拉致
カロイドと俺の関係に侍従と主君という肩書がついて早くも一週間。
昨日まで俺も皇子教育で忙しく、カロイドも侍従としての基礎を詰め込まれていたため今日は久しぶりの休息だ。
「ていうか、なんで皇太子様が態々図書館になんて行くんだよ。皇宮の中にここより立派な図書室があるだろ?」
「はは、息抜きに丁度いいんだよ。あと平民街の噂話も聞けたりするし…あと、皇宮にはない平民向けの恋愛小説とか冒険譚もあるしな」
相変わらず平民の服を着て、先ほど本棚から取ってきた恋愛小説に目を通す俺に、カロイドが小さな声で聴いてくるので、ぺらり、とページを捲りながら答えてやる。
「恋愛小説ねぇ…俺はどんなジャンルも読むほうだけど恋愛小説はあんま読まないなぁ。知識として役に立たなそうだし」
カロイドは半分ほどまでは読み進められた“伝説の侍従~初級編~”と表紙に書かれた本のページを捲りながらそう呟く
「わかんないだろ?将来好きな人ができた時、恋愛小説に出てきた甘い口説き文句が役に立つかも」
「はは、馬鹿だな」
俺との会話に満足したのだろうか。カロイドはそう言って小さく笑った後、さっさと活字の世界に潜り込んでしまった。
そのまま1時間程、お互い好きな本を夢中になって読んでいると、ふとカロイドが顔を上げた。俺も後ろに人の気配を感じカロイドに続き顔を上げる。後ろを振り向くとそこにはリブロ司書が立っていた。
「皇太子殿下、突然のお声かけ申し訳ありません。恐れ入りますが、少しお時間よろしいでしょうか?」
リブロ司書が小声で話しかけてくる。普段は過干渉してこないリブロ司書が態々声を掛けに来るくらいだ、何かあるのだろう。俺とカロイドは顔を合わせ、こくりと頷きあった。
「あまり目立ちたくないので、手短にお願いいたします」
「かしこまりました。それでは、率直に申し上げますと、以前お二人に対し問題を起こしたウォル・ヌースというヌース伯爵家のご子息を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
リブロ司書の言葉に再度俺たちは顔を見合わせる。カロイドは以前から彼奴と面識があったようだし、俺もあの日はそれなりに衝撃的な日(カロイドがカッコいい的な意味で)だったので忘れる筈がない。
「勿論覚えております。あ…彼が何かしたんですか?」
カロイドが頷きながら答える。あいつと言いかけてすぐに彼、と呼びなおしたのは皇太子の侍従として話をしているからだろうか。
「いえ、まだ直接的な被害は出ていないのですが、あの日から定期的にここに訪れては、何かを探すように館内を見渡した後すぐに出ていくのです」
「…つまり、俺達…いや、俺を探しているということですかね?」
俺の言葉にリブロ司書は神妙な面持ちで頷いた。
俺とは違い、カロイドはここ三か月、侍従試験のための勉強などにこの図書館を利用していた筈だ。そんなカロイドには反応しなかったところから考えるに狙いは俺なのだろう。
「そしてつい先ほどもいらっしゃり、殿下のお姿を見つけると、しばしの間凝視をした後そのまま帰って行かれました。もしかしたら帰り道に何かあるかもしれません」
「なるほど…わかりました。ご忠告ありがとうございます。」
俺が礼を言うと、リブロ司書は一度軽く礼をした後何事もなかったかのようにその場から離れ、通常通りの業務に戻っていった。
それにしても、ウォル・ヌース。ほとぼりが冷めたら俺なんかに
「それで、どうするよ?司書様に言えば裏口から帰ることもできると思うけど」
「うーん、いや、折角だ。彼奴がどんな行動をとるのか興味もあるし、ここはひとつ、罠に嵌ったふりをしてやろう」
俺の言葉にカロイドは小さくため息をつき、「あまり危ないことはなさらないでください」と呆れたように呟いた後、にやりと口角を上げた。侍従としての建前と、友人としての好奇心を隠さないニヒルな笑顔。何かあったとしても、俺を守り切るという自信があるからこそ持ち得る二面性だ。
そのままカロイドと話し合い、軽く作戦を立てた。カロイドと一緒にいるともしかするとウォルは絡んでこないかもしれないと考え、カロイドには俺より先に図書館を出て行ってもらった。
カロイドが図書館を出てから10分程時間を空けて、俺も席を立つ。それに合わせて図書館の入口付近に立っていた一人の男が動いた。おそらく、外で待つウォルに俺の退館を報告しに行くのだろう。
そんな動きには全く気が付かないふりをして、俺は間抜け顔で図書館を後にする。去り際に目の端にリブロ司書の心配そうな顔が映ったので、周りに気づかれない様小さく“大丈夫”のサインをした。
「やぁ、久しぶりだな。平民」
俺が図書館から出て帰路につこうと数歩足を進ませた時、背後から声をかけられた。思っていたより早いな、なんて思いながら怯えた表情で振り返る。
「あ、貴方はあの時の…っ」
「はっ…、あの時の威勢は一体どうした?」
姿を認め、青ざめる俺に、周りに破落戸の様なお世辞にも品が良いとは言えない男たちを従えたウォルが蔑んだ眼で俺を睨む。
「この前は良くも俺に恥をかかせてくれたな。…ここでは目立つ。連れていけ」
「はっ!」
「なんなんですか貴方たち!!うわっ!」
ウォルの出した指示に従い破落戸どもが俺に近づき数人がかりで俺を抱えた。このまま一目のつかない場所へと連れていくつもりなのだろう。
「こんなことして!!俺の両親が黙っていませんよ!!っむぐ!」
「はっ。たかが平民のお前の親がヌース家の次男である俺に何ができるっていうんだ」
布を噛まされ口を塞がれた俺をウォルが嘲笑う。ウォルと話す間にも俺は着々とどこかへ運ばれており、もう既に辺りの人通りは少なくなってきていた。
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