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山合いの長いトンネルを抜けると平地であった。
アキラは普段歩かない自分からすると、結構な長さの山道を歩いたのだが疲れは無く、むしろ爽快感すらあるように思えた。
理解する事の出来なかった【そこに山があるからさ】といった言葉が今ならわかる気がした。
「何とか無事に帰ってこれましたぁぁ」
町に入るとリジーはヘナヘナと座り込み、深く息を吐く。
疲れた体で城壁前まで来ると守衛の兵士たちが騒ぎ出し、あれよあれよと帰還を喜ぶ人で溢れかえった。
皆からよく無事に帰ってきたと祝いの声をかけられ、ここまで歩いた疲労よりも城壁を抜けるまでの疲労の方が超えるほどの時間がかかってしまった。
帰還の一報を聞いたアンディ達も駆けつけてきたが、揉みくちゃにされる帰還者達を見て、明日また落ち着いたら会いに来てくれとだけ声をかけてその場から離れていった。
「姉ちゃん、早い所家に帰ろうよ。もう寝床に倒れこみたいぃ」
子供は風の子元気な子という言葉と異なり、覇気の無いエアの目の充血が痛々しい。
「不思議な事に帰ってる最中は前々疲れませんでしたけど人波でぐっと疲れました。お二人は凄いですね、全然疲れてないように見えます」
死にかけの二人とは打って変わって、アキラとラシェルはしれっとした表情で二人を見つめている。
「まーねー、普段から鍛えてるから!」
ラシェルは出てこない力こぶに指を差し、ニッコリとほほ笑む。
「リジー、お疲れの所申し訳ないんだがどこか泊まれるところを紹介してくれないか?着いて早々出て行ったから町の事がさっぱりでさ」
この世界の土地勘や標識などもサッパリの為、そもそもどれが宿泊施設かすらわからない。
また、文字も見たことがないので読めるかどうかすらも怪しい。
「あのーそれでしたら、もしよかったら私たちの家に泊まりませんか?」
「いや、流石にそれは悪いさ。ご両親も変な二人組を連れて帰ったらびっくりするだろ」
いきなり見慣れない、しかも見るからに怪しい二人を子供が連れてきたら悪い付き合いをしてるのではないか、騙されているのではないかと警戒してしまう。
親心ならそれは当然で、流石にそこまで迷惑をかけられない。
「あ、それは……」
その言葉に疲労ではない表情がリジーの顔から漏れる。
言ってはいけない事を言ってしまった、それがはっきりとわかった。
「うちは両親がいないんだ、だから部屋も空いてるし気にしないで!」
エアは軽い声で割って入ると、アキラとラシェルの手を引っ張り歩き始める。
子供心に空気を察したのだろうか、思いのほか強い力での誘いにより断る事も出来ず二人の家に厄介になる事になった。
繁華街と思わしき通りを抜け、途中リジーとラシェルが捕まりそうになるのを制しつつ、賑やかな所から閑静な地域に入るとすぐに目的地である家にたどり着いた。
「えぇ!!この家なの!?」
ラシェルは門前から建物の外観を見て思わず声を上げた。
アキラも声を上げそうになったがラシェルが代わりに言ってくれたので何とか喉元で抑える事が出来たが声が出ても違和感はない。
目の前に建つ、二人が家という建造物は周りのものと比べて豪華に見え、明らかに大きく立派な作りをしていた。
それは両親のいない二人で住んでいるとは思えないほどの豪華さで、よく知らない市民がこれを見たらこれが本当に二人で住んでいる家か?と目を仰天させるに違いない。
これだけで周辺住民との差は歴然と離れており、二人がこの町でどのような存在かもこの家だけでも想像がついてしまう。
回りくどくなったが、シンプルに言えば金持ちそうという事である。
アキラは恐る恐る石門を潜り、ラシェルと二人に付いてまっすぐ進む。
庭に入るとその広さに驚く、それとともに何かのモニュメントだろうか、人物の石像らしきものがあちらこちらに置かれているが何処となく寂しさが感じられる。
その内の一つ、右側に腰を落とし、天高く右腕を突き上げたポーズをした像の拳の先からは、水垢のような色落ちが流れるように付いており周囲には糞の跡が残っている。
良く見ると歩いている道も雑草や石割れで荒れており、手入れが行えていないことがわかった。
そのまま付いていき、納屋のような建物を横切ると門前で驚いた大きな家に到着する。
「遠慮せずにどうぞ、大したお構いも出来ないのですが」
リジーが鉄の塊のような扉を開いて中に通してくれる。
促されるままに入ると、そこはグランドピアノが何台も置けるほどに広々としたエントランスホールとなっており、中心には冬に使用するのだろうか石造りの暖炉が存在感を放っている。
その暖炉から伸びる煙突の出口らしき高い天井の穴からは月の光が微かに差し込んでいた。
「使ってない所が殆どなんです」
外観に伴う中身ではあるが、物が置かれておらず、広いが故にがらんどうとしていた。
こちらも庭同様、動線に無い場所は埃が積もったままとなっており、やはり手入れするにも二人の手には余る大きさである。
「こちらの階段の上に客間がありますので使ってください」
リジーに連れられ階段を上ると、手前の二部屋をそれぞれ案内される。
少し片づけますねと先に部屋に入り窓を開けると中の空気を外へ出し、寝床となるであろう木製のベッドに布を敷いてくれた。
部屋としては六畳程度の広さがあり、寝るだけで考えると十分な広さである。
「ありがとう!こんないい部屋使わせてくれて嬉しいよ!」
二つの部屋を片付け終えて出てきたリジーの手を持つと、ラシェルはブンブンと上下に振り感謝を伝えた。
「いえいえ!お二人にはお世話になりましたので、エアの捜索・ご馳走、感謝です!」
二人してキャッキャしている中、アキラはこれでやっと一息つけると安堵した。
周囲を見渡すと、手前の案内された部屋の奥にも何部屋かあり奥行きもかなりある事がわかった。
廊下の突き当りには玄関の扉同様、重々しく見える扉が備え付けられており他部屋とは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。
「なぁリジー、あの部屋は何の部屋なんだ?」
「えっ?あぁ倉庫ですが、普段はほとんど行かないのですが前に住まれて居た方の残留品などが保管されているそうです」
「昔、すっごい大金持ちが住んでたんだって!」
エアが大きな声で先住人の事を教えてくれる。
「私たちが生まれる前に住んでた方が、商いか何かで成功して王都へ引っ越しされたそうです。その後買い手も付かず、長い事放置されてたそうなんですが、流れ着いた私たちに領主が貸し出してくれまして。無人よりも人が住んでいたほうが治安的にも、建物の劣化にも利点があると」
家賃も何とか払える程度にしてくれてます、とリジーは話す。
確かにこの広さではこの世界の住人でも普通の家庭では持て余すだろう。
無駄に広い土地や建物に買い手が付かないのはどこも一緒か。
「ふーん、そうなんだ。じゃあその辺の部屋で二人は寝てるの?」
余りそちらの話に興味の無かったラシェルは違う質問を投げかけた。
「いえ、私たちは下の部屋で寝ています。生活するにはなるべく活動範囲が狭いほうが便利でして」
実はすみません、二階にはお手洗いが無いんですよ・マジで!?などと二人で話しを進め始めた。
二階は生活圏で無いわりに廊下に埃も少なく綺麗にしている、来客が来る事を考えてこの辺りは掃除していたのだろうか?
アキラは少し気になったもののまぁそういうものだろうと思う事にし、
「今日はもう皆疲れただろう、一先ず寝て明日ゆっくり話そうか?」
横で舟を漕ぐ少年を見ながら二人を促した。
「そ……そうですね、それではお二人ともごゆっくり。エアは私が」
崩れかかっているエアを背負うと頭を下げ、階段を下りて行った。
その姿を見えなくなるまで二人で見守るとややラシェルの方が気が早かったようで
「さて、色々聞きたい事があるんだけど?」
お楽しみの時間が来たことを教えてくれた。




