11
出立後、道中で小規模な魔物との接触はあったもののあしらいながら歩みを進め、ほどなく採石場に向かうトンネルにたどり着いた。
山をくり抜いたトンネルを潜り、緑の生い茂った道を抜けると採石場に通じる居住区の入り口だ。
大きな岩で作られた門の向こうに、鉱員の居住区が作られているのだがつい先日に来た時とは異なり、魔物が暴れた結果だろうか建物や地面がもう何年も人が住んでいないかのように荒廃していた。
生い茂った緑の物陰より先を確認したが生物の気配をまるで感じられず、何かが動いている空気の揺れも無い。
居住区の向こうには採石場が地下に続いており、入り口からはそこの様子を確認する事は出来ない。
不気味だ……。
「どう思うアンディ」
後方にいるトニーから小声で話しかけられる。
「わからないな、罠を張るほどの知能があるとは思えないが……」
魔物と言えど所詮凶暴な獣、人間相手に待ち伏せなどが出来るとは思えない。
「ここから魔法で引っ掻きまわしてみるか?ドブネズミみたいにはしゃぎ回るかも知れないぜ」
奇襲をかけるならそれもありかもしれないが戦力が不明、かつ向こうがまだ気が付いていないならまず状況を確認したい。
その気は無かったかも知れないが、リアムに対して手のひらを見せその行動を止める。
不安はあるものの奇襲を警戒し、アンディは部隊を散開させつつ居住区へと近づく。
槍を構え、今にも崩れそうな建物の中や、ごみが散乱している共同スペース等魔物が隠れそうな部分も慎重に確認しながら進むが魔物らしきものは見当たらない。
魔物がすでに去った後であってほしいと思いつつ、周囲が安全である事を確認すると今度は採石場に向けて隊を進める。
長年の採掘によりどんどんと地下深くなっていき、同じ高さだった居住区は今や小高い丘の上のような位置になっている。
その為、下の方の死角から魔物が襲い掛かってくる恐れもあるのでアンディはボディサインで指示を出し、隊を組みなおす。
この部隊には攻撃魔法を使える者が3人、土の適性を持つリアム・ノエルのカルア兄弟と風の適性を持つエア・ストーム。
その者達を囲うように前衛、後方に弓などの遠距離部隊へと編成しなおすと遮蔽物の無い採石場までの間を慎重に進む。
近づくにつれアンディは心なしか空気が重くなっているような気がした。
じわじわと、隊の先頭の兵士がダムにも使えそうなほどに深い穴を覗き込むと、そこにはその場所に似つかわしくない茶色い毛の塊が横たわっていた。
無風の空間でありながらワナワナとなびく毛がまるで蛇のように蠢き、本来無いはずの目が兵士を捉えたように思えた。
鎌首をもたげ、今にも喉に食らいついてきそうな仕草に、
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その兵士は甲高い大声を上げると尻もちをつき震えながら後ずさる。
兵士が感じた恐怖が感染したのか経験の浅い……寄せ集めの内に怯えを隠した者たちがその声に反応して怖気づき、背を向けて一目散に逃げ始めた。
「お、おい!待てお前たち!!!」
アンディ自身も冷静さを欠き、隊列を乱す者たちに思わず自身も採石場に背を向け声を発する、それと同時に背後から何か重たい物でも落としたような地鳴りが響いた。
『また小者か……』
恐る恐る振り返ると、そこには先ほどの兵士が見たであろう体中に毛の生えた猿に似た巨人が立ちはだかっていた。
人間が3~4人分位の高さはあるだろうか。
ゆらゆらと揺れる体毛はそれぞれが意思を持っているかのような動きを見せており、巨人の体をなお一層大きく錯覚させる。
「きっ、貴様何者だ!!!」
声をかけてまともに向こうに聞こえているかはわからないが、絞れる最大の声でアンディは叫ぶ。
『見るからに平凡……、期待の価値無しだがまぁいいだろう。』
巨人は固まって動かない部隊に顔を近づけ、つまらなそうな表情のまま、
『我はパスクア。話をするもの億劫だ、さっさとかかってこい』
軽く息を吹きかけると、暴風が隊を襲う。
「魔法隊、打てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
アンディは振り向かず号令をかけると、魔法隊が詠唱を始める。
「振動起爆!!!」
「土砂降り!!!」
ノエル・リアムの詠唱が終わると巨人の足元が振動によりメキメキと地割れが起こり、音と共に地面が弾け飛んだ。
足元の陥没と衝撃に微かにバランスを崩すと、そこへ空から激しく岩が降り注ぎ巨人を打ちのめす。
豪雨のように降り注ぐ岩と合わせてトニー達後方の弓部隊も一斉に攻撃を始め、間髪を入れず攻め立てる。
激しい轟音が続く中、アンディはもう一人の魔法遣いに目をやった。
仕方ないかもしれない、まだ成人とは遠い魔法遣いは頭を抱えて縮こまり、その場でうずくまって詠唱を行えてすらいなかった。
「エア!お前も早く迎撃をしろ!!!」
先ほどの二人と違い、エアは風属性の攻撃が出来る。
エアの使える暴力嵐なら倒すことは出来なくてもこの場所から遠くへ吹き飛ばすことなら出来るかも知れない。
轟音が止み、岩の衝撃による砂埃が徐々に晴れてくる。
巨人は岩の衝撃か背を曲げてうずくまり、そこから微動だにせず固まっていた。
(やったか……!?)
アンディは槍を構えると巨人の動向に警戒をする。
あれだけの攻撃を受けたのだ、それなりのダメージを与えられているはずだ。
『想像通りだったな』
巨人は初見と何一つ変わっていなかった。
体を起こし体毛についた砂埃を手で払うのを呆然と見守るが、傷一つ確認する事が出来ない。
力の差は歴然だった。
『やはり平凡……いや、今までの者よりも弱者』
巨人は砂埃を払っていた手を隊に向けて掲げると、詠唱を始める。
『今度はこちらからだ、稲妻の衝撃』
向けた手が微かに光ったかと思うと、先ほど攻撃したノエル・リアム二人の魔法使いから眩い光が発せられる。
眩しさで目を伏せるよりも早く激しい衝撃音が押し寄せると、二人は声一つ上げず地面に崩れ落ちた。
「なっ……!」
しんと静まり返った中で、二人は少しも音を立てる事は無かった。
『もはや相手をする事すら無意味だ、残りはエンヤ……お前たちに任せよう』
パスクアが隊に背を向けると、それと同時にエンヤと呼ばれた小猿のような魔物達が待ち構えていたかのように地下から飛び出してきた。
怯えたままの、尻もちをつき固まった兵士に近づき、顔を勢いよく爪で引っ掻く。
金切り声を上げて兵士は地面に倒れこむと続くエンヤに喉元を噛みつかれ、後続のエンヤたちに埋もれていった。
「貴様らぁぁぁぁぁ!」
アンディは体を前傾させるとそのまま加速し槍をエンヤの群れに突き立てる。
突進に気が付き回避しようとする事を許さず一匹のエンヤの体を貫くと、群れは霧散しそこには無残な死体のみが残されていた。
新たな敵と認識されたアンディの元に、群れから先んじた一頭のエンヤがこちらに向かってくる。
瞳孔の開ききった目は狂気をはらみ、想定を超えた速度で眼前に迫ると地面を蹴り飛びかかってきた。
(しまった、武器の持ち直しが間に合わない……!)
差したままの槍を捨て、携えた短剣を構えるよりも早く鋭利な爪が喉元に迫る。
反撃を諦め回避に全てをかけようとした矢先、エンヤを横から来た線が押し飛ばした。
「何やってんだ!!! 引くぞ!!!」
トニーの打った矢がエンヤのこめかみに突き刺さり、激しく転がる。
続けざまに群れに矢を放ち、動きをけん制していく。
この機を逃さず、アンディは短剣を手に握ると後方へ全力で走り出し、
「急げ!!! 撤退だ!!!」
隊に向けて叫んだ。
アンディが言うよりも早く、すでに撤退をしている者もおり蜘蛛の子を散らしたように駆けていく。
統率などはそこになく、全てが生を優先し何振りかまわない様相が見えた。
「何している!!! 早く!」
走っている直線状でなおうずくまるエアを剣を持っていない手で掴み上げると、そのまま腕の力で引きずる。
「立て! 走れ!!!」
我に返ったエアは自分の足で立ち体をねじると、引っ張られる助走で速度を上げる。
エアを引っ張って速度の落ちたアンディに追い付いてきたエンヤを再度トニーが射止める。
定位置から後退もせず、援護射撃を続けてくれているおかげでまた命が救われた。
「トニー! お前も走れ!」
トニーとの距離が近づき、通り越す。
射的で再度けん制すると、トニーも役目を終えたと判断し踵を返し走り出した。
アンディはやはり自分は隊長には向いていないと改めて思った。
何人かは逃げ遅れ、襲われているだろう声が聞こえてくるが自分の力ではどうする事も出来ない。
後ろ髪を引かれる思いでただただ前を向いて走り続ける。
荒れた居住区を抜け、そのままトンネルまで突き進む。
「がっ……!」
突如、地面から生えた手に掴まれたかのように生い茂る草に足を取られアンディは地面に伏した。
しまった、そう思いすぐさま背後を振り向くが追尾してくるエンヤは見当たらなかった。
逃げ切れたのだろうか、自分の背後にあった景色は先ほどの喧騒が嘘のように静かで、草が風にそよぎ揺れていた。
「大丈夫か!?」
息も切れ切れで立ち上がらずにいると、少し前を走っていたトニーが駆け寄ってきて体を起こしてくれた。
彼も全身で呼吸をしており、鎧越しでも脈拍の早さが伝わる。
「あぁ……っ。なんとかな……」
短剣を構え、暫く周囲を警戒するが虫一匹現れる気配がない。
「なぜ追いかけて来ないんだ?」
トニーも弓を構えて耳を澄ますが、気配を感じる事が出来ないようだった。
二人は構えていた姿勢を崩さず、後ずさるようにトンネルに近づく。
何事も無くトンネルに入ると身を隠し、暫く待機するがそれでも敵は追ってこなかった。
地面に腰掛け、大きく息を吐く。
緊張感が一気に解き放たれ、感じていなかった疲労が恐ろしい速度で押し寄せてくる。
このまま立つことが出来ないんじゃないかと思える位、腰が重かったがこのままここにいるわけにもいかない。
よろめきながら立ち上がると二人は町への歩き出した。
自分たちの前を走っていた者たちは無事町に着いただろうか?
逃げる事に必死で周囲の状況など確認できなかった、どれほどの人数が生き残ったかはわからないがより多くの者が無事であってほしい。
「そういえばエアは無事に逃げ切れたのか?」
今になってアンディは自分が引き起こした子供の姿が見えない事に気が付いた。
自分が転んだ後に逃げ切ったのだろうか。
「いや、俺は見ていない……」
トニーの顔がより一層青みを帯びてくる。
アンディも鼻の先が冷えたように感じ、流れる汗に熱を感じた。
記憶では居住区を抜ける所まではいたはずだ、茂みの途中ではぐれたか。
「しまった! 探さないと……!」
ここまで散々見捨ててしまった、せめて幼い子位は救わなくては。
再び短剣を構えてきた道を戻ろうとするが、肩を強く掴まれ進みを遮られた。
「落ち着け、今から俺たちだけで行っても下手したら返討ちだ。王都に出した応援を待ったほうが良い」
「来るかどうかもわからない応援を待ち続けると言うのか!?」
「落ち着けって!!理由はわからないが敵は追ってきてない。もしかすると居住区辺りからこちらに来れない理由があるかもしれない」
トニーの言う通り確かに居住区を抜け、転げた辺りまで距離はそれほど離れていなかったが追いかけて来てはいなかった。
しかしだからと言って確実に追ってこないとも言い難い。
「少なくとも今は追ってこないとするならば、もしエアが居住区を出ていれば時間がかかっても戻ってこれるはずだ」
エアは姉と良く鉱石場に物を運搬していたので道は知っている。
方向感覚さえ狂ってなければ、わき道にそれても山沿いに歩けば必ずこのトンネルにたどり着けるし、この辺り程度の魔物ならエアの魔法で問題無く対処できるはずだ。
「……わかった、一先ず町まで戻ろう」
上がった肩を下げるとトニーの方へ振り向く。
俺たちが気づいていないだけでもう町に帰っているかも知れない。
もし戻っていなければ再度準備を行い、捜索をしなくては。
亡くなった者の弔いも必ず……そう思いながら二人は町へと足を動かした。




