだが、お主はこの者の家族も含めて私刑の上死罪に処すると申したそうだな。それは本当か?」
「はい。本当でございます。子供が貴族を侮辱するような思想を植え付けたのは恐らくこの者の両親だと思われましたので、まとめて死罪にした方が周りの見せしめにもなるかと!」
父上からの最後の問いにウォルは自信に満ちた表情で答えた。父上はなるほど、と頷く。丁度その時、父上の従者の一人がカロイドを連れてきたようだ。
「帝国の太陽、皇帝陛下に謁見申し上げます」
「おお、カロイド。よく来た。なに、かしこまらなくて良い」
父上の前に進み出たカロイドが律儀に挨拶をする。
俺の侍従となってからというもの、一緒に食事はとらずとも俺の傍仕えとして毎晩顔を合わせ、今より気楽に会話を交わすこともある二人だが、公式の場ではこの様に礼儀をわきまえている。
「お主をここへ呼んだ理由は分かっているだろう。カロイド、お主がこの者と面識があるのは事実か?」
「はい、事実でございます。」
俺を指し、問いかける父上にカロイドが頷く。
「では、この者が貴族を侮辱する発言をしたというのは誠か?」
「いいえ、陛下。彼はその様な発言はしておりません。ただ、私と彼が図書館で話していた時、ウォル・ヌース様が私と彼に対し差別的な発言をした際に意見を申したまででございます」
「ほう…差別的な発言とは具体的にはどのようなものだ?」
父上の言葉にカロイドは三か月前のあの日の事の顛末を全て話し始めた。厳しい試験を勝ち抜いた流石の記憶力で淡々と語られるそれは、俺の記憶と照らし合わせても相違ない物であり、父上はそんなカロイドの言葉を何も言わずに聞いていた。
対して、その様子を見つめるウォルは、散々侮辱されたと訴えていたにも関わらず、蓋を開けてみるとただのこじつけや被害妄想だとバレてしまった為、顔色を段々と悪くさせていく。この状況ではどう頑張っても、俺本人に軽い罰を与えることは可能かもしれないが、家族を含め全員を死罪にすることなど不可能である。
「ふむ。ヌース伯爵の子息とカロイドでは言っている内容に相違があるようだ。これでは全員の意見を聞いてみる必要があるようだな。…そこの者、事の顛末と弁解があれば言ってみよ」
「陛下!!このような下賤な者と言葉を交わされる必要などありません!それに、カロイドよりも僕の実家の方が爵位は上です!当然僕の主張の方が信憑性があるでしょう?!」
父上に指名され、ついにやってきた俺の番…!と俺が一歩前へと踏み出そうとすると途端にウォルが暴れ始めた。今さら俺の発言どうこうで彼の罪状が変わるわけではないのだがせめてもの抵抗なのだろう。あと、貴族としての自尊心だけは人一倍高い彼は、貴族出身の者であっても簡単には会話を交わすことなどできない皇帝陛下と、一平民だと思っている俺が会話をするのが嫌なのだろう。
…促されたわけでもないのに勝手に発言をし、皇帝陛下の意見に反対するほうが不敬なのだが。
そんなウォルの抵抗もすぐに周りの憲兵と騎士によって治められたので、気を取り直して俺は一歩前に進み出る。
「事の顛末については、カロイドの発言が全てでございます。私は利益の為に育まれた友人関係を馬鹿にしたつもりはございません。むしろ自身の利益に繋がるような縁を繋ぐことは貴族としては重要な資質だと考えております。しかし、損得の計算のない、純粋な友情も決して貶して良い物だとは考えておりません。この考え方の違いがウォル卿と私との間で起こった行き違いの原因かと考えております。…以上が私の意見です。いかがでしょうか、父上。」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今まで大体2000字程度で一話としていたのですが、これからは好きなところまで書いてみようかと思います。それに伴い、更新度がやや落ちる可能性がございます。すみません。




