南の砦 後編
「リティー、この男が変な真似をしないか監視しろ!」
ヘイガルがリティーに命じる。俺の名前を覚える気すら無いのか。
その狙いはリティーをクローディアから引き剥がすこと。
「お断りします」
リティーがきっぱり断る。
「貴様、上官の命令だぞ!」
「私の上官は姫様のみ。近衛隊長としての職務が優先されるのはヘイガル司令もご存知の通りでしょう?」
クローディアに護衛はいない。なら近衛が代理を務めるのは不思議では無い。
「クローディア様には護衛が他にいるだろう!」
ヘイガルがもっともな事を言う。
「山賊襲撃時、全員見事な討ち死にを果たしたのだ」
将軍が解説する。
それを聞いて、先程集まった野次馬の目に涙が浮かぶ。誇り高く死んだ同僚を偲んでいるのだ。
「私が姫様の護衛を継続するのに問題はありませんね?」
リティーがダメ押しする。
これでカッタルイから護衛部隊が送られてくるまでリティーはクローディアを守れる。そもそも、次の護衛部隊が来るかどうかも怪しい。
「ええい、仕方が無い。ザック、貴様がやれ」
「はっ!」
俺は返事をした男を見る。まだ若いが前髪の生え際が後退している。おっと、そこは重要では無い。
装備からして近衛の隊長クラス。リティーと同格か?
「ザックは私と同じ近衛隊長だ。あっちは重装歩兵で足が臭い、じゃなくて遅い」
「聞こえたぞ、行き遅れ!」
リティーの解説にザックが怒る。リティーは適当に聞き流す。クローディアのために死ぬ覚悟をしたリティーには無意味な挑発だ。
「ザック、とっとと始めよう。俺も暇では無い」
必要以上に棘のある台詞を吐く。
半分は本心だ。ポルル達を余り待たせたくは無い。
「分かったぜ。こっちだ」
ザックも事務的に対応する。
ザックが広場の一角に案内する。
ヘイガルとクローディアは既に建物内に入った。野次馬はまで残っている。
俺が何を取り出すのか、興味津々だ。
娯楽が少ない砦なら仕方が無い。
砦司令がケチで無ければ、娼館を始めとした娯楽を用意していただろう。商人も一般兵の相手をするつもりが無いのか、検分した品々は砦上層部しか買えないものだった。
「ここらで良いか?」
「引き渡した後は貴様らの仕事だ。俺は関知しない」
「始めてくれ」
俺は騎士の遺体を次元収納から取り出して、地面に置く。
「お、おい!」
ザックが驚きの声を上げる。
無視して、後数人積み上げる。
「ま、待ちやがれ!」
「どうした? クローディア様を守って死んだ騎士の遺体を出しているだけだぞ?」
「だけじゃねぇ! 彼らは神官立会いの下、死体安置所に置くものだろうが! こんな見世物みたいな扱い、認められるか!」
ザックが顔を真っ赤にして声を張り上げる。その声は将軍に勝るとも劣らない。
「俺の建物内の立ち入りを禁じたのはヘイガルだ。文句は砦司令に言え」
「なっ! それは……」
俺の正論に固まる。
感情的には認められない。
軍事的には認めるしか無い。
周りの野次馬もザックを見ている。
彼の判断に期待している。
同胞のこんな扱いを認めるな。そんな目でこの場を見ている。
ザックは固まったままだ。八方塞だ。
余裕があれば、この仕事を知って自分に押し付けたリティー相手に毒付いているだろう。見た所、それ以前の状態で思考停止に陥っている。
咄嗟の事態に対応出来ないのは実戦経験不足か? それとも俺が自分で築き上げた数百の屍を見慣れただけか?
「ザック、一人一人並べたら、広場が一杯になる」
「あ、ああ」
「並べた遺体を何処かに動かせば、場所には困らない」
「!! そうか! その手があった!」
気付けよ。
「おらぁ! 手が空いている守備兵! 英霊を安置所に運べ! 騎士は護衛と神官に連絡だ!」
ザックが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
この姿だけ見たら、有能な近衛隊長に見える。
手が空いている者達がザックの激を受けて動き出す。
そこからは早かった。
遺体を出す。数歩横に動く。遺体を出す。数歩横に動く。壁際までリピート。
壁際に到着したら、最初の遺体を出した場所に帰る。その時には最初に出した遺体は安置所に運ばれている。
遺体リストを持っている顔が青白い部隊長が応援に来てくれたのも大きい。彼のおかげで遺体の身元照会が簡単に出来た。
騎士と兵士が終わった。
「輜重兵と商人はどうする?」
「騎士と同じで良い」
俺の問いにザックが答える。
400人弱ともなると面倒な処理は他人に押し付ける事にしたみたいだ。どう考えても安置所が溢れかえりそうだが、俺とザックの知ったことでは無い。
皆が作業に慣れた分早くなったが、同胞の死で気が滅入る者も多かった。
「最後は山賊と内通していた商人だ」
「何人いる?」
「350人以上」
「なんだと!」
「襲撃してきた山賊は皆殺しにしたからな」
驚くザックに向かって、さも当然と言いたげな俺。
作業の合間に聞き耳を立てていた者達の手も止まる。
「ライ殿の話は本当です」
部隊長が言う。
「並べてくれ。幹部と商人はそのまま安置所に。他は首だけ取って死体を砦の外に放り出せ。一纏めにして焼く」
部隊長の言葉で辛うじて我を取り戻したザックが指示を出す。
この作業をしている者達はこの砦に勤める守備兵だ。
山賊300人が何処から来たのか。それが何を意味するのか。
あえて考える事を放棄して、静かに仕事をこなす。
それは出来るだけ早く証拠を焼却したいがためか?
「後は壊れた馬車だけだ」
「その馬車についてはクローディア様から私が指示を受け取っています。後はお任せください」
部隊長が引き受けてくれた。メイドさんから指示を貰っているのだろう。馬車の中身は全部貰っておいた。支払いは既にメイドさんに渡してある。湯水の如く出て来る金粉に顔が引き攣っていたのは見間違いでは無いはず。
「これで全部終わった。俺は早速出て行く」
ザックと部隊長に宣言する。
長居は無用だ。
「おう」
ザックは魂が抜けている様な返事をする。敵味方とはいえ700人近い死体を見たのだ。ショックは大きいのかもしれない。
「ライ殿。クローディア様がお話があるとの事です。しばしお待ちください」
そう言って部隊長が建物内に走って行った。
待つとするか。
流石に一時間待たされる事は無いだろう。
砦の北門近くでザックと待っていると、クローディアが出て来た。
舞踏会に出席する様なドレスを着ている。
「ライ将軍、英霊をここまで運んで頂きありがとうございました」
「クローディア様の命とあれば、当然の事をしたまで」
「行かれるのですか?」
「はい」
俺が行こうとすると、マントの裾を握られた。
「どうしても、ですか?」
クローディアが上目遣いで俺に懇願する。
こんな顔をするとは反則だ。
側にいるリティーを見ると、あくどい笑みを浮かべている。作戦成功、とでも言いたいのか。
「クローディア様。私はイライジャ様の任務を完遂しないといけません」
「そうですか」
クローディアの顔が陰る。
「ですが、クローディア様に危機が訪れるようなら、何処に居ても駆けつけます」
「本当ですか!」
クローディアが笑顔になる。
「《ドラゴンスレイヤー》の称号に掛けて、必ず」
「ありがとう……」
そう言ってクローディアは顔を下げる。微妙に顔が赤いみたいだ。
少し格好付けすぎたか?
それだけ言って、俺は砦を出た。
「おい、《ドラゴンスレイヤー》って!?」
「本物だ」
ザックの問いにレティーが答えているのが聞こえる。
「凄い男だったのだな」
「良く見ておけ。あれが本物の英雄だ」
これ以上変な事を言われる前に退散だ!
「閣下、待ってください! 私達も一緒に行きます」
マイクが調査団を引き連れて追って来た。
「好きにしろ」
俺はそれだけ言って先行した。
「良く見ておけ。あれが本物の馬鹿だ」
遠くでリティーの声が聞こえた。
「弟を馬鹿呼ばわりはやめなさい」
メイドさんの声も聞こえた。
クローディアの笑い声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。




