2話 初めてのレベルアップ
あれから、自分の置かれている状況を飲み込むまでにはかなりの時間がかかった。
とりあえず分かったこと。
俺は死んだ。
多分、異世界に転生した。
そして――人間ではなくなった。
「ミニルーパー……」
改めて自分の種族名を確認する。
ミニルーパー。
ルーパー。
……。
「俺、ウーパールーパーかなんかの子供ってことか?」
だとしたら、まあ確かにこの身体にも納得できる。
短い手足。
やたらデカい口。
水の中でも普通に呼吸できる身体。
そして、ブヨブヨした皮膚。
自分の姿がはっきり見えないから断言はできないけど、少なくとも人間からはだいぶ遠そうだ。
「なんとも不思議生物だな……」
問題は。
こんな身体で、この異世界を生きていけるのかということだ。
俺のステータスは、どう考えても弱い。
攻撃力1。
素早さ1。
魔力1。
頼みの綱は防御力5。
ゲームだったら、間違いなく最序盤の雑魚キャラだ。
まあでも、転生してすぐ殺されるなんてことは――。
――ズン。
「……ん?」
何かがいる。
そう思った瞬間、自分でも不思議なことに気がついた。
見えたわけじゃない。
相変わらず俺の視界はぼんやりしている。
なのに――分かる。
水が揺れた。
何か大きなものが、水を押しのけながらこちらへ近づいてきている。
「なんだこれ……」
目じゃない。
身体で感じている?
触覚……いや、感覚的な何かが働いているっぽい。
しかも結構デカいぞ。
目を凝らす。
ぼんやりとした視界の向こう。
ゆっくりと、巨大な影がこちらへ近づいてくる。
魚だ。
「……鯉?」
多分、鯉だ。
だって錦模様だもん!
赤とか白とか黒とか。
どう見ても錦鯉――。
魚が口を開いた。
「…………」
ズラリ。
口の中に並ぶ、鋭い牙。
「いや、鯉にしては牙えぐすぎるだろ!!」
次の瞬間。
魚がこっちへ突っ込んできた。
「やばいやばいやばい!!」
逃げろ!!
必死に手足を動かす。
遅い!
めちゃくちゃ遅い!
待て!
俺、素早さ1じゃん!
「素早さ1で逃げ切れんのか俺!?」
後ろから水が大きく揺れる。
来てる。
絶対来てる。
振り返らなくても分かる。
「待って待って待って! やばい! 来てる来てる来てる!!」
岩陰まで行けば!
あと少し!
あと――。
ブチッ。
「――ッッッ!!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
直後。
尻尾に、とんでもない激痛が走った。
「いっっっってええええええええ!!!」
振り返る。
魚が俺の尻尾に食いついていた。
いや。
違う。
俺の尻尾だったものを、食っている。
「尻尾食われたぁぁぁ!!」
痛い!
痛い痛い痛い!!
洒落にならん!
ステータス!
【ミニルーパー Lv1】
【HP】7/10
【攻撃力】1
【防御力】5
【素早さ】1
【魔力】1
【幸運】1
減ってる!
普通にHP減ってる!!
「神さまこれ難易度終わってるよぉ!!」
だが。
あいつは今、食いちぎった俺の尻尾に夢中になっている。
逃げるなら今しかない。
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!」
短い手足を必死に動かす。
尻尾がないせいなのか、身体のバランスもうまく取れない。
それでも進む。
岩の隙間へ。
身体をねじ込む。
もっと奥へ。
もっと。
もっと!
どれくらい逃げただろう。
後ろから感じていた大きな水の揺れが、ようやく消えた。
「はぁ……はぁ……」
いや、水の中で息切れってするのか?
分からん。
でも疲れた。
死ぬほど疲れた。
「逃げ……切れた……?」
恐る恐る周囲の気配を探る。
何もいない。
多分。
「…………」
怖すぎる。
異世界怖すぎる。
もっとこう、最初はスライムとかじゃないの?
チュートリアルないの?
いきなり俺より何十倍もデカい化け物出してくる?
しかも鯉。
俺、鯉に食われかけたんだけど。
ステータスを確認する。
【HP】7/10
「回復してない……」
最悪だ。
ゲームなら時間経過で回復とかあるだろ。
いや、もしかしたら一晩寝れば回復するのか?
ポーション?
そんなもん持ってるわけない。
回復魔法?
魔力1だぞ。
使える気がしない。
しかも――。
「……腹減った」
最悪のタイミングで空腹まで襲ってきた。
考えてみれば、転生してから何も食べていない。
というか、この身体になって何を食えばいいんだ?
水草?
魚?
さっきの鯉?
無理無理無理。
あんなの食う前に俺が食われる。
「これ、本格的に死ぬんじゃね……?」
転生。
約一日。
死因、空腹。
笑えない。
その時だった。
ピクッ。
また何かを感じた。
「……!」
身体を縮める。
またあの魚か!?
いや。
違う。
小さい。
すぐ近くに何かいる。
目を凝らす。
岩の上を、小さな虫のような生き物が這っていた。
「虫……?」
気持ち悪い。
食いたくない。
絶対まずい。
でも。
腹が減った。
このまま何も食わなかったら、多分もっと弱る。
「…………」
虫を見る。
「…………」
もう一度見る。
「……死ぬくらいなら」
俺には一つだけ、攻撃に使えそうなスキルがある。
《丸呑み》。
使い方なんて知らない。
でも、名前の通りなら――。
虫へ近づく。
幸い、向こうは俺に気づいていない。
あと少し。
もう少し。
今だ。
「《丸呑み》!」
ガバッ!
――バクン!
「…………」
食った。
マジで丸呑みした。
味は――。
「……分からん」
というか噛んですらいない。
本当にそのまま飲み込んだ。
その瞬間。
――♪
頭の中に、どこか馴染みのある音が鳴り響いた。
「……え?」
この音。
ゲーマーだった俺には分かる。
間違えるわけがない。
これは――。
【レベルが上がりました】
【ミニルーパー Lv1 → Lv2】
「きたぁぁぁぁぁ!!」
思わず叫ぶ。
来た!
レベルアップ!
そうだよ!
異世界転生ってこれだよ!
俺が求めてたのこれ!!
急いでステータスを開く。
【種族】ミニルーパー
【Lv】2
【HP】13/13 10 → 13
【攻撃力】2 1 → 2
【防御力】10 5 → 10
【素早さ】2 1 → 2
【魔力】3 1 → 3
【幸運】2 1 → 2
【スキル】
《丸呑み》
《毒手》NEW!
「おおおお……!」
上がってる!
ちゃんと上がってる!
しかもHP全回復!
尻尾の痛みも、さっきより明らかにマシになっている。
「助かったぁ……」
そしてステータスを見る限り、どうやら俺は防御力が伸びやすいらしい。
攻撃力が1しか増えてないのに、防御力は一気に5も増えている。
「俺、防御力重視の種族なのか?」
悪くない。
というか、今の俺にはかなりありがたい。
素早さ1で逃げられないなら、せめて硬くなってくれ。
そして――。
「《毒手》?」
なんだこれ。
手から毒出せんの?
急に物騒なスキル覚えたな。
さっきまで《丸呑み》しかなかったのに。
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけだが。
この世界で生き残れる可能性が見えてきた気がする。
「いやー……危なすぎた」
転生して早々、鯉みたいな化け物に尻尾を食われた。
でも。
生き残った。
そして、レベルも上がった。
だったら。
弱い生き物を探して食えば、もっとレベルを上げられるんじゃないか?
レベルを上げて。
ステータスを上げて。
スキルを増やす。
元ゲーマーの俺にとって、これほど分かりやすいルールはない。
「よし……」
まずは。
俺でも勝てる雑魚を探そう。
絶対にあの鯉には近づかない。
少なくとも――。
俺があいつを食えるくらい強くなるまでは。




