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覚醒ブレイバー  作者: 阿門 甲斐吽


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【第4話】臨界の記録と虚数の断罪


 視界(しかい)が熱(ねつ)で歪(ゆが)む。


 網膜(もうまく)に焼(や)き付(つ)いた残像(ざんぞう)が、現実(げんじつ)の風景(ふうけい)を赤(あか)く塗(ぬ)り潰(つぶ)していた。


 俺(おれ)の右腕(みぎうで)から噴(ふ)き出(だ)す異常(いじょう)高熱(こうねつ)は、もはや周囲(しゅうい)の酸素(さんそ)を奪(うば)い尽(つ)くし、呼吸(こきゅう)をするたびに肺(はい)の内側(うちがわ)を熱焼(ねっしょう)させていく。


 鉄(てつ)パイプを核(かく)としたプラズマの刃(やいば)は、ジジジ……と不気味(ぶきみ)な放電(ほうでん)音(おん)を立(た)てながら、地下(ちか)の冷(つめ)たい空気(くうき)を強制的(きょうせいてき)に対流(たいりゅう)させていた。

 

「……無意味(むいみ)だ。熱(ねつ)力学(りきがく)第(だい)二(に)法則(ほうそく)を無視(むし)したその出力(しゅつりょく)は、存在(そんざい)してはならない不純物(ふじゅんぶつ)に過(す)ぎない」


 白銀(はくぎん)の執行官(しっこうかん)は、塵(ちり)一(ひと)つ付(つ)いていない軍靴(ぐんか)を一歩(いっぽ)前(まえ)へと進(すす)めた。


 彼(かれ)の周囲(しゅうい)で展開(てんかい)されている高周波振動(こうしゅうはしんどう)の壁(かべ)――「空間(くうかん)斥力(せきりょく)装甲(そうこう)」が、俺(おれ)の放(はな)つ熱量(ねつりょう)を物理的(ぶつりてき)に歪(ゆが)め、無害(むがい)な方向(ほうこう)へと受(う)け流(なが)している。


 科学(かがく)によって制御(せいぎょ)された秩序(ちつじょ)の前(まえ)では、俺(おれ)の命(いのち)を削(けず)り出(だ)す熱(ねつ)すらも、ただの「計算(けいさん)可能(かのう)な数値(すうち)」に落(お)とし込(こ)まれてしまう。


「ハルト、来(く)るぞ! 熱(ねつ)源(げん)を固定(こてい)されるな! 奴(やつ)の義眼(ぎがん)はミリ波(は)レーダーと連動(れんどう)している!」


 リュウの叫び(さけび)が耳(みみ)の奥(おく)で響(ひび)く。


 直後(ちょくご)、執行官(しっこうかん)の右腕(みぎうで)に内蔵(ないぞう)されたリニア機構(きこう)が、不可視(ふかし)の速度(そくど)で再動(さいどう)した。


 シュパッ、という鋭(するど)い風切(かぜき)り音(おん)とともに、超硬(ちょうこう)質(しつ)のワイヤーブレードが幾重(いくえ)にも重(かさ)なり、俺(おれ)の頸動脈(けいどうみゃく)を狙(ねら)い澄(す)まして飛来(ひらい)する。


「くっ……!」


 俺(おれ)は無我夢中(むがむちゅう)で身体(からだ)を捻(ひね)り、プラズマの剣(けん)を盾(たて)のように構(かま)えた。


 金属(きんぞく)と超高温(ちょうこうおん)の流体(りゅうたい)が衝突(しょうとつ)し、地下(ちか)駅舎(えきしゃ)に激(はげ)しい火花(ひばな)が散(ち)る。


 ワイヤーは俺(おれ)の剣(けん)を切断(せつだん)しようと高速(こうそく)で摩擦(まさつ)を繰(く)り返(かえ)し、その衝撃(しょうげき)が右腕(みぎうで)の骨(ほね)を軋(きし)ませた。


「個体(こたい)識別(しきべつ):ハルト。生体(せいたい)反応(はんのう)、限界(げんかい)点(てん)を超過(ちょうか)。心拍(しんぱく)数(すう)、240。脳内(のうない)物質(ぶっしつ)の異常(いじょう)分泌(ぶんぴつ)を確認(かくにん)。――終了(しゅうりょう)だ」


 執行官(しっこうかん)の無機質(むきしつ)な声(こえ)とともに、背後(はいご)に滞空(たいくう)していた攻撃(こうげき)ユニットが一斉(いっせい)に青(あお)い光(ひかり)を放(は)った。


 誘導(ゆうどう)型(がた)の高(こう)出力(しゅつりょく)レーザー。


 逃(に)げ場(ば)はない。


 俺(おれ)の反射(はんしゃ)速度(そくど)では到底(とうてい)避(よ)けきれない光速(こうそく)の死(し)が、網膜(もうまく)を焼(や)き尽(つく)くそうとした――その瞬間(しゅんかん)。


 ドクン、と。


 心臓(しんぞう)が、これまでとは全(まった)く異(こと)なる重(おも)い音(おと)を立(た)てた。


 時間(じかん)が引(ひ)き延(の)ばされたかのように遅滞(ちたい)する。


 脳内(のうない)に奔流(ほんりゅう)のように流(なが)れ込(こ)む情報(じょうほう)の束(たば)。


 それは単(たん)なる焦燥(しょうそう)ではなく、周囲(しゅうい)の物理(ぶつり)現象(げんしょう)を「判断(はんだん)」し、「解析(かいせき)」する冷徹(れいてつ)な意識(いしき)だった。


 レーザーの照射(しょうしゃ)角度(かくど)、空気(くうき)の密度(みつど)、執行官(しっこうかん)のプロテクターが発(はっ)する微弱(びじゃく)な電磁波(でんじは)。


 それら全(すべ)てが、デジタルの羅列(られつ)となって俺(おれ)の脳髄(のうずい)に書(か)き込(こ)まれていく。


(……見(み)えた)


 俺(おれ)は無意識(むいしき)に呟(つぶや)いていた。


 右腕(みぎうで)のアザが鼓動(こどう)に合(あわ)わせ、回路(かいろ)のような光(ひかり)を複雑(ふくざつ)に変化(へんか)させる。


 今(いま)まで暴走(ぼうそう)するだけだった熱(ねつ)が、ある一定(いってい)の「法則(ほうそく)」に基(もと)づき、俺(おれ)の意思(いし)に従(したが)って収束(しゅうそく)を始(はじ)めた。


 観測(かんそく)――座標(ざひょう)固定(こてい)。


 出力(しゅつりょく)――逆位相(ぎゃくいそう)波形(はけい)。


 レーザーが俺(おれ)に到達(とうたつ)する直前(ちょくぜん)、俺(おれ)はプラズマの剣(けん)を振(ふ)るうのではなく、ただ一点(いってん)を指(さ)し示(し)めした。


 そこから放(はな)たれたのは、目(め)を射抜(いぬ)くような真紅(しんく)のスパーク。


 空間(くうかん)を伝播(でんぱ)した熱(ねつ)エネルギーが、敵(てき)のレーザーの光(ひかり)と衝突(しょうとつ)し、干渉(かんしょう)現象(げんしょう)を引(ひ)き起(お)こしてそれを無効化(むこうか)したのだ。


「……何(なに)!? 攻撃(こうげき)ユニットの照射(しょうしゃ)データが消失(しょうしつ)……? 物理的(ぶつりてき)な相殺(そうさい)ではない、現象(げんしょう)そのものが上書(うわが)きされたというのか!」


 執行官(しっこうかん)の機械(きかい)的(てき)な声(こえ)に、初(はじ)めて明白(めいはく)な動揺(どうよう)が混(ま)じった。


 彼(かれ)の義眼(ぎがん)が高速(こうそく)で回転(かいてん)し、俺(おれ)を再(さい)スキャンしようとする。


 だが、俺(おれ)の中(なか)で目覚(めざ)めた力(ちから)は、すでに敵(てき)のシステムの脆弱(ぜいじゃく)性(せい)を暴(あば)き出(だ)していた。


「ハルト、お前(まえ)、今(いま)……!」


 リュウが目(め)を見開(みひら)き、俺(おれ)を凝視(ぎょうし)する。


 俺(おれ)の瞳(ひとみ)は、いつの間にか深紅(しんく)のデジタルノイズで満(み)たされ、世界(せかい)を構成(こうせい)するデータの断面(だんめん)を捉(とら)えていた。


 右腕(みぎうで)の熱(ねつ)は、もはや熱(あつ)さを感(かん)じさせない。


 極限(きょくげん)まで圧縮(あっしゅく)されたエネルギーが、俺(おれ)の全神経(ぜんしんけい)と同化(どうか)し、冷徹(れいてつ)なまでの確信(かくしん)を与(あた)えていた。


「お前達(まえたち)の秩序(ちつじょ)は、ここで終(お)わらせてやる!」


 俺(おれ)は地面(じめん)を蹴(け)り出(だ)した。


 今度(こんど)は単(たん)なる突撃(とつげき)ではない。


 敵(てき)の監視(かんし)デバイスが俺(おれ)を検知(けんち)できない「死角(しかく)」を縫(ぬ)うように、最短(さいたん)経路(けいろ)で肉薄(にくはく)する。


 執行官(しっこうかん)は慌(あわ)てて腕(うで)のブレードを振(ふ)り下(お)ろしたが、その軌道(きどう)は俺(おれ)の頭脳(ずのう)に「既知(きち)」の情報(じょうほう)として刻(きざ)まれていた。


 首(くび)を僅(わず)かに傾(かたむ)け、ワイヤーの風圧(ふうあつ)を頬(ほほ)で感(かん)じながら回避(かいひ)。


 そのまま懐(ふところ)に潜(もぐ)り込(こ)み、右腕(みぎうで)の熱(ねつ)を執行官(しっこうかん)の胸部(きょうぶ)、メイン動力(どうりょく)炉(ろ)が位置(いち)する装甲(そうこう)の継(つ)ぎ目(め)へと叩(たた)きつける。

 

「オーバーロード!」

 

 咆哮(ほうこう)とともに、腕(うで)のアザから数万(すうまん)度(ど)に達(たっ)する熱線(ねっせん)が一点(いってん)集中(しゅうちゅう)で放(はな)たれた。


 鉄(てつ)をも蒸発(じょうはつ)させるその熱量(ねつりょう)は、執行官(しっこうかん)の「空間(くうかん)斥力(せきりょく)装甲(そうこう)」の周波数(しゅうはすう)を一瞬(いっしゅん)で解析(かいせき)し、その逆位相(ぎゃくいそう)で物理障壁(ぶつりしょうへき)を中和(ちゅうわ)、貫通(かんつう)した。


「ギ……ガガッ……警告(けいこく)……内部(ないぶ)損傷(そんしょう)甚大(じんだい)……! 論理(ろんり)エラー……! なぜ……未(み)登録(とうろく)の個体(こたい)が……我(われ)らのアルゴリズムを……!」


 執行官(しっこうかん)の胸部(きょうぶ)から青白(あおじろ)い電光(でんこう)が漏(も)れ、白銀(はくぎん)のプロテクターが無残(むざん)に弾(はじ)け飛(と)ぶ。


 内部(ないぶ)の精密(せいみつ)機械(きかい)が溶(と)け、異臭(いしゅう)を放(はな)つ黒煙(こくえん)が地下駅(ちかえき)に立(た)ち込(こ)める。


 執行官(しっこうかん)は数歩(すうほ)よろめき、床(ゆか)に片膝(かたひざ)を突(つ)いた。


 義眼(ぎがん)の光(ひかり)が明滅(めいめつ)し、再起動(さいきどう)を試(こころ)みているのが分(わ)かる。


「ハルト、畳(たた)みかけろ! 奴(やつ)の自己(じこ)修復(しゅうふく)システムが動(うご)く前(まえ)に!」


 リュウが叫(さけ)びながら、援護(えんご)のために小銃(しょうじゅう)を構(かま)えた。


 だが、俺(おれ)の身体(からだ)に異変(いへん)が起(お)きた。


「が、はっ……!」


 膝(ひざ)から崩(くず)れ落(お)ちたのは、俺(おれ)の方(ほう)だった。


過剰(かじょう)な「戦闘(せんとう)」と「演算(えんざん)」は、生身(なまみ)の人間(にんげん)の脳(のう)にとって劇薬(げきやく)以上(いじょう)の負担(ふたん)だった。


 こめかみが割(わ)れるように痛(いた)み、鼻(はな)から鮮血(せんけつ)が滴(したた)り落(お)ちる。


 右腕(みぎうで)のアザは熱(あつ)い鉄(てつ)を押(お)し当(あ)てられたように変色(へんしょく)し、俺(おれ)の生命(せいめい)を直接(ちょくせつ)燃焼(ねんしょう)させているのが分(わ)かった。


「ハルト!」


 リュウが駆(か)け寄(よ)り、俺(おれ)を支(ささ)える。


 その時(とき)、駅(えき)の天井(てんじょう)から凄(すさ)まじい轟音(ごうおん)が響(ひび)いた。


 一(ひと)つではない。


 数機(すうき)の大型(おおがた)ドローンが天井(てんじょう)を突(つ)き破(やぶ)り、地下(ちか)空間(くうかん)へと降下(こうか)してきたのだ。


『ターゲット:反応(はんのう)確認(かくにん)。治安(ちあん)維持(いじ)部隊(ぶたい)、第(だい)二(に)波(は)……到着(とうちゃく)。直(ただ)ちに物理(ぶつり)拘束(こうそく)を開始(かいし)せよ』


 無数(むすう)のサーチライトが暗闇(くらやみ)を白(しろ)く塗(ぬ)り潰(つぶ)し、武装(ぶそう)した強化(きょうか)外骨格(がいこっかく)兵(へい)がワイヤーで次々(つぎつぎ)と降下(こうか)してくる。


倒(たお)れた執行官(しっこうかん)を回収(かいしゅう)しつつ、俺(おれ)たちを包囲(ほうい)する網(あみ)が急速(きゅうそく)に狭(せ)まっていく。


「くそっ、多(た)勢(ぜい)に無(ぶ)勢(ぜい)か……! ハルト、まだ動(うご)けるか!?」


「……ああ、なんとか……。でも、正面(しょうめん)突破(とっぱ)は無理(むり)だ。奴ら(やつら)の数(かず)が多(おお)すぎる」


 俺(おれ)は朦朧(もうろう)とする意識(いしき)の中(なか)で、周囲(しゅうい)の構造(こうぞう)を「観察(かんさつ)」し続(つづ)けた。


解析(かいせき)……完了(かんりょう)。


 このプラットホームの真下(ました)、三(さん)メートルの地点(ちてん)に、旧時代(きゅうじだい)の高圧(こうあつ)蒸気(じょうき)パイプが眠(ねむ)っている。


 経年(けいねん)劣化(れっか)により、臨界(りんかい)圧力(あつりょく)に達(たっ)した熱(ねつ)を加(くわ)えれば、大規模(だいきぼ)な水蒸気(すいじょうき)爆発(ばくはつ)を引(ひ)き起(お)こせる。


「リュウ、俺(おれ)の合図(あいず)で壁際(かべぎわ)のダクトに飛(と)び込(こ)め……! 一度(いちど)しか言(い)わないぞ」


「……分(わ)かった。お前(まえ)の勘(かん)に賭(か)ける!」


 俺(おれ)は最後(さいご)の力(ちから)を振(ふ)り絞(しぼ)り、右腕(みぎうで)を床(ゆか)へと突(つ)き立(た)てた。


掌(てのひら)から溢(あふ)れ出(だ)すのは、破壊(はかい)のための熱(ねつ)ではなく、特定(とくてい)の共振(きょうしん)周波数(しゅうはすう)を持(も)った「指向性(しこうせい)熱波動(ねつはどう)」。


 コンクリートを瞬時(しゅんじ)に加熱(かねつ)し、その下(した)の鉄製(てつせい)パイプへとエネルギーを流(なが)し込(こ)む。


(……行(い)け!)


 ドォォォォォン!


 凄(すさ)まじい衝撃(しょうげき)とともに、地下駅(ちかえき)の床(ゆか)が派手(はで)に弾(はじ)け飛(と)んだ。


 噴(ふ)き出(だ)したのは、百度(ひゃくど)を優(ゆう)に超(こ)える過熱(かねつ)蒸気(じょうき)の柱(はしら)。


 それが地下(ちか)の冷(ひ)え切(き)った空気(くうき)と混(ま)ざり、視界(しかい)を完全(かんぜん)に遮断(しゃだん)する真(ま)っ白(しろ)い爆煙(ばくえん)を作(つく)り出(だ)した。


「なっ!? 熱(ねつ)源(げん)探知(たんち)、不能(ふのう)! 視覚(しかく)センサー、ホワイトアウト! 総員(そういん)、退避(たいひ)せよ!」


 混乱(こんらん)する兵士(へいし)たちの怒号(どごう)を背中(せなか)に聞(き)きながら、俺(おれ)とリュウは狭(せま)い通気(つうき)ダクトの中(なか)へと滑(すべ)り込(こ)んだ。


 熱(あつ)い蒸気(じょうき)が全身(ぜんしん)を撫(な)でるが、執行官(しっこうかん)の冷(つめ)たい殺意(さつい)に|比べれば、それは生(い)きている証(あかし)のようにさえ感(かん)じられた。


 どれほど走(はし)り続(つづ)けたのか分(わ)からない。


 幾(いく)つもの分岐(ぶんき)を抜(ぬ)け、地上(ちじょう)からの追跡(ついせき)を振(ふ)り切(き)るためにネズミのように這(は)い回(まわ)り、ようやく俺(おれ)たちは人跡(じんせき)稀(まれ)な旧排水(きゅうはいすい)処理(しょり)場(じょう)の一角(いっかく)に辿(たど)り着(つ)いた。


 カハッ、と血(ち)を吐(は)き出(だ)し、俺(おれ)は湿(しめ)ったコンクリートの上(うえ)に倒(たお)れ込(こ)む。


 右腕(みぎうで)はもう感覚(かんかく)がない。


 ただ、ドクンドクンと脈打(みゃくう)つアザだけが、不気味(ぶきみ)な熱(ねつ)を帯(お)び続(つづ)けていた。


「……ハルト、無事(ぶじ)か!? おい、しっかりしろ!」


 リュウが必死(ひっし)に俺(おれ)の肩(かた)を揺(ゆ)さぶる。


 俺(おれ)は薄(うす)く目(め)を開(あ)け、灰色(はいいろ)の天井(てんじょう)を見(み)つめた。


 脳(のう)の奥(おく)に刻(きざ)まれた「記憶(きおく)」が、今(いま)も勝手(かっ)てに再生(さいせい)され、執行官(しっこうかん)の装甲(そうこう)の質感(しつかん)や、放(はな)たれたレーザーの波長(はちょう)を繰(く)り返(かえ)し俺(おれ)に見(み)せてくる。


「お前(まえ)、無茶(むちゃ)しすぎだ。あの執行官(しっこうかん)を退(しりぞ)けるなんて、普通(ふつう)の人間(にんげん)の業(わざ)じゃないぞ」


 その瞳(ひとみ)には、驚愕(きょうがく)と、微(かす)かな畏怖(いふ)が混(ま)じっていた。


 ただの幼馴染(おさななじみ)だったはずの少年(しょうねん)が、この管理(かんり)社会(しゃかい)の根底(こんてい)を揺(ゆ)るがす「バグ」に変貌(へんぼう)しつつあることに、彼(かれ)は本能的(ほんのうてき)に気(き)づいていた。


「……機械政府(きかいせいふ)が血眼(ちまなこ)になってお前(まえ)を追(お)う理由(りゆう)が、ようやく分(わ)かったよ。ハルト。お前(まえ)はもう、ただのスラム育(そだ)ちのガキじゃない。奴(やつ)らの創(つく)り上(あ)げた完璧(かんぺき)な『秩序(ちつじょ)』を破壊(はかい)しうる、唯一(ゆいいつ)のエラーコードだ」


 リュウは覚悟(かくご)を決(き)めたように、俺(おれ)の手(て)を強(つよ)く握(にぎ)り締(し)めた。


「休(やす)めるだけ休(やす)め。これから先(さき)、地獄(じごく)が待(ま)っている。だがな……俺(おれ)は最後(さいご)まで付(つ)き合(あ)ってやるよ。お前(まえ)がその手(て)で、この腐(くさ)った世界(せかい)を変(か)える、その瞬間(しゅんかん)までな」


 遠(とお)くで、治安(ちあん)維持(いじ)部隊(ぶたい)のサイレンが微(かす)かに聞(き)こえてくる。


 夜(よる)はまだ明(あ)けない。


 だが、暗闇(くらやみ)の中(なか)で横(よこ)たわる俺(おれ)の中(なか)で、赤(あか)い熱(ねつ)は絶(た)えることなく脈動(みゃくどう)し続(つづ)けていた。


 

 

(第(だい) 5話(わ)に続く(つづく))





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