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第一話 王城トト


あれから、四か月が経った。


ひだまり孤児院は、すっかり新しい生活に馴染んでいた。


床はもう、子どもたちの足音を覚えている。


台所の煙突はよく働き、マーサのスープの匂いを毎朝まっすぐ空へ逃がしている。


井戸の周りの柵には、ミリが描いた小さな花の絵が貼られていた。


庭の端には、アルトの場所がある。


白銀のグリフォンは、そこを当然のように使っている。


トト「アルト先輩、今日もお願いします!」


アルト「……」


ぐるる。


トトはもう、アルトの背に乗る時に大騒ぎしなくなった。


いや。


大騒ぎはする。


するが、乗る前には必ず靴ひもを確認し、アルト本人の許可を取り、大人がいるかを確認する。


そして、怖くなったら言う。


その約束を守っていた。


ガル「トト、前より落ち着いたよな」


ユアン「乗る時だけね」


ミリ「普段は走る」


マーサ「走らない」


トト「まだ走ってない!」


リリィ「心が走った」


猫「……」


ひだまりの壁には、二十四か条の約束が貼られている。


一部は少し曲がり、一部はミリの落書きで見えにくくなり、一部には猫の肉球印がついていた。


けれど、どれも消されていない。


どれも、この家が強くなるために必要だったからだ。


そして。


王城訓練場。


そこでも、四か月分の変化があった。


ルカ王子が、木製の太刀を構えていた。


通常の木剣ではない。


反りのある、太刀型の訓練武器。


王城武器庫の職人が、レオンの灰天太刀を参考にして作ったものだ。


もちろん、子ども用。


刃はない。


重さも軽い。


だが、形は太刀に近い。


ルカはそれを両手で持ち、静かに呼吸している。


以前のように、目だけが先へ走っていない。


足の裏。


膝。


腰。


腹。


胸。


呼吸。


そして、相手の気配。


ルカの周囲に、薄い金色の戦気が揺れた。


第1段階《纏気覚醒》。


その光は、以前よりもずっと安定している。


そして次の瞬間。


ルカの目が、グレンの肩のわずかな動きを捉えた。


グレンが踏み出す前。


剣が動く前。


気配が、先に揺れた。


ルカ「右……!」


ルカは半歩だけ下がる。


グレンの木剣が、ルカの肩の横を通り過ぎた。


当たらない。


避けすぎてもいない。


ちょうどいい距離。


グレン「見えましたか」


ルカ「見えたというより……感じました」


レオンは訓練場の端で腕を組んでいた。


「それが第2段階だ」


ルカは息を呑む。


アリシアも見守っていた。


「第2段階……」


レオン「戦気感応せんきかんのう


ルカの金色の戦気が、ほんの少しだけ揺れる。


喜びで乱れかけたのだ。


レオン「乱すな」


ルカ「はい!」


ルカはすぐ呼吸を整えた。


四か月前なら、ここで飛び跳ねていた。


いや、三か月前でも危なかった。


二か月前なら、たぶん笑っていた。


だが今は、止まれる。


完全ではない。


それでも、止まろうとする。


レオン「喜ぶのは後だ」


ルカ「はい」


グレンは木剣を下ろし、深く息を吐いた。


「正直、驚きました」


リュシアが水晶を覗きながら言う。


「第1段階の安定から第2段階の入口まで四か月。かなり早いわね」


フィリア「身体への負担も、今のところ問題ありません。ただし、今日の使用はここまでです」


ルカ「えっ」


レオン「ここまでだ」


ルカ「はい……」


すぐ返事をした。


だが、顔には残念と書いてある。


アリシアが小さく笑った。


「ルカ、顔」


ルカ「出ていますか?」


アリシア「かなり」


グレン「以前よりはましです」


ルカ「以前よりは……」


レオン「成長だ」


ルカの顔がぱっと明るくなりかけた。


レオン「乱すな」


ルカ「はい!」


その様子を見て、アリシアは微笑んだ。


「本当に、四か月で変わりましたね」


ルカ「姉上のおかげでもあります」


アリシア「私は見ていただけです」


ルカ「止めてくれました」


アリシアは少し黙る。


そして、静かに頷いた。


四か月前。


ルカは、才能に食われかけていた。


第1段階の火種を見つけた日。


ワイバーンを見た日。


レオンとの差を思い知った日。


そこから、長い基礎が始まった。


剣を振りたい。


太刀を持ちたい。


戦気を出したい。


もっと強くなりたい。


そのたびに、レオンは同じことを言った。


“立て”


“呼吸しろ”


“靴ひも”


“出そうとするな”


“見ろ”


そして、ルカは何度も失敗した。


三か月前。


王城訓練場。


ルカは木剣を振り下ろした。


勢いはある。


速さもある。


力もある。


だが、止まらなかった。


木剣の先が大きく流れ、砂地を叩いた。


ルカ「くっ……!」


レオン「止まれ」


ルカ「止まれませんでした」


「なぜだ」


「力を入れすぎました」


「違う」


ルカは驚いて顔を上げる。


レオン「剣で勝とうとした」


ルカ「……」


「守る相手を忘れた」


その一言で、ルカは黙った。


木剣の横には、民間人役の布袋が置いてある。


訓練の目的は、敵を倒すことではない。


布袋を守って下がることだった。


だが、ルカは途中で“当てたい”に変わっていた。


ルカ「……すみません」


レオン「謝る相手は俺じゃない」


ルカは布袋を見る。


そして、少し恥ずかしそうに頭を下げた。


「すみません」


グレンが遠くで複雑な顔をしていた。


「布袋に謝る王子……」


リュシア「いい訓練じゃない」


レオン「もう一度」


ルカ「はい」


二か月半前。


レオンは初めて、太刀型の木武器をルカに持たせた。


ルカ「これは……!」


レオン「木太刀だ」


ルカ「太刀……!」


レオン「顔に出すな」


ルカ「はい!」


グレン「殿下、声にも出ています」


アリシア「全身にも出ています」


ルカ「そんなに……」


レオン「まず抜くな」


ルカ「え?」


「持つだけだ」


ルカは木太刀を両手で持った。


いつもの木剣とは違う。


反りがある。


重心が違う。


まっすぐ押し込むのではなく、流れがある。


ルカは持った瞬間、少しだけ息を呑んだ。


手に馴染む。


剣よりも。


なぜか、こちらの方が自然だった。


レオンはそれを見ていた。


目。


肩。


手首。


足の置き方。


木剣の時より、ルカの力みが少ない。


気持ちは走っているのに、体は前へ突っ込みすぎていない。


レオン「……」


リュシアが隣に来る。


「気づいた?」


レオン「ああ」


リュシア「太刀の方が向いているわね」


グレンが驚く。


「殿下が?」


レオン「ああ」


ルカ「えっ」


レオンはルカを見る。


「剣より、太刀の方が向いている」


ルカの顔が、これまでで一番輝いた。


「本当ですか!?」


レオン「調子に乗るな」


ルカ「はい!」


「向いているだけだ。使えるとは言っていない」


ルカ「はい!」


「太刀は、剣よりも誤魔化しがきかない。気持ちが走れば、自分を斬る」


ルカの顔が引き締まる。


「はい」


レオン「だから、しばらく抜かない」


ルカ「……はい?」


「持つ。立つ。歩く。納める。それだけだ」


ルカ「振らないのですか?」


レオン「振らない」


ルカは少しだけ肩を落とした。


だが、すぐに呼吸を整えた。


「分かりました」


レオンはその反応を見て、小さく頷いた。


以前なら、もっと食い下がっていただろう。


今は止まろうとしている。


それでいい。


回想。


二か月前。


木太刀を持ったまま、ルカは歩く訓練をしていた。


前へ三歩。


下がる三歩。


横へ一歩。


止まる。


納める。


それだけ。


地味だった。


とても地味だった。


だが、木剣の時よりルカの動きは滑らかになっていた。


グレン「不思議ですね」


レオン「何がだ」


「殿下は剣の時、どうしても前へ出すぎる。ですが太刀だと、流れの中で止まろうとする」


リュシア「性格に合っているのかもね」


グレン「勢いのある殿下に、太刀が?」


リュシア「勢いがあるからこそ、受け止める形が必要なのよ。まっすぐな剣だと、気持ちがそのまま前に出る。でも太刀は反りがある。流れを作る。ルカには、その方が呼吸しやすいのかもしれない」


レオン「太刀は走る武器じゃない」


ルカが聞いていた。


レオンは続ける。


「走る気持ちを、道に変える武器だ」


ルカ「走る気持ちを、道に……」


レオン「ああ」


ルカは木太刀を見る。


剣よりも、太刀の方が向いている。


その言葉は嬉しかった。


だが、同時に怖かった。


向いているなら、もっとやりたい。


もっと早く。


もっと強く。


その気持ちが出た瞬間、ルカは自分で息を吐いた。


「才能に食われない」


レオン「そうだ」


一か月前。


ルカは初めて、第2段階の入口に触れた。


相手はグレン。


木剣を持つグレンの前に、ルカは木太刀を納めたまま立っている。


ルカの体には、第1段階の金色の気配が薄く纏われている。


安定している。


だが、まだ弱い。


レオン「目で追うな」


ルカ「はい」


「肩を見るな」


「はい」


「剣を見るな」


「はい」


「相手の戦気を感じろ」


ルカは目を閉じかける。


レオン「閉じるな」


ルカ「はい」


「見ながら、感じろ」


グレンがゆっくり動いた。


本当にゆっくり。


ルカは木太刀に手を添える。


だが、抜かない。


グレンの足が動く。


肩が動く。


呼吸が変わる。


その前に。


空気が、ほんの少しだけ揺れた。


ルカ「……左?」


グレンの木剣は、左から来た。


ルカは避けようとして、足がもつれた。


転んだ。


どさっ。


アリシア「ルカ!」


フィリア「怪我はありません」


ルカは砂だらけで起き上がった。


「感じました。でも、体が追いつきませんでした」


レオン「それでいい」


ルカ「いいのですか?」


「第2段階は、感じたら終わりじゃない。感じた後、正しく動くまでが稽古だ」


ルカ「はい」


「今日はここまで」


ルカ「はい」


以前なら、もう一度と言っていた。


だが、この日は言わなかった。


感じた。


転んだ。


止められた。


それで十分だった。


現在。


王城訓練場。


ルカは木太刀を納め、深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


グレンも木剣を下ろす。


「こちらこそ。殿下の成長を感じました」


アリシア「本当に第2段階に届いたのですね」


ルカ「まだ入口です」


レオン「ああ。入口だ」


ルカは笑った。


以前なら、入口と言われて落ち込んだかもしれない。


今は違う。


入口に立てたなら、ここから歩けばいい。


レオン「第2段階《戦気感応》は、便利な力ではない」


ルカ「はい」


「相手の気配を感じる。動きの前兆を読む。だが、見えすぎると迷う」


ルカ「迷う?」


「ああ。相手の気配が分かるほど、選択肢が増える。右、左、前、後ろ。守る、下がる、斬る、止まる。その全部が一瞬で来る」


ルカは真剣に聞いている。


「だから、基礎がいる」


ルカ「立つ、歩く、呼吸する」


レオン「ああ」


アリシア「靴ひもも、ですね」


レオン「当然だ」


グレン「ついに王城の訓練記録にも靴ひもが正式項目として入りました」


リュシア「ひだまり式ね」


ルカ「僕は必要だと思います!」


レオン「なら結べ」


ルカはすぐ靴ひもを確認した。


王子が真剣に靴ひもを確認する姿に、訓練場の騎士たちはもう誰も笑わない。


この四か月で、彼らも知った。


靴ひもを軽んじる者は、転ぶ。


転べば守れない。


守れなければ帰れない。


その後、短い休憩が入った。


ルカは水を飲みながら、レオンの腰を見る。


灰天太刀。


本物の太刀。


自分が持っている木太刀とは、重みも意味も違う。


ルカ「レオン殿」


レオン「なんだ」


「僕は、いつか本物の太刀を持てますか」


グレンが少しだけ表情を引き締める。


アリシアもルカを見る。


リュシアは黙っている。


フィリアも何も言わない。


レオンはすぐには答えなかった。


ルカの目を見る。


その目は、四か月前のようにただ輝いているだけではない。


憧れがある。


悔しさもある。


怖さもある。


そして、止まろうとする意思もある。


レオン「いつかはな」


ルカの顔が明るくなる。


だが、レオンは続けた。


「ただし、まだ早い」


ルカ「はい」


「太刀を持つなら、斬りたい気持ちより、帰したい気持ちが先に来なければならない」


ルカ「帰したい気持ち……」


「お前が太刀に向いているのは確かだ。だが、向いているものほど危ない」


ルカは静かに頷いた。


「才能に食われるから」


レオン「ああ」


ルカは木太刀を見た。


「僕は、この木太刀で歩きます」


レオン「それでいい」


アリシアはその会話を聞きながら、少しだけ目を伏せた。


ルカは確かに成長している。


けれど、それは一人で強くなっているのではない。


止める人がいる。


見ている人がいる。


帰る場所がある。


だから、強くなれる。


アリシア「私も、置いていかれないようにしないと」


リュシア「あなたはあなたの道よ」


アリシア「はい」


レオン「比較するな」


アリシア「はい」


ルカ「姉上は魔法がすごいです!」


アリシア「ルカ、声」


ルカ「はい」


昼前。


訓練が終わると、王城の書記官が記録をまとめていた。


その紙には、こう書かれている。


『ルカ王子、第2段階《戦気感応》の初期感応に成功。太刀型木製訓練武器との適性高し。ただし、レオン・ガルディア殿の判断により、実戦使用は不可。基礎訓練継続』


レオンはその記録を見て言った。


「余計なことを書くな」


書記官「必要事項です」


グレン「王城記録としては妥当です」


リュシア「むしろ簡潔ね」


レオン「……」


ルカ「僕、太刀適性ありと記録されました!」


レオン「喜ぶな」


ルカ「はい!」


喜ぶなと言われて、喜びを押さえようとしている。


だが、少し出ている。


レオンはそれを見て、ため息をついた。


「午後はひだまりへ行く」


ルカ「ひだまりへ?」


「ああ。四か月の経過確認だ」


アリシア「私も行ってよろしいですか?」


レオン「陛下の許可があれば」


グレン「護衛をつけます」


ルカ「僕も行きたいです!」


レオン「訓練後に無理をするな」


ルカ「見学だけでも!」


フィリア「今日は第2段階に触れたため、休息が必要です」


ルカ「……はい」


ルカは残念そうにした。


だが、すぐに木太刀を見て言った。


「今日は止まります」


レオン「いい判断だ」


その一言で、ルカの残念そうな顔が少しだけ誇らしげになった。


午後。


ひだまり孤児院。


トトは庭でアルトの羽を手入れしていた。


今のトトは、四か月前よりもさらに落ち着いている。


もちろん、完全ではない。


アルトが少し翼を動かせば、目が輝く。


空を見れば、乗りたそうにする。


けれど、勝手には乗らない。


大人がいるか。


アルト本人が許可しているか。


空の状態はどうか。


自分の体調はどうか。


それを確認する。


トト「アルト先輩、今日は地上歩行だけでお願いします」


アルト「……」


ぐるる。


ガル「トトが自分から地上歩行って言った」


ユアン「成長したね」


ミリ「微増」


トト「まだ微増!?」


リリィ「猫も微増」


猫「……」


エルは庭の端で、アリシアへ送る手紙を書いていた。


内容は、最近の魔力練習のこと。


怖い夢を見た時に呼吸したこと。


そして、ひだまりの新しい窓から見える星のこと。


そこへ、レオンが戻ってきた。


トト「レオン兄ちゃん!」


レオン「ああ」


マーサ「王城はどうだったんだい?」


レオン「ルカ殿下が第2段階に入った」


トト「えええっ!?」


ガル「早くないか?」


ユアン「四か月で第2段階……」


エル「すごい」


ミリ「王城トトすごい」


リリィ「猫もすごい?」


猫「……」


トトは興奮して前に出かけ、すぐ止まった。


「第2段階って何!?」


レオン「相手の戦気を感じる段階だ」


トト「相手の気配が分かるの!?」


「ああ。ただし、まだ入口だ」


トト「すごい……!」


マーサ「それで、ルカ王子は大丈夫なのかい? 調子に乗ってないかい?」


レオン「乗りかける。だが止まる」


マーサ「ならいい」


リュシア「それと、ルカ王子は剣より太刀に向いているみたいよ」


トト「太刀!?」


ガル「レオン兄ちゃんと同じ?」


レオン「同じではない」


ユアン「でも適性があるんですね」


レオン「ああ」


トトの目が輝く。


「王城トト、太刀使いになるの!?」


レオン「まだならない」


マーサ「まず靴ひもだね」


レオン「ああ」


トトは少し考えた。


「俺は?」


レオン「お前はまずアルトから落ちない」


トト「はい!」


アルトが低く鳴いた。


ぐるる。


リリィ「アルト先輩も同意」


ミリ「落ちない」


エルは少しだけ微笑んだ。


「ルカ王子、頑張ってるんだね」


レオン「ああ」


マーサ「子どもは四か月で変わるね」


レオンは庭を見る。


トト。


ガル。


ユアン。


エル。


ミリ。


リリィ。


猫。


アルト。


確かに、みんな少しずつ変わっていた。


強くなった。


落ち着いた。


怖いと言えるようになった。


止まれるようになった。


帰る場所を守るために、自分で考えるようになった。


そして王城でも、ルカが変わっている。


レオンは小さく息を吐いた。


「四か月か」


マーサ「早いだろ?」


「ああ」


マーサ「でも、まだまだこれからだよ」


レオン「分かっている」


その夜。


ひだまりの食堂では、ルカの第2段階到達と太刀適性の話で少し盛り上がった。


トト「俺も第1段階やってみたい!」


レオン「まだ早い」


トト「えー!」


マーサ「まず明日の掃除当番を忘れないことだね」


トト「それは……第0段階?」


ユアン「生活第0段階」


ガル「掃除覚醒」


ミリ「すーぷ感応」


リリィ「猫領域」


猫「……」


レオン「勝手に段階を作るな」


食堂に笑いが広がる。


壁には二十四か条の約束。


そして、その下に少しだけ余白がある。


トトはその余白を見て、言った。


「今日、二十五番目いる?」


レオン「毎回増やすな」


マーサ「でも、今日は何を書くんだい?」


トトは少し考えた。


「ルカ王子が第2段階できるようになったけど、調子に乗らなかったんでしょ?」


レオン「ああ」


「太刀に向いてるって分かっても、まだ早いって言われて止まったんでしょ?」


「ああ」


トトは紙を持ってきた。


そして書いた。


二十五、向いていることほど、ゆっくり覚える。


食堂が静かになった。


ユアン「いいね」


ガル「トトに必要」


トト「俺も思った」


エル「私にも必要かも」


ミリ「ゆっくり」


リリィ「猫は早い」


猫「……」


マーサは頷いた。


「いい約束だね」


リュシア「魔法にも言えるわ」


フィリア「治療にも言えます」


セシリア「生活にも言えます」


レオンはその文字を見た。


向いていることほど、ゆっくり覚える。


ルカの太刀。


トトのアルト騎乗。


エルの魔力。


アリシアの魔法。


ガルの力。


ユアンの観察。


ミリの優しさ。


リリィと猫の不思議な距離感。


そして、自分の太刀。


向いているから急ぐのではない。


向いているからこそ、ゆっくり。


レオン「採用だ」


トト「やった!」


ミリ「二十五」


リリィ「いっぱい」


猫「……」


外ではアルトが静かに翼を畳んだ。


夜空には、星が戻っている。


四か月前よりも、ずっと多い。


黒い膜は、もうほとんど見えない。


けれど、空が晴れたからといって、危険が全部消えたわけではない。


森の奥。


魔族の影。


黒玻璃の残滓。


まだ、知らないものは残っている。


それでも。


王城では、ルカが第2段階へ進んだ。


ひだまりでは、子どもたちが日々の約束を増やしている。


帰る場所は、強くなり続けている。


レオンは壁の二十五番目を見た。


二十五、向いていることほど、ゆっくり覚える。


新しい日々が、静かに動き出していた。


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