表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第一章 あそこへ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/16

プロローグ あと四人


「いいかい、千尋(ちひろ)(りん)


 小学校最後の大会で、私たちはまた優勝できなかった。


 最後の一点が決まり、笛が鳴った。相手の選手たちが喜んでいる姿を、私はぼんやりと見ていた。


 悔しかったし、あと一本だったとも思った。あのボールを拾えていたら、あのスパイクを決められていたら、あそこで私がもっと上手くできていたら。そんなことばかりを考えていた。


 きっと凜も、似たようなことを考えていたのだと思う。試合を終えた凜は、悔しそうに唇を噛んだまま俯いていた。


 監督だった父は、そんな私たちの前にしゃがんだ。


「バレーボールは、六人で強い方が勝つんだ」


 怒っているわけでも、慰めているわけでもない、静かな声だった。


「『エース一人で勝った』なんて言う人間がいたら、笑ってやればいい」


 凜が少しだけ顔を上げ、私も父を見た。


「でも、負けた」


「うん。負けたね」


 私が言うと、父はあっさり頷いた。


「だから悔しいんだろ?」


「……うん」


「なら、それでいいよ」


 父は、泣くなとも、もっと練習しろとも言わなかった。ただ、いつもの何を考えているのかよく分からない顔で笑っていた。


「今日の負けを忘れなくていい。忘れないまま、次に行けばいいんだ」


 次、という言葉は、この時の私には少し遠く感じた。小学校最後の大会は、もう終わってしまったのに。


「次って?」


「これからだよ」


 父は当たり前のことのように言った。


「前を向いていれば、これからもっとたくさんの強い仲間に出会える」


「……強い仲間?」


「そう」


「どこにいるの?」


「さあ?」


「知らないの?」


「知らないよ」


 父があまりにも平然と言うので、思わず凜まで顔を上げた。


「知らないのに言ったの?」


「いると思うから言ったんだよ」


「適当じゃん」


「千尋は父親に厳しいなあ」


 父は笑いながら、私と凜を交互に見た。


「大丈夫。前さえ向いていれば、同じ方向を見る仲間と会えるよ」


「同じ方向?」


「勝ちたいとか、もっと上手くなりたいとか。それから――同じ一球を、面白いって思えるとかね」


 その意味は、よく分からなかった。


 バレーボールは面白いから、私はやっている。凜もそうだと思う。それなら、みんな同じなのではないだろうか。


「現に、千尋と凜はもう一緒にバレーボールをしてるだろ?」


 私と凜は顔を見合わせた。


 家は三軒隣で、小さい頃からずっと一緒だった。気づいた時には、同じコートに立っていた。


「うん」


「だったら大丈夫。あと四人とも会えるよ」


「四人?」


「バレーボールは六人でやるだろ?」


 父は二本の指を立て、それから、もう片方の手で四本を足した。


「もう二人いる。だから、あと四人」


「……そんな簡単?」


「簡単、簡単」


「絶対適当だよ、おじさん」


 凜が言うと、父は困ったように眉を下げた。


「凜までひどいなあ」


 それでも、父は笑っていた。


 六人でやるスポーツだから、今ここに二人いるなら、あと四人。


 小学生だった私は、本当にそれくらいの意味だと思っていた。


 いつか上手いセッターやリベロ、背の高いミドルに出会い、六人揃ったらもっと強いチームになれる。そんな単純な話だと思っていたし、たぶん父の言葉を半分も理解していなかった。


 それから何年も経ち、私は本当にたくさんの人に出会った。


 自分よりずっと高く跳ぶ人もいれば、何を考えているのか分からない人もいた。絶対に落ちると思ったボールを拾う人や、目立たないところでいつも誰かを助けている人、私には思いつかない方法で同じ一点を取りにいく人もいた。


 その中には、先輩も後輩も、仲間もライバルもいた。同じユニフォームを着た人だけではなく、ネットの向こうにいた人もいた。


 そして時々、本当にあるのだ。


 誰かが一本のボールを拾い、誰かが相手を騙す。誰かが全力で跳び、誰かが空いた場所へ走り込む。


 そんな時は、説明なんてしていないのに、なぜか全員の考えていることが分かる。


 ボールが床に落ち、顔を上げると、みんな同じように笑っている。


 ――おもしろ過ぎる。


 そう思わずにはいられない一球が、本当にあるのだ。


 父の言葉の意味を本当に理解したのは、きっと、私たちの高校バレーがすべて終わったあとだった。


 あの日、父が言っていた「あと四人」は、きっと、四人だけの話ではなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ