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ミラールーム

 ノーコンサイドスロー東郷の登板で白縞が望む危険な雰囲気がグラウンドに漂いだす。


「来たるべき出番に備えが必要!!」


 白縞は荒れはじめた練習試合の行く末を見守ることなくベンチ裏に消える。


 ミラールーム(鏡張りの部屋で代打陣が自身のスイングをチェックしながら素振りができる)に足を運ぶ、身内応援団の前に颯爽と登場する時近しと読んだのだろう。

 白縞のフォームは改造半ば中途半端。ホームランバッターとして生きていくことを選択。今の流行りであるフライボールレボリューションを取り入れ、極端なアッパースイングに取り組んでいるが完成度はいまだ低し。


「ホームランになる打球角度は25度前後。その角度を産むためのスイング軌道を追求するのが今の主流だけど……なかなかしっくりこないんだよな……」


 悩む白縞の前に先客が数名。白縞よりひと周り大きい体で力感あふれるスイングを繰り返すのが二軍のサードレギュラー候補の一人である粟田。粟田は4年目21歳のドライチで将来は4番サードの看板選手と期待されるスラッガー。白縞のポジションもサードだからこの粟田に勝たない限り5億円プレイヤーは夢の夢だ。


 顔も俳優並みに整っていてスター性も抜群。白縞が付け入るすきなど本来どこにもないはずだが、粟田は2軍のスタメンさえ外れ代打要員に甘んじている。

 山吉弟監督の勝手な意地の張り合いで負けられない試合、攻守に粗い粟田よりも好守備で高い出塁率が期待できる坂上がスタメンサードにセレクトされるのも自然な運びともいえるが……。

 白縞は間近で粟田のスイングをみて、改めてどこに欠陥があって伸び悩んでいるかじっくりと見極めようとする。


「あ、えっと白縞だっけ……遠慮せずにスイングしろよ……君のお母さんと妹さんが観に来てるんだろ? こりゃ出番あるよ、山吉監督は意外とそういう所は抜け目ないんだから……」

 甘い顔に甘い声……粟田が育てばロケッツの女性観客動員はどれだけ増えるのだろうか……。興行を考えても粟田が白縞を完全にリードだ。

 白縞がお言葉に甘えて、素振りの場所を確保し構えたところでグラウンドがにわかに騒がしくなる。


 どうやら東郷が荒れに荒れていて2つめのビーンボールが投じられたようだ。プロとアマチュアの定例交流戦。親善モードが優先し、通常は多少危ないボールがあって互いに自制しあい揉め事には発展しないはずが、両監督の積年の因縁なる要素が事態をややこしくする。


「なんやとこら!?」

「あーんやるか!?」

 など物騒な言葉がベンチ裏にも聞こえてくる。それでも騒ぎを作り出した張本人である白縞は一つも動揺せず、道半ばなスイングを試す。

 その白縞のスイングを初めてみた粟田はウンウンと笑顔を交えてうなずく。


「いい音させるな……。口が悪い選手は白縞のことを野球においてプロで通用する能力なしの0ツールプレイヤーって言ってたけど……スイング自体は悪くない。これでまたサード争いのライバル誕生かな……。いやはやなんとも大変だ。倒すべきライバルが次々と現れて……」

 白縞と向かい合う粟田は甘え声で白縞を褒めちぎるが、白縞のスイングは明らかに遅く、波打っていて褒める余地などどこにもない。

 粟田は白縞のどこに危機感を抱いているのかわからないが、白縞は粟田の伸び悩む原因はこの辺りの気の弱さ、自身への過小評価と推察する。


 “どんな選手にも……例えば僕のような0ツールプレイヤーに驚異を覚え萎縮するならそれこそ切りがない……。粟田さんの素質は抜群……普通にしてれば今頃レギュラーだ。なのに4年目の今も2軍暮らし……それもこれも他者の過大評価、自身の過小評価にあるmだろう。知らないうちに自分を過小の型に当てはめ、その程度のプレイヤーになってしまっているんだ!

 ならば僕はその逆をいけばいい? 0ツールでもどんな相手でも勝てると思えばそのとおりになる……!? そんな甘い世界じゃないけど……心持ちとしては悪くない……のかな……”



 粟田は左打者で右打者の白縞に対してちょうど向かい合う形。互いにスイングをしながら品評会できる。

 白縞は自分のスイングをしながら粟田のスイングもじっくり観察するうちにある重大なポイントに気づく。


“あ……そうか……そういうことか……野球をやり始めて10年……ずっと解けなかっった謎が今解けた気がする……。その鍵は粟田さんのタイミングのとり方にあった……粟田さんは伸び悩んでいる選手だ。間違いだらけの標本としてどこが悪いかあら探しをしていたがそれ自体が間違いだったんだ。伸び悩む選手でも参考にすべき部分はあったんだ……!!”


 白縞は野球人生を変えるかもしれないある重大なポイントを粟田のスイングから発見した。

 それはタイミングの取り方だという。早速白縞は自分のスイングにそれを取り入れる。

「これはいける……」

 粟田の目には相変わらず白縞のスイングは遅く波打っているようにしか見えないが、白縞は一人悦に浸っている。


 白縞が人生のターニングポイントを迎えたその刹那、グラウンドはより混迷を極めていた。ベンチから大勢の選手が飛び出る音が物騒な怒声とともにミラールームにも伝わってくる。


「乱闘!? やだな……いくら向こうの監督さんと過去にいざこざがあったとしても練習試合でアマチュア相手に乱闘は辞めてくれよ……」


 粟田はどうやら甘い顔そのままの穏健派のようだ。もう一人バットを振っていた川島が「いざ鎌倉」とばかりベンチに戻っていたよそでまごまごしている。

「乱闘は全員参加が鉄則だ。仕方ない……これもプロ野球だ……。戻るよ、白縞……」

 足取り重い粟田を先頭に白縞はベンチに戻るが、どうやら乱闘はボヤ騒ぎ程度で終わり、首脳陣・選手はベンチに戻っている最中である。

 やはり最も熱いのは監督の山吉弟。真っ赤な顔で同じくベンチに戻る最中の相手の監督中久保にファイティングポーズを取りながらブツブツ放送禁止用語をつぶやいている。


「よし……理想的な展開だ。でも練習試合ですよ……アマチュアさんとの交流戦ですよ……乱闘になるなんて……」

 騒動の種を巻いた張本人白縞は素知らぬ顔で乱闘を大人げない行為とぶった切っている。

「これで裏は荒れる。塁はうまる。そして僕のお披露目だ。ライバルからタイミングを盗み取ったばかりの新しい僕の!!」 

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