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第五話 第七倉庫


南市場は、王都の中でも特に騒がしい場所だった。


魚のにおい。

香辛料のにおい。

荷車の車輪が石畳をこする音。

商人たちの呼び声。

木箱を運ぶ人足たちの怒鳴り声。


昼間なら、そこは活気のある市場に見える。


けれど夕暮れが近づくにつれ、表の明るさは少しずつ影に沈んでいく。


店の裏手。

倉庫の隙間。

荷物置き場の奥。


人目につかない場所には、人目につかないものが集まる。


レオン・ガルディアは、セシリアとバルドを連れて南市場の倉庫街へ向かっていた。


セシリアの手には、男たちから押収した小さな鍵がある。

その鍵には、マルクス商会の第七倉庫を示す番号札がついていた。


バルド「第七倉庫か。ずいぶん奥だな」


セシリア「表の荷物置き場ではありませんね。人の出入りを見られたくない時に使う場所です」


レオン「都合がいい」


セシリア「何がですか?」


レオン「周りに人が少ないなら、子どもを逃がしやすい」


セシリア「……本当に助けることしか考えていませんね」


レオン「他に考えることがあるか」


セシリア「あります。証拠の確保、商会との交渉、騎士団への引き渡し、後処理、書類」


レオン「最後のは聞かなかったことにする」


セシリア「聞いてください」


バルド「相変わらずだな、お前ら」


バルドは太い腕を組みながら笑った。


だが、その目は笑っていなかった。


いつもの豪快な古参冒険者ではない。

今のバルドは、完全に戦う者の顔をしていた。


レオンはその横顔を見て、短く言う。


レオン「バルド」


バルド「なんだ」


レオン「殴るな」


バルド「まだ何もしてねぇだろ」


セシリア「する顔です」


バルド「副マスターまで」


レオン「子どもが中にいるなら、暴れると怖がる」


バルドはその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。


バルド「……分かってるよ」


レオン「ああ」


バルド「ただ、子どもを荷扱いする連中を見ると、手が勝手に出そうになる」


レオン「気持ちは分かる」


セシリア「分かっても実行しないでください」


レオン「分かっている」


セシリア「マスターにも言っています」


レオン「……ああ」


倉庫街の奥に入ると、人通りは一気に減った。


古い倉庫が並び、壁には荷印や商会名が刻まれている。

その中に、黒い扉の倉庫があった。


扉の横には、小さな金属板。


第七倉庫。


セシリア「ここです」


レオンは周囲を見る。


見張りはいない。

少なくとも、目に見える範囲には。


だが、倉庫の中からは、わずかな気配があった。


人の気配。

小さい。

弱い。


レオンの表情が静かに変わる。


――いる。


間違いない。


セシリア「騎士団への連絡は?」


レオン「もう出したか?」


セシリア「ギルドを出る前に使いを走らせました。ただ、到着には少し時間がかかります」


バルド「待つのか?」


レオンは扉を見た。


中に子どもがいる。

その可能性がある。


待っている間に、何かあれば。


レオン「待たない」


セシリア「そう言うと思いました」


レオン「すまん」


セシリア「謝罪は後で書面にしてください」


レオン「書面か」


セシリア「冗談です。半分は」


バルド「残り半分は本気かよ」


セシリアは答えなかった。


セシリアは鍵を差し込む。


かちり、と小さな音がした。


扉は開いた。


中から、冷たい空気と魚のにおいが流れてきた。


エルの言っていた通りだった。


暗い倉庫。

魚のにおい。


レオンは先に中へ入った。


倉庫の中は広かった。


積み上げられた木箱。

古い網。

塩漬けの魚樽。

布で覆われた荷台。


表向きは普通の倉庫に見える。


だが、奥の方に不自然な仕切りがあった。


レオン「バルド、入口を見ていろ」


バルド「ああ」


レオン「誰か来ても、中に入れるな」


バルド「任せろ」


セシリア「私は記録を取ります。証拠になるものは触らず確認してください」


レオン「ああ」


レオンは奥へ進む。


床の上には、荷車の跡が残っていた。

泥のついた車輪の跡。

小さな足跡。

そして、引きずったような跡。


レオンは足を止める。


――焦るな。


怒りに任せて動けば、見落とす。

見落とせば、助けられるものも助けられない。


レオンは静かに息を吸った。


その時、倉庫の奥から小さな音がした。


こつん。


何かが木箱に当たる音。


レオン「そこにいるな」


返事はない。


セシリアが魔灯を掲げる。


薄い光が倉庫の奥を照らした。


そこには、大きな木箱が三つ並んでいた。


人を入れるには小さい。

けれど、子どもなら入ってしまう大きさだった。


セシリアの顔が険しくなる。


セシリア「まさか……」


レオンは一つ目の木箱の前に膝をついた。


蓋には外側から簡単な留め具がかけられている。


鍵はない。


レオン「開けるぞ」


中から、かすかな息遣いが聞こえた。


レオンは留め具を外し、ゆっくり蓋を開けた。


中にいたのは、小さな男の子だった。


八歳くらい。

膝を抱え、体を丸めている。

口には布を噛まされてはいないが、声を出す気力もないようだった。


男の子は光に目を細め、怯えた顔でレオンを見た。


レオン「大丈夫だ」


男の子はびくっと震えた。


レオンはそれ以上近づかず、視線を低くする。


レオン「俺はレオン。王都冒険者ギルドの者だ。助けに来た」


男の子「……たすけ?」


声はかすれていた。


レオン「ああ」


セシリア「水を」


セシリアが水筒を差し出す。


レオンはそれを男の子の前に置いた。


レオン「自分で飲めるか?」


男の子はゆっくり手を伸ばし、水筒をつかんだ。


震える手で水を飲む。


その喉が動くのを見て、レオンは胸の奥を押さえるような気持ちになった。


――よかった。生きている。


次の木箱を開ける。


中には、女の子が一人いた。


年は五歳くらい。

髪は黒く、顔は涙の跡で汚れている。

目を開けたまま、声も出さずに震えていた。


セシリア「この子は私が」


セシリアは外套を広げ、できるだけゆっくり声をかける。


セシリア「大丈夫です。急に触りません。ここから出ましょう」


女の子「……おこられる」


セシリア「怒られません」


女の子「逃げたら、ごはんなしって」


セシリアの手が止まる。


その目が静かに細くなった。


セシリア「……ここでは、そんなことを言う人はいません」


女の子は信じきれていない顔で、セシリアを見た。


セシリア「今は、信じなくても構いません。でも、外に出ましょう。ここは寒いです」


女の子は少し迷い、それから小さくうなずいた。


三つ目の木箱。


レオンは蓋に手をかける。


だが、その木箱だけ、中から音がしなかった。


レオンの指が止まる。


――頼む。


彼は祈るような気持ちで蓋を開けた。


中には、小さな子どもが横たわっていた。


男の子か女の子か、すぐには分からないほど幼い。

四歳くらいだろうか。


目を閉じ、浅く息をしている。


レオン「セシリア」


セシリア「はい」


セシリアがすぐに近寄り、子どもの額に手を当てた。


セシリア「熱があります。脱水も。すぐ治療院へ」


レオン「ギルドの治療師を呼べるか」


セシリア「騎士団への使いが戻る途中で、治療師も呼ばせます」


レオン「頼む」


レオンは小さな子を抱き上げた。


大きな腕に、子どもの体はあまりにも軽かった。


軽すぎた。


レオンは奥歯を噛む。


――子どもの重さじゃない。


腹が立つ。

だが、怒りで腕に力を入れれば、この子が怖がる。


だからレオンは、できるだけ静かに抱いた。


壊れ物を扱うように。


バルド「マスター」


入口の方からバルドの声がした。


レオン「どうした」


バルド「外に誰か来た。商会の奴らだ」


セシリア「人数は?」


バルド「三人。口ぶりからして、ここの管理役だな」


レオン「通すな」


バルド「もちろん」


倉庫の外から怒鳴り声が聞こえた。


商会の男「ここはマルクス商会の倉庫だぞ! 何をしている!」


バルド「子どもが詰められた木箱を見つけたところだ」


商会の男「なっ……!」


別の男「勝手に入るな! 不法侵入だ!」


バルド「ああ、そうか」


一拍置いて、バルドの低い声が響く。


バルド「じゃあ騎士団が来るまで、外で待ってろ」


商会の男「ふざけるな!」


何かが動く気配。


次の瞬間、どすん、と大きな音がした。


セシリア「バルドさん」


バルド「転んだだけだ」


セシリア「本当ですか?」


バルド「俺の前で勝手に転んだ」


レオン「怪我は?」


バルド「してねぇ。たぶん」


セシリア「後で確認します」


バルド「俺をか?」


セシリア「全員です」


レオンは子どもを抱いたまま、倉庫の入口へ向かった。


入口では、商会の男が一人、尻もちをついていた。

バルドは腕を組んで立っているだけだった。


残りの二人は顔を青くしている。


商会の男「ギ、ギルドマスター……」


レオン「ここの責任者は誰だ」


男たちは答えない。


レオンは抱いている子どもを見せる。


レオン「この子を木箱に入れた責任者は誰だ」


沈黙。


レオンの声は荒くない。


だが、倉庫の空気が重くなる。


商会の男「わ、我々は何も……商品を確認しに来ただけで」


レオン「商品?」


男はしまった、という顔をした。


セシリアのペンが紙の上を走る。


セシリア「今の発言、記録しました」


商会の男「ち、違う! 言い間違いだ!」


レオン「子どもを商品と言い間違えるのか」


商会の男「……」


バルド「下手な言い訳するくらいなら黙っとけ」


セシリア「その点だけは同意します」


その時、倉庫街の外から複数の足音が聞こえてきた。


鎧の音。


王都騎士団だった。


先頭に立っていたのは、騎士団副団長グレン・アシュフォードだった。


グレン「レオン!」


レオン「グレン」


グレンは倉庫の中を見て、表情を険しくした。


グレン「報告は受けた。子どもは?」


レオン「三人。うち一人は熱がある」


グレン「治療師はすぐ来る」


セシリア「商会関係者を三名確保。先に路地で二名をギルドに拘束しています。合計五名です」


グレン「証拠は?」


セシリア「木箱、荷車跡、商会印、倉庫の鍵、子どもたちの証言。さらに、商会関係者が子どもを商品と発言しました」


グレン「十分だ。倉庫を封鎖する」


商会の男「ま、待ってください! これは誤解です! 我々は孤児を保護していただけで」


レオン「木箱に入れてか」


グレン「黙れ。話は詰所で聞く」


騎士たちが男たちを拘束する。


男たちは抵抗しようとしたが、バルドが一歩近づくとすぐに大人しくなった。


バルド「話が早いな」


セシリア「顔で脅さないでください」


バルド「まだ何もしてねぇ」


レオン「助かった」


バルド「だから何もしてねぇって」


グレンはレオンの抱いている子どもを見る。


グレン「その子を」


レオン「俺が運ぶ」


グレン「治療師のところまでだ」


レオン「ああ」


セシリアは他の二人の子どもに声をかけていた。


男の子は水を飲み終え、少しだけ顔色が戻っている。

女の子はセシリアの外套の端を握って離さない。


セシリア「無理に歩かなくて大丈夫です。騎士団の方が運んでくれます」


女の子「……売らない?」


セシリア「売りません」


女の子「ほんと?」


セシリア「本当です」


女の子「大人は、ほんとって言う」


セシリアは一瞬、言葉を失った。


それでも、すぐに静かに答える。


セシリア「では、今は言葉ではなく、行動を見てください」


女の子「こうどう?」


セシリア「ええ。あなたを木箱から出しました。水を渡しました。治療師を呼びました。次は、温かい場所へ連れていきます」


女の子はセシリアを見つめた。


そして、小さくうなずいた。


レオンはそのやり取りを聞きながら、胸の奥が重くなるのを感じた。


――信じる力まで奪われている。


腹が減っている。

体が傷ついている。

それだけではない。


この子たちは、大人を信じる力まで削られている。


それが一番、腹立たしかった。


倉庫の外には、いつの間にか市場の人々が集まり始めていた。


騎士団が倉庫を封鎖し、商会の男たちを連れていく。

その様子を見て、ざわめきが広がる。


市場の女「子どもがいたって?」


人足「マルクス商会の倉庫だろ?」


商人「まさか、本当にあの噂……」


グレン「見物人を下がらせろ!」


騎士たちが人だかりを整理する。


そこへ、治療師たちが到着した。


治療師「その子をこちらへ」


レオンは抱いていた子どもをそっと渡した。


治療師は子どもの状態を確認し、すぐに魔法具を取り出す。


治療師「危険な状態ですが、間に合います。すぐに治療院へ」


レオンは短く息を吐いた。


――間に合った。


その言葉が、今日何度も胸に浮かぶ。


だが、間に合ったから終わりではない。


レオン「グレン」


グレン「分かっている。商会は調べる」


レオン「上まで届くか?」


グレン「届かせる」


レオン「相手は金を持っている」


グレン「騎士団にも、金で動く者はいる」


グレンは苦い顔でそう言った。


グレン「だが、全員ではない」


レオン「ああ」


グレン「お前も無茶をするな。商会相手に単独で動くなよ」


レオン「努力する」


グレン「その返事は信用できない」


セシリア「同感です」


バルド「俺もだ」


レオン「……味方がいないな」


セシリア「無茶をしないなら味方です」


レオンは何も言い返せなかった。


治療師が子どもたちを連れていく準備をしている間、レオンは救い出された男の子の前にしゃがんだ。


レオン「名前を聞いてもいいか」


男の子は少し迷った。


男の子「……ニコ」


レオン「ニコか」


ニコ「怒られない?」


レオン「怒られない」


ニコ「逃げた子、怒られない?」


レオン「エルのことか」


ニコは小さくうなずいた。


ニコ「エル、先に逃げた。ぼくたちのために、隙を作った」


レオン「そうか」


ニコ「エル、悪くない」


レオン「分かっている」


ニコはじっとレオンを見た。


子どもの目は、大人の嘘をよく見る。


レオンはごまかさず、もう一度言った。


レオン「エルは悪くない。お前たちも悪くない」


ニコの顔が少しだけ歪んだ。


泣きそうなのを我慢している顔だった。


ニコ「……よかった」


レオンは手を伸ばしかけて、止めた。


この子はまだ、触れられることが怖いかもしれない。


だから、代わりに言った。


レオン「よく耐えた」


ニコは小さくうなずいた。


治療師「この子たちは一度、治療院へ連れていきます」


レオン「頼む」


セシリア「その後の受け入れ先は?」


レオン「ひだまり孤児院で預かる」


セシリア「マーサ先生に確認は?」


レオン「する」


バルド「する前に決めてるだろ」


レオン「……たぶん許してくれる」


セシリア「怒られますね」


レオン「ああ」


バルド「世界最強が孤児院の院長に怒られるのか」


レオン「昔からだ」


グレン「変わらないな、お前は」


レオン「変わったつもりだが」


グレン「根っこは変わらん」


グレンはそう言って、小さく笑った。


だがすぐに騎士の顔に戻る。


グレン「マルクス商会の第七倉庫は封鎖する。帳簿も押さえる。レオン、セシリア、後で証言を頼む」


セシリア「承知しました」


レオン「ああ」


バルド「俺は?」


グレン「お前は暴れていないことを証明してくれ」


バルド「俺、信用ねぇな」


セシリア「日頃の積み重ねです」


バルド「それ、今日マスターにも言ってなかったか?」


セシリア「使いやすい言葉なので」


少しだけ空気が緩んだ。


だが、レオンの視線はまだ倉庫の奥を向いていた。


木箱。

荷車の跡。

商会の印。


子どもたちは助けた。


しかし、この倉庫だけで終わるとは思えない。


――まだ奥がある。


マルクス商会がどこまで関わっているのか。

ほかにも子どもがいるのか。

誰が命令を出したのか。


調べることは多い。


だが、まずは。


レオン「孤児院へ戻る」


セシリア「エルに報告ですね」


レオン「ああ」


バルド「俺も行く。あの嬢ちゃん、心配してるだろ」


グレン「私は詰所へ戻る。動きがあれば連絡する」


レオン「頼む」


グレン「お前こそ、勝手に商会へ乗り込むなよ」


レオン「努力する」


グレン「本当に信用できない返事だな」


セシリア「ですよね」


レオンは何も言わなかった。


南市場を出る頃、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。


レオンたちがひだまり孤児院に戻ると、食堂には子どもたちが集まっていた。


トトは扉の音に真っ先に反応して立ち上がる。


トト「レオン兄ちゃん!」


エルも椅子から少し身を乗り出した。


その手には、まだスプーンが握られている。


エル「……ニコは?」


レオンはエルの前に膝をついた。


レオン「助けた」


エルの目が大きく開かれる。


エル「ほんと?」


レオン「ああ。ニコと、あと二人。今は治療院にいる」


エル「怒られてない?」


レオン「怒られてない」


エル「売られてない?」


レオン「売られてない」


エル「……ごはん、ある?」


レオンは少しだけ目を細めた。


エルが一番気にしたのは、そこだった。


怒られないか。

売られないか。

食べられるか。


それが、この子たちの世界だったのだ。


レオン「ああ。ある」


エルの口元が震えた。


そして、ぽろぽろと涙がこぼれた。


今度は、ちゃんと泣いていた。


トト「エル……」


エル「よかった……」


マーサは何も言わず、エルの背中にそっと毛布をかけた。


ミナは静かに水を持ってきた。

ガルは照れくさそうに視線をそらした。

リリィはエルの隣に座り、ただ一緒にいた。


トトは胸を張った。


トト「レオン兄ちゃんは、約束守るんだ」


エルは涙を拭きながら、レオンを見た。


エル「……ありがとう」


レオン「礼は、ちゃんと飯を食ってからでいい」


トト「それ、レオン兄ちゃんっぽい!」


マーサ「まったくだね」


セシリア「マスターらしいです」


バルド「腹が減ってる時に礼なんざ言えねぇしな」


食堂に少しだけ笑いが戻った。


レオンは立ち上がる。


マーサ「レオン」


レオン「なんだ」


マーサ「子どもが三人増えるんだね?」


レオン「一時的にだ」


マーサ「そう言って、出ていった子が何人いると思ってるんだい」


レオン「……すまん」


マーサ「謝るなら、明日の食材を多めに持ってきな」


レオン「ああ」


マーサ「それと、あんたも食べていきな。顔が怖いよ」


トト「元からだよ?」


レオン「トト」


トト「痛くないやつでお願いします」


レオンはトトの頭を軽く小突いた。


トト「やっぱり痛くない!」


エルはそれを見ていた。


そして、ほんの少しだけ笑った。


今度は、誰の目にも分かるくらいの、小さな笑顔だった。


レオンはそれを見て、ようやく胸の奥の力を抜いた。


――今日は、ここまででいい。


すべては解決していない。


マルクス商会はまだ残っている。

裏に誰がいるのかも分からない。

ほかにも助けを待つ子どもがいるかもしれない。


だが、今日助けた子どもたちは生きている。


そして今夜、空腹のまま眠ることはない。


それだけは、守れた。


食堂にはスープの湯気が立ちのぼっている。


外では夜の風が吹いていたが、ひだまり孤児院の中は温かかった。


レオン・ガルディアは、剣ではなく木の椀を手に取り、静かに席についた。


トト「レオン兄ちゃん、明日も忙しい?」


レオン「ああ」


トト「また事件?」


レオン「たぶんな」


トト「俺も手伝う?」


レオン「まずは文字の練習だ」


トト「それ事件より大変!」


エルが小さく笑った。


その笑い声は、スープの湯気に混ざって、ひだまり孤児院の食堂にやさしく広がった。


小さな事件は、まだ終わらない。


けれど今夜だけは、子どもたちの前に温かい夕飯がある。


それが、レオンにとって何より大事な勝利だった。


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