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プロの流儀

 東郷はさすがに当て慣れているだけはある

。2個のデッドボールにみっつのビーンボールでボヤ程度とはいえ乱闘騒ぎを起こしたに関わらず、動揺した素振りなく賑わした塁上の走者を一人も生還させることもなく8回表を0で抑え込んだ。

 ここまでは白縞の計算どおり。裏のロケッツの攻撃で相手が死球でやり返してくれば、望みどおりにチャンスで代打白縞がコールされようが、どうしても勝ちたい産業石油の監督中久保は、切り札を送り込み、嫌な流れに歯止めをかけにくる。


 マウンドに上がった産業石油4人目の投手はスラリとした右投手松岡。

「うーん、松岡できたか……」

 投手コーチ立野は思わず黙り込む。

「そんなやばいのか、この投手?」

「ええ、今年のドラフト有力ですよ、山吉監督……。大学時代は故障に泣きましたが、社会人一年目の去年は都市対抗で大活躍。150キロを楽に越えて、フォーク、スライダーもプロの “”一軍“”(ここが重要とばかりことさら強調する立野。つまり二軍では攻略不可能ということだ)レベルにあります」


「プロ注かよ。こりゃ楽じゃねえな、1点差でも……」


 しかもプロ確実となれば “やられたらやり返す” の報復義務は免除されるかもしれない。ダーティーな投球はプロ側に悪い印象しか残さないからだ。


 だが、産業石油監督中久保は報復を仕掛けるために、あえてプロ確実な松岡をマウンドに上げたようだ。


「松岡は今年のドラフトで上位確実だ。ならば一足先にプロの慣わしを体験しておくのも悪くない。目には目を歯には歯を……当てたら当てた分だけやり返す……。そうして塁上を埋めてもロケッツの東郷のように素知らぬ顔で後続を抑える……それこそプロ。相手はプロといえど吹き溜まりの二軍連中だ。それくらいの芸当でもできんとプロではとても生きていけんからのお……。松岡ぶち当てろよ……ただし腰から下の痛くないところ……怪我がないところ……を狙え……それがプロならば最低限報復マナーだ。それで乱闘が起こって殴り合って怪我するならそれは知ったこっちゃない……それもまたプロの報復マナーだ」


 中久保は松岡に報復死球を司令済み。松岡のフォームは完成度が高く、東郷のようにボールが荒れる雰囲気はどこにもない。それでも初球からロケッツ5番武松のお尻にズドンと当てる。ある意味コントロール抜群で中久保の指定どおり痛くない、故障しない部分に見事命中させた。

 武松は松岡をひと睨みする、松岡が帽子を脱ぎ頭を下げるが、その顔がにたにたと笑っていれば、武松とベンチで殺気立つロケッツナインは収まりがつくわけがない。

 マウンドの松岡に向かってゆっくりと武松が近づくのを合図に両軍ベンチからまた選手が一斉に飛び出てくる。


 今度の乱闘騒ぎではベンチにいる白縞だが、粟田の素振りからタイミングのとり方を掴んだ白縞は、バットを持ってテイクバックから始動までの動きをベンチ前で黙々と繰り返している。グラウンドで展開する乱闘を完全に無視。


「僕は常識にとらわれて過ぎていたんだ。打撃のタイミングを取るには、1,2の3の “の” がもっとも大事だと思い込み過ぎていたんだ……。粟田さんのスイングには “の” の間がどこにもなかった……1,2,3のタイミングでバットを振り出していた。恐らく粟田さんも何度もコーチや評論家から指摘されたはすだ。打撃のタイミングにおいてもっとも大事な “の” がないからお前は打てないと。粟田さんが伸び悩む理由はそこにあるかもしれない。溜めがなく間が抜けたタイミングではボールを待ちきれず、手元の変化に翻弄される……。だが、僕にはその1,2,3の “の” なしのタイミングの取り方がベストかもしれない……。なぜならば僕のスイングスピードは遅い!! 恥ずかしながらプロ失格の遅さだ。だから “の” が邪魔になる。その分始動が遅れ振り遅れてきたんだ……。試しに1,2,3の “の” なしでのバットを振ったところ、人生始まって以来の手応えを感じた……これならもう惨めな振り送れはしない……と」

  

 一人打撃を語る白縞をよそにグラウンドではあちこちで小競り合いが起きている。武松と松岡の当事者同士にらみ合い、因縁の山吉弟と中久保は汚い言葉で罵り合っている。

 それでもあくまでも練習試合、アマチュアとプロの親善試合……これ以上荒れるのは大人げない、プロアマ間の大問題に発展するかもしれない……とまだ冷静な判断力が残る両監督はいったん両軍ナインにお開きを指示。両軍ナインはベンチに引き返してくる。


「あれ白縞行かなかったのかよ」

 市島は小競り合いの最中にどさくさにまぎれ誰かに蹴られたのだろう、ユニフォームの太モモの部分が切れかかっている。

「ある意味度胸あるな……さすが白縞だ。全員参加が必須だろ乱闘って……それを高卒新人が平気な顔でスルーか……」


 市島が呆れ返る中、松岡は連続でぶつけに来る。間髪入れずの次打者上岡の初球、2球目と連続で危ないボールで打者をよろけさせ、不穏なムードを再び最高潮にした3球目、今度は腰のあたりにズドーン。

 今度の乱闘は小競り合い程度では済まなかった。両軍から何人もの負傷者を出し、山吉弟と中久保の当事者同士の両監督は右ストレートを打ち合う。その両拳はどちらも頬にクリティカルヒット。後にプロアマ間で大問題となる乱闘にも白縞は参加せず、ああだこうだと打撃改造に集中してた。


 乱闘騒ぎは時が過ぎ、ひと暴れすれば気も晴れて、やがて沈静化。

 両監督は練習試合だけに退場の必要もなしとばかり、さも何も起きなかったように何食わぬ顔(青あざありの)でベンチで指揮を再びふるい始めている。


 山吉弟は7番金田に送りバントを指示する。一死2、3塁にして一打逆転のチャンスメイクをするつもりだ。

 金田は白縞と同じ高卒新人だ。送りバントは面白くない。ベンチの様子からするとチャンスで代打白縞が濃厚だからだ。


「ち、なんで支配下新人の俺様が育成の白縞のお膳立てをせんといけないんだ……」

 わざとバントを失敗してチャンスを潰し、白縞の大舞台を無きものにするか金田は考えたあげく、

「白縞への嫌がらせでオレも評価下げるってやっぱただのアホだな。オレみたいなタイプは小技必須だし……くっそ……おもしろくねーが……」

 やはり嫌がらせは得策でないと正常な思考が勝り、金田はあっさり送りバントを成功させる。

 8番は捕手の石嶺。打撃も定評のある山吉二世だ。本来は0ツールプレイヤー白縞の代打など愚策のはずが、山吉弟は動く。


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