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【第5話】鋼鉄の檻と熱線の逃走


 (つめ)たいコンクリートの(ゆか)から(つた)わる()振動(しんどう)が、(おれ)麻痺(まひ)した神経(しんけい)執拗(しつよう)(たた)く。


 旧排水(きゅうはいすい)処理(しょり)(じょう)空気(くうき)は、重金属(じゅうきんぞく)廃油(はいゆ)()ざった不快(ふかい)(にお)いに()ちていた。


 天井(てんじょう)(すみ)では、旧式(きゅうしき)低圧(ていあつ)水銀(すいぎん)(とう)寿命(じゅみょう)(むか)えつつあり、不規則(ふきそく)明滅(めいめつ)(かべ)()びを不気味(ぶきみ)浮き(うき)彫り(ぼり)にしている。


「……ハルト、自己(じこ)診断(しんだん)機能(きのう)はどうだ。生体(せいたい)端末(たんまつ)のフィードバックが()まっていないか」


 リュウが(かたわ)らで、小型(こがた)分析(ぶんせき)()片手(かたて)()いを()げかけてくる。


 (かれ)指先(ゆびさき)正確(せいかく)にキーを(たた)き、周辺(しゅうへん)電磁(でんじ)()密度(みつど)監視(かんし)(つづ)けている。


 (おれ)(あら)呼吸(こきゅう)(ととの)えようと(こころ)みたが、(はい)(おく)(のこ)(ねつ)残渣(ざんさ)がそれを(こば)んでいた。


「……計算(けいさん)()過熱(かねつ)している。視覚(しかく)(はし)にノイズが(はし)るが、運動(うんどう)出力(しゅつりょく)致命的(ちめいてき)なエラーはない。ただ、右腕(みぎうで)冷却(れいきゃく)()いついていない」


 (おれ)自分(じぶん)右腕(みぎうで)()た。


 皮膚(ひふ)(した)(なが)れる(あか)発光体(はっこうたい)は、周囲(しゅうい)水分(すいぶん)蒸発(じょうはつ)させるほどの熱量(ねつりょう)保持(ほじ)したままだ。


 特定(とくてい)起動(きどう)コードによって物理(ぶつり)法則(ほうそく)局所的(きょくしょてき)(ゆが)め、高密度(こうみつど)エネルギーを生成(せいせい)する、(きわ)めて高度(こうど)軍事技術(ぐんじぎじゅつ)結果(けっか)なのだ。


当然(とうぜん)だ。人間(にんげん)血管(けっかん)冷却(れいきゃく)パイプ()わりに使(つか)っているようなもんだからな。放熱(ほうねつ)効率(こうりつ)()げないと、お(まえ)細胞(さいぼう)炭化(たんか)するぞ」


 リュウが手際(てぎわ)よく予備(よび)冷却(れいきゃく)スプレーを(おれ)(うで)噴射(ふんしゃ)した。


 (しろ)冷気(れいき)()()し、(あか)いアザと接触(せっしょく)した瞬間(しゅんかん)(はげ)しい蒸気(じょうき)へと()わる。


 皮膚(ひふ)()かれるような激痛(げきつう)(はし)ったが、(のう)情報処理(じょうほうしょり)回路(かいろ)はその(いた)みすら(たん)なる電気信号(でんきしんごう)として淡々(たんたん)処理(しょり)していく。


 その(とき)処理(しょり)(じょう)(あつ)鉄扉(てっぴ)()こうから、低周波(ていしゅうは)駆動(くどう)(おん)(ひび)いてきた。


 地鳴(じなり)のような、重厚(じゅうこう)機械(きかい)足音(あしおと)


 一般兵(いっぱんへい)使用(しよう)する軽量(けいりょう)外骨格(がいこっかく)ではない。


 都市制圧用(としせいあつよう)多脚戦車(たきゃくせんしゃ)、あるいは重量級(じゅうりょうきゅう)のパワードスーツの(たぐ)いだ。


「……(はや)すぎる。量子(りょうし)スキャンの死角(しかく)(えら)んで移動(いどう)したはずなのに、なぜ場所(ばしょ)特定(とくてい)されているんだ」


 リュウが忌々(いまいま)しげに端末(たんまつ)睨み(にらみ)()えた。


 画面(がめん)には、(あか)輝点(きてん)(あみ)()(せば)めるように(おれ)たちの現在地(げんざいち)包囲(ほうい)していく様子(ようす)(うつ)()されている。


 (おれ)脳内(のうない)のログデータを高速再生(こうそくさいせい)した。


 執行官(しっこうかん)との戦闘(せんとう)……最後(さいご)(はな)った熱波動(ねつはどう)……周囲(しゅうい)磁場(じば)(みだ)れ……。


「……リュウ、(おれ)右腕(みぎうで)だ。この(こう)エネルギー反応(はんのう)が、周囲(しゅうい)のニュートリノ分布(ぶんぷ)()()えている。物理遮蔽(ぶつりしゃへい)()かない素粒子(そりゅうし)レベルの痕跡(こんせき)を、(やつ)らの衛星(えいせい)()っているんだ」


 (おれ)言葉(ことば)に、リュウは(いき)()んだ。


理論的(りろんてき)には可能(かつう)だが、それをリアルタイムで演算(えんざん)して追跡(ついせき)するなんて……。科学局(かがくきょく)のスーパーコンピュータを完全(かんぜん)(おれ)専用(せんよう)()いているっていうのかよ」


「それだけ、この出力(しゅつりょく)(やつ)らにとって許容(きょよう)できないバグデータなんだ。物理定数(ぶつりていすう)()()えかねない『特異点(とくいてん)』を、野放(のぱな)しにはできない」


 (おれ)(おも)(こし)()げた。


 右腕(みぎうで)のアザが、外部(がいぶ)からの走査波(そうさは)反応(はんのう)して(するど)脈動(みゃくどう)する。


 (てき)電子(でんし)(あみ)が、皮膚(ひふ)()でるような感触(かんしょく)として直接(ちょくせつ)(のう)(つた)わってくる。


 冷徹(れいてつ)計算(けいさん)(もと)づいた、(にげ)()のない処刑宣告(しょけいせんこく)


 ドォォォォォォン!


 処理(しょり)(じょう)巨大(きょだい)なハッチが、外部(がいぶ)からの指向性爆薬(しこうせいばくやく)によって内側(うちがわ)へと()()ばされた。


 猛烈(もうれつ)風圧(ふうあつ)砂塵(さじん)(なか)から、四機(よんき)自律型攻撃(じりつがたこうげき)ポッドが(すべ)()んでくる。


 円盤状(えんばんじょう)機体(きたい)には、高速徹甲弾(こうそくてっこうだん)射出(しゃしゅつ)するガトリングガンが装備(そうび)されていた。


戦闘(せんとう)モード移行(いこう)! リュウ、(はしら)(かげ)に!」


 (おれ)(さけ)ぶと同時(どうじ)に、(ゆか)(ころ)がっていた鋼鉄(こうてつ)のプレートを()()げた。


 右腕(みぎうで)から()()した熱量(ねつりょう)が、プレートを一瞬(いっしゅん)赤熱(せきねつ)させ、強力(きょうりょく)電磁場(でんじば)形成(けいせい)する。


 直後(ちょくご)(はな)たれた数百(すうひゃく)弾丸(だんがん)が、磁気反発(じきはんぱつ)によって軌道(きどう)()らされ、周囲(しゅうい)(かべ)無残(むざん)(けず)()った。


分析(ぶんせき)……完了(かんりょう)


 (おれ)(ひとみ)(おく)で、(あか)文字列(もじれつ)高速(こうそく)(なが)れる。


 自律(じりつ)ポッドの制御(せいぎょ)アルゴリズム……攻撃(こうげき)パターン……姿勢制御(しせいせいぎょ)のクセ》。


 (のう)自動的(じどうてき)最適(さいてき)な「破壊手順(はかいてじゅん)」を(みちび)()していく。


 (おれ)(ねつ)(うか)かされたような足取(あしど)りで、弾丸(だんがん)(あめ)(なか)へと()()した。


 一機目(いっきめ)


 右側(みぎがわ)のスラスターが姿勢補正(しせいほせい)のために噴射(ふんしゃ)する、その(いち)ミリ(びょう)(すき)


 (おれ)(てのひら)から熱線(ねっせん)(はな)ち、そのセンサー()をピンポイントで()()った。


 視覚(しかく)(うしな)った機体(きたい)(かべ)激突(げきとつ)し、(はげ)しい火花(ひばな)()らして沈黙(ちんもく)する。


 二機目(にきめ)三機目(さんきめ)


 (おれ)右腕(みぎうで)(えが)(あか)軌跡(きせき)は、精密(せいみつ)なレーザーカッターのように正確(せいかく)(てき)急所(きゅうしょ)(とら)えていく。


「ハルト! (うし)ろだ! 本隊(ほんたい)()ぞ!」


 リュウの悲鳴(ひめい)(ちか)警告(けいこく)


 崩落(ほうらく)したハッチの()こうから、純白(じゅんぱく)装甲(そうこう)(まと)った人型(ひとがた)(かげ)複数(ふくすう)光学迷彩(こうがくめいさい)解除(かいじょ)しながら(あらわ)れた。


 執行官(しっこうかん)直属(ちょくぞく)特殊戦術部隊とくしゅせんじゅつぶたい


 (かれ)らの()には、生体(せいたい)エネルギーを強制的(きょうせいてき)中和(ちゅうわ)する「分子振動抑制銃ぶんししんどうよくせいじゅう」が(にぎ)られていた。


対象(たいしょう)熱源反応(ねつげんはんのう)臨界(りんかい)維持(いじ)。これより(だい)(さん)段階(だんかい)拘束(こうそく)プロトコルを開始(かいし)する」


 兵士(へいし)たちのヘルメットから、合成音声(ごうせいおんせい)(かさ)なり()って(ひび)く。


 (かれ)らの動作(どうさ)には一片(いっぺん)感情(かんじょう)もない。


 ただ効率的(こうりつてき)に、排除(はいじょ)すべきノイズを消去(しょうきょ)するためのプログラムとして(うご)いている。


 銃口(じゅうこう)から(はなた)れたのは、()()えない高周波(こうしゅうは)衝撃(しょうげき)


 それらが(おれ)右腕(みぎうで)(ねつ)干渉(かんしょう)し、(はげ)しい(おと)()てて空間(くうかん)(ふる)える。


 (おれ)(うで)(あか)(ひかり)が、強引(ごういん)(おさ)()まれ、(くら)(しず)んでいく。


 同時(どうじ)に、全身(ぜんしん)血管(けっかん)内側(うちがわ)から(こお)()くような、形容(けいよう)しがたい不快感(ふかいかん)(おそ)った。


「……っ、が……!」


 (ひざ)()き、(ゆか)()(むし)る。


 出力(しゅつりょく)(うば)われ、能力(のうりょく)急激(きゅうげき)低下(ていか)していく。


 世界(せかい)(ふたた)び、ただの(くら)廃墟(はいきょ)へと(もど)っていく。


 科学(かがく)(ちから)によって、(おれ)の「特異点(とくいてん)」が封印(ふういん)されようとしていた。


「チェックメイトだ、不純物(ふじゅんぶつ)。その(ちから)我ら(われら)管理下(かんりか)再構築(さいこうちく)される」


 兵士(へいし)一人(ひとり)が、(おれ)頭部(とうぶ)銃口(じゅうこう)()きつけ、固定(こてい)した。


 (つめ)たい金属(きんぞく)感触(かんしょく)


 ()という物理的(ぶつりてき)終焉(しゅうえん)が、すぐそこまで(せま)っている。


 だが、(おれ)(のう)は、まだ(あきら)めるな!と(さけ)んでいる。


 自分自身(じぶんじしん)出力(しゅつりょく)()りないのなら、外部(がいぶ)からの物理的圧力(ぶつりてきあつりょく)を「燃料(ねんりょう)」に()()えればいい。


 (おれ)(ゆが)んだ微笑(びしょう)()かべ、胸部中心(きょうぶちゅうしん)――心臓(しんぞう)位置(いち)する場所(ばしょ)意識(いしき)集中(しゅうちゅう)した。


 外部(がいぶ)からの抑制波(よくせいは)をあえて()()れ、内部(ないぶ)加速(かそく)させる。


 作用(さよう)反作用(はんさよう)


 秩序(ちつじょ)による圧力(あつりょく)(たか)まれば(たか)まるほど、反発(はんぱつ)するエネルギーは指数関数的(しすうかんすうてき)増大(ぞうだい)していく。


「なっ……!? 抑制(よくせい)フィールドが逆流(ぎゃくりゅう)している! バカな、熱源出力(ねつげんしゅつりょく)が……計測不能(けいそくふのう)だ!」


 兵士(へいし)(こえ)驚愕(きょうがく)裏返(うらがえ)った。


 (おれ)全身(ぜんしん)から、(まばゆ)いばかりの白熱(はくねつ)した(ひかり)(あふ)()す。


撤退(てったい)しろ! 全部隊(ぜんぶたい)退避(たいひ)――!」


 司令(しれい)(さけ)びも(むな)しく、(おれ)右手(みぎて)から熱放射(ねつほうしゃ)炸裂(さくれつ)した。


 特殊兵士(とくしゅへいし)たちの装甲(そうこう)紙細工(かみざいく)のように融解(ゆうかい)し、処理(しょり)(じょう)堅牢(けんろう)(かべ)ドロドロ(どろどろ)のマグマへと変貌(へんぼう)する。


 最新(さいしん)科学兵器(かがくへいき)たちが、物理法則(ぶつりほうそく)極限(きょくげん)()えた(ねつ)(まえ)に、ただの鉄屑(てつくず)へと還元(かんげん)されていく。


 爆煙(ばくえん)熱気(ねっき)渦巻(うずま)(なか)(おれ)は|ふらつきながらも()()がった。


 右腕(みぎうで)(ひかり)一時的(いちじてき)(おさ)まった。


「リュウ、()こう。ここから脱出(だっしゅつ)だ!」


 (おれ)呆然(ぼうぜん)とするリュウの()()り、()()ちた(かべ)()こう(がわ)――地図(ちず)にない未知(みち)下層領域(かそうりょういき)へと(あし)()()した。


 

(だい) 6()(つづ)く)



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