プロローグ あと四人
「いいかい、千尋、凜」
小学校最後の大会で、私たちはまた優勝できなかった。
最後の一点が決まり、笛が鳴った。相手の選手たちが喜んでいる姿を、私はぼんやりと見ていた。
悔しかったし、あと一本だったとも思った。あのボールを拾えていたら、あのスパイクを決められていたら、あそこで私がもっと上手くできていたら。そんなことばかりを考えていた。
きっと凜も、似たようなことを考えていたのだと思う。試合を終えた凜は、悔しそうに唇を噛んだまま俯いていた。
監督だった父は、そんな私たちの前にしゃがんだ。
「バレーボールは、六人で強い方が勝つんだ」
怒っているわけでも、慰めているわけでもない、静かな声だった。
「『エース一人で勝った』なんて言う人間がいたら、笑ってやればいい」
凜が少しだけ顔を上げ、私も父を見た。
「でも、負けた」
「うん。負けたね」
私が言うと、父はあっさり頷いた。
「だから悔しいんだろ?」
「……うん」
「なら、それでいいよ」
父は、泣くなとも、もっと練習しろとも言わなかった。ただ、いつもの何を考えているのかよく分からない顔で笑っていた。
「今日の負けを忘れなくていい。忘れないまま、次に行けばいいんだ」
次、という言葉は、この時の私には少し遠く感じた。小学校最後の大会は、もう終わってしまったのに。
「次って?」
「これからだよ」
父は当たり前のことのように言った。
「前を向いていれば、これからもっとたくさんの強い仲間に出会える」
「……強い仲間?」
「そう」
「どこにいるの?」
「さあ?」
「知らないの?」
「知らないよ」
父があまりにも平然と言うので、思わず凜まで顔を上げた。
「知らないのに言ったの?」
「いると思うから言ったんだよ」
「適当じゃん」
「千尋は父親に厳しいなあ」
父は笑いながら、私と凜を交互に見た。
「大丈夫。前さえ向いていれば、同じ方向を見る仲間と会えるよ」
「同じ方向?」
「勝ちたいとか、もっと上手くなりたいとか。それから――同じ一球を、面白いって思えるとかね」
その意味は、よく分からなかった。
バレーボールは面白いから、私はやっている。凜もそうだと思う。それなら、みんな同じなのではないだろうか。
「現に、千尋と凜はもう一緒にバレーボールをしてるだろ?」
私と凜は顔を見合わせた。
家は三軒隣で、小さい頃からずっと一緒だった。気づいた時には、同じコートに立っていた。
「うん」
「だったら大丈夫。あと四人とも会えるよ」
「四人?」
「バレーボールは六人でやるだろ?」
父は二本の指を立て、それから、もう片方の手で四本を足した。
「もう二人いる。だから、あと四人」
「……そんな簡単?」
「簡単、簡単」
「絶対適当だよ、おじさん」
凜が言うと、父は困ったように眉を下げた。
「凜までひどいなあ」
それでも、父は笑っていた。
六人でやるスポーツだから、今ここに二人いるなら、あと四人。
小学生だった私は、本当にそれくらいの意味だと思っていた。
いつか上手いセッターやリベロ、背の高いミドルに出会い、六人揃ったらもっと強いチームになれる。そんな単純な話だと思っていたし、たぶん父の言葉を半分も理解していなかった。
それから何年も経ち、私は本当にたくさんの人に出会った。
自分よりずっと高く跳ぶ人もいれば、何を考えているのか分からない人もいた。絶対に落ちると思ったボールを拾う人や、目立たないところでいつも誰かを助けている人、私には思いつかない方法で同じ一点を取りにいく人もいた。
その中には、先輩も後輩も、仲間もライバルもいた。同じユニフォームを着た人だけではなく、ネットの向こうにいた人もいた。
そして時々、本当にあるのだ。
誰かが一本のボールを拾い、誰かが相手を騙す。誰かが全力で跳び、誰かが空いた場所へ走り込む。
そんな時は、説明なんてしていないのに、なぜか全員の考えていることが分かる。
ボールが床に落ち、顔を上げると、みんな同じように笑っている。
――おもしろ過ぎる。
そう思わずにはいられない一球が、本当にあるのだ。
父の言葉の意味を本当に理解したのは、きっと、私たちの高校バレーがすべて終わったあとだった。
あの日、父が言っていた「あと四人」は、きっと、四人だけの話ではなかったのだ。




