5話 スキルの確認と新たな目標
「…………」
動かない。
さっきまであれだけ暴れ回っていたザリガニが、目の前で完全に動かなくなっている。
そして俺は――。
生きてる。
「…………勝った?」
身体を動かしてみる。
動く。
痛みもほとんどない。
HPも回復している。
間違いない。
俺は。
あいつに――。
「勝った……」
じわじわと実感が湧いてくる。
「勝った」
もう一度。
「勝った……!」
俺より速くて。
一撃でHPを半分近く持っていって。
尻尾を切り飛ばして。
最後には手まで持っていった。
マジで死ぬと思った。
HP2。
あと一発食らっていたら、多分終わっていた。
それでも。
最後まで耐えた。
毒を入れ続けた。
そして――。
生き残ったのは俺だ。
「…………」
なんだこれ。
めちゃくちゃ嬉しい。
ゲームで強敵を倒した時とは全然違う。
当たり前だ。
これはゲームじゃない。
コンティニューなんてない。
負けたら、本当にそこで終わっていた。
それでも俺は勝った。
「う……」
なんか。
込み上げてきた。
「うおっしゃああああああ!!」
勝った!
「やったぞ!!」
俺はやってやった!
「うおおおおおおお!!」
思わず水の中を泳ぎ回る。
生きてる!
俺、生きてるぞ!
「ザリガニに勝ったぞおおお!!」
…………。
いや。
冷静に考えると、二十一歳にもなってザリガニに勝って大喜びしているのはどうなんだ。
でも今の俺も人間じゃない。
ミニルーパーだ。
だったらザリガニは十分強敵だろ。
むしろ三レベルも一気に上がったんだ。
相当な格上だったはず。
「よくやった俺!」
誰も褒めてくれないので、自分で褒める。
短い手で自分の頭を撫でようとする。
…………届かない。
「まあいい!」
それくらい今は気分がいい。
転生した直後。
俺は何もできなかった。
まともに泳ぐことすらできず。
ステータスはほとんど1。
最初に出会った魚には尻尾を食いちぎられて、逃げることしかできなかった。
虫を一匹食べて、やっとレベル2。
そこから少しずつ。
本当に少しずつ強くなった。
そして今。
初めて自分より明らかに強い相手を倒した。
俺の高い防御力も。
《毒手》も。
《毒棘》も。
今まで手に入れてきたもの全部を使って勝った。
「…………」
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけだけど。
この世界でも生きていける気がしてきた。
「よし!」
気持ちを切り替える。
勝ったなら、次にやることは決まっている。
まずはレベルアップの確認だ!
【ミニルーパー Lv5 → Lv8】
【レベルアップ条件を満たしました】
【スキル《防御》を獲得しました】
「おお!」
新スキル!
しかも《防御》!
俺の長所をさらに伸ばしてくれそうなスキルじゃん!
今すぐステータスを見たい。
見たいが――。
「いや、待て」
まだ大事なことが残っている。
ゆっくり振り返る。
そこには、俺との死闘に敗れたザリガニ。
「…………」
強敵。
格上。
三レベル分の経験値。
そして。
今までの経験上――。
食べた生物からは、その生物が持っていた能力を獲得できることがある。
「こいつ……絶対なんか持ってるだろ」
あのハサミ。
あの速さ。
あの異常な攻撃力。
何が手に入る?
一個?
もしかして二個?
期待が膨らむ。
それに、戦いが終わって安心したせいか。
「……腹減ったな」
よし。
勝者の特権だ。
俺をあれだけボコボコにしてくれたんだから。
しっかり俺の力になってもらおう。
「いただきます!」
大きく口を開く。
「《丸呑み》!」
バクッ!
「…………ん?」
なんだ?
今まで食べた奴と違う。
「……ちょっとうまいな」
虫や小魚は、ほとんど味がしなかった。
でもザリガニは違う。
ちゃんと味がする。
というか普通にうまい。
「これ……強い奴ほどうまいとかある?」
だったら格上狩りにも夢があるな。
……いや。
さっき死にかけたばっかりだ。
調子に乗るな俺。
その時。
【捕食条件を満たしました】
【スキル《挟む》を獲得しました】
「きたあああ!!」
やっぱり!
ザリガニといえばハサミ!
《挟む》!
「…………」
俺は自分の手を見る。
短い。
小さい。
ブヨブヨ。
「……この手で?」
どうやって?
まあいい。
後で試せば分かる。
そして、さらに。
【特定条件を満たしました】
【特典《水の女神の加護・小》を獲得しました】
「…………」
ん?
「女神の……加護?」
ちょっと待て。
なんか急にすごそうなの来たぞ。
俺は慌ててステータスを開いた。
【種族】ミニルーパー
【Lv】8
【HP】37/37
【攻撃力】10
【防御力】48
【素早さ】10
【魔力】13
【幸運】10
【スキル】
《丸呑み》
《毒手》
《水中遊泳》
《水中呼吸》
《毒棘》
《防御》NEW!
《挟む》NEW!
【特典】
《神の悪戯》
《水の女神の加護・小》NEW!
「…………」
「やばくね?」
俺。
めちゃくちゃ強くなってない?
転生した直後なんて、攻撃力1、防御力5、素早さ1だったんだぞ。
それが今や防御力48。
攻撃力だって10。
素早さも10。
HPは37。
「成長率えぐいな……」
しかも、なんとなくだが。
身体も少し大きくなっている気がする。
最初は本当に小さかった。
その辺の石すら巨大に見えたくらいだ。
でも今は、明らかに身体に厚みが出ている。
「レベル上がると身体も成長するのか?」
まあ、それは後で考えればいい。
今は――。
「女神の加護だよ!」
これ!
こういうのを待ってたんだよ!
《神の悪戯》とかいう、何の役に立ってるのか分からない特典じゃない。
ちゃんとした神様の加護!
しかも水の女神!
俺、水中生物!
相性完璧じゃん!
「これ実はめちゃくちゃ当たりなんじゃないか?」
期待しながら詳細を開く。
【水の女神の加護・小】
水を司る女神から与えられる小さな加護。
・水辺での行動に僅かな補正
・手先の器用さに僅かな補正
・宴会芸に僅かな補正
「…………」
ん?
もう一回。
・水辺での行動に僅かな補正
「うん」
いいじゃん。
素直に嬉しい。
俺は今のところ完全に水中生活だ。
《水中遊泳》も持ってる。
これと組み合わせれば、さらに速く動けるかもしれない。
次。
・手先の器用さに僅かな補正
「…………まあ、いい」
俺の手、絶望的に短いからな。
ちょっとでも使いやすくなるならありがたい。
《毒手》もあるし。
今《挟む》も手に入れた。
今後、手を使う機会は増えるだろう。
問題は――。
・宴会芸に僅かな補正
「…………」
何?
宴会芸?
「いらねえだろ!!」
なんだよ宴会芸って!
俺、水中生物だぞ!?
宴会する予定ねえよ!
誰と宴会すんだよ!
メダカか!?
虫か!?
さっき殺し合ったザリガニか!?
「というかなんで水の女神の加護に宴会芸が入ってんだよ!」
水関係ないじゃん!
……いや。
待て。
もしかしてこの女神。
酒好きな奴だろ、
宴会芸も、
そのノリで加護に宴会芸まで付けた。
あり得る。
神様なんて見たことないから知らないけど。
少なくともまともな女神なら、加護に宴会芸なんて入れないだろ。
「絶対ポンコツじゃん……」
俺の中で水の女神のイメージが一気に崩れていく。
もっとこう。
青くて長い髪で。
神秘的で。
水の上に立って。
『迷える者よ……』
みたいなこと言う女神を想像してた。
でも実際は。
酒片手に宴会してそう。
「…………」
いや。
考えるのはやめよう。
会ったこともない神様を勝手にポンコツ扱いするのはよくない。
一応、加護もくれたわけだし。
「くぅ……」
でも。
《神の悪戯》といい。
宴会芸といい。
「俺、神たちに遊ばれてない?」
数々の神に見守られている。
その説明を思い出す。
なんか今頃、上から俺を見て笑ってる奴らがいる気がしてきた。
「揶揄うならよそでやってくれ……」
まあいい。
もらえるものはもらっておこう。
水辺での補正は普通に強そうだ。
手先が器用になるのも、今後役立つかもしれない。
宴会芸は――。
「……いつか使うかもしれない」
いや。
使う状況ってなんだよ。
「よし! 次!」
考えても仕方ない。
新しいスキルを試そう。
まずは《防御》。
攻撃を受ける。
身体を守る。
一番硬いところで受け止める。
そんな感じをイメージする。
「《防御》!」
その瞬間。
身体が勝手に動いた。
「おお!?」
手足を縮める。
頭を守る。
身体を低くして、衝撃に備える。
さっきまで俺がやっていた防御とは明らかに違う。
「ちゃんと身体が動くぞ!」
……ということは。
「俺、今まで本当にただ耐えてただけだったの?」
防御力30とかあったのに?
そりゃザリガニにボコボコにされるわ。
でも。
これはかなり使える。
そして俺には、もう一つ防御向きのスキルがある。
「《毒棘》!」
背中から紫色の棘が生える。
《防御》の姿勢も解除されない。
「併用できる!」
これは強い。
《防御》で受ける。
高い防御力で耐える。
攻撃してきた相手に《毒棘》が刺さる。
毒が回るまで、ひたすら耐える。
「俺の戦い方、完成してきたな」
派手さはない。
めちゃくちゃ地味。
でも。
生き残ればいいんだ。
次。
《挟む》。
「…………」
改めて自分の手を見る。
小さい。
短い。
ブヨブヨ。
「これで何を挟めと?」
とりあえず近くに生えている水草に手を伸ばす。
以前なら、この短い手を狙った場所へ動かすだけでも結構大変だった。
でも。
「あれ?」
普通に動く。
細かく角度まで調整できる。
「これ、加護か?」
手先の器用さに補正。
宴会芸のせいでバカにしてたけど、普通に役立ってるじゃん。
水草を両手で挟む。
「《挟む》!」
グッ。
次の瞬間。
ザシュッ。
「…………え?」
水草が切れた。
「え?」
俺の手を見る。
相変わらずブヨブヨ。
ハサミなんてない。
爪もない。
なのに。
切れた。
「切れ味あんの!?」
どういう原理だよ。
でも使えるなら何でもいい。
さらに。
「《毒手》!」
手に毒をまとわせる。
その状態で。
「《挟む》!」
ザシュッ。
問題なく発動。
「おお!」
つまり。
毒付きの切断攻撃。
リーチはめちゃくちゃ短いけど。
近づければ普通に強い。
防御。
毒棘。
毒手。
挟む。
「かなり戦闘力上がったんじゃないか?」
遠距離攻撃がないのは不安だけど。
少なくとも、ザリガニと戦った時の俺よりは遥かに強い。
そして。
俺はもう一度、自分の短い手を見る。
思った通りに動く。
「……水の女神様」
さっきポンコツとか言ってすみませんでした。
いや、宴会芸はいらないけど。
加護自体はかなりありがたい。
「一応、祈っとくか」
神様への祈り方なんて知らない。
神社でお願いしたことくらいしかない。
異世界の水の女神に何て言えばいいんだ?
「えー……」
それっぽい言葉。
それっぽい言葉。
「悪魔滅ぶべし」
…………。
「魔王倒すべし……っと」
…………。
魔王いるのか知らんけど。
多分こういうのでいいだろ。
「加護ありがとうございました」
頭を下げようとする。
首がほとんど動かない。
「…………まあ、気持ちは伝わっただろ」
多分。
神様だし。
そんなこんなで。
新しく手に入れた能力の検証は終わった。
《防御》。
《挟む》。
そして《水の女神の加護・小》。
どれも思っていた以上に使えそうだ。
現在レベル8。
転生直後とは比べ物にならないくらい強くなった。
だったら。
「次はレベル10だな!」
ゲームでも10という数字は一つの区切りだ。
新しいスキルを覚えるかもしれない。
ステータスが大きく上がるかもしれない。
もしかしたら――。
進化。
なんてものもあるかもしれない。
「よし!」
目標は決まった。
レベル10。
それに。
忘れちゃいけない奴がいる。
俺は最初に尻尾を食いちぎられた時のことを思い出す。
錦模様。
巨大な身体。
そして鯉とは思えない、あの鋭い牙。
「あいつ……」
転生直後の俺は、何もできなかった。
逃げるだけだった。
でも今なら?
防御力48。
毒もある。
《防御》も覚えた。
まだ勝てるとは言い切れない。
だから。
今は戦わない。
もっと強くなる。
レベルを上げる。
スキルを増やす。
そして――。
「待ってろよ、クソ鯉」
いつか絶対。
俺が食う側になってやる。
次の目標。
レベル10。
俺の異世界水中生活は――。
なんだか少し、楽しくなってきた。




