表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/40

【第19話】鋼鉄の墓標と静寂の街


 境界線(きょうかいせん)()えた瞬間(しゅんかん)空気(くうき)(しつ)()わった。


 (はだ)()すような乾燥(かんそう)した砂漠(さばく)(かぜ)(かげ)(ひそ)め、()わりに鼻腔(びくう)()いたのは、()()った金属(きんぞく)と、(かす)かなオゾンが()ざり()った「停滞(ていたい)」の(にお)いだ。


 ()(まえ)(ひろ)がるのは、かつて文明(ぶんめい)謳歌(おうか)したであろう巨大(きょだい)都市(とし)残骸(ざんがい)


 (てん)()くようにそびえ()摩天楼(まてんろう)は、上部(じょうぶ)無惨(むざん)()れ、その断面(だんめん)からは複雑(ふくざつ)(から)()った配線(はいせん)()した怪物(かいぶつ)臓物(ぞうぶつ)のように()()がっている。


 エリア 5(ファイブ)が「()」の荒野(こうや)だとすれば、ここエリア 4(フォー)は「()」が固定(こてい)された沈黙(ちんもく)(おり)だった。


 装甲(そうこう)車両(しゃりょう)のエンジン(おん)が、建物(たてもの)(かべ)反響(はんきょう)して不自然(ふしぜん)なほど(おお)きく(ひび)く。


 (おれ)はブレイバーへの覚醒(かくせい)()運転(うんてん)(せき)(となり)でぐったりとシートに()(あず)けていた。


 ブレイバー・バーストによる負荷(ふか)想像(そうぞう)以上(いじょう)で、指先(ゆびさき)(ひと)(うご)かすのにも、(どろ)(なか)(うで)()()んでいるような重苦(おもくる)しさが(ともな)っていた。


「……ハルト、顔色(かおいろ)最悪(さいあく)よ。(すこ)しは()たら?」


 (となり)でハンドルを(にぎ)るエレナが、横目(よこめ)でこちらを(うかが)いながら()った。


 彼女(かのじょ)(ひとみ)にも、(ぬぐ)いきれない疲労(ひろう)(いろ)()かんでいる。


 オーバー・リンクによる精神(せいしん)(てき)摩耗(まもう)は、リンクされたパイロットだけでなく、ナビゲーターである彼女(かのじょ)にも(ひと)しく()(そそ)いでいるはずだ。


「……大丈夫(だいじょうぶ)だ。それより、エリア 4(フォー)の『住民(じゅうみん)』はどうなってる? エリア 5(ファイブ)で、(だれ)かが()ってただろう。ここにはまだ、アルキメデスの支配(しはい)から(のが)れて(つな)がっている(やつ)らがいるって」


 (おれ)()いかけると、後部(こうぶ)座席(ざせき)でレーダーを監視(かんし)していたリュウが、(にが)表情(ひょうじょう)(くび)()った。


 (いま)のところ、生体(せいたい)反応(はんのう)はゼロだ。


 熱源(ねつげん)反応(はんのう)も、アルキメデス(けい)巡回(じゅんかい)ドローンと(おも)われる微弱(びじゃく)なものしか感知(かんち)できねえ。


 ……(しず)かすぎるな。


 まるで(まち)全体(ぜんたい)(いき)()めてるみたいだぜ。


 リュウの言葉(ことば)裏付(うらづ)けるように、車窓(しゃそう)(なが)れる景色(けしき)には、(ひと)(いとな)みの痕跡(こんせき)(まった)見当(みあ)たらない。


 ()()てられたパーソナルモビリティの残骸(ざんがい)


 色褪(いろあ)せたデジタル広告(こうこく)のスクリーン。


 それらすべてが、アルキメデスの「整理(せいり)」によって機能(きのう)停止(ていし)させられ、(つめ)たいコンクリートの装飾(そうしょく)(ひん)へと()()てていた。


「ハルト。クロムが()っていた『(ねつ)』……あなた、どう(おも)う?」


 エレナが(しず)かな(こえ)()()した。


 漆黒(しっこく)執行官(しっこうかん)、クロム。


 あいつは(たたか)いの(なか)(たし)かに、(おれ)たちが()てた、あるいはアルキメデスが()()てた「(ねつ)」を(もと)めているような(くち)()りだった。


「わからない。でも、あいつは(おれ)たちのことを『バグ』じゃなく『(てき)』として認識(にんしき)した。それは、あいつがただのプログラムじゃなく、(なん)らかの意志(いし)()っている証拠(しょうこ)だと(おも)う」


 (おれ)(むね)のブレイバー・コアに()()てると、そこにはまだ、(たたか)いの余韻(よいん)としての(ねつ)(かす)かに(のこ)っていた。


 論理(ろんり)(せい)効率(こうりつ)(せい)だけで構成(こうせい)されたアルキメデスの世界(せかい)


 そこにおいて、感情(かんじょう)自己(じこ)犠牲(ぎせい)といった「()効率(こうりつ)(ねつ)」は排除(はいじょ)されるべきノイズだ。


 だが、そのノイズこそが、(おれ)たちを今日(きょう)まで()きながらえさせてきた。


 車両(しゃりょう)巨大(きょだい)高架(こうか)(した)(とお)りかかったとき、ガインが(するど)(こえ)()げた。



()て。正面(しょうめん)、12()方向(ほうこう)。……道路(どうろ)中央(ちゅうおう)(なに)かいる」


 エレナが(きゅう)ブレーキをかける。


 タイヤがコンクリートを(けず)不快(ふかい)(おと)(ひび)き、(おれ)たちは身構(みがま)えた。


 (きり)がかった廃墟(はいきょ)街路(がいろ)()(なか)に、人影(ひとかげ)があった。


 それは、この世界(せかい)には不釣(ふつ)()いなほど、小柄(こがら)(ほそ)いシルエットだった。


 (ふる)びたマントを羽織(はお)り、(かお)(ふか)いフードに(かく)されている。


 ドローンのような無機質(むきしつ)威圧感(いあつかん)はないが、その()姿(すがた)からは、周囲(しゅうい)静寂(せいじゃく)同化(どうか)したような奇妙(きみょう)迫力(はくりょく)(ただよ)っていた。


「……ドローンじゃなさそうだな。人間(にんげん)か?」


 リュウが電磁(でんじ)ライフルに()()ばすが、(おれ)はそれを(せい)した。


 もし(てき)なら、もっと効率(こうりつ)(てき)伏撃(ふくげき)(えら)んでいるはずだ。


 こんな(ふう)堂々(どうどう)姿(すがた)(さら)すのは、対話(たいわ)(もと)めているか、あるいは(おれ)たちを品定(しなさだ)めしているかのどちらかだ。


 (おれ)(いた)(からだ)鞭打(むちう)ち、車両(しゃりょう)のドアを()けて(そと)()た。


 一歩(いっぽ)()()すごとに、(つめ)たい(かぜ)首筋(くびすじ)()でる。


 フードの(ぬし)(うご)かず、ただじっとこちらを()つめているようだった。


(おれ)たちは、エリア 5(ファイブ)から()た。……ここがどんな場所(ばしょ)か、(おそ)えてもらえるか?」


 (おれ)(こえ)が、廃墟(はいきょ)(かべ)反射(はんしゃ)して(むな)しく()えていく。


 沈黙(ちんもく)(すう)(びょう)(つづ)いた(あと)、その人影(ひとかげ)がゆっくりと()()げた。


 (ほそ)指先(ゆびさき)がフードを(はら)い、その(した)(あら)わになる。


 そこにいたのは、銀色(ぎんいろ)(かみ)()少女(しょうじょ)だった。


 (ひとみ)()(とお)るような青色(あおいろ)をしているが、その(おく)には、感情(かんじょう)極限(きょくげん)まで()()としたような、冷徹(れいてつ)理知(りち)(ひかり)宿(やど)っている。


「……ブレイバー・コアの反応(はんのう)。それに、不完全(ふかんぜん)なリンク・共鳴(きょうめい)。……記録(きろく)assistant(アシスタント)()(のこ)りが、(ふたた)びこの()()むとは。アルキメデスの予測(よそく)モデルからは、(すで)削除(さくじょ)されていたはずの事象(じしょう)です」


 少女(しょうじょ)(こえ)は、風鈴(ふうりん)()るような清涼(せいりょう)(かん)と、同時(どうじ)一切(いっさい)(あたた)かみを()いた機械(きかい)(てき)(ひび)きを()びていた。


(きみ)何者(なにもの)だ? それに、『記録(きろく)アシスタント』って……(おれ)たちのことを()っているのか?」


 (おれ)()いに、少女(しょうじょ)(こた)えず、()わりに視線(しせん)(おれ)後方(こうほう)車両(しゃりょう)へと()けた。


 エレナが警戒(けいかい)しながら(くるま)から()りてくる。


 少女(しょうじょ)はその姿(すがた)(とら)えると、ほんのわずかに、その(まゆ)(うご)かした。


「……ナビゲーター個体(こたい)適合(てきごう)(りつ)、89パーセント。非常(ひじょう)(たか)い。ですが、パイロット(がわ)精神(せいしん)汚染(おせん)(すす)みすぎいています。(いま)のままでは、(つぎ)のチェックポイントであなたは自己(じこ)崩壊(ほうかい)する」


「……なっ!?」


 エレナが絶句(ぜっく)する。


 (おれ)自分(じぶん)右手(みぎて)(ふる)えを(かく)すように、(つよ)(こぶし)(にぎ)った。


 少女(しょうじょ)()うことは、おそらく(ただ)しい。


 ブレイバー・バーストを使(つか)ったとき、(おれ)意識(いしき)(たし)かに「(おれ)」という境界(きょうかい)()えて、(なに)かもっと巨大(きょだい)(おそ)ろしい(なに)かに()()いそうになったからだ。


(わたし)はステラ。……エリア 4(フォー)地下(ちか)居住(きょじゅう)()『レジスタンス・シェル』の管理(かんり)個体(こたい)です。あなたたちの『(ねつ)』が、アルキメデスという()てついた(ことわり)()かすものなのか、それとも(たん)なる自滅(じめつ)への灯火(ともしび)なのか。それを見極(みきわ)める必要(ひつよう)があります」


 ステラと名乗(なの)った少女(しょうじょ)は、背後(はいご)(くず)れかけたビルの一角(いっかく)(ゆび)()した。


 そこには、一見(いっけん)するとただの瓦礫(がれき)(やま)にしか()えない場所(ばしょ)に、(かく)されたハッチが存在(そんざい)していた。


()なさい。アルキメデスの『()』が、このエリアを(さい)走査(そうさ)するまであと 180(びょう)。それまでに地下(ちか)(はい)らなければ、衛星(えいせい)軌道(きどう)からの削除(さくじょ)プロトコルが開始(かいし)されます」


 ステラはそれだけ()(のこ)すと、(なが)れるような動作(どうさ)でハッチの(なか)へと()えていった。


 (おれ)たちは(かお)()()わせた。


 (わな)かもしれない。


 だが、この沈黙(ちんもく)支配(しはい)された地上(ちじょう)(とど)まることは、確実(かくじつ)()意味(いみ)している。


 (そら)()()げると、(あつ)(くも)()こうで、エリア 5(ファイブ)最後(さいご)()せたあの不気味(ぶきみ)(ひかり)が、ゆっくりと収束(しゅうそく)(はじ)めているのが()えた。


「……()くしかないみたいね。彼女(かのじょ)()う『自己(じこ)崩壊(ほうかい)』って言葉(ことば)()になるし」


 エレナが(おれ)(うで)(つか)み、力強(ちからづよ)(うなず)いた。


 リュウとガインも、覚悟(かくご)()めたように車両(しゃりょう)隠蔽(いんぺい)ポイントへと(はし)らせる。


 (おれ)最後(さいご)にもう一度(いちど)()(まち)見渡(みわた)した。


 ここには、かつて(なん)百万(びゃくまん)(にん)もの(ひと)が「(つな)がって」()きていた。


 それが(いま)や、(ひと)()少女(しょうじょ)(みちび)きなしには(あし)()()れることさえできない墓場(はかば)になっている。


 クロムとの(たたか)いは、まだ序章(じょしょう)()ぎなかった。


 エリア 4(フォー)


 そこで(おれ)たちが直面(ちょくめん)するのは、物理(ぶつり)(てき)暴力(ぼうりょく)だけではない。


 人間(にんげん)人間(にんげん)であるための「定義(ていぎ)」を(めぐ)る、より根源(こんげん)(てき)()いなのだ。


 ハッチが()まる重厚(じゅうこう)(おと)とともに、(おれ)たちは地下(ちか)暗闇(くらやみ)へと()()まれていった。


 ブレイバー・コアの鼓動(こどう)が、静寂(せいじゃく)(なか)でこれまで以上(いじょう)(おお)きく、不安(ふあん)(あお)るように(ひび)いていた。



(だい)20()(つづ)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ