12
「居住区には絶対に近づくな、トンネルからそこまでの道を探すんだ」
アンディはリジーにくれぐれもと念を押す。
居住区までの道のりは話を聞くに危険度は低いように思えるし、もしかするとエアは動けず茂みに隠れている可能性もある。
「トニー、すまないが彼らに武器を貸してやってくれないか」
救護の人と話をしていたトニーに声をかけ、武器を貸してあげるよう促す。
手で軽く合図を返すと脇に置いてある袋を抱える。
「お前たちエアを探しに行くのか、本来は俺たちがやる事なのにすまない」
こちらに来るなり頭を下げ、がさっと持ってきた袋を地面に置く。
次々と弓・槍・短剣・斧などが取り出され、かなり使い古された感じの武器が所狭しと並べられた。
「私は弓を借りていきます、アキラさんはどうしますか?」
弓は実技でも優秀だったんですと拾い上げ、弦のチェックを行う。
「俺はこれがあるから要らないよ」
肩にかけたギターのスプー君を手に持つと、振る素振りを見せる。
「それはこん棒か何かだろうか……弓にしては弦が多いし……」
トニーは興味深そうにマジマジとスプー君を見つめる。
こちらに来てから本来の使い方をしていないので、アキラもこれは武器なのではないかと思いそうになるのをぐっと押しとどめる。
いかんいかん、今日はこのヤマを越えたらこっそり練習をしよう……
「武器があるといえど、もしエンヤの魔物と遭遇したら戦おうとせず逃げろ。必ずだぞ」
アンディ・トニーと別れ、門の方へと歩き出した。
太陽はちょうどアキラ達の真上に輝き、じりじりと肌を焼く。
今は陽があるが日没までの時間も限られ、余り捜索の時間をとる事も出来ない。
「アキラさん、トンネルまでは私が背負って行きますね」
さっきはやっちゃいましたけど、ほんとは城壁を飛び越えたら駄目なんですよと門を潜りながら言ってくる。
あぁ、やっぱりそうなるよねと先ほどの移動を思い出しつつアキラはスプー君を背中に回すと、持ち抱えられる前の子犬のように背を丸めてリジーに張り付く。
「二度目だけどやさしくしてね」
「任してください!!」
大ぶりな胸にドンっと拳を当てると風の力を使い、徐々に上昇していく。
ギターについているストラップが切れない程度にお願いしますと心で願うが期待空しく、顔が歪む速度で目的地に向かった。
城壁とトンネルの間の草原を矢の如く空を進む。
地上には魔物らしき物体も見受けられるが空を飛んでいるので関係なく、空を飛んでいる物もいるが出ている速度に追い付けず諦めていった。
改めて思うがこうして体一つで飛べる事のなんと便利な事か。
この世界がゲームの世界であるなら序盤からこんなことされたらバランス崩壊もいい所だ。
俺も練習すればこんな感じに一人で飛ぶことが出来るようになるのかな、などと思っているとものの数分でトンネルの入り口までたどり着いた。
「ここからは歩いていきましょう、中は暗いですが障害物も少ないので慎重にいけば大丈夫なはずです」
灯を持ってき忘れました、と謝るリジーにアキラは構わないと手を振ると、
「実は内緒にしてたけど俺……、灯を持ってるんだ」
ポケットに押し込んでいたインフィー君を取り出すと、袋に手を入れランタンを取り出す。
「えっ!どうやって出したんですか!?」
リジーが大きく目を見開きインフィー君を見つめる。
「実はなかなか言えなかったんだけどこれが俺の魔法なんだ」
この袋に好きな物を入れて出し入れすることが出来る、空間移動魔法だと説明する。
もちろん嘘だが信じて貰えたようで、
「それなら倒したアーロも持って帰り放題ですね!私もその魔法が使えたらなぁ……」
複数罠にかかってる時は往復するんですと羨ましそうに見つめられた。
「灯があれば安心ですので急いでトンネルを抜けましょう!」
ランタンを灯すとトンネルの奥へと足を進めた。
穿孔機などが存在すると思えない世界なのだが、トンネルの外壁は綺麗な壁面をしておりとても人の出て彫られた物とは思えなかった。
興味を持って触っているとリジーがこのトンネルは土魔法で彫った物ですと教えてくれ、この先の採石場もそれで作った物ですと説明を続ける。
ほんと魔法ってなんでもあり何だなと岩の無骨さが微塵にも感じられない外壁を触りながら中を歩いた。
300mほど歩いただろうか、視界の先に光が見えそこが出口であると知らせてくれた。
トンネルを出る前に、かがんで周囲を確認するが魔物は見当たらない。
平地林が穏やかな風を受けながら広がっており、鳥のさえずりが微かに聞こえる。
なぜだかわからないがややスパイスが効いたような匂いが鼻をかすめ、アキラは一瞬キャンプ場にでも迷い込んだかと錯覚する。
嗅いだことは無いが、これは死体の匂いだったりするのだろうか?
「なんだか少し匂いますね……」
リジーにもわかるようで、鼻を手で隠して発生源を探している。
「ひとまず生き物の気配はしないから先に進もうか」
出口正面に人が作ったであろう獣道があり、林の奥に向かっている。
恐らくこの道を進むと採石場にたどり着けるのだろう。
「そうですね、ただ逃げるのに必死で道を外れたかも知れません。周囲を注意しながら進んでも良いですか?」
わき道に踏み鳴らした後のような物が無いか確認しながらゆっくりと進む。
しばらく牛歩で進んだ後
「リジー、ちょっと止まってくれ」
アキラは後ろから付いてくるリジーを手で制すと、耳に手を当て周囲の音を聞く。
微かだが右の方から何かが駆けてくる音が聞こえる、馬のような3~4連打音ではあるもの刻みが早く軽い音だ。
「動物っぽいものが駆けてきている」
リジーに小声で伝えると手でゼスチャーをし、向かってきている方角からそれぞれ別の木の裏に隠れる。
隠れて間もなく、徐々に音が大きくなると共にその音の正体が眼前に現れた。
何かから逃げ切ったのだろうか、速度を落として立ち止まると息を切らし逃げてきた方向を向いて警戒をするの猿がいた。
話に聞いたほどのサイズではないので、この猿は子分のエンヤの方なのだろう。
(うわー、なんて間の悪い所で止まるんだよこいつは!)
せめて自分たちの場所を通り過ぎ切ってから立ち止まってくれればいいのに。
息切れしているサルはアキラたちの隠れた木の約2~3メートル先で立ち止まっており、動こうとはしない。
アンディに言われた事を守り、逃走を試みたいがこの距離では間違いなく見つかってしまう。
その場合襲ってくる速度か、リジーに抱えて貰って飛んで逃げるほうがどちらが上かはわからない。
リスクは高いが何処かへ行ってくれるまでやり過ごすしかない。
アキラ達は息を殺してエンヤの動向を見守る、来た道をお帰り下さいどうぞと祈りつつ。
ただ、自分の立場に置き換えても逃げてきた道を引き返すことはしないだろう、当然ながらそのエンヤも来た道から再度振り返り反対方向、つまりはアキラ達の方向へと歩き始める。
(ぐあぁぁぁぁぁ……やっぱりか……)
アキラとリジーの目が合う。
阿吽の呼吸で動き出すとアキラはリジーに向かって1~2メートル程度の距離を全力で走り出す。
リジーは飛ぶ準備に入ると腰をかがめ、こちらが抱き着くと同時に空に向かって浮き上がった。
動いた気配を察知したエンヤもとてつもない速さで迫ってきたが、リジーの上昇速度の方が早く寸前で伸ばした手が空を切った。
何とか事なきを得たか……。
リジーに向かってトンネルまで戻ろう、と声をかけると言い切ると同時に何かに足を掴まれた。
振り返ると先ほどのエンヤが足を両手で必死に掴んでおり、アキラを振り落とそうと力いっぱい体を揺らす。
空を切っただけで終わらなかったエンヤは周囲の木々を踏み台にし、上昇する二人に追い付いてきたのだ。
「アキラさん!」
足元で暴れるエンヤのエネルギーに引っ張られリジーがよろめく。
このままでは二人とも落とされる、そう思ったアキラはリジーに抱き着いていた手を解くと、エネルギー共々落下を始める。
「リジー!!! こいつは任せろ!!!!」
小高く生えた木々にぶつかり、衝撃で一人と一匹が名残惜しく分かれると、そのまま同タイミングで地面に到着する。
かたや優雅に足から、かたや無様に体全体で。
うつ伏せで落ちた衝撃で顔を守った腕が痺れるが、上半身の反動で立ち上がると共に落ちた片割れに目を向ける。
着地の衝撃も皆無のそれは牙をむき出しで唸り、こちらを威嚇している。
痺れが収まった腕で背負っていたスプー君を持ち、戦いやすい場所に移動しながら警戒する。
(こいつを当てる事が出来れば!)
アーロのように粉砕出来る筈だ。
思い描いた位置に着きネックの部分を強く握ると、それを察したのか威嚇していたエンヤがこちらへ動き出した。
助走どころか初っ端からトップスピードと見間違う程の速度で向かってくるエンヤに意識を集中する。
前のアーロもこのエンヤもそうだが、やはり獣という事なのかあまり深い考えは無く馬鹿正直に正面一直線で対象に向かってくる。
アキラは左右に感覚狭く並ぶ二つの大きな木の間の少し後ろに構えると、その間を抜けてくるのを待つ。
あの速度だと開けた場所では上手くスプー君を当てられないかも知れない。
だが、この位置ならこの木々を抜ける所を狙えば当たる確率は上がるはずだ。
目に見えている獲物へ一直線のこいつらは木の迂回などは考えない!
予想通り、エンヤは一心不乱に獲物へ向かうべく木々の間を通過する。
「待ってましたぁぁぁ!!!」
ホームランを狙えるタイミングでスプー君を力強く振り切る。
ベキィッ!と激しい音と共に体全体に横から来る衝撃を受けたエンヤは打たれたボールのように勢いよく吹っ飛んでいく。
(そのまま粉となれぇ!)
吹き飛んだエンヤは体を維持したまま線上にあった木にぶつかると、地面にずるずると力なく倒れこんだ。
(あれ?)
前回同様クリーンヒットしたにも関わらず、エンヤは粉砕されなかった。
あのベキィッ!という音は何だったのか……、考えたくは無かったが手に持つスプー君を見やるとネックとボディが分離し、ちぎれなかった弦で繋がっている状態となっていた。
「えっ! なんで……!?」
アーロを倒したあと数回試したがその度岩は粉々になった。
対象によって粉砕可能か否かの違いがあるのだろうか?
疑問で頭が一杯になっていると吹き飛んだエンヤがよろよろと立ち上がり、思い出したように憎しみを拗らせ再度こちらへ向かってくる。
(しまったっ!)
手元に使える武器はもう無い。
スプー君を手放すと、苦し紛れにファイティングポーズを取る。
正直喧嘩なんてほとんどした事ないし、ましてや何かを殴った事なんて無いに等しいが対抗策がない以上やるしかない。
エンヤは速度を上げ距離が近くと、両腕を広げて抱きつくように飛び上がり、アキラの顔目掛けて手を伸ばそうとする。
(もうヤケクソだ……!)
手が描くであろう軌跡を避けるように上体を屈めると、アキラは右肩を前に突き出し拳を下から上へと突き上げる。
素人にラッキーパンチは無い、そんな事は言われなくてもわかっているが今は望まずにはいられない。
体感は緩やかに、お互いの一手が重なり合う。
それと同時に瞬く速さで、激しい衝撃がお互いを襲った。




