俺は化学の天才じゃないから
一通り座学を終えれば、さっそく実践に入る。魔法は原理を学ぶ座学も大事だが何よりも実践が大事だ。
「それではまず、氷を生み出してみましょぉう。既にある水を凍らせるよりも一から生み出すほうがコツをつかみやすいです」
先生に教えてもらったことを思い出しながらゆっくり集中して、氷を作るよう意識しながら身体の中で魔力を練る。
「えい!」
ビュッと、冷たい風が吹いた。失敗。もう一度練る。
「はっ」
ピュッと、冷たい水がこぼれた。失敗だ、もう一度。
こうして何度も失敗を繰り返し、都度イマルジェ先生から指導が入る。繰り返す内に冷たい風が吹く回数が減り、段々と水の温度も下がってきた。そしてついに。
「それっ」
…コロン。小さな氷が一つ落ちた。触ってみると当たり前だが冷たくて、ちゃんと氷が出てきたということを実感する。傍から先生が拍手をする音が聞こえた。
「流石です!ミラージル氏!本当に一日で無から氷を生み出せるようになるとは!」
「はは、これもすべてイマルジェ先生の分かりやすいご指導のおかげです。」
俺よりも喜んでいるのではないかという様子で薄く涙まで浮かべている先生に褒められると照れ臭くなってしまい、自分の手元にある、俺の体温で段々溶けていく小さな氷に視線をうつした。
自分でも、本当に一日で習得できるとは思わなかった。
氷魔法の難易度は相当高いと、授業前にイマルジェ先生より話された。だからもしできなくても落ち込まないように、と。
何故なら氷魔法などの高度な複合魔法は努力次第でどうにかなるものではなく、生まれつき持っている魔力の“質”に関係する。
その質は可視化や数値化することは勿論できず、他者と比較することもできない為、実際に高度な魔法に挑戦しないと質の良し悪しが分からないのだ。
だから今までイマルジェ先生が教鞭をとってきた中で、氷魔法に挑戦する生徒は幾人か居たものの、成功させたものは一人もいなかったらしい。その度に落胆する教え子をみて心を痛めていたのだとか。だからこそ、涙を浮かべる程俺の成功を喜んでいたのだ
「一度氷を生み出すことができたなら後は簡単です!ひたすら訓練を積むことでもっと大きな氷を作ることもできるようになりますし、もぉっと段階を進めば他の物を凍らせることもできるようになります。氷の大きさの限界は所有している魔力量と魔力の質によって変わるので、ミラージル氏だったらどこまで大きな氷を作れるようになるのか今から楽しみですねぇ!」
「それならいつか、俺が作れる限界の大きさでイマルジェ先生の氷像を作りますね」
「う~ん、それは恥ずかしいので大丈夫です。」
却下されてしまった。でも漸く覚えた魔法。今は小さな氷を出すことで精いっぱいだがいつか大きな氷像位作ってみたい。却下はされたがこっそり作る練習はしておこう。
「それじゃ、夏に美味しいジェラートや冷たい紅茶をご馳走できるように頑張ります」
「おや!それはいいですねぇ!ぜひ頑張ってもらいたい。」
この国、いや、世界全体でみても氷は貴重なものだ。
何故なら、この世界は魔法という存在があるからか化学の進歩が乏しく、冷凍庫などの機器は無いので基本的には冬にできた氷を氷室などで保存しているものに限るためだ。
そんな貴重な氷を使える者は限られており、基本的には貴族たちやそういった者たちの利用するレストランや医師等が購入して使っている。
だから平民は夏場に冷たい飲み物を飲むこともないし、食糧でさえ新鮮なものはあまり口にできず、日持ちのする乾物や塩漬けされたものを口にしていると聞く。
怪我をした時や熱が出た時に頭を冷やすことも満足にできていないのではないだろうか。
俺の中の魔力量がどの程度なのか数値化されていないので、どれくらいの量の氷が出せるかは分からないが、いつか俺が沢山の氷を作れるようになったら夏場でも生物を保存できるようになるだろうか。
俺が頭の良い化学者等だったら、魔法が無くてもこの世界で冷蔵庫や冷凍庫を作ることができていたかもしれない。しかしあいにく俺は特別頭が良い訳でもないただの学生だったので、この世界でやれることと言えば魔法を行使するくらいだ。
いつか、この国に暮らす民全員に夏場のアイスの美味しさを知ってもらいたい。その為にも訓練を頑張らなくては。…と、そう考えていたら、なんだか胸の中がぼんやりと温かくなった気がする。が、その感覚はすぐに消えてしまった。気のせいだったのか?
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