【第21話】白銀の執行者と論理の断罪
火花と電子の死臭が、狭い地下通路に充満していた。
右手に実体化したエネルギーブレードを逆手に振り抜き、最後の小型ドローンを縦に両断する。
切断面から溢れ出した高圧の電流が、ブレイバーの装甲を激しく叩いた。
「ハッ、ハッ、……ハァッ!」
荒い呼吸が、ヘルメットの内側で白く曇る。
ブレイバー・コアから供給されるエネルギーは、すでに適正閾値を突破していた。
全身の血管を灼熱の鉛が流れているような、耐え難い熱と痛み。
(ハルト、冷却サイクルが追いついていないわ! これ以上、出力を上げたら脳の神経回路が焼き切れちゃう!)
エレナの悲鳴に近い警告が、オーバー・リンクを通じて脳内を掻き回す。
「……まだだ。まだ、奥に反応が残ってる……!」
視界の端、青白いアラートが点滅を続けている。
ステラが言っていた通りだ。
アルキメデスのデリート部隊は、効率的な物量で俺たちを削りに来ている。
倒しても、倒しても、暗闇の奥から無機質な駆動音が絶えることはない。
その時、通路の空気が一変した。
熱帯のような熱気が、一瞬にして凍てつくような寒気へと塗り替えられる。
通路の角から、ゆっくりと姿を現したのは、これまでのドローンとは明らかに格の違う存在だった。
白銀の流線型の装甲。
人間を模したシルエットでありながら、その顔には目も鼻もなく、ただ滑らかな鏡面が周囲の惨状を冷たく映し出している。
「……ガーディアン」
背後のモニター越しに、ステラの静かな声が響く。
「アルキメデスの論理権限代行体。コードネーム『パラドクス』。それは意志を持たず、ただ純粋に空間の整合性を保つためだけに機能する、歩く消しゴムです」
パラドクスと呼ばれた白銀の機体が、音もなく右手をかざした。
直後、物理法則を無視した衝撃が俺を襲う。
「が、あぁっ……!?」
防壁を展開する暇さえなかった。
俺の体は軽々と吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられる。
ブレイバーの装甲に亀裂が走り、内部のモニターが激しくノイズを吐き出した。
(ハルト! しっかりして、ハルト!)
エレナの声が遠い。
視界が赤く染まり、ブレイバー・コアの鼓動が不規則に跳ね上がる。
「対象の自己定義、極めて不安定。原初アーカイブとの非正規通信を確認。……論理矛盾として、これを削除する」
パラドクスの声は、個体としての感情が一切排された、システムのシステムによる宣告だった。
奴が再び手を上げる。
その指先に、周囲の光を吸い込むような漆黒の小球が形成されていく。
「ハルト、逃げて! あれは物質を削除する圧縮論理よ!」
わかっている。
だが、体が動かない。
脳内に、膨大な「文字」の濁流が流れ込み始めていた。
自分が何者で、なぜここで戦っているのか。
その根底にある記憶が、白く塗り潰されていく。
(……あ……あ……)
意識が遠のく中、俺は「深淵」を見た。
アルキメデスが支配する以前の、無秩序で、残酷で、けれど驚くほどに「熱かった」世界の断片。
誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが誰かのために命を懸ける。
そんな非効率な物語が、幾千、幾万と積み重なっていた場所。
『ハルト、目を開けて!』
不意に、白い闇の中から、エレナの手が伸びてきた。
脳内リンクの最奥、魂の境界線で、彼女が俺の心臓を掴み上げるような感覚。
「エレ……ナ……」
「忘れないで。あなたは『記録の欠片』なんかじゃない。今ここで、私の隣で生きている人間なのよ!」
熱が、戻ってきた。
自己崩壊の淵で、エレナという絶対の観測者が、俺という存在を繋ぎ止めていた。
ブレイバー・コアが咆哮を上げる。
今までの放熱とは次元が違う。
コアの中心で、青白い光が深紅へと転じ、俺の右手のブレードが倍の長さへと伸長した。
「論理を……超える!」
パラドクスが放った漆黒の弾丸が、俺の眼の前で空間を削り取る。
俺はそれを紙一重で躱し、壁を蹴って跳んだ。
パラドクスの鏡面の顔に、初めて亀裂のようなノイズが走る。
予測モデルを逸脱した俺の動きに、アルキメデスの権限代行体が微かな硬直を見せた。
「これこそが、俺たちの『熱』だぁぁっ!」
振り下ろしたブレードが、パラドクスの白銀の肩を捉える。
物理的な切断ではない。
俺の意志が、コアの熱が、奴を構成する「冷たい数式」を直接焼き切っていく。
絶叫にも似た電子の不協和音が通路に響き渡り、パラドクスの機体が激しくスパークした。
「エラー……計算……不能。対象の……熱……量が……規定……値を……」
ドォォォォンッ!
凄まじい爆発と共に、白銀のガーディアンが粒子となって霧散する。
俺はそのまま床に膝をつき、激しく咳き込んだ。
装甲の隙間から、過熱した冷却水の蒸気が噴き出している。
「ハッ、ハァ、……やった、のか……?」
「……驚異的です」
背後から、ステラの足音が近づいてくる。
彼女の無機質な瞳には、困惑とも感嘆とも取れる微かか色が灯ていた。
「ガーディアンを単独で撃破するとは。……ですが、代償は大きい。ハルト、あなたのブレイバー・コアの浸食率は、すでに危険域を超えています。次は……もう、保たないでしょう」
「……わかってる。でも、止まるわけにはいかないんだ」
俺は、エレナの肩を借りて、ふらつきながらも立ち上がった。
通路の向こう側では、リュウとガインが、残存するドローンを一掃し終えた様子で、こちらへ駆け寄ってくる。
「無事か、ハルト! とんでもねえ音がしたぜ!」
「……ああ。なんとか、な」
リュウの問いに短く答え、俺はステラを見据えた。
「ステラ。案内してくれ。アルキメデスの中枢……『ニューラル・ハブ』へ」
ステラは、数秒の沈黙の後、静かに頷いた。
「了解しました。……運命の収束点まで、あと残りわずかです。ですが、ハブの扉を開けるには、もう一つ、避けては通れない『障壁』が存在します」
「障壁……?」
「アルキメデスが最も信頼を置く、最強の執行官。……クロムが、地上を離れ、すでにハブの入り口であなたたちを待っています」
全身の毛穴が逆立つような戦慄が走った。
あの、漆黒の死神。
エリア5 で、俺たちの「熱」を見定めると言い残して消えた、あの男。
「……望むところだ」
俺は右手を握りしめる。
痛みも震えも、ブレイバー・コアから伝わる狂おしいほどの熱が、すべてを闘志へと変換していく。
地下居住区の奥、冷たい論理の塔の頂へ。
俺たちの命を懸けた、最後の行軍が始まろうとしていた。
(第22話に続く)




