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第十二話 約束を減らす日


朝。


ひだまり孤児院の食堂で、トトは壁を見上げていた。


壁には、たくさんの約束が貼られている。


一、かってに外へ出ない。

二、知らない石をさわらない。

三、こわかったら大人に言う。

四、アルト先輩にかってに乗らない。

五、アルト先輩に変なものを食べさせない。

六、手を洗う。

七、すーぷを飲む。


そこから始まった約束は、今では三十二まで増えていた。


三十二、怖い時ほど、息をして、助けを呼ぶ。


もう、これ以上は増やさない。


そう決めた。


決めたはずだった。


トト「……多い」


ガル「今さらだな」


ユアン「かなり前から多かったよ」


ミリ「いっぱい」


リリィ「猫は覚えてない」


猫「……」


猫は窓際で丸くなっている。


覚える気もなさそうだった。


トト「俺、全部守りたいけど、全部思い出す前に事件が終わる気がする」


ガル「それは困るな」


ユアン「危ない時に三十二個を順番に読むのは無理だね」


エル「でも、どれも大事です」


マーサはスープをよそいながら、壁を見た。


「そうだね。どれも大事だよ」


トト「じゃあ、どうするの?」


マーサ「減らす」


食堂が静かになった。


トト「減らす!?」


ガル「捨てるのか?」


マーサ「捨てないよ。整理するんだ」


ユアンの目が光った。


「分類ですね」


マーサ「そう。似ているものをまとめる」


ミリ「まとめすーぷ?」


マーサ「それに近いね」


リリィ「猫もまとめる?」


猫「……」


レオンは壁を見ていた。


三十二枚の紙。


どれも、子どもたちが何かを経験して増えたものだ。


危ない石。


アルト騎乗。


合言葉。


知らない荷物。


靴ひも。


帰ること。


力の使い方。


助けを呼ぶこと。


学院。


聖力。


殺気。


霊。


悪徳商人。


全部に意味がある。


だが、多すぎる。


約束は、壁を埋めるためにあるのではない。


守るためにある。


レオン「ああ。減らす」


トト「レオン兄ちゃんも!?」


「覚えられない約束は、危険だ」


ユアン「つまり、覚えやすくして、実際に使えるようにするんですね」


レオン「そうだ」


マーサは食堂の大きな机に、三十二枚の写しを並べた。


セシリアがすでに用意していたものだ。


セシリア「本日は、ひだまり孤児院生活規則の整理作業です」


トト「名前が急に難しい」


ガル「つまり、約束の片づけだろ」


セシリア「その通りです」


リュシア「面白そうね」


フィリア「大事な作業です。特に子どもたちが判断しやすくなるのは良いことです」


マーサ「じゃあ、朝ごはんのあとにやるよ。まず食べな」


ミリ「すーぷ」


レオン「ああ」


「それは残す」


ミリ「よし」


朝食後。


食堂の机に、三十二個の約束が並んだ。


トトはそれを見て、少しだけ圧倒される。


ガルは腕を組んでいる。


ユアンは分類用に線を引き始めている。


エルは一つ一つ丁寧に読んでいる。


ミリは「すーぷ」を探している。


リリィは猫と一緒に見ている。


猫は紙の上に乗ろうとして、マーサに止められた。


マーサ「まず、大きく分けるよ」


トト「大きく?」


マーサ「一つ目。勝手に危ないことをしない」


ユアン「外へ出ない、知らない石を触らない、知らない荷物を開けない、知らない場所で離れない、工事中の孤児院に戻らない、ですね」


ガル「アルト先輩に勝手に乗らない、変なものを食べさせないもそこか」


トト「アルト先輩関係も?」


レオン「危ないことだ」


トト「はい」


ミリ「アルト先輩、すーぷ飲む?」


レオン「飲ませるな」


ミリ「はい」


マーサ「二つ目。怖い時、分からない時は大人を呼ぶ」


エル「こわかったら大人に言う。助けたい時ほど、みんなを呼ぶ。分からないまま、たくさんやらない。聞いてからやる」


ユアン「怖い時ほど、息をして、助けを呼ぶ、もですね」


ガル「知ってる人でも、いつもと違ったら大人に言う、も入るな」


トト「声が聞こえても、すぐ門を開けない。合言葉を確かめる、も?」


レオン「ああ」


マーサ「三つ目。自分の体と命を守る」


フィリアが頷いた。


「手を洗う。靴ひもを結ぶ。帰る。帰ったら食べる。助けたい時ほど自分の命も守る」


リュシア「力を使う子たちには特に必要ね」


エル「大事な力は、ひとりで抱えない、もここですか?」


フィリア「そうですね。心と体を守る約束です」


マーサ「四つ目。力は守るために使う」


ガル「力をいじめに使わない」


トト「力は帰る道を作るために使う」


ユアン「勝っても油断しない、できることが増えても調子に乗らない、向いていることほどゆっくり覚える」


レオン「ああ」


ルカが聞いたら耳が痛いだろう。


もちろん、トトにも。


ガルにも。


レオンにも。


マーサ「五つ目。帰る場所を忘れない」


リリィ「ぜったい帰る」


ミリ「帰ったら食べる」


エル「帰ってきたら、ありがとうを言う」


ユアン「帰る日でも、危ない時は待つ」


ガル「一人で行く日も、ちゃんと帰ってくる」


トト「帰る場所の約束だ」


レオンは少しだけ目を細めた。


帰る場所。


ひだまりの中心にある言葉。


マーサ「六つ目。毎日のことをちゃんとやる」


トト「宿題?」


ガル「自分の宿題を、ちゃんとやる」


ユアン「手を洗う、スープを飲む、遊びでも呼ばれたら返事をする」


ミリ「すーぷ」


リリィ「猫は返事しない」


猫「……」


マーサ「猫は猫だね」


トト「ずるい」


レオン「人間は返事をしろ」


トト「はい!」


ユアンは紙にまとめていく。


一、危ないことを勝手にしない。

二、怖い時、分からない時は大人を呼ぶ。

三、自分の体と命を守る。

四、力は守るために使う。

五、必ず帰る。帰ったら食べて、ありがとうを言う。

六、毎日の宿題と生活をちゃんとやる。


トト「六個になった!」


ミリ「へった」


ガル「かなり減ったな」


エル「でも、全部入ってます」


セシリア「元の三十二項目は、詳細版として保管します」


マーサ「壁には、この六つを貼ろう」


トト「三十二は剥がすの?」


マーサ「剥がす。でも捨てない」


レオン「ああ。しまっておく」


リリィ「思い出?」


マーサ「そうだよ」


子どもたちは、少し静かになった。


三十二枚の約束には、それぞれ思い出がある。


アルトに乗った日。


ワイバーン肉を食べた日。


帰る日が延期された日。


学院を見学した日。


聖力を知った日。


殺気を受けた日。


幽霊に会った日。


悪徳商人の話を聞いた日。


その全部を剥がすのは、少し寂しい。


でも、捨てるわけではない。


守りやすくするのだ。


トトは壁を見た。


「約束って、減らしても弱くならない?」


レオン「ならない」


トト「ほんと?」


「研いだだけだ」


ガル「刃みたいだな」


レオン「ああ」


ユアン「余計な部分を削って、大事なところを残す」


リュシア「いい整理ね」


マーサ「じゃあ、昼までに貼り替えるよ」


ミリ「すーぷ残った」


マーサ「もちろん」


ミリ「よし」


その日の午後。


レオンは王城へ向かった。


本当なら、今日は授業だけの予定だった。


ルカの太刀宿題の確認。


アリシアの魔力と聖力の分離訓練。


騎士団の殺気訓練の軽い調整。


だが、王城に着くなり、リュシアが言った。


「今日は、あなたも魔法を使いなさい」


レオン「断る」


即答だった。


ルカ「レオン殿、魔法を使えるのですか!?」


アリシア「見たことがありません」


グレン「私も、ほとんどありません」


フィリア「日常ではまったく使いませんね」


リュシア「使えるのに使わないのよ、この人」


レオン「必要がない」


リュシア「そう言うと思ったわ」


王城訓練場には、魔力測定用の水晶が置かれていた。


アリシアは聖力を隠し、魔力だけを流す訓練を続けている。


だが、問題があった。


聖力と魔力の境目が、まだ曖昧なのだ。


魔力を動かそうとすると、助けたい気持ちや責任感に反応して、奥の聖力が揺れる。


リュシア「私の魔法は純粋に魔導士寄り。フィリアの治癒魔法は治癒術寄り。アリシアに必要なのは、魔力を動かしながら、聖力を起こさない見本」


フィリア「レオン様は聖力を持ちながら、魔法も使えます」


グレン「つまり、最適な見本ということですね」


レオン「俺でなくてもいい」


リュシア「あなたが一番いいの」


ルカは目を輝かせている。


「レオン殿の魔法……!」


レオン「期待するな。地味だ」


アリシア「地味でも構いません。見たいです」


その言葉に、レオンは少しだけ黙った。


アリシアは真剣だった。


怖いから逃げたいのではない。


知らないままにしたくない。


そういう顔だった。


レオンは息を吐いた。


「一度だけです」


リュシア「三回」


「一度」


フィリア「最低二回は必要です。比較できません」


レオン「……二回」


ルカ「やった!」


レオン「喜ぶな」


訓練場の空気が少し変わった。


レオンが魔法を使う。


それは、かなり珍しいことだった。


レオンは普段、日常で魔法を使わない。


火をつける時も、普通に火打ち石を使う。


鍋を温める時も、普通に火加減を見る。


洗濯物を乾かす時も、風魔法を使わない。


荷物を運ぶ時も、身体で運ぶ。


トトが見たら、絶対に言うだろう。


「魔法使えば早いのに!」


そしてレオンは、こう答える。


「手でできる」


グレンも以前から疑問に思っていた。


「なぜ、そこまで魔法を使わないのですか」


レオン「癖になる」


リュシア「便利に慣れすぎるのが嫌なのよね」


レオン「ああ」


フィリア「それだけですか?」


レオンは少しだけ黙る。


「魔法は、距離を作る」


アリシア「距離?」


「手で触れれば、熱さが分かる。重さが分かる。痛みが分かる。だが、魔法で動かすと、それが少し遠くなる」


アリシアは静かに聞いていた。


レオン「俺は、それが好きではない」


リュシア「だから料理にも魔法を使わないのね」


レオン「火加減を間違える」


グレン「そこですか」


フィリア「大事ではあります」


ルカ「レオン殿らしいです」


レオンは水晶の前に立った。


使うのは、魔力だけ。


レオンが右手を上げた。


訓練場の空気が、静かに変わる。


リュシアが目を細めた。


「……相変わらず、無駄がないわね」


レオンの手のひらに、小さな光が生まれた。


色は灰色に近い銀。


派手ではない。


大きくもない。


ただ、静かにそこにある。


火でも、水でも、風でも、土でもない。


純粋な魔力の球。


アリシアの白銀の魔力とは違う。


リュシアの星魔法のような美しさとも違う。


レオンの魔力は、道のようだった。


細く、硬く、まっすぐで。


必要な分だけそこにある。


ルカ「……きれい、というより」


グレン「静かですね」


フィリア「心拍は安定。聖力反応なし」


リュシア「そう。これよ」


レオンは魔力球を水晶へ近づけた。


水晶は淡い灰銀色に光った。


その奥には、金白色の聖力はない。


完全に分けられている。


アリシアは息を呑んだ。


「どうやって……」


レオン「奥を見ない」


アリシア「奥を?」


「聖力は、奥にある。助けたい気持ちに反応する。だから、魔力を動かす時は、手前だけを使う」


リュシア「感覚的だけど、正しいわ」


アリシアは自分の胸に手を当てた。


「私は、魔力を動かす時に、奥まで触ろうとしていたのですね」


レオン「ああ」


「強くしようとすると、奥まで届いてしまう」


「そうだ」


レオンは魔力球を消した。


本当に何でもないように。


ルカ「もう一回見たいです!」


レオン「二回だけだ」


リュシア「今のが一回目ね」


レオンは少しだけ嫌そうな顔をしたが、もう一度手を上げた。


今度は、魔力を細い線にする。


灰銀色の線が、空中をゆっくり伸びる。


まるで、道を描くように。


それは魔法陣ではない。


攻撃魔法でもない。


ただ、魔力を細く保つ制御。


だが、それがどれだけ難しいか、アリシアには分かった。


太くすれば簡単だ。


大きくすれば勢いで誤魔化せる。


でも、細く、切れず、揺れず、一定に保つのは難しい。


ルカの素振り千回。


ガルの正拳突き千回。


トトの呼吸十回。


それと同じだ。


地味。


だから難しい。


レオン「魔力だけ」


灰銀色の線が、水晶の周りを一周する。


聖力は動かない。


戦気も動かない。


完全に、魔力だけ。


フィリア「聖力反応なし」


リュシア「完璧ね。腹立つくらい」


グレン「なぜ腹が立つのですか」


リュシア「使えるのに使わないからよ」


レオン「必要がない」


リュシア「出た」


アリシアは少し笑い、それから真剣な顔になった。


「私もやってみます」


レオン「小さく」


アリシア「はい」


アリシアは水晶の前に立つ。


手を上げる。


白銀の魔力が、ゆっくり集まる。


昨日よりも小さく。


学院の測定の時よりも細く。


奥へ触れない。


助けたい気持ちを起こさない。


ただ、魔力だけを手前で動かす。


水晶が淡く光る。


白銀。


その奥に、金白色は出ない。


フィリア「聖力反応なし」


アリシアの表情が明るくなる。


だが、すぐに整える。


喜びすぎても、揺れる。


レオン「いい」


アリシア「はい」


ルカは木太刀を握りながら、深く頷いた。


「魔法も、太刀と同じなのですね」


レオン「何がだ」


「大きく振るより、小さく保つ方が難しい」


レオンは少しだけ目を細めた。


「ああ」


グレン「殿下、良い理解です」


ルカ「ありがとうございます!」


レオン「夕方の素振りは減らさない」


ルカ「はい!」


その後、王城授業は続いた。


ルカは第1段階を維持したまま木太刀を振る。


ガルはいないが、レオンはガルの拳にも通じる話として記録を残す。


アリシアは魔力だけを動かす練習。


聖力は出さない。


リュシアは補助。


フィリアは体調確認。


グレンは騎士団の殺気訓練日程を調整している。


レオンは、もう魔法を使わなかった。


ルカ「レオン殿、もう使わないのですか?」


レオン「使わない」


アリシア「ありがとうございました」


レオン「ああ」


リュシア「次も必要なら使いなさいよ」


レオン「必要なら」


リュシア「その“必要なら”の基準が高すぎるのよ」


グレン「日常では本当に使われませんからね」


フィリア「以前、雨で濡れた外套も自然乾燥させていました」


リュシア「乾かしなさいよ、魔法で」


レオン「干せば乾く」


ルカ「レオン殿らしいです」


王城での授業を終え、夕方。


レオンはひだまり孤児院へ戻った。


食堂では、壁の貼り替えが終わっていた。


三十二枚の紙は外され、きれいに束ねられている。


代わりに、壁には六つの大きな約束が貼られていた。


一、危ないことを勝手にしない。

二、怖い時、分からない時は大人を呼ぶ。

三、自分の体と命を守る。

四、力は守るために使う。

五、必ず帰る。帰ったら食べて、ありがとうを言う。

六、毎日の宿題と生活をちゃんとやる。


トトが胸を張る。


「減った!」


ガル「覚えやすくなった」


ユアン「詳細版はこの箱に入れました」


エル「思い出は残してあります」


ミリ「すーぷ残った」


リリィ「猫は全部覚えてない」


猫「……」


マーサ「これなら、危ない時にも思い出せるだろ」


レオンは壁を見た。


三十二個から六個。


少し寂しい気もする。


だが、弱くなったわけではない。


むしろ、強くなった。


使える形になった。


レオン「ああ。いい」


セシリア「詳細版も記録済みです」


レオン「さすがだ」


セシリア「ありがとうございます」


トトはレオンを見た。


「レオン兄ちゃん、王城で何したの?」


ルカから先に伝令が来ていたのだろう。


トトの目が、すでに輝いている。


レオン「授業だ」


ガル「普通の?」


リュシアが後ろから入ってきて、楽しそうに言った。


「レオンが魔法を使ったわよ」


食堂が止まった。


トト「魔法!?」


ガル「レオン兄ちゃんが?」


ユアン「珍しいですね」


エル「見たかったです」


ミリ「まほうすーぷ?」


リリィ「猫も見たい?」


猫「……」


レオン「地味な魔法だ」


リュシア「地味だけど、すごい魔法よ」


フィリア「魔力と聖力を完全に分けていました」


エルの目が大きくなる。


「聖力を出さずに?」


レオン「ああ」


トト「レオン兄ちゃん、魔法使えるなら、なんで日常で使わないの?」


「手でできる」


トト「出た!」


ガル「言うと思った」


ユアン「でも、理由はありそうですね」


レオンは少しだけ考えた。


「便利に慣れすぎると、見なくなる」


トト「何を?」


「熱さ。重さ。痛み。匂い。手触り」


マーサが静かに頷いた。


「料理にも通じるね」


レオン「ああ」


「魔法で全部動かすと、分からないことがある」


エルは自分の手を見た。


「だから、レオンさんは手でやるんですね」


レオン「できるだけな」


リュシア「でも必要な時は使いなさい」


レオン「必要なら」


マーサ「その必要なら、を一人で決めすぎない」


レオン「……はい」


トトは壁の新しい六つの約束を見た。


二、怖い時、分からない時は大人を呼ぶ。

三、自分の体と命を守る。

四、力は守るために使う。


「魔法も、約束と同じ?」


レオン「何がだ」


トト「たくさんあっても、使えなかったら意味ない。少なくして、ちゃんと使う」


レオンは少し黙った。


そして頷く。


「ああ」


ユアン「今日のまとめですね」


ガル「約束も魔法も、整理しないと危ない」


エル「力は大きさより、使い方」


ミリ「すーぷも、入れすぎない」


マーサ「それも大事だね」


リリィ「猫は食べすぎる」


猫「……」


夕食後。


レオンは壁の前に立った。


六つになった約束。


その横に、小さな箱が置かれている。


箱の中には、元の三十二枚。


増えてきた日々の記録。


子どもたちの失敗。


成長。


怖かった夜。


帰ってきた日。


全部入っている。


物置の方から、小さく鈴が鳴った。


ちりん。


トト「霊の子も、減ったの見たかな」


ユアン「たぶん」


ガル「覚えやすくなったと思ってるかもな」


ミリ「すーぷある」


リリィ「霊も安心」


猫「……」


マーサは壁を見て言った。


「いいじゃないか。約束は少なく、意味は深く」


レオン「ああ」


新しい約束は増やさない。


でも、約束の使い方は増えていく。


六つに減った壁は、前より少しすっきりしていた。


そのぶん、食堂が広く見える。


子どもたちが走らない程度に動ける。


猫が紙に乗らない。


マーサが見やすい。


トトが思い出しやすい。


それでいい。


夜。


レオンは庭に出た。


空には星が出ている。


王城で使った魔力の感覚が、まだ少し手に残っていた。


灰銀色の細い線。


魔力だけを動かす。


聖力を起こさない。


戦気を混ぜない。


できる。


だが、やはり日常ではあまり使いたくない。


手で触れたいものがある。


鍋の熱。


木の重さ。


子どもの肩の震え。


怪我の痛み。


スープの器の温かさ。


帰ってきた時の扉の感触。


それを忘れたくない。


マーサが庭に出てきた。


「珍しく魔法を使ったんだって?」


レオン「はい」


「疲れたかい?」


「少し」


「使い慣れてないから?」


「使えます」


マーサ「そういう意味じゃないよ」


レオンは黙った。


マーサは笑う。


「便利な力も、使い方を間違えたら危ない。約束と同じだね」


レオン「ああ」


「でも、必要な時に使えるなら、それは悪いことじゃない」


レオンは少しだけ空を見た。


「分かっています」


マーサ「ならいい」


食堂の壁には、六つの約束。


箱の中には、三十二個の思い出。


王城には、魔法を使うレオンを見たアリシアとルカ。


ひだまりには、魔法を使わなくても温かいスープ。


力は、増やせばいいものではない。


約束も、増やせばいいものではない。


大事なのは、必要な時に使えること。


守るために使うこと。


そして、使ったあとに帰ってくること。


レオンは静かに息を吐いた。


明日も宿題がある。


明日もスープがある。


壁の約束は、六つになった。


少なくなった。


でも、弱くなってはいない。


むしろ、ひだまりの約束は少し強くなった。


覚えやすく。


使いやすく。


帰りやすく。


それが、今日の整理だった。


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