表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

【第22話】熱の残滓と論理の境界


 地下居住区(ちかきょじゅうく)「レジスタンス・シェル」の空気(くうき)は、これまで以上(いじょう)(おも)く、湿(しめ)っていた。


 パラドクスとの死闘(しとう)によって破壊(はかい)された通路(つうろ)には、(いま)だに青白(あおじろ)火花(ひばな)()り、その不規則(ふきそく)なリズムが(おれ)たちの焦燥(しょうそう)(あお)る。


 (おれ)は、エレナの(かた)全体重(ぜんたいじゅう)(あず)けるようにして、一歩(いっぽ)ずつ(まえ)(あし)(すす)めていた。


 視界(しかい)端々(はしばし)(すす)けて、時折(ときおり)世界(せかい)がグリッド線状(せんじょう)分解(ぶんかい)されるような錯覚(さっかく)(おちい)る。


 ブレイバー・コアの浸食(しんしょく)


 ステラが()げたその言葉(ことば)は、(たん)なる警告(けいこく)ではなく、(おれ)肉体(にくたい)現実(げんじつ)崩壊(ほうかい)(はじ)めているという事実(じじつ)宣告(せんこく)だった。


「ハルト、無理(むり)しないで。(すこ)(やす)んだほうが……」


 エレナの(こえ)が、(きり)()こうから()こえる。


 彼女(かのじょ)(ひとみ)には、(おれ)心配(しんぱい)する(いろ)と、それ以上(いじょう)に、自分自身(じぶんじしん)極限(きょくげん)まで摩耗(まもう)しているという疲労(ひろう)(にじ)んでいた。


 オーバー・リンク。


 彼女(かのじょ)(おれ)(いた)みを共有(きょうゆう)し、(おれ)(うしな)いかけている「自分(じぶん)」を(つな)()めるために、全神経(ぜんしんけい)をすり()らしている。


「いや……()まれない。アルキメデスに()づかれた以上(いじょう)時間(じかん)(おれ)たちの味方(みかた)じゃない」


 (おれ)奥歯(おくば)()()め、(ふる)える()胸元(むなもと)のコアに()れた。


 そこにはもう、(たの)もしいはずの鼓動(こどう)はなく、ただ内側(うちがわ)から(たましい)()()くすような、(くる)おしい(ねつ)だけが渦巻(うずま)いている。


 (おれ)たちの(まえ)(ある)くステラは、一度(いちど)()(かえ)ることなく、複雑(ふくざつ)()()んだ地下(ちか)保守通路(ほしゅつうろ)()けていく。


 彼女(かのじょ)銀髪(ぎんぱつ)が、非常灯(ひじょうとう)赤い(あかい)(ひかり)反射(はんしゃ)して、まるで(つめ)たい(やいば)のように()えた。


「ニューラル・ハブへの最短(さいたん)ルートは、この(さき)貨物用昇降機かもつようしょうこうきです。そこからは、アルキメデスの支配(しはい)(もっと)強固(きょうこ)な『論理(ろんり)(とう)』の内部(ないぶ)()(すす)むことになります。ハルト、あなたが(いま)(なに)(かん)じているかは(わたし)には理解(りかい)できません。ですが、あなたのデータは、あなたが()()かっていることを確定事項(かくていじこう)として算出(さんしゅつ)しています」


 ステラが()()まり、(ふる)びた金属製(きんぞくせい)(とびら)(まえ)(おれ)たちを()た。


 その(ひとみ)依然(いぜん)として無機質(むきしつ)だったが、(さき)ほどパラドクスを(たお)した瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)()かべた(かす)かな動揺(どうよう)を、(おれ)(わす)れていない。


「データなんて、()()えればいい。(おれ)たちはそうやってここまで()たんだ」


 リュウが電磁(でんじ)ライフルのボルトを()き、不敵(ふてき)()みを()かべる。


 その(となり)ではガインが、電磁(でんじ)アックスの出力(しゅつりょく)調整(ちょうせい)しながら、無言(むごん)(うなず)いた。


面白(おもしろ)冗談(じょうだん)です。ですが、アルキメデスにとって例外(れいがい)「バグ」の修正(しゅうせい)は、呼吸(こきゅう)(おな)じほどに絶対的(ぜったいてき)優先事項(ゆうせんじこう)です。(とびら)()けます。ここからは、一秒(いちびょう)(おく)れが全滅(ぜんめつ)直結(ちょっけつ)します」


 ステラがコンソールに(ゆび)()れると、重厚(じゅうこう)(とびら)悲鳴(ひめい)()げて(ひら)始め(はじめ)た。


 その()こう(がわ)から(あふ)()したのは、地下(ちか)湿気(しっけ)とは対照的(たいしょうてき)な、()すような冷気(れいき)と、あまりにも整然(せいぜん)とした「静寂(せいじゃく)」だった。


 そこは、(とう)基底部(きていぶ)


 (てん)()くほど巨大(きょだい)なシャフトが垂直(すいちょく)()び、その壁面(へきめん)には無数(むすう)のケーブルと(ひかり)ファイバーが、神経細胞(しんけいさいぼう)のように()(めぐ)らされている。


 アルキメデスの意志(いし)が、光速(こうそく)(なが)れる情報(じょうほう)(うみ)


 (おれ)たちは貨物用(かもつよう)巨大(きょだい)なプラットフォームに()()み、上昇(じょうしょう)開始(かいし)した。


 プラットフォームが加速(かそく)するにつれ、足元(あしもと)から(つた)わる振動(しんどう)(はげ)しくなる。


 (おれ)(かべ)()(あず)け、ズルズルと(すわ)()んだ。


「エレナ……(ひと)つ、()いていいか」


 (おれ)(こえ)は、自分(じぶん)でも(おどろ)くほど(かす)れていた。


 エレナは(おれ)(となり)(すわ)り、(おれ)()をぎゅっと(にぎ)った。


 その()(あたた)かさが、唯一(ゆいいつ)(おれ)が「ハルト」という人間(にんげん)であることを(おも)()させてくれる。


(なに)? ハルト」


「もし、(おれ)が……(おれ)じゃなくなったら。その(とき)は、(きみ)(おれ)()めてくれ」


 エレナの(からだ)が、一瞬(いっしゅん)だけ硬直(こうちょく)した。


 彼女(かのじょ)(にぎ)(ちから)(つよ)くなり、(つめ)()()むほどの(いた)みを(かん)じる。


「……そんなこと、()わないで。()めないわよ。絶対(ぜったい)()めない。あなたがどこまで()こうとしても、(わたし)はあなたの(となり)で、あなたの名前(なまえ)()(つづ)けるわ。それがナビゲーターの役割(やくわり)だもの」


 彼女(かのじょ)(こえ)(ふる)えていたが、その(おく)には()るがない決意(けつい)宿(やど)っていた。


「……そうか。(わる)い。(へん)なことを()った」


本当(ほんとう)よ!。あとでたっぷりお説教(せっきょう)だからね」


 エレナが無理(むり)(つく)った笑顔(えがお)が、(むね)()さる。


 (おれ)()()じ、内側(うちがわ)()(さか)る「(ねつ)」に意識(いしき)()けた。


 原初(げんしょ)アーカイブ。


 そこには、アルキメデスが()()った、人々(ひとびと)感情(かんじょう)記憶(きおく)(ねむ)っているという。


 (いか)り、(かな)しみ、(よろ)び、そして(あい)


 それらは論理的(ろんりてき)ではなく、効率的(こうりつてき)でもない。


 けれど、それこそが、この()てついた世界(せかい)唯一対抗(ゆいいつたいこう)できる(ちから)なのだと、(おれ)(たましい)(さけ)んでいる。


 プラットフォームが数百(すうひゃく)メートルを上昇(じょうしょう)した(ころ)不意(ふい)に、上昇速度(じょうしょうそくど)(にぶ)った。


 頭上(ずじょう)のハッチが(ひら)き、白光(はっこう)()()む。


到着(とうちゃく)しました。第百二階層(だいひゃくにかいそう)。ニューラル・ハブの直下(ちょっか)エリアです」


 ステラの言葉(ことば)同時(どうじ)に、プラットフォームが停止(ていし)した。


 そこに(ひろ)がっていたのは、白亜(はくあ)回廊(かいろう)だった。


 地下(ちか)廃墟(はいきょ)や、エリア4(フォー)静止(せいし)した街並み(まちなみ)とは(こと)なり、ここは一切(いっさい)(ちり)(ひと)()ちていない、完璧(かんぺき)管理(かんり)された空間(くうかん)


 壁面(へきめん)にはホログラムが展開(てんかい)され、アルキメデスが演算(えんざん)している膨大(ぼうだい)世界再定義(せかいさいていぎ)のプロセスが、(たき)のように(なが)()ちている。


 そして、その回廊(かいろう)()()たり。


 巨大(きょだい)円環型(えんかんがた)のゲートの(まえ)に、その「(かげ)」は()っていた。


 漆黒(しっこく)装甲(そうこう)


 一切(いっさい)(ひかり)反射(はんしゃ)しないその姿(すがた)は、この白亜(はくあ)空間(くうかん)において、()()しの傷跡(きずあと)のように不自然(ふぜぜん)で、圧倒的(あっとうてき)だった。


 ()にした大剣(たいけん)が、(ゆか)(なが)(かげ)()としている。


「……()たか。バグの()れ、そして、(ねつ)()(もの)たちよ」


 クロム。


その(こえ)(ひび)いた瞬間(しゅんかん)空間(くうかん)温度(おんど)がさらに数度(すうど)()がったような感覚(かんかく)(おそ)われた。


 (かれ)はゆっくりと(あゆ)みを(すす)める。


 その一歩一歩(いっぽいっぽ)が、こちらの心臓(しんぞう)直接(ちょくせつ)()みつけるような威圧感(いあつかん)(ともな)っていた。


「クロム! どけ、(おれ)たちはそこを(とお)らなきゃならないんだ!」


 リュウが電磁(でんじ)ライフルを(かま)える。


 だが、クロムは()()める様子(ようす)もなく、鏡面(きょうめん)のようなバイザーの(おく)で、じっとこちらを見据(みす)えていた。


(とお)るがいい。ただし、それは(わたし)という『論理(ろんり)(かべ)』を()(やぶ)ることができた(あと)(はなし)だ。ハルト、お(まえ)のブレイバー・コア……その(いろ)()わったな。不純物(ふじゅんぶつ)()ざり、純粋(じゅんすい)演算(えんざん)拒絶(きょぜつ)している。それは、もはやシステムではない。(たん)なる、(こわ)れかけの(いのち)だ」


(こわ)れかけだろうが(なん)だろうが、(おれ)(いのち)だ。それをどう使(つか)うかは、(おれ)()める!」


 (おれ)はエレナの(ささ)えを()()り、ふらつく(あし)一歩前(いっぽまえ)()た。


 (むね)のコアが(はげ)しく明滅(めいめつ)し、オレンジ(いろ)陽炎(かげろう)()(のぼ)る。


「いいだろう。お(まえ)たちの(いう)う『(ねつ)』が、このアルキメデスの(ことわり)を、どこまで()かせるものか。(わたし)(けん)で、直接測ら(ちょくせつはから)せてもらおう」


 クロムが大剣(たいけん)水平(すいへい)(かま)える。


 その刹那(せつな)(かれ)背後(はいご)から、漆黒(しっこく)(つばさ)のような放熱板(ほうねつばん)展開(てんかい)された。


 それは、アルキメデスに(あた)えられた執行官(しっこうかん)としての権能(けんのう)


「ステラ、リュウ、ガイン。ここは(おれ)()()ける。お(まえ)たちは、その(あいだ)にハブの制御権(せいぎょけん)(うば)ってくれ」


(なに)()ってるんだ、ハルト! あんな()(もの)一人(ひとり)相手(あいて)にできるわけないだろ!」


 リュウの(さけ)びを、(おれ)(せい)した。


一人(ひとり)じゃない。エレナがいる。……それに、こいつは(おれ)にしか(たお)せない。こいつと(おな)じ『(ねつ)』を()っているのは、(おれ)だけなんだ」


 (おれ)右手(みぎて)()()した。


 エネルギーブレードが形成(けいせい)され、周囲(しゅうい)空気(くうき)()き、パチパチと(おと)()てる。


 視界(しかい)(ふたた)(ゆが)む。


 けれど、不思議(ふしぎ)(こころ)静か(しずか)だった。


 (となり)()つエレナの鼓動(こどう)が、リンクを(つう)じてはっきりと(つた)わってくる。


 彼女(かのじょ)(ふる)える指先(ゆびさき)が、空中(くうちゅう)操作(そうさ)パネルに()れ、(おれ)出力(しゅつりょく)限界(げんかい)まで解放(かいほう)していく。


(ハルト……。あなたの心臓(しんぞう)(おと)、ちゃんと()いてるわ。()とう。一緒(いっしょ)に、(かえ)ろう私達(わたしたち)世界(せかい)へ……ううん、(わたし)たちが()きるべき明日(あした)へ)


 エレナの(こえ)が、脳内(のうない)()()う。


「ブレイバー・バースト……フルスロットル!」


「チェンジ!覚醒ブレイバー!!」


 (おれ)咆哮(ほうこう)とともに、紅蓮(ぐれん)(ほのお)爆発的(ばくはつてき)(ふくれ)()がった。


 白亜(はくあ)回廊(かいろう)(あか)(そま)り、情報(じょうほう)(たき)熱風(ねっぷう)(あお)られて霧散(むさん)する。


 クロムが、バイザーの(おく)(かす)かに(くちびる)(ゆが)めた。


素晴(すば)らしい。()()きる(まえ)の、最後(さいご)一閃(いっせん)か。()い、ハルト。お(まえ)物語(ものがたり)を、ここで(わたし)()わらせてやろう」


 漆黒(しっこく)紅蓮(ぐれん)


 (ふた)つの(かげ)が、光速(こうそく)()えて激突(げきとつ)した。


 (てつ)(ねつ)がぶつかり()衝撃波(しょうげきは)回廊(かいろう)粉砕(ふんさい)し、(おれ)たちの最後(さいご)(たたか)いの(まく)()がる。


 もはや、そこには論理(ろんり)効率(こうりつ)存在(そんざい)しなかった。


 ただ、(たが)いの(たましい)(けず)()う、原始的(げんしてき)な「(ねつ)」のぶつかり()いだけが、(つめ)たい(とう)最上階(さいじょうかい)(ひび)(わた)っていた。




(だい)23()続く(つづく)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ