第三話 拳の宿題
朝。
ひだまり孤児院の庭に、短い音が響いていた。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
木を叩く音ではない。
剣を振る音でもない。
拳が、空気を押す音だった。
まだ日が昇りきっていない。
食堂の煙突から、うっすらと朝の煙が上がり始めたばかり。
マーサが鍋を火にかけるより少し早い時間。
庭の端で、ガルは一人で立っていた。
足を肩幅に開く。
膝を固めすぎない。
腰を落とす。
肩の力を抜く。
拳を握る。
そして、正面へ突く。
ぱん。
戻す。
ぱん。
戻す。
ぱん。
その体の表面には、薄い赤銅色の戦気がまとわりついていた。
第1段階《纏気覚醒》。
燃え上がるような派手さはない。
けれど、消えない。
乱れない。
薄く、硬く、地面に根を張るように安定している。
ガル「……三百二十一」
ぱん。
「三百二十二」
ぱん。
「三百二十三」
門の横では、アルトが目を細めて見ていた。
邪魔はしない。
ただ、静かに見守っている。
猫も、窓際にいた。
じっと見ている。
たぶん、何も考えていない。
いや、何かを考えているようにも見える。
猫「……」
ぱん。
ぱん。
ぱん。
そこへ、食堂の扉が少しだけ開いた。
トトが顔を出す。
まだ寝癖が立っている。
「……何してるの?」
ガルの拳が止まった。
赤銅色の戦気が、わずかに揺れる。
だが、すぐに落ち着いた。
ガル「宿題」
トト「宿題?」
ガル「ああ」
トトは目をこすった。
「俺の宿題は、朝十回立って呼吸するやつ」
ガル「知ってる」
「ガルの宿題って……」
ガルはもう一度構えた。
「正拳突き千回」
トトの目が一気に覚めた。
「千回!?」
マーサ「朝から大声出さない」
台所から声が飛んでくる。
トト「でも千回!」
マーサ「知ってるよ」
トト「知ってたの!?」
ユアンも起きてきた。
ガルの音で目が覚めたのだろう。
「ガル、まだ朝の分?」
ガル「ああ。五百まで」
トト「五百!?」
ガル「朝五百。夕方五百」
トト「ルカ王子と同じじゃん!」
ガルは拳を引いた。
「同じじゃない」
ぱん。
「ルカ王子は木太刀」
ぱん。
「俺は拳」
ぱん。
トトはぽかんとした。
その時、レオンが庭に出てきた。
いつの間にか起きていたらしい。
外套は着ていない。
だが、腰には灰天太刀がある。
レオン「戦気が少し上に逃げている」
ガル「はい」
ガルはすぐに姿勢を直した。
腹。
腰。
足裏。
肩。
もう一度、拳を突く。
ぱん。
さっきより音が沈んだ。
レオン「いい」
トトはレオンとガルを交互に見た。
「え、なに? いつから?」
ガル「何が」
「修行!」
ガルは少しだけ目を逸らした。
「二年目」
トト「二年目!?」
今度はミリまで顔を出した。
「にねん」
リリィも猫を抱いて出てくる。
「猫も知らなかった?」
猫「……」
ユアンは少し考えてから言った。
「いや、僕はなんとなく気づいてた」
トト「なんで!?」
ユアン「朝早く庭にいること多かったし、手の皮が固くなってたから」
ガル「見るなよ」
ユアン「見えるよ」
エルも食堂から出てきた。
「ガル、ずっとやってたんだ……」
ガルは少し気まずそうに拳を下ろした。
「別に隠してたわけじゃない」
トト「隠してたよ!」
ガル「言うことでもないだろ」
トト「言うことでしょ! 俺が第1段階で入口の前なのに、ガルは二年目!?」
レオン「ガルは第2段階まで入っている」
トト「第2段階!?」
庭が静かになった。
ガルは少しだけ眉を寄せた。
「言うなよ」
レオン「聞かれた」
ガル「聞かれてないところまで言った」
レオン「必要だ」
ガル「……」
マーサが台所から出てきて、腕を組んだ。
「トト。ガルはあんたより先に修行を始めてるんだよ」
トト「知らなかった……」
マーサ「ガルはね、黙ってやる子なんだ」
ガル「別に、黙ってるつもりは」
マーサ「黙ってるんだよ」
ガルは口を閉じた。
否定できなかった。
レオンはガルを見る。
「続けろ」
ガル「はい」
ガルはまた構えた。
拳を握る。
薄い赤銅色の戦気を纏う。
正拳突き。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
トトはその横で、じっと見ていた。
「すごい……」
ガル「すごくない」
ぱん。
「二年やってる」
ぱん。
「できない方が変だろ」
レオン「そうでもない」
ガルの拳が止まる。
「え?」
レオン「二年続けるのは難しい」
ガルは少しだけ黙った。
「……そうですか」
レオン「ああ」
それ以上の褒め言葉はない。
でも、ガルには十分だった。
ぱん。
拳の音が、少しだけ強くなった。
朝食の時間。
トトはスープを飲みながら、まだガルを見ていた。
ガル「見るな」
トト「だって、ガルが第2段階……」
ガル「入口だ」
トト「みんな入口って言う!」
ユアン「段階に入ったら終わりじゃないからね」
エル「ルカ王子も言ってた」
ミリ「入口いっぱい」
リリィ「猫は入口に座る」
猫「……」
マーサ「で、ガル。今日はレオンに見てもらう日だろう?」
ガル「ああ」
トト「今日も修行?」
ガル「週に一回、ちゃんと見る日。あとは自主練」
トト「自主練って、自分でやってるの?」
ガル「当たり前だろ」
トト「レオン兄ちゃんに毎日見てもらわないの?」
ガルは少し驚いた顔をした。
「忙しいだろ」
トト「……あ」
ガル「分からないところだけ聞けばいい。全部見てもらわなくても、やることは決まってる」
ユアン「ガルらしい」
エル「常識ある」
ガル「どういう意味だ」
ミリ「常識」
リリィ「トトと反対?」
トト「俺にも常識ある!」
全員がトトを見た。
トト「……育成中」
マーサ「よろしい」
レオンはスープを飲みながら言った。
「ガルは手がかからないから、教えがいがある」
ガル「……」
トト「いいなぁ」
ガル「いいのか?」
レオン「だが、抱えすぎる」
ガルの手が止まった。
マーサが頷く。
「そこだね」
ガル「別に抱えてない」
レオン「分からないことを聞くのが少し遅い」
ガル「聞いてます」
「遅い」
ガルは口を閉じた。
図星だった。
トト「え、ガルでも怒られるの?」
ガル「怒られてない」
リュシア「静かに刺されてるわね」
フィリア「レオン様の指導は、時々心に刺さります」
レオン「刺していない」
マーサ「刺さってるよ」
食後。
庭に全員が集まった。
今日はガルの修行を見る日。
トトも見学。
ユアンは記録係。
エルは少し離れて呼吸練習。
ミリはマーサの横。
リリィと猫は日陰。
アルトは庭の端。
レオンはガルの前に立った。
「まず、第1段階」
ガル「はい」
ガルは目を閉じない。
足を開き、拳を握る。
薄い赤銅色の戦気が体にまとわりつく。
トトは思わず声を漏らした。
「ルカ王子と色が違う」
リュシア「個性ね。ルカは金色寄り。ガルは赤銅色。体質と気質が出ているわ」
ユアン「ガルっぽい」
ガル「どういう意味だよ」
ユアン「地面に近い感じ」
レオン「悪くない表現だ」
ガルは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「次。正拳」
ガルは構える。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
無駄が少ない。
派手ではない。
拳の軌道はまっすぐ。
剣の才能はなかった。
それは、二年前に分かっていた。
回想。
二年前。
まだひだまり孤児院の床が古く、窓枠が少し歪んでいた頃。
ガルは木剣を持っていた。
顔は今より幼い。
だが、目は今と同じように真っ直ぐだった。
ガル「俺も強くなりたい」
レオン「なぜ」
ガル「トトが勝手に走った時、止められるように」
レオン「トト限定か」
ガル「あと、みんなが危ない時」
レオン「順番が逆では」
ガル「トトが一番危ない」
レオン「否定できないな」
その日、ガルは木剣を振った。
何度も。
立つ。
握る。
振る。
止める。
だが、どうにも合わなかった。
力はある。
根性もある。
言われたことも守る。
けれど、剣が遠い。
木剣が体の外にありすぎる。
振れば振るほど、動きが固くなる。
レオン「止めろ」
ガル「はい」
レオン「剣は向いていない」
ガルは黙った。
少しだけ悔しそうだった。
けれど、泣かない。
反論もしない。
「じゃあ、何が向いてますか」
レオンはガルの拳を見た。
さっきから、木剣を握る手より、空いた左拳の方が安定している。
足も、剣の間合いより近い距離の方が落ち着いていた。
レオン「拳」
ガル「拳?」
「ああ」
「剣じゃなくていいんですか」
「守れるなら何でもいい」
ガルはしばらく自分の拳を見た。
そして、木剣を置いた。
「じゃあ、拳でやります」
レオン「地味だぞ」
ガル「いいです」
「痛いぞ」
「いいです」
「毎日だぞ」
ガルは少しだけ笑った。
「その方が分かりやすいです」
回想終わり。
現在。
ガルの拳が空気を押す。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
トトは真剣に見ていた。
「ガル、剣じゃなかったんだ」
ガル「なかった」
トト「悔しくなかった?」
ガル「なった」
拳を突く。
ぱん。
「でも、向いてないものを無理にやっても、邪魔になるだろ」
ぱん。
「守れないなら意味ない」
トトは黙った。
ガルらしい。
本当に、ガルらしい答えだった。
レオン「第2段階」
ガル「はい」
ガルは拳を止めた。
呼吸を整える。
第1段階の赤銅色の戦気がさらに薄くなる。
消えたように見える。
だが、消えていない。
体の表面から、周囲へ少しだけ広がる。
トトには分からない。
だが、ルカがいれば分かったかもしれない。
相手の戦気。
空気の揺れ。
動きの前兆。
それを感じる段階。
戦気感応。
レオンは一歩動いた。
ほんの少しだけ。
ガルの目が動く。
拳ではなく、足が動いた。
半歩下がる。
レオンの手が、ガルの額の前を通り過ぎた。
触れない。
ガルは避けすぎなかった。
レオン「いい」
ガル「はい」
トト「今、何したの!?」
ユアン「レオン兄ちゃんの動きを感じて、先に下がったんだと思う」
トト「見えたの!?」
ガル「見えたんじゃない」
エル「感じた?」
ガル「ああ」
リュシア「ルカ王子より派手さはないけれど、安定しているわね」
レオン「二年目だからな」
トト「二年ってすごい……」
ガル「毎日やれば、二年になる」
マーサ「それが難しいんだよ」
ガルは何も言わなかった。
レオンは今度、少し速く動いた。
ガルは反応した。
だが、拳が遅れた。
レオンの手が、ガルの肩に軽く触れる。
「遅い」
ガル「はい」
「なぜ遅れた」
「足は感じた。でも、拳を出すか迷った」
「なぜ迷った」
「当てていい距離か、分からなかった」
レオン「聞くのが遅いと言っただろう」
ガルは眉を寄せた。
「……はい」
トトは首を傾げる。
「今の、どういうこと?」
ユアンが考え込む。
エルも真剣な顔をする。
レオンはガルに言った。
「分からない時は、確認しろ。自主練はいい。だが、分からないまま千回やるな」
ガル「はい」
「正拳突き千回。第1段階を発動したまま。それ自体は続けろ」
ガル「はい」
「だが、迷った形で千回やれば、迷いも千回になる」
ガルの目が少しだけ見開かれた。
「……はい」
レオン「今日から、百回ごとに一度、形を確認しろ。違和感があれば記録。次に聞け」
ガル「記録……」
セシリア「呼びましたか」
いつの間にか、セシリアが庭にいた。
ガル「呼んでません」
セシリア「記録用の小帳面を用意します」
ガル「いりません」
レオン「いる」
ガル「……はい」
トト「ガルも宿題増えた!」
ガル「増えてない。正しくなっただけだ」
マーサ「いい言い方だね」
フィリア「体の負担も記録してください。拳、手首、肘、肩の痛み。どこかに痛みが出たら中止です」
ガル「はい」
リュシア「戦気の乱れも。第1段階を長時間使うと、無意識に呼吸が浅くなることがあるわ」
ガル「分かりました」
トトはぽつりと言った。
「ガル、ちゃんとしてる」
ガル「普通だろ」
トト「普通じゃないよ」
ガルは少しだけ目を逸らした。
「……そうか」
昼前。
ガルの稽古は続いた。
正拳突き。
足運び。
第2段階での反応。
そして、分からないところを聞く練習。
ガルは戦い方そのものは派手ではない。
拳一つ。
距離は近い。
剣のような華やかさも、太刀のような流れもない。
だが、強い。
地味で、固く、崩れにくい。
トトはその姿を見て、少しだけ悔しそうに拳を握った。
「俺も早く第1段階やりたい」
レオン「今日の十回はやったのか」
トト「……まだ」
マーサ「まず自分の宿題だね」
トト「はい!」
ガルが横目で言った。
「十回をちゃんとやれ」
トト「ガルが言うと重い!」
ガル「重くない」
ユアン「二年分の重みがある」
ガル「やめろ」
昼食。
食堂では、ガルの修行の話になった。
ミリ「ガル、ぱんぱんしてた」
リリィ「猫も見てた」
猫「……」
エル「第2段階、すごかった」
ガル「入口だ」
トト「また入口!」
ユアン「でも、二年続けて入口って言えるのはすごいよ」
ガル「まだできてないことの方が多いからな」
マーサはスープをよそいながら言った。
「ガルは昔からそうだね。できることより、できないことを先に見る」
ガル「悪い?」
マーサ「悪くないよ。でも、できたことも見な」
ガルは黙ってスープを飲んだ。
レオンが言った。
「今日の反応は良かった」
ガルの手が止まる。
「……はい」
「拳は遅れた。だが、足は正しかった」
「はい」
「二年前より、かなり良くなっている」
ガルは少しだけ目を伏せた。
「ありがとうございます」
トトがにやにやする。
「ガル、褒められてる」
ガル「うるさい」
ミリ「ほめ」
リリィ「猫もほめる?」
猫「……」
猫はガルの近くに寄り、なぜか足元で丸くなった。
リリィ「猫が褒めた」
ガル「分かりづらいな」
夕方。
ガルは再び庭に立った。
夕方の五百回。
第1段階を発動したままの正拳突き。
今日は、百回ごとに小帳面へ記録する。
セシリアが渡した小さな帳面。
表紙には、なぜか丁寧な字でこう書かれていた。
『ガル訓練帳』
ガル「名前いらないだろ」
セシリア「必要です」
ガル「……」
レオンは夕方からギルドへ向かうため、最初の百回だけを見ることになっていた。
ガルは構える。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
百。
ガルは拳を下ろし、小帳面に書いた。
『右肩、少し上がる。七十回目あたりから呼吸浅い。拳を出す距離で迷いあり』
レオン「いい」
ガル「これでいいんですか」
「ああ。次に聞ける」
ガル「はい」
レオンは少しだけガルを見る。
「全部一人でやるな」
ガル「……はい」
「自主練はいい。だが、帰る場所があるなら、聞く場所もある」
ガルは小帳面を握った。
「分かりました」
レオン「ああ」
そしてレオンはギルドへ向かった。
ガルはその背中を見送ったあと、もう一度構えた。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
トトは少し離れて、十回の呼吸宿題をしていた。
立つ。
呼吸する。
心臓の音を聞く。
最初はガルの音が気になった。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
けれど、その音に合わせるように呼吸すると、少し落ち着いた。
トト「……心臓、うるさい」
ガル「それでいいんだろ」
トト「ガル、分かるの?」
ガル「最初はうるさかった」
トト「今は?」
ガルは少し考えた。
「うるさい時もある」
トト「あるんだ」
「ある」
その答えに、トトは少し安心した。
ガルはずっとできていたわけじゃない。
二年やっている。
それでも、心臓がうるさい時がある。
迷う時がある。
聞くのが遅い時がある。
なら、自分の十回も、ちゃんとやればいい。
夜。
食堂で、トトは壁の約束を見た。
二十六、自分の宿題を、ちゃんとやる。
その下には、余白がある。
トトは言った。
「今日、二十七番目いる?」
レオンはギルドから戻ってきたばかりだった。
少し疲れている。
だが、スープは食べている。
「また増えるのか」
マーサ「今日はガルの回だからね」
ガル「俺の回って何だよ」
ユアン「二年目の修行が発覚した回」
ガル「発覚って言うな」
エル「でも、大事な日だったと思う」
ミリ「ぱんぱんの日」
リリィ「猫も見た日」
猫「……」
トトは紙を持ってきた。
少し考える。
ガルを見る。
レオンを見る。
そして書いた。
二十七、分からないまま、たくさんやらない。聞いてからやる。
ガルはその文字を見て、少しだけ目を細めた。
「俺に刺してるだろ」
トト「ちょっと」
ガル「正直だな」
ユアン「でも大事」
エル「間違ったまま続けたら、間違いも強くなる」
リュシア「魔法でも同じね」
フィリア「治療でも同じです」
セシリア「記録でも同じです」
マーサ「生活でも同じだよ」
レオンは静かに頷いた。
「採用だ」
トト「やった!」
ミリ「二十七」
リリィ「いっぱい」
猫「……」
ガルは新しく貼られた二十七番を見た。
分からないまま、たくさんやらない。聞いてからやる。
それは、少し恥ずかしい約束だった。
自分に向けられている気がしたからだ。
でも、必要だった。
自主練は大事だ。
一人で続けることも大事だ。
けれど、一人で強くなるわけではない。
レオンがいる。
マーサがいる。
フィリアがいる。
リュシアがいる。
セシリアがいる。
トトたちがいる。
聞ける場所がある。
帰る場所がある。
だから、間違えたら戻れる。
ガルはスープを飲み、静かに言った。
「明日から、百回ごとに記録する」
トト「俺も十回、ちゃんとやる!」
ユアン「僕も見てあげる」
ガル「見るな」
ユアン「見るよ」
エル「私も呼吸、一緒にやる」
ミリ「すーぷ感応」
リリィ「猫領域」
猫「……」
レオン「勝手に段階を作るな」
食堂に笑いが広がった。
外では、アルトが静かに翼を畳んでいる。
庭には、朝と夕方に刻まれたガルの足跡が残っていた。
二年分の足跡。
誰にも大きく見せなかった修行。
剣ではなく、拳。
派手ではない。
でも、確かに積み重ねた力。
ガルはまだ入口だと言う。
けれど、その入口に立つまで、二年歩いてきた。
そして明日も。
第1段階を纏ったまま、正拳突き千回。
ただし今度は、百回ごとに確認する。
分からないところは、聞く。
それもまた、強くなるための修行だった。
レオンは壁の二十七番を見て、静かに息を吐いた。
ルカには太刀の宿題。
トトには呼吸の宿題。
ガルには拳の宿題。
子どもたちは、それぞれ違う道を歩き始めている。
同じ速さではない。
同じ形でもない。
それでいい。
帰る場所へ戻るための道は、一つではないのだから。




