第五十四話 空を走る灰剣
翌朝。
王都の空は、重かった。
雲が厚いわけではない。
雨が降りそうなわけでもない。
けれど、空気の奥に、昨日の魔物の匂いがまだ残っていた。
王都東門。
ギルドの冒険者たちと騎士団は、夜明け前から交代で警戒を続けていた。
昨日の第一波は退けた。
だが、森の奥には魔族の魔力。
それは、ただの魔物の群れとは意味が違う。
誰かがいる。
魔物を押し出している何かがいる。
レオンは東門の上から森を見ていた。
隣にはグレン。
少し離れたところに古株の冒険者たち。
そして、伝令役の若い冒険者が数人。
グレン「昨夜から斥候を出しましたが、奥までは踏み込ませていません」
レオン「ああ。それでいい」
古株「森の浅い場所に、まだ魔物の足跡が残ってる。だが妙だな」
レオン「何がだ」
古株「逃げた足跡じゃねぇ。押されて進んだ足跡だ」
若い冒険者「押されて?」
古株「魔物ってのは、基本的に自分の腹と縄張りで動く。だが昨日の群れは違った。嫌がりながら前へ出された感じだ」
グレン「つまり、やはり奥に指揮者がいる」
レオン「指揮者というより、煽っているだけかもしれない」
その時、外壁上の見張りが叫んだ。
「東の森に動き!」
全員が視線を向ける。
森の影が揺れた。
鳥が飛び立つ。
地面が震える。
そして、黒い波のように魔物が現れた。
ゴブリン。
牙猪。
狼型。
大型の蜥蜴。
角を持つ猿型。
黒羽の鳥型。
昨日より多い。
はるかに多い。
見張りが声を上げる。
「第二波! 数、およそ二百!」
王都東門に緊張が走った。
二百。
ただの討伐依頼ではない。
防衛戦だ。
グレンはすぐに指示を飛ばす。
「騎士団、配置につけ! 外壁上、弓兵構え! 門前の盾隊、前へ!」
ギルド側でも、受付職員が用意した伝令札が次々に飛ぶ。
「緊急防衛依頼、第二波確認!」
「東門へ増援!」
「回復薬を運べ!」
「市街地への避難誘導、継続!」
レオンは森の奥を見ていた。
二百の魔物。
だが、問題は数ではない。
その奥。
さらに深いところに、昨日よりはっきりとした魔力があった。
黒玻璃ではない。
魔物とも違う。
もっと生々しく、傲慢で、乱暴な魔力。
レオン「グレン」
グレン「はい」
「ここを任せる」
グレンが一瞬だけレオンを見る。
「あなたは?」
レオン「奥を叩く」
古株が眉を上げた。
「一人でか?」
レオン「ああ」
グレン「待ってください。二百の魔物を前に、あなたが抜けるのは――」
レオン「二百はお前たちで止められる」
その場が静かになる。
レオンは続けた。
「ギルドと騎士団がいる。昨日、帰る戦いをした。今日は抜かせない戦いをすればいい」
グレン「……」
「俺がここに残って二百を斬っても、奥の魔族がまた押し出す。先を叩く」
古株はにやりと笑った。
「言われたぞ、騎士様。俺たちで止められるってよ」
グレンは深く息を吐いた。
「分かりました。ここは引き受けます」
レオン「ああ」
「ただし、必ず戻ってください」
レオンは短く答えた。
「戻る」
その頃。
仮ひだまり。
食堂には、子どもたちが集まっていた。
昨日、帰る日でも危ない時は待つ、と決めたばかりだ。
今日は朝から王都の鐘が鳴っている。
普通の鐘ではない。
防衛の鐘。
トトは椅子に座り、拳を膝の上で握っていた。
トト「また魔物?」
マーサ「ああ。今度は昨日より多い」
ガル「レオン兄ちゃんは?」
セシリア「東門で対応中です」
ユアン「帰る日、また延びるかな」
マーサ「安全になってからだよ」
ミリ「まつ」
リリィ「猫も待つ」
猫「……」
猫は窓の方を見ている。
エルは胸に手を当てて、ゆっくり呼吸した。
「怖いです」
フィリア「言えましたね」
エル「はい」
リュシアは窓の外、庭の方を見ていた。
アルトが落ち着かない。
翼を少し広げ、何度も東の空を見ている。
トト「アルト先輩……?」
アルト「……」
ぐるる。
低い声。
いつもの肉を求める声ではない。
警戒。
そして、出撃を求める声だった。
その直後、ギルドの伝令が門へ来た。
トトが立ち上がる。
「合言葉!」
伝令「どこへ帰る? ひだまりへ帰る!」
トト「よし!」
伝令は息を切らしながら言った。
「ギルドマスターより連絡! アルト殿の力を借りたいとのこと! 東門まで移動、可能ならギルドマスターを森の奥へ!」
食堂の空気が変わった。
トト「アルト先輩が……」
マーサは一瞬だけ目を閉じた。
そして、すぐに言った。
「アルト」
アルトが庭から顔を上げる。
マーサ「行っておいで」
アルト「……」
ぐるる。
トトが一歩前に出た。
「アルト先輩」
アルトはトトを見る。
トトは唇を噛んだ。
本当は言いたい。
乗せて。
連れて行って。
自分も行く。
でも、言わない。
今、自分が行けば邪魔になる。
危ない。
約束を破ることになる。
トトは深く頭を下げた。
「レオン兄ちゃんを、お願いします」
アルトはトトの頭を軽くつついた。
ぽふ。
そして、大きく翼を広げた。
風が庭を走る。
ミリがマーサの服を掴む。
リリィが猫を抱きしめる。
エルは息を吸い、吐く。
アルトは一度だけ低く鳴いた。
ぐるる。
そして空へ飛び上がった。
東門。
第二波が近づいていた。
弓兵が構える。
魔法使いが詠唱を始める。
盾持ちが門前に並ぶ。
冒険者たちはギルド単位ではなく、臨時の班に分けられている。
古株が若手を後ろに置き、回復役が位置につき、伝令が外壁上を走る。
レオンは門の上で、空を見た。
白銀の翼が近づいてくる。
アルトだ。
周囲の冒険者たちがざわめく。
「グリフォンだ!」
「アルト先輩だ!」
「誰だ今、先輩って言ったの」
「ひだまり式だろ」
アルトは外壁近くへ降り、レオンの前に身を伏せた。
レオン「来たか」
アルト「……」
ぐるる。
レオンはアルトの首元に手を置く。
「奥へ行く。魔族を叩く」
アルトは短く鳴いた。
了承。
グレン「レオン殿、空から森の奥へ入るのは危険です。黒羽の鳥型もいます」
レオン「ああ」
古株「落ちるなよ、ギルマス」
レオン「落ちない」
若い冒険者「ギルドマスター!」
レオンが振り返る。
「なんだ」
若い冒険者は緊張しながら叫んだ。
「こっちは、俺たちで守ります!」
レオンは一瞬だけ、その若者を見た。
昨日、怖いと言えた若者だった。
レオン「怖い時は」
若い冒険者「声を出す!」
「前に出すぎるな」
「はい!」
「戻る場所を忘れるな」
「はい!」
レオンは頷き、アルトの背に乗った。
アルトが立ち上がる。
風が強くなる。
グレンが剣を抜いた。
「騎士団、構え!」
古株が斧を担ぐ。
「ギルド組、門を抜かせるな!」
魔物の群れが迫る。
その瞬間、アルトが空へ跳んだ。
レオンを乗せた白銀の影が、東門の上を越える。
魔物の群れの上空へ。
黒羽の鳥型が数体、アルトへ向かってくる。
だが、アルトは速かった。
翼を傾け、風を切り、鋭く旋回する。
レオンが背上で剣を抜く。
灰色の線が空を走った。
鳥型の魔物が落ちる。
一体。
二体。
三体。
アルトは高度を保ち、森の奥へ向かう。
その下では、第二波が王都へ押し寄せた。
グレン「放て!」
矢が降る。
魔法が炸裂する。
牙猪が盾にぶつかる。
ゴブリンが槍で押し返される。
狼型が横へ回り込もうとする。
古株の冒険者が叫ぶ。
「左、抜けるぞ!」
若い冒険者「投網!」
網が飛ぶ。
狼型が絡まり、そこへ槍が入る。
別の場所で、盾持ちが押される。
グレンがすぐに補助へ入る。
「後退せず、足をずらせ!」
騎士たちが声をそろえる。
「はい!」
冒険者たちも負けていない。
「回復役、こっち!」
「黒羽、上!」
「魔法班、右の群れを崩せ!」
「深追いするな!」
昨日より数は多い。
だが、昨日より動きは良い。
怖さを知った。
戻る場所を決めた。
役割を分けた。
だから、崩れない。
王都の門は、まだ破られていなかった。
森の奥。
アルトは木々の上を滑るように飛んだ。
レオンは空から魔力の濃い場所を探る。
奥へ行くほど、魔物の気配が荒くなる。
逃げている。
怯えている。
そして、押されている。
その中心に、若い魔族がいた。
見た目は人に近い。
黒い角が一本、額から斜めに伸びている。
浅黒い肌。
赤い目。
細身の体に、黒い革鎧。
年若い。
だが、魔力だけは強かった。
彼は森の中で笑っていた。
周りには、魔物を縛るような赤黒い魔法陣。
その魔法陣から魔力の糸が伸び、魔物たちを王都の方へ押し出している。
若い魔族「行け、行け、行け! 人間どもの都を踏み潰せ!」
その声は楽しそうだった。
戦略ではない。
征服でもない。
ただ、自分の力を試したい。
自分がどれほど恐れられるか見たい。
そんな軽い傲慢があった。
アルトが上空から降りる。
若い魔族が空を見上げた。
「ん?」
白銀の翼。
その背に乗る灰色の剣士。
若い魔族は笑った。
「来たか、人間。王都の英雄気取りか?」
アルトが地面に降り立つ。
レオンは静かに背から降りた。
アルトは横へ下がる。
魔族はレオンを見て、面白そうに目を細めた。
「お前が指揮官か? ふん、強そうではあるな。だが遅い。もう二百ほどそちらへ流した。王都は今ごろ――」
レオン「止めている」
魔族「何?」
レオン「ギルドと騎士団が止めている」
魔族は少し不機嫌そうに眉を寄せた。
「人間の寄せ集めが? くだらん。魔物を二百も流せば、普通は崩れる」
レオン「崩れない」
その短い言葉に、魔族の顔が歪む。
「気に入らないな」
魔族は魔力を広げた。
赤黒い気配が森を揺らす。
周囲の魔物が怯えて震える。
「俺は魔族だぞ。人間の国など、本気を出せば――」
レオンが一歩進んだ。
その瞬間、魔族の言葉が止まった。
空気が変わった。
レオンの目が、静かに冷えていた。
怒っている。
怒りが刃の形になっている。
魔族は少しだけ後ずさった。
「な、なんだ、その目は」
レオン「お前は、力を何に使った」
魔族「は?」
「魔物を怯えさせて、王都へ押し出した。市民を狙った。子どもが帰る日を潰した」
魔族「子ども?」
レオンの声がさらに低くなる。
「今日、帰るはずだった」
魔族は一瞬きょとんとした。
そして、笑った。
「ははっ! そんな理由で怒っているのか? 孤児か何かか? くだらない。魔族の力を前に、そんな小さな――」
そこまでだった。
レオンの周囲の空気が、灰色に沈んだ。
第7段階ではない。
もっと深い。
身体の奥ではなく、魂の奥から刃が立ち上がる。
レオンの背後に、灰色の道のようなものが見えた。
誰かが帰るための道。
誰かを帰すための道。
そして、その道を踏みにじるものを断つための刃。
レオン「第8段階」
魔族の顔から笑みが消える。
「ま、待て。人間が第8――」
レオン「魂技顕現」
灰天太刀が、静かに抜かれる。
その刃に、灰色の光が宿った。
レオンの魂技。
《灰帰路》。
斬るための道ではない。
帰る道を作るための剣。
だが、その道を塞ぐものには、逃げ道を与えない。
魔族は慌てて魔法陣を展開した。
赤黒い壁。
魔物の怨嗟。
自分の魔力。
若さゆえの過信。
その全てを重ねて盾にする。
「俺は選ばれた魔族だ! こんなところで、人間ごときに――」
レオンは踏み込んだ。
瞬灰歩。
灰色の道が、一瞬で魔族の前へ伸びる。
魔族の赤黒い防壁が、音もなく裂けた。
魔族の目が見開かれる。
「な……」
レオン「力は、帰る道を作るために使う」
刃が振り抜かれた。
静かだった。
派手な爆発もない。
森を焼く炎もない。
ただ、魔族の魔力だけが、根元から断たれた。
若い魔族は立ったまま、言葉を失った。
そして、ゆっくりと膝をつく。
「俺、は……まだ……」
レオン「才能に食われたな」
魔族はその意味を理解しないまま、倒れた。
赤黒い魔法陣が砕ける。
森に張り巡らされていた魔力の糸が消える。
怯えていた魔物たちが一斉に動きを止め、散り始めた。
押し出される力が消えたのだ。
アルトが低く鳴いた。
ぐるる。
レオンは剣を収める。
そして、魔族の亡骸を見下ろした。
若い。
確かに力はあった。
だが、力の使い方を知らなかった。
才能に食われ、力に酔い、帰る場所を踏みにじろうとした。
それだけだった。
レオン「戻る」
アルトが身を伏せる。
レオンは背に乗り、王都の方を見る。
東門の方から、まだ戦いの音が聞こえる。
だが、魔物の流れは明らかに弱まっていた。
王都東門。
第二波の勢いが急に落ちた。
先ほどまで押し寄せていた魔物たちが、ばらばらに動き始める。
逃げるもの。
混乱するもの。
その場で止まるもの。
古株が叫んだ。
「押し出してた力が消えたぞ!」
グレン「今です! 前線、崩れず押し返せ!」
冒険者たちと騎士団が一気に動く。
だが、深追いしない。
門を守る。
逃げる魔物は森へ追いすぎない。
危険な個体だけを落とす。
若い冒険者が、怪我をした仲間を支えて下がった。
「後ろへ! 無理するな!」
古株が笑う。
「いい判断だ!」
グレンは剣を振りながら、空を見た。
白銀の影が戻ってくる。
アルト。
その背にレオン。
グレンは小さく息を吐いた。
「終わらせたか」
アルトが東門の近くへ降りる。
レオンは背から降りた。
古株が近づく。
「奥は?」
レオン「魔族がいた」
グレン「生死は」
レオン「殺した」
周囲が静かになった。
レオンの声に、迷いはなかった。
グレンは一度だけ頷いた。
「分かりました。詳細は後ほど」
レオン「魔物を押し出していた魔法陣は消えた。残りは散る」
古株「なら、掃除だな」
レオン「ああ。ただし深追いするな」
若い冒険者たちが声をそろえる。
「はい!」
戦いは夕方までに収束した。
第二波、およそ二百。
ギルドと騎士団の連携で、王都への侵入は防がれた。
怪我人は出た。
だが、死者は出なかった。
それは奇跡ではない。
準備と判断と、戻ることを覚えた者たちの結果だった。
仮ひだまり。
夕方。
門の外で、羽音がした。
アルトだ。
子どもたちが一斉に立ち上がる。
トトが走りそうになる。
だが止まる。
「門に誰か!」
マーサ「行くよ」
全員で玄関へ向かう。
アルトが庭に降り立った。
その背から、レオンが降りる。
外套に森の葉がついている。
顔に疲れがある。
だが、無事だった。
トト「レオン兄ちゃん!」
レオン「ただいま」
マーサが静かに聞く。
「どこへ帰る?」
レオンは答えた。
「仮ひだまりへ帰る」
マーサ「よし」
トトはレオンを見上げる。
「魔族は?」
食堂が静かになる。
レオンは少しだけ黙り、短く言った。
「倒した」
ガル「強かった?」
レオン「力はあった」
ユアン「力は?」
リュシアが小さく目を細める。
「使い方を知らなかったのね」
レオン「ああ」
エル「怖かった?」
レオンは少し考えた。
「怒っていた」
トト「レオン兄ちゃんが?」
「ああ」
ミリ「しずかな怒り」
リリィ「猫も分かる?」
猫「……」
猫はレオンの足元へ近づき、何も言わずに座った。
フィリアがすぐにレオンの状態を確認する。
「怪我は?」
レオン「ない」
フィリア「疲労はあります」
レオン「ある」
フィリア「認めたので少し安心しました」
マーサ「じゃあ、食べな」
レオン「……ああ」
食堂に戻ると、スープが出された。
今日はワイバーン肉ではない。
普通の野菜スープ。
やさしい味のスープだった。
トトは器を持ちながら聞いた。
「魔族って、なんで来たの?」
レオン「自分の力を試したかったらしい」
ガル「それだけ?」
レオン「ああ」
ユアン「それだけで王都に魔物を?」
レオン「ああ」
エル「ひどい」
マーサ「力を持ってるだけじゃ、人は守れないんだよ」
リュシア「魔族でも、人でもね」
トトは壁の札を見た。
二十一、できることが増えても、調子に乗らない。
二十二、帰る日でも、危ない時は待つ。
トト「今日の魔族、二十一番守れなかったんだね」
レオン「そうだな」
ガル「守る以前に知らなかったんじゃないか」
ユアン「知ってても守らなそう」
ミリ「調子に乗った」
リリィ「猫は乗らない」
猫「……」
セシリアが静かに言う。
「力を持った者ほど、約束が必要なのかもしれませんね」
レオンはスープを飲んだ。
温かい。
戦いの後の体に、ゆっくりと戻ってくる味。
トトが少し考えてから、紙を持ってきた。
「二十三番目、いる?」
レオン「また増えるのか」
トト「うん」
マーサ「何を書くんだい」
トトは少し悩んで、書いた。
二十三、強くても、力をいじめに使わない。
ガル「分かりやすいな」
ユアン「今日の魔族に一番必要だった」
エル「うん」
ミリ「いじめだめ」
リリィ「猫にもだめ」
猫「……」
リュシア「子どもの言葉だけど、本質ね」
フィリア「とても大事です」
マーサ「採用だね」
レオンはその文字を見た。
強くても、力をいじめに使わない。
簡単な言葉だ。
だが、魔族にはそれがなかった。
だから死んだ。
レオン「採用だ」
トトは少しだけ笑った。
「やった」
アルトが庭で低く鳴いた。
ぐるる。
トトは窓の外を見る。
「アルト先輩も、おかえり」
アルト「……」
ぐるる。
レオンはその声を聞いて、静かに息を吐いた。
王都は守られた。
第二波は退けた。
若い魔族は死んだ。
だが、これで全てが終わったとは限らない。
魔族が一人で勝手に来たのか。
それとも、その後ろに何かがあるのか。
まだ分からない。
けれど、今は。
仮ひだまりに帰ってきた。
子どもたちがいる。
スープがある。
アルトも戻った。
それで十分だった。
マーサが空になりかけた器を見て言った。
「おかわりは?」
レオン「ああ」
トト「レオン兄ちゃん、おかわりする!」
ミリ「すごい」
リリィ「勝利のおかわり」
猫「……」
食堂に小さな笑いが戻る。
外では、王都の鐘が静かに鳴っていた。
警戒の鐘ではない。
第二波撃退を知らせる鐘。
帰る場所へ戻った者たちを迎える鐘。
仮ひだまりの壁には、新しい約束が増えた。
二十三、強くても、力をいじめに使わない。
その文字の下で、トトが小さく呟いた。
「ひだまりには、いつ帰れるかな」
レオンは答えた。
「明日、安全を確認する」
トト「明日?」
「ああ」
トトの顔が明るくなる。
けれど、すぐに壁を見る。
二十二、帰る日でも、危ない時は待つ。
トトは深く頷いた。
「安全なら帰る。危なかったら待つ」
レオン「ああ」
少しずつ、子どもたちは覚えていく。
進むこと。
止まること。
待つこと。
帰ること。
力を使うこと。
力を使わないこと。
そして、強いからこそ守るべき約束があること。
夜は、ゆっくりと仮ひだまりを包んでいった。
明日。
帰る道を確認する。
その先に、強くなったひだまり孤児院が待っている。




