サリス 前編
夕飯を済ませ、どの女性と寝るかの問題を華麗に回避し、サリスの部屋に向かった。
窓から外を見ると、ポルル達が焚き火を囲んで話しているのが見えた。最初見た時の切羽詰った表情は消えていた。強い族長の下にいるので安心しているのだ。ポルルだけは少し身を引いた感じだ。明日辺りに少し話をしてみよう。
コンコン
「入って良いか?」
中からトンッと音がしたので入る。目が見えないサリスは部屋で食事を取った。喉を痛めている関係で流動食が多くなるので、料理も彼女だけ別だ。
それも今日限りだ。
「さて、サリスの怪我を治そうと思うが、これからやる事は他言無用だ」
サリスが頷く。
俺は《光魔法》で彼女の目と喉を再生する。
現時点で部位再生の回復魔法を使えるのは俺だけだ。召喚される勇者の誰かが回復魔法に長けていれば、俺を超えるかもしれない。そうなったら一生監禁コースなのは間違い無い。
「見えるか? 話せるか?」
「あ…ああ……」
流石に長い間言葉を発せられなかったのだ。思い出すまで数分掛かるか。
目の方は案外早く見えるようになった。俺を仕切りに見ている。
青と緑のオッドアイだ。ライが読んだ物語ではオッドアイのエルフは特別な力を持っていた。《スキル希少》が反応したのも頷ける。
「傷を治して頂いて感謝します、勇者様」
「俺は勇者では無い」
《光魔法》を使ったからか?
「いいえ、奴隷商で始めて会った時から知っていました」
「何故そう考える?」
「精霊達が教えてくれました」
『精霊!?』
『彼女には見えるのかな? そうだったら可能性あるかもね』
『漏らしてはいないよな?』
『してないよ! それに精霊なんて見えないもん!』
『そうか。疑って悪かった』
羽虫は無実。後で埋め合わせを考えないと。
精霊は何処から情報を仕入れた?
サリスは近くにいるから最悪口封じ出来るが、別の場所に情報が流れるのは面倒だ。
「どうしました勇者様、怖い顔をして?」
「どうすべきか迷っている」
この顔、俺が何を考えているか大体分かっている。
流石に150年以上生きているらしいだけあって手強い。
「何を奇な事を。私は勇者様の奴隷。如何様にも出来ましょう」
「そう上手くは行くまい」
エルフほど魔法に長けていれば、奴隷魔法を解除出来ずとも無効化は出来る。それに正体不明の精霊がいるんだ。この時点で詰んでいるのは俺の方かもしれない。
手元にあるだけ、まだ絶望的では無い。
奴隷商の所で俺の預かり知らない所で不用意な発言をしていれば、面倒事に巻き込まれていた。俺が分かる範囲での面倒事は構わないが、公国上層部や他国の策動までは対処出来ない。
疑心暗鬼になって自滅など馬鹿らしい。
まずは質問だ。
「精霊は無秩序に誰にでもそんな事を吹聴するのか?」
「精霊は自然が一時的に意志を持ったものです」
「一時的か」
「はい。そのために長期間の記憶を持ちません」
「そうなのか?」
「ですから勇者様を見つけた精霊は既に自然に返っているでしょう」
「だが、自然に湧くのなら、今でも新しい精霊が俺の事を?」
「はい」
それは問題だ。精霊封じの方法でも考えるか?
「ですが、精霊の声を聞ける存在は極少ないのです」
「特別な力がいるのか?」
「《精霊姫》に代表される称号が必要です」
どうやら精霊を見るためのスキルがあり、それを持っているエルフは多い。しかし精霊の声を聞けて、会話出来るほど精霊と親密になるには称号がいる。
「俺の事を吹聴する事を止められるか?」
サリスが精霊に働きかけられるなら、手元に置いておく価値がある。
「私が近くに居れば、ある程度は可能です」
「それは実力不足だからか?」
「称号と呪いのせいです」
サリスより精霊に強い権限を持つ称号持ちがいた場合、サリスの力は及ばない。過去の勇者にいたらしいが、エルフには例が無い。
サリスと同格の称号持ちは皆オッドアイなので簡単に発見出来る。
「呪い?」
《闇魔法》の一種か? 専門外な話なので少し困る。
「私の奴隷紋は敵対しているエルフの《精霊姫》に施されたものです。その時に属性魔法が使えなくなる呪いも一緒に掛けられました」
精霊を使役するには精霊を見て精霊に声を掛ける。目と喉を潰したのはそのため。精霊魔法は精霊使役と属性魔法の合わせ技。属性魔法が使えない今、精霊魔法は使えない。
エルフは《火魔法》《水魔法》《土魔法》《風魔法》の属性魔法を使える。その他の魔法には対応する精霊が存在しないため、基本的に使えない。《精霊姫》はそのしばりがきつく、絶対に使えないらしい。
「移送中に脱走しなかったのはそのためか」
「はい」
「で、呪いとは具体的になんだ?」
「分かりません。それに呪いを施された時、周りにいた精霊達が消えました」
目が見えず、精霊から聞けない状態では致し方ない。
「消えた、と言うのは?」
「人族基準なら死んだ、と言う事です」
「それは普通では無いのでは?」
「その通りです。精霊は存在と非存在を繰り返す現象。死ぬ事は本来ありません」
すなわち、精霊を殺せる何がある。
つい先程まで、俺が求めていたものだ。
しかし、それが呪いと深く関係しているとなると、手を出さない方が安全かもしれない。
「なら、精霊を消せるものに心当たりは?」
「《闇魔法》なら可能です」
呪いは《闇魔法》で確定だ。
《精霊姫》は《闇魔法》を使えない。
なら、サリスの敵はなぜ《闇魔法》を使える?
サリスを一目見た時から面倒事だと思ったが、過小評価だった。これは天文学的な面倒事だ。
これはサリスに何があったか詳しく聞くしか無いか。
その前に、やる事はやっておこう。
「サリス、足を出せ」
サリスが動かない。
「どうした?」
「あ、あのどうしてもでしょうか?」
「何かあるのか?」
「そ、その……」
勇者がエルフの足を愛でるのは求婚の証、と以前の勇者がエルフに伝えたそうだ。ロリババアに話す時は語尾に「のじゃ」を付ける事も要求したそうだ。
「それは嘘だから。それに俺は勇者では無い」
「ですが、エルフはその仕来りを1000年守ってきました。今更嘘と言われても、文化として根付いています」
恐るべし足フェチ! エルフ文化を1000年に渡って毒すとは!
「良いから、足を出せ。治療は別口と考えておけば良い」
「は、はい」
そう言って足を出す。なるほど、足フェチの言い分が分かる。俺の妹の方がスレンダーで綺麗だがな!
俺は回復魔法を掛けて、足の腱を再生する。
「どうだ?」
サリスが立ち上がって動き回る。
「す、凄いです。治っています、勇者様!」
今回は話せる分だけ、ストレートな賞賛が返ってくる。
「サリス、辛いかもしれないが、何が起こったのか話してくれ」
「もちろんです」
どうやらサリスの中では一区切りついているみたいだ。とにかく、大事な情報を聞き漏らさないようにしないといけない。
「事の起こりは、とあるの《精霊姫》の妄言から始まりました」
そうしてサリスはエルフの森統一戦争と呼ばれる争いの顛末を語りだした。




