アイデンティティは家柄
人もまばらな図書館で自分よりも爵位の高い相手から平民(だと思われている)俺を守るようにカロイドが目の前に立ちふさがってくれている。惚れそう。
しかし、さすがの俺もこんなに俺のことを身を挺してかばってくれている友人が侮辱されているのを黙ってみているわけにはいかない。
「お言葉ですが、自分の利益に繋がるかで友人を選ぶ人ばかりではないですよ」
突然、カロイドの背中から俺が反論の言葉を口にすればカロイドは焦りの表情を浮かべ、ヌースの表情は見る見る歪んでいく。自分の下にいるであろう人間に少しでも意見をされたことが気に食わないのだろう。
「おい。たかが平民風情がヌース伯爵の次男である俺に話しかけていいと思ってるのか?」
「失礼いたしました。ですが、自分が利害関係でしか友情を築けないからと言って、それを他者にも押し付けるのはあまりにも横暴かと思ったので」
俺は自分を平民だとは一度も名乗っていないのに、こいつの中では平民だと確定しているのが不思議だ。未だ俺はスマートとはお世辞にも言えず、でっぷりとした身体を携えている。こんなにふくよかな平民がいるだろうか。さては、商人など中流階級の家庭の息子だとでも思っているのだろうか。
俺は、人間関係の中では利害関係も勿論大切なのだろうが、それがすべてではないと思っている。だからそのまま自分の考えを言葉を口にすればたちまちヌースの顔は怒りで真っ赤に染まっていった。これくらいでブチ切れるなんて短気にも程があるだろう。
「お前!!!俺はヌース伯爵家の次男だぞ!そんな俺に口答えしてただじゃ置かないからな!!!」
さっきと同じようなことを今度は大声で口走る。こいつのアイデンティティはこれしかないのだろうか、可哀そうに。普段だったらきっとこの後ひたすら癇癪を起した後、平民である俺に何か処罰を与えるのだろう。しかし、ここは図書館である。人もまばらとは言え、こんな大声で叫ぶ輩を国立図書館の司書である者が見逃してくれるはずがない。
「お客様。失礼ですが、これ以上騒がれるようでしたらご退出いただくようお願いいたします」
「うるさいっ!!お前も…っ!!」
案の定ヌースの暴走を止めに司書がやってくる。頭に血が上ったヌースは相手の顔も見ずに怒鳴り散らそうと声の主を振り返った途端、相手が司書だったということに気が付き固まる。それもそのはず、この国の国立図書館の司書は伯爵位以上の出身でないと勤めることができず、現に、今ヌースの目の前にいるリブロ司書も、ご実家は伯爵家である。
「ちっ…、失礼しました。そこにいる平民が生意気にも伯爵子息であるこの僕に意見をしてきたもので」
家督は同等の伯爵家出身であり、図書館の支配者でもある司書様の言葉に流石のヌース家次男も逆らえないようで、唯一のアイデンティティを捨て台詞に、しぶしぶといった形でそのまま図書館から出て行った。彼奴は一体何しに図書館へと来たのだろうか。あと舌打ちをするな。
ヌース家次男が扉の向こうへ消えるのを見届けてから、くるりとリブロ司書がこちらを向いた。リブロ司書はこの館内で唯一俺が皇太子であると気が付いている人物だ。その為、先ほどの様な騒動があった後どのように俺と接すればよいのか決めかねているようなので俺から声をかける。
「司書様、ありがとうございました…なんとお礼を申し上げてよいか…」
「いえ、災難でしたね。大事にならなくてよかった」
確実にリブロ司書よりも目下の存在であるといった様子で礼を告げれば、リブロ司書は俺の意図を汲み取ったようで、皇族に対する恭しさは見せず答えてくれた。
「ほんとだよ…全く、俺を思って反論してくれたのは嬉しいけど、今度同じようなことがあったら俺の後ろで黙っててくれよ?次こそは今生の別れになるかもしれないんだから」
「うはは、ごめんごめん。気を付けるよ」
カロイドが俺の首に手をまわし、反対の手で頭をわしわしと乱してくる。そんな様子見てリブロ司書は最初こそ驚いていたものの、すぐにその目は柔らかなものに変わっていた。
カロイドがああいうのも無理はない。もし俺が、本当に平民で、もしあそこでリブロ司書が来てくれなかったら、カロイドの言う通り今日が俺たちの別れの日になっていたことだろう。この各社社会で、貴族が平民に対し、不敬だなどと言って冤罪をかけ、投獄することなど実に簡単なことなのだから。
「今回はリブロ司書のおかげで助かったからいいけど…とりあえず、ラージは暫くここには来ない方がいいんじゃないか?俺がいない時に難癖付けてくるかもしれないし」
カロイドが言うにはヌース家の次男…名前はウォルというらしい、は、執念深いタイプで、今回リブロ司書に注意をされたので、図書館内では何もないかもしれないが、その行きや帰りに絡まれる可能性があるとの事だ。
実際、俺は護衛を連れてきているので心配はいらないのだが、正体をまだ明かすわけにいかず、ここで了承しなければカロイドに不安を与えてしまう。
「分かった、カロイドがそういうなら暫くここには来ないようにするよ」
「うん、そうしてくれ。彼奴があんなにいきり立ってるのは皇太子の侍従の件もあるだろうから、それが決まったらここに来ても問題ないと思う…その時になったら連絡したいんだが、ラージの連絡先って俺知らないんだよな」
「いや、連絡はいらないよ。俺は耳が早い方だから結果が出たらすぐにわかる」
俺がそういうと、カロイドは一瞬怪訝そうな顔をするも、元々侍従募集の話を持ってきたのも俺だということを思い出したのか、分かった。と頷いてくれた。
多少疑われたとしても今はまだ、カロイドに連絡先を教えるわけにはいかない。だって、俺への連絡先は皇宮になってしまうから。
お読みいただきありがとうございます。




